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神様のごちそう  作者: 石田空
番外編
60/79

庵の料理手帖・一

8月22日に出ます書籍版発売記念の短期集中連載となります。

本編中で語り切れなかった話メインになりますが、よろしかったらお付き合いくださいませ。

「よっと、ころん。これ運んでー」


 朝餉の用意も終わり、食材も明日の夕餉の分まである。だから今日はあたしの住んでいる部屋の大掃除をしようと思い立って、茅葺屋根の小屋の掃除をしていた。

 とりあえず小屋の中にあるものを全部小屋の外に出して、黄ばんだ畳を掃き掃除する。箪笥をころんに運んでもらって、そこを掃く。本当に寝起きにしか使っていない小屋とは言っても、結構埃は溜まっているなあ。

 あたしはころんが掃除のたびに箪笥を動かしていると、箪笥の後ろから、パサリ、という音を立てたのに、あたしはあれと思いながら音のほうを見る。

 どうも箪笥の引き出しに挟まっていたのが、ずっところんが箪笥を動かしていたせいで落ちてきたらしい。それは一冊のノートだった。和綴りみたいな和風の手帖ではなく、あたしもよく知っているノートだ。でも時間が経っているみたいで、結構黄ばんでしまっている。


「あれ……誰のだろう」


 ひとまずころんに、掃除を手伝ってもらったお礼に糠床に漬けていたきゅうりをあげつつ、あたしはパラパラとノートを見る。


『今日の朝餉


 ごまご飯

 岩魚と山菜の揚げ物

 大根の梅干し和え

 ふきのとうの味噌汁』


 そのノートの主は、調味料がない、材料だってない中でも、どうにかご飯をつくっていたあたしの前のご飯係の人らしい。

 メニューはあたしともあんまりかぶってないから、料理の参考にさせてもらえないかなあ。そう思いながら読んでいると、「おや、お前さん掃除かい?」と声をかけられる。


「あ、烏丸さんどうも。元々はあたしの煎餅布団をどうにかしたかったんですけど、気付いたら大事に……」

「ああ、小屋で寝るには大変だしなあ」

「蒲団なんてどこで作ってもらえばいいんですかねえ。対価払って作ってもらえるんだったら作ってもらいたいですけど」


 そう話をしているところで、あたしの持っているノートのほうを烏丸さんがじっと見ているのに気が付いた。あたしは思わず「あー」と言う。


「掃除してたら、見つけたんですよ。料理の参考になるかなと思ったんですけど」

「あー……これなあ」


 烏丸さんはそのノートをじっと見る。その目はどこかで見たことあるなと思って少しだけ考えて、「あ」と思い至る。


「あのぉ、もしかして。これって庵さんのものだったり……します?」


 恐る恐る聞いてみると、烏丸さんは苦笑して頷いた。


「ああ。庵はその帳面を持ち歩いていたからな。しゅざいだとよく言っていたよ」

「え、なら尚のこと、あたしが読んじゃ駄目なもんじゃ」

「いや、お前さんが持っていたほうがいいだろう、庵も」


 この人、朴念仁だよな。ものすごーく失礼なことを思いながら目を細める。

 あたしは「いや、これ以上は読めません」と言って、そのままノートを烏丸さんに押し付けた。


「あたしはこれ以上は読めませんので。烏丸さん、現世に行くときにでも返しに行ってくださいよ」

「こらこらこらこら、それは庵に対しても」

「……あたし、なんというか納得できませんから」


 我ながら勝手なこと言ってるよなとはわかっている。庵さんは「もう会わない」と言っているのに、烏丸さんに会う口実を押し付けるなんて。

 あたしは「掃除がまだ途中ですから!」と言って、そのまま烏丸さんを追い払うと、掃除を再会させる。

 でも……庵さんはせめて烏丸さんとちゃんとお別れさせてあげたほうがいいんじゃないかなと、そう思ってしまったんだ。


****


 何故かりんに怒られてしまったが。

 俺は胸元に押し付けられたノートを手にして、そっと溜息をつく。

 未練がましいとは自分でもわかっているが、俺の中では庵と別れてから大して時間が経っちゃいない。彼女はきっと本気で「会いたくない」んだろうけどなあ。

 最初にめくった料理を見て、思わず笑った。

 彼女がおっかなびっくり料理していたのを思い出す。

 多分、それが普通なのだ。もうちょっと慣れてしまえばよかっただろうに。そうも言ってられないだろう。


『今日の夕餉


 ご飯

 鮎の塩焼き

 青菜のごまよごし

 きのこの味噌汁』


「あ、あの……こ、まります……私、仕事があるんですけれど……!」

「すまんなあ、お前さんはあの神社になんの関わりもないのに」

「ゆ、誘拐じゃないですか……!」


 眼鏡にお団子頭。着ているのはこの時代では珍しい小袖姿だった。俺が捕まえている彼女は、やたらめったらおどおどしながらも、必死で声を張り上げていた。

 まるでそうしないと自分が圧し潰されてしまうから、圧し潰されないように抵抗しているようだった。

 彼女がうちの神社に来たのは、ただの取材だったとは後で聞いた話だ。なるほど、神社も祀っているのは八咫烏だし、物珍しかったんだろう。

 彼女はおろおろしながらも、ひとまず御先様にお目通しを済ませる。御先様は相変わらず無関心な顔をしていたものの、それがぞんざいな扱いを受けたように思ったんだろう。ずいぶんと怯えてしまっていた。

 台所に立ち、火の神としゃべるのにもひと苦労、料理をするのにもひと苦労しているようで、どうにか御先様に膳を出したあとは、くたびれ果てて、自分の食事も取らずに眠ってしまった。

 台所に戻るなり倒れてしまうものだから、仕方ないから小屋まで運んで行ったが。

 なんの説明もせずにここにいるのもなんで、小屋の蒲団を引っ張り出して、彼女をそこに入れると。途端にぱちんと目を覚ましてしまった。


「あ……あの……! ここはいったいどこで、すか?」

「ん、おはよう。まだ深夜だが」

「あの……私、御先様に料理を出してからすぐに倒れてしまったんですけど……その、ごめんなさい。いきなり倒れてしまって……」

「そりゃ、食事が終わってすぐ倒れるなんて料理番、はじめて見たが」

「本当に、ごめんなさい……」


 何人もさらってきては、料理番に任命してきたが、ここまで気が弱くって、御先様に対して萎縮している料理番はこっちだってはじめて会った。

 たしかに御先様の気迫は、人を脅えさせたりはするが、庵みたいにここまで脅えることはなかったんだがなあ。

 庵は恥ずかしそうに縮こまって背を丸めたら、途端に「ぐー……」と音を立てた。腹の音だ。最初に出会ったときは俺が腹をすかせたというのに、今は逆じゃないか。

 俺が思わず笑うと、庵は蒲団で顔を隠す。


「ご、ごめんなさい……」

「いやいやいや。たしかに夕餉は食べていなかったからな。ちょっと待て。飯は櫃に移しているぶんがあったと思うから取ってくる」

「わ、私が、自分で取りに行きますよ……!」


 それを俺は無視して、勝手場まで出て行った。既に竈で丸まって眠っている火の神を背に、櫃に移したご飯を取って、適当に握る。

 丸い握り飯になったが、仕方がないか。それを持って小屋に戻ると、庵は正座して所在なさげに背中を丸めていた。


「眠っていてもよかったのに」

「い、いえ。烏丸さんがわざわざ食事を持ってきてくださったのに、そんなわけには」

「いや、俺は見よう見真似にしか食事なんて出せんぞ」


 そう言いながら丸い握り飯を差し出すと、庵はそれを恐々と口にした。ゆっくりと咀嚼しつつ「あのう……」と遠慮がちに口を開く。


「どうした?」

「あのう……もしかして、これ。塩使ってないんですか? 味がその……ご飯の味だけで」

「どこで塩を使うのか知らなかったんだ。すまん」

「ええっと……握るときに塩を付けてから、握るんです……」


 なるほど。料理番ってわざわざそんなことをしていたんだなあ。そう感心していると、庵はようやく目尻を下げて笑った。


「……ありがとうございます。本当に」

「いや、食べ終わったらまたおやすみ」

「本当に」


 彼女は握り飯を全部食べ終えたら、手を合わせて「ご馳走様」と言ってから、俺に器を返した。

 今思ったら。彼女にしてみればずっと気を張っていたのが緩んだときだったんだろうなと思う。

 その手のことに鈍いっていうのは、不幸しか生まないと。今だったらわかるんだが。

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