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神様のごちそう  作者: 石田空
番外編
78/79

むかしばなし・四

 氷室ののことでそこまで茫然としなくてもよいと思うぞ。あれもそちにだったら口を割るかもわからぬが、それ以上のことは我が言うべきことでもないだろう。だから気にするな。

 ……いきなり話が飛んだな。

 ふむ、温故知新とはなにか、か……。そちのやった祭りのようなものだ。元々、あの町で起こった災いは、すべて町が老いたから起こったことであろう?

 あの町も、朽ち果てて更地と化す未来もあったかと思う。古くなったものを直して、新しく使い直すというのは手間がかかる。古くなったものを捨てて新しいものに取り換えたほうが早いと考える者だって少なくないからな。

 ……そう怒るな。そういう考え方もあるという話だ。神とてどれだけ神格が高かろうと、人間なしでは存在は保てぬ。それなりに下賤な願いも叶えてきたし、即物的な人間のことだって知っておる。

 古いものにだっていいものはあるし、学ばないといけないものだってある? ……そうだな。そちみたいな変わり者は、我はあまりお目にかけた覚えはない。

 新しいもののいいところはな、広まるのが早いことだ。その代わり、定着するのが難しく、定番と呼ばれるまでには時間がかかる。古いもののいいところは、既に認知されている以上、すぐに定着するが、一度捺された烙印は、なかなか消えるものではない。新しいものだったら、案外すぐに忘れられるものだが、古いものだったらそうもいかん。

 あの町の因習も、要はそういうことだろう。

 古い考えにとらわれた末に、真のことが見えなくなった。実際はただ町が古くなっただけだというのに。一度空気を入れ替えれば、案外そんな考え方は消えてしまう。でもそこまでやるには難しいし根気もいる。頭でわかってはいても、できる人間は案外いない。

 そういう話だ。

 ……呼び止めてまでする話ではなかったな。すまぬ。


****


 御先様が謝罪したところなんて、はじめて聞いたなあ。

 最後の結びの言葉を聞きながら、あたしはまじまじと御先様の顔を見る。

 相変わらず仏頂面で脇息にもたれかかっているのを眺めてから、あたしはぺこんと頭を下げた。


「お話、ありがとうございました。あたし、結構ここに来て長いと思いますのに、ほーんと、全然知りませんでしたね。神域のこととか、ここに住んでる人のこととか」


 御先様のこととか。そこまではさすがに言えなかった。

 あたしの言葉に、いつもの調子で御先様は答える。


「そんなものであろう。別に気にすることはない」

「いや、あたしもここで大分料理つくってますのに、それで知らんぷりって寂しいじゃないですか! だってマンションとかアパートとかでお隣さんがなにしている人かわからないっていうのはまだわかりますけど、一緒の場所で生活して、一緒にご飯食べてるのに、なんも知らないっていうのは!」


 そういって手をぶんぶん振ると、御先様は鼻で笑ったような顔をした。笑われた……いや、笑ったからいいのか? あたしがうんうんと唸る間もなく、御先様は口を開いた。


「そちはそのままでいい。どうせまた余計なお節介を焼くのだろうから、いちいち他人に対してどうこうしようと思わずともよい」

「それって褒められてるんですかねけなされてるんですかねっ!?」

「さてな」


 そろそろ御先様も疲れてしまうだろうしと、あたしはようやっと「失礼しました」とひと言かけてから、ようやく膳に手をかけて、広間を後にした。

 もう外は暗くなってしまっていて、ときどき見回りをしている付喪神とすれ違うだけだ。

 あたしが勝手場に戻ると、既にあたしの置いていったご飯をよそって、賄いとして兄ちゃんが食べていた。火の神もその近くでご飯を機嫌よく食べている。

 烏丸さんはまた現世の掃除に出かけているのか、まだ戻ってきてはいない。……いや、あたしが知らなかっただけで、御先様や烏丸さんの住んでいた、現世と神域の間にいるのかもしれない。そこに住んでいたなんて、今日話を聞くまで知らなかったんだもの。

 兄ちゃんは今日は酒も飲まずに、もりもりとご飯を食べている。


「おー、お帰り。御先様といったいなんの話してたんだよ?」

「ただいまー。えー、たいした話なんてしてないよー?」

「その割には全然戻ってこなかったじゃねえか」

「えー。そんなことないよー」

「ふーん、まあいっか」


 兄ちゃんが再び食事に集中するのを眺めながら、あたしもぺたんぺたんとご飯をよそって、すまし汁をすくいながら笑う。

 御先様や烏丸さんの正体がわかったよとか、神域と現世の間にも住んでいるひとがいるんだよとか、いろいろ言ってみたい言葉はあったはずなのに、何故かうまく言葉にできなかった。

 なんでだろうと思いながら、すまし汁をすすって気が付く。

 ……ああ、あたし、別にこれを誰かに話したくないんだ。

 ふたりだけの秘密なんて大層な話はしてはいないけれど、なんとなーくもったいなく思ってしまったんだ。

 だって次、御先様とふたりで話をする機会なんて、いつあるのかわからないもんな。

 そう納得してから、ご飯に箸を伸ばした。

書籍版「神様のごちそう」の発売予定日は明日ですが、フライングで入手できる店もあるかと思います。

もしお見かけした場合は、どうぞよろしくお願いします。

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