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神様のごちそう  作者: 石田空
祭り囃子編
59/79

神様のごちそう

 桜が咲いている。

 一昨年の今頃も咲いていたし、去年の今頃も、他よりもずっと長く咲いていたと思う。

 あたしが卒業と同時に修業に出ると言ったら、途端にお母さんに「あんたそれで食べていけると思ってるの!?」」と当然の悲鳴を上げられてしまった。それにあたしは「あー」と言う。


「もうお父さんには話付けたよ。調理師免許はちゃんと取ったでしょ」

「そうだけれど! 今時修業って、あんたの学校からだったらホテルの就職斡旋とか、メーカーの就職斡旋とかだってあったでしょうに!」

「お母さん……一応言っておくけど、それ無茶苦茶成績優秀者だけだよ。斡旋は。皆普通に試験受けるんだよ」

「なら、あんた一体どこで修業を……!」


 お母さんはギャーギャー叫んだけれど、お父さんはいつものとおりだ。


「もう巣立ちするんだから、ちゃんと送り出しとけ」

「そうは言っても、あんたはいいかもしれないけどねえ」

「手に職持ってるんだからどこ行っても食って行けるだろうが。ほら、梨花も気を付けてな」

「うん。それじゃあ、行ってきます!」


 最後にお母さんに抱きついてから、ぶんぶんと二人に手を振った。

 次にうちの家に戻れるのっていつだろう。考えても埒が明かないから、それに背を向けた。

 相変わらず商店街は、他の大きなショッピングモールに圧されて存在が危ぶまれているけれど、お祭りを定期的にするようになってからは、その人通りもちょっとは改善されている。

 それは御先様に力が戻ったせいなのか、お祭りの効果なのかは、ちょっとよく分からない。あたしは商店街の魚屋であさりを買うと、それの入った袋をぶら提げたまま、神社へと向かって行った。

 背中には着替えに専門学校の教本、自分でぺたぺたと付箋を貼りつけたノート、あと料理関連の本を数冊。手に持っているのはあさりを入れた袋なんだから、シュールなんていうもんじゃない。変だ。

 神社は時折は酔っ払いの人がのんびりと花見をする姿も見受けられるようになったけれど、さすがに昼間から飲んでいる人は今は見ない。あたしが鳥居を潜った先には、烏丸さんが腕を組んで立っていた。あたしが持っている取り合わせの珍妙さに、当然ながら目を瞬かせてから、苦笑をしてみせた。


「おいおいおい……随分と妙な格好で来たな。りん。親御さんたちとはちゃんとお別れしてきたか?」

「うん、まあね。それに、こうなるってことは、去年のお祭りの時には覚悟していた事だしさ」

「そうか」


 そう短く頷いて、烏丸さんは笑う。あたしは辺りを目に焼き付けるようにもう一度ぐるりと見た。

 相変わらず寂れた商店街だけれど、ちょっと空気を入れ替えたから、もうちょっと長い事あると思う。八咫烏神社も、あたしが初めて神隠しされた時から何ら変わりはない。

 現世と神域の時間の流れは違うって聞かされた時から、覚悟していた事だ。……絶対に、今の景色を忘れない。


「烏丸さん、行こう!」

「もういいのか?」

「うん、もう大丈夫だから! それにほら、あさりが傷んじゃう!」

「相変わらず食べ物の事しか考えてないなあ」


 烏丸さんは苦笑しながらあたしを捕まえると、そのままぐっと飛び立つ。現世と神域の境目がどうなっているのか知らないし、そこを通り抜けるのは三度目だけれど、慣れるとも思っていない。足が地面に着かない浮遊感に身を縮こまらせていたら、だんだんと霞がかった場所が見えてきた。


「あ……すっごぉーい……」


 辺りの景色に、あたしは息を飲む。

 前は季節感が滅茶苦茶で、綺麗ではあっても統一感がなかった御先様の神域だったけれど、今は違う。

 霞がかった視線の先には、薄紅色の花が咲き誇っていたのだ。桜の花びらがひらひらと舞っているのが見えて、あたしは自然と顔を綻ばせる。


「全部桜だぁ……!」

「一度の祭りじゃすぐに正される訳じゃないがな。商店街で祭りが何度も開催されたおかげで、御先様の信仰もちょっとは戻ったらしいな。あの人も最近は空腹で癇癪を起こす事がなくなったしなあ」

「よかったぁ……」

「でもま、お前さんもあさりなんて持って来てどうするんだ?」

「ええ、だって。御先様に信仰が戻って、ここに季節感が戻ったんでしょう? 決まってるじゃないですか」


 畑はあっても畑から昆布は採れない。そんなのは当たり前。


「季節の物って。季節に食べないと意味ないじゃないですか」


 そう言った途端、烏丸さんが腹を抱えて笑い出し、危うく落とされかける。あたしは落とされまいと必死で烏丸さんにしがみついた。


「ここ、空の上! あたし、飛べない!」

「ああ……すまんすまん。まあ、そうだな、そうだよなあ……」


 烏丸さんは目尻に涙を浮かべたまま、そろそろと降下していく。だんだんと御先様の屋敷が近付いてから見ると、畑では相変わらず付喪神が畑の世話をしているのが見え、途中でこちらに付喪神が一人、こちらに振り返るとトコトコ走ってきた。

 その大きな笠を被っているのは。


「ころん!」


 あたしは烏丸さんから離れると、そのままころんのところに寄って行く。相変わらずころんとはしゃべれないけれど、喜んでいるように目を細めているのが分かる。

 こちらに付喪神が寄って来るのに気付いたのか、屋敷の方からもちりとりを持った人がやってきた。


「おい、りんか!?」

「あ、兄ちゃん。お久しぶりー!!」


 あたしが手をぶんぶんと振ると、兄ちゃんがちりとりを持ってやって来る。そのちりとりの上にはくーちゃんが乗っている。


「あー、りんだぁー」

「くーちゃんもお久しぶりね」

「お久しぶりー。さっきぶり?」

「……あたし、ここに一年半くらいいなかったと思うんだけどな。いつぶり?」


 あたしがちらっと兄ちゃんを方を見ると、兄ちゃんはうーんと首を捻った。


「どうだろなあ。俺も分からん。俺の中だったら半年位な気がするんだけどな。結構季節が変わった気がする。まあ、季節が定まってくれたおかげで、俺は酒仕込むの楽になったけどな」

「ああ、そっかぁ……御先様は!?」

「あの人? あの人だったら、桜の下にいるよ。桜が咲いたら、あの人桜ばっかり見てるからなあ」


 そう言いながら、兄ちゃんはあの桜が咲き誇っている区画の方を指差す。

 枝垂桜は、あたしがいた時はつつじや藤でかすんで目立たなかったものの、桜しか栄華を極めていない今だったら、存在感を増し、太い幹から何本もの枝を垂らしては花を流していた。その下に、真っ白なあの人はたたずんでいた。

 あたしは「兄ちゃん。あさりを塩水に入れて砂吐かせて!」とあさりの袋を押し付けると、そのまま走り出していた。

 ころんを肩に乗っけたまま走っていたら、足音で気付いたらしく、白く長い髪をなびかせて、その人は振り返った。


「……お久しぶりです、御先様」

「……ふん、物好きな。またこんな場所に戻ってくるなんてな」

「戻ってきますって、約束したじゃないですか」

「我はそんな約束しておらん。無効だ」


 相変わらずの物言いで、ふいっと背を向けてしまう御先様に、あたしは笑いかける。このわがままな物言いも、その裏を知ってしまったら、もう怖くもなんともない。

 あたしは、一生懸命声を出す。


「あたし、御先様に料理を作りたいんです。おいしいごちそうを作るって約束、思い出しましたもの」

「……あんな童の戯言、無効だろう」

「覚えてなかったらそうかもですけど、あたしが作りたいんですもの。ねえ、御先様。いつかあなたに名前を付けさせて下さいよ」


 そう言った途端、ぴくりと御先様は振り返る。

 作り物のように整った顔が驚きを表わして、少しだけいつもよりも親しみやすい顔に変わる。


「何を馬鹿げた事を……」

「だって、御先様って名前、愛称じゃないですか。名前覚えてないんだったら、新しく付けるしかないじゃないですか」

「……余計な入れ知恵をしたのは烏丸か」

「単に御先様の事を心配していただけですよ。ねえ、御先様」


 あたしは御先様の前に立つ。

 通り過ぎるだけ、正面でご飯を出すだけで、隣に立てた事はないけれど。いつかは隣に立てたらいいなと、それこそ御先様の言う「馬鹿げた事」が頭に浮かぶ。


「春ですから、春らしいものを食べませんか?」


 そう言ってあたしは目を細めて笑った。


****


 久々の勝手場に来たら、竈の下からぴょーんぴょーんと飛ぶのが見える。


「りんだー! りんー、飯食べたいんだぞー!」

「ちょっと待ってね、今作るから」

「火がいるんだろう? 火を使うんだったら賄いが欲しいんだぞ?」

「はいはい」


 火の神に今はあげるものがないなあと思っていたら、ころんが畑から持って来てくれた。

 菜の花だ。あたしは自分の鞄からもろもろを取り出しつつ、ぎゅっと前掛けをして準備をする。あたしが準備をしている間に、兄ちゃんがひょっこりと出てきた。


「一応塩水に漬けておいたけど……これで大丈夫か?」

「ああ、兄ちゃんありがとう。あさり、そこに置いておいて」


 菜の花の根っこを切って火の神にあげると、菜の花をとんとんと切る。砂を吐かせたあさりは水と一緒に鍋に沈めると、それを竈に乗せる。


「火の神、これを沸かして」

「あいよー」


 ことことしてきて、あさりの殻が開いたら、あくを取る。あくを取ったら日本酒とちょっとの醤油で味を調えてから、菜の花にさっと火を通す。


「あさりと菜の花の吸い物なあ……」

「それだけだったら、春っぽくないなあと思って。火の神、こっちの方にも火が欲しいんだけど」


 もう一つの竈に釜戸をセットしつつ、あたしが言うと、火の神はないはずの首を傾げる。


「そっちは飯か?」

「うん。ちょっとだけ違うけれど」


 あたしがセットした中身を、あたしが持って来て広げたものを見て、兄ちゃんは「あー……」と言う。


「こっちにいるんだったら、塩漬けの方法考えないとなあ」

「もうちょっとしたら桜餅のために桜の葉っぱも塩漬けにしないとねえ」

「そっちかよ」


 兄ちゃんがそうツッコむのを流しながら、あたしは勝手場の向こうを見た。まだまだ桜が終わりの兆しを見せる気配がない。

 お花見するっていうのは、平安時代からあったらしいけれど、神様や付喪神でお花見なんてできないのかしら。それとも御先様が嫌がるのかなあ。そう思いながら、あたしはお椀を探しに行く事にした。


****


 野点のように御座を敷いて、その上に今日作ったものを並べる。菜の花とあさりのすまし汁。あさりも菜の花もいい出汁が出るから、香りづけ程度にお酒と醤油を入れた。

 一緒に出したのは、現世で買ってきた桜の塩漬けを混ぜ込んだ桜ご飯をむすんだ塩にぎり。一緒に添えたのは、家で漬けてきた沢庵だ。糠床は持ってきたし、くーちゃんもいるから今度からは漬け物にもそんなに困ることはないだろう。

 桜が好きで、その場から離れようとしない御先様に「できましたよー!」と声をかけるのは、何だか不思議な気がした。


「随分なところで食べさせるんだな」

「御先様の広間からだったら、障子全部開けても桜が遠いじゃないですか。どうぞ」


 シンプルが過ぎるそれらを、御先様は黙って手を伸ばす。塩むすびに手を伸ばして、ためらいなく頬張るのに、あたしは自然と目を細めた。


「……美味いな」


 その一言で、自然とあたしの気持ちは綻んだ。

 その言葉が聞きたくて、あたしはここまで来たんだから。


「はい」


 春にはおいしいものがまだまだある。

 夏にもおいしいものがたくさんある。

 秋はおいしいものばかりだし、冬にだっておいしいものがある。

 それらを作って出せたら、こんなに嬉しい事はない。


<了>

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