エッシャーの城>>刺激>>1
あれだけ広く空っぽだったコンクリートの大広間。その一面に大小のトラックが散らばり、隙間には露店がひしめいている。アジートからも人々が次々になだれ込んで。最早足の踏み場もない。高い天井をかすめる呼び込みと、足元に転がった商品をよけながら、アレクは人ごみに漂った。
「お、アレク君、金は持ってきたかね?」
ニコライから渋々受け取った金に、早速手を付けることになった。手持ちでも串焼きの二、三本は買えただろうが、アレクの部屋には物が足りない。黴臭くないシーツと枕を手に入れるには、うってつけの機会なのだ。裸の茶封筒を見つけて、レフのたれ目が固く締まった。
「それは流石に不用心だって。ボーっとしてると、あっという間に持ってかれちゃうんじゃね?」
レフの笑い声に、アレクは口を尖らせた。
「仕方ないだろ? アレがないんだから。アレ、何て――」
財布か? 塗料を見ていた先輩が振り返った。手に持った銀色の缶には、黒いラインに白抜きの字で『耐腐食』と書いてある。
「配給券みたいに残額を書き込めば済む話なのに、紙の無駄遣いじゃないのか?」
札束を手に、アレクは素朴な文句を垂れた。金を量で表したがるのは、資本主義者の悪い癖だ。
「いやいや、配給券なんて、あんなのごまかし放題の代物がだぜ? 未だに通用してる方がよっぽど不思議じゃねぇか」
先輩は手で扇ぎ、戯言をかき消した。積みあがった缶の奥で、店主はしげしげとアレクを見詰めている。
「ごまかす? なんでだ?」
皆十分いい暮らしをしていたし、余り贅沢しすぎても、有難味がなくなってしまうというものだろう。目を白黒させるアレクに、レフ達は馬鹿笑いを始めた。
「そうかそうか、アレク君は純粋だねぇ」
アレクは小さく舌打ちして、髪を掻き毟りながら言い返した。
「悪かったな、平和ボケで」
穏健派の班長は、一人でアレクの肩を持った。
「いや、いいことだよ。お互いに疑い合いながら生きていくなんて、非効率じゃないか」
アジートに住んでいるからといって、秩序と倫理を目の敵にしているとは限らない。コルレルや班長は、その僅かな実例だ。
「班長ー! よい子って年でもないでしょうに!」
手下からブーイングを受けても、班長は曖昧に笑うだけだ。一体どんな挑発なら、この人が怒らせることが出来るのだろう。工具や部品を物色するから、と先輩たちは行ってしまい、アレクの下にはレフだけが残った。




