表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/171

モナドの鏡>>憔悴>>2

 アレクがうっすらと目を開け首を起こすと、視界の隅にコルレルが映った。

「目を覚ましたか。気分はどうだ、アレク」

 気分がある場所は、遮られていてよく見えない。ベッドの周りだけが薄闇の中に浮かび、電球の光を弾いて鉄製の棚が五月蠅く輝いている。

「体が遠くに感じる。遠くで、波に揺れてるような……」

 そこまで話してから、アレクは腕が圧迫されていることに気が付いた。上腕に巻きつけられた、幅の広いナイロン地のバンド。血圧計だろうか。

「ふむ。確かに七十をきっとる」

 バンドから力が抜け、ゆっくりと萎んでゆく。青ざめたアレクの頬が、僅かに緩んだ。白い間仕切りと消毒液の匂いは、恐らく診療所のものだ。

「しかし、お前さんが担ぎ込まれたときには流石のワシも肝を冷やしたぞ」

 レフが様子を見に行った所、アレクは床の上で白目を向き、汗だくで震えていたそうだ。当然第一に薬物中毒が疑われたが、血液からは何も検出されなかった。半日して容体が落ち着いてからも意識不明の状態が続き、今日でもう五日になるのだという。

「思い出せるか。失神する前、何があったか」

 血圧計をしまいながら、コルレルはアレクに尋ねた。

「俺は……真っ暗なところを、ずっと漂っていた気がする」

 いつものように、エッシャーの城から戻って来たわけではない。はっきりと覚えているのは、逆に城を探索していたことだ。人体実験が明るみになった今、追い詰められたイポリート達が、一体どうしているのか。乱雑に折り畳まれ、塗り重った印象に触れ、アレクは叫び声を上げた。

「殺された! イポリートは、ユーリに殺されたんだ!」

 頭を抱え、目を剥いて、ベッドの上で縮こまるアレク。コルレルは点滴が刺さった右腕を掴み、アレクの背中を震えが収まるまでさすった。

「大丈夫だ、ワシから二コライに伝える。それにアレク、殺されたのは敵だ。お前さんには無関係の男だ」

 コルレルはゆっくりと、繰り返し言って聞かせた。襲われたのはイポリートであり、アレクに手が及ぶことはない。アジートに居るのが一番安全なのだ、と。だがアレクは、確かに撃たれたのだ。胸の銃創が熱を持ち、とめどなく血が流れ出るのを感じた。そして銃声が、命を終わらせる音を。

「空っぽなんだ、あの先には、空っぽしかない」

 ベッドの上に座ったままシーツにくるまって震えていると、わざわざニコライが尋ねてきた。イブレフスキはイポリートを首謀者に仕立て上げ、身代わりにした可能性が高い。いかに工作が露骨であっても、イブレフスキが多数派である以上、追及は難しいというのがニコライの見立てだ。

「だがこうなると厄介なのは内輪だぜ。明日は我が身と思ってる奴は少なかねえだろうしな」

 イポリートが逆らったというのは、本当に方便に過ぎないのだろうか。ダリアとイポリートのやり取りを断片的に伝えると、ニコライは首を傾げた。

「イポリートはユレシュの存在を匂わせ、ダリアは自分が撃ったと言い張り、ね」

 額面通りに受け取るなら、ダリアやキリールはユレシュの味方ではないということになるが、問題はイブレフスキがどちらの側についているのかだ。

「暫く休めとも言えなくなっちまったな。アレク、早く治せよ」

 ニコライは手を挙げ、踵を返した。敵と味方。党とアジート。極東派とモスクワ派。多数派と『守る会』。イポリートとキリール。散乱した対立構造を眺めているうちに、アレクはたった一度だけ、イポリートとキリールの電話を盗み聞きしたことを思い出した。

「そうだ、ニコライ、今の今まで忘れてたけど――」

 足を止め、振り返るニコライ。

「俺が逃げたって話をキリールから聞いた後で、イポリートがほっとしてたんだ。『受け渡しは上手く行った』って」

 あれは結局、どういう意味だったんだろう。アレクが尋ねるより早く、ニコライは低く怒鳴った。

「馬鹿野郎、そういうこたぁいの一番に言うもんだ」

 部屋中に張り巡らされた鋭い気配に、アレクはそれ以上何も言えなくなってしまった。ニコライはもう、敵を探し始めている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ