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宇宙人の少女とはじまりの魔法使い(2)

 ホノカは事件の後、しばらく行方をくらましていたらしい。

 トマスとイオリが理由を問い詰めると、責任追及を受けるため、様々な機関や組織から根掘り葉掘りの尋問三昧だったとのこと。げっそりしていたが、景気付けに酒を飲み干したら途端に元気が戻ったとイオリが呆れていた。

「くぅぅぅぅー! 生きてるぅーっ! ……うん、もう大丈夫よー。関係各所にはいい感じにごまか———説明しておいたから、わたしたちがこれ以上の責任を問われることはないわー。やー、矛盾無く真実をでっちあ———解説するのって、神経がすり減るのよねー」

 彼女がどこにどんな説明をしたのかはさっぱりわからないが、どうやら私たちが独断で工場に潜入したこと自体はお咎めなしとなったようだ。一般常識で考えるとホノカの監督能力が問われると思うのだが、なぜか不問になっている。そのカラクリは気になるものの、深追いはしない方が良い。

 そんなことよりも、聞きたいことは他にあった。

 他にあったのだ。

「ねえ、ホノカ。

 ———ハルキは、どこにいるの?」

 ある日、私の復帰を祝う宴会がいつものメンツでこじんまりと開かれた。ホノカ、トマス、イオリ、アーニャだ。リゼの姿はなかった。

 酔いが回って口が軽くなっているホノカに意を決してそう尋ねた。

 ホノカは「やっぱりそうか」という顔をして、小さくため息をついた。それからかぶりを振って軽く酔いを覚ますと、真面目な顔をして答える。

「齋藤悠貴くんは、死亡が確認されました」

 ああ、やはりそうか。誰に聞いても、その答えが返ってくる———

「ホノカ。はぐらかさないで。私は『どこにいるのか』を聞いたのよ」

 それからホノカはしばらく逡巡をくり返し、最後にウイスキーをストレートで一気に煽って、グラスをテーブルに勢いよく叩きつけた。

「……サキちゃんには話せないの」

 つまり、私の問いかけの答えには機密指定がかかっている。それも非常に高いレベルで。

 それでも、と食い下がった私を見て、ホノカが苦笑する。

「その手前までなら、わたしの権限で話せる。それでこの場は許してもらえないかな」

 一瞬だけ迷って、それでも何も聞けないよりはマシだと首を縦に振った。

 ゆっくりとホノカが語り始める。

「あの日、サキちゃん達が工場の中から帰還するのを待っていたときだけれど———」

 ホノカたちは、軍による核攻撃の直前に、無線でこんな声を聞いたという。


『届け物だ』


 ノイズがひどく、変声機を通していたため声の主は判然としなかったようだが、この通信のあと座標を示す情報が送られてきた。

 座標は工場からずいぶん離れた山腹を示していて、核攻撃の影響範囲からは大きく外れていた。地中で炸裂した核による地響きが続く中、トマスが半信半疑でセパードを走らせて指定された座標に向かうと、そこに『二人』が横たわっていたのだという。

 ただ、誰が横たわっていたのか、ホノカは口にしなかった。

「あの状況であんなことできるの、リョウジさんしかいないのよねー」

 西園寺了嗣。

 彼の行方はようとして知れない。核攻撃に巻き込まれて死亡したという説が軍部や警察では有力だ。あれだけ広範囲の爆撃から生き残るイメージが湧かないのだろう。現地は完全に死の世界になっているのだから。

 それでも、私はあの男があの程度でくたばるとは思えない。ラボで一合交えただけで思い知らされていた。私やキョウヤよりも強力な適応者《アダプテッド》だ。それなら、『私でさえも逃げおおせられそうな状況』で、彼が逃げられないはずがない。

「……これでおしまいよー」

 困った顔をしたホノカに礼を言って、快気祝いはお開きになった。



 ここに彼の姿は無い。

 それでも、ひとつだけ確信していたことがある。

 ハルキは生きている。必ず。

 あの事件の真相がどんなものだったとしても、これだけは絶対に揺るがなかった。

「———リゼ。ハルキは、どこにいるの?」

 待ち伏せして捕まえたリゼに投げかけた問い。彼女は躊躇う様子を見せることもなく、手招きして私の耳に口元を寄せた。

「十五時。西棟外れの地下。廊下の突き当たり」

 そうして指定された場所に到着すると、リゼが待っていた。

 軍事施設の一角らしく、配管が露出している無骨な廊下の奥。

 厳重なセキュリティロックがかかった分厚い鉄の扉が目の前にあった。

「……まるで、銀行の金庫ね」

「この先、核シェルター。堅牢さ、銀行より上」

 リゼが生体認証でロックを解除すると、ゆっくりと扉が開いた。

 中は意外に広かったが、奥に進むとさらに地下に降りていくエレベーターがあって、リゼと私は下へ下へと降りていった。

 最終的に辿り着いたのは、シェルターの奥深くにあった小部屋。ただ、一番奥というわけでもなく、知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうな、ごく普通の扉の先だ。

 ロックを解除してリゼが扉を開けると、そこは病室だった。

 集中治療用のカプセル型ベッドが部屋の中央に鎮座している。私が入院時に入っていたものよりも大型で肉厚なそれは、巨大な棺桶を彷彿とさせた。

 近寄ってみるが、側面も上面も金属の外装で覆われていて、中を見ることはできなかった。

「この中に……?」

 頷いたリゼは、ふわりと右手を宙に躍らせてホロを呼び出した。

『外殻開放《リリース・アウターシェル》』

 ホロにそんな文字列が踊った直後、棺桶の蓋が開き始める。空気圧が抜ける音がして、低音を唸らせながら上面の外装がスライドしていく。

 もったいぶってたっぷり時間をかけて開いていく様子を、私はじっと見ていた。

 そして、そこに彼を見つけた。

「ハルキ———」

 カプセル内に満たされた液体に髪の毛がふわふわ浮いている。

 別れたときと全く変わらない容姿で、目を閉じてじっとしている。

 心の奥から温かな気持ちが湧き上がってきて、きゅっと胸が苦しくなる。

 そして、改めて理解した。

「……本当に、死んでいるのね」

「うん。ハルキ、助からなかった」

 設置された心電図の波形は動いていない。ずっと静かに直線を描き続けている。

 あの事件のあと、齋藤悠貴は死亡が確認された。

 彼の死亡診断書を書いたのは、他でもないリゼだそうだ。

「ハルキ、ほぼすべての血液、失った。心拍、呼吸、脳機能、すべて停止。

 医学的見地から死亡判定。グリちゃんも、機能してない」

 山腹で救助された二人は、ハルキとリゼで間違いない。

 そして、リゼは無事だったものの、ハルキは発見された時点で死亡していた。

「手の施しよう、なかった。でも、ハルキ、帰ってくる。約束、したから。

 だから、連れ帰って、精密検査した。

 検査したら———乖離指数、八百、超えてた」

 その数字の意味を私は理解できなかったが、それでもハルキがまっとうな『ヒト』ではなくなってしまったのだろうとは想像できた。

「ハルキ、もうホモ・サピエンスと言い難い。遺伝子構造、遠い。リゼより、ずっと遠い。

 ヒトとして、死亡してる。でも、ハルキ、きっと帰ってくる。リゼ、信じてる」

 ハルキの寝顔を優しげに見つめるリゼの横顔を見て、この子は強いなと嫉妬を抱いてしまった。

「———そうね。私も、ハルキが帰ってくるって信じてる」

 私の中にグリーフ・ブレイカーが残っていた頃、温かなつながりが感じられた。

 心地よくて、親と手をつないでいるような安心感が常にあった。どこか遠くから見守られていると思っていた。

 ハルキだ。ハルキが、私を見守ってくれている。そう確信していた。

 だから、ハルキは必ず帰ってくる。 

「早く目を覚ましなさい、ハルキ」

「リゼたち、待ってる」



 気長に待とう。

 諦めの悪い彼のことだ。

「———ただいま」

 そんな風に、きまりが悪そうに起きてくるに違いないのだから。








終

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人類が作り出してしまったアランが世界を脅かしそれに対抗できるのも同じ存在のリゼというのが使いようによって毒にも薬にもなる技術の本質を表してますね。いいお話でした。ハルキがまた目覚めることを…
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