祭囃子が聞こえる・一
あたしは口元に手を当てて、境内に座り込んでいた。思い出した事が意外と衝撃的だったらしく、腰が抜けてなかなか立ち上がれそうにない。あたしが呆然としている間に、聞き慣れたバサリという羽音が耳に滑り込んできた。
「あー……思い出したか」
「……烏丸さん」
庵さんの件で揺らいだ反応を示していた人だけれど、今の烏丸さんからは揺らぎは微塵にも感じられない。
いろいろ聞きたい事はあったはずなのに、上手く言葉が出ずにふがふがとしている。そんなあたしの隣に、烏丸さんはトン、と腰をかけた。
「あの人も優しいからなあ……神と約束した場合は、守らなかったら罰が下るが、御先様が混ぜっ返したせいで、無効になっていたんだがなあ……」
「……あの、烏丸さん。聞いてもいいですか?」
「んー?」
「……あたしの記憶が確かなら、昔の御先様、今みたいに全身真っ白ではなかったはずなんですが。あの人、どうしてああなったんですか?」
「そりゃなあ……御先様の本性は八咫烏なんだし、御先様の愛称だって、本来は神の使いの御先から取られている。八咫烏なんだから、本来だったら真っ黒なのは当たり前だろうな」
何をさらっと言っているんだ。あたしは思わずぎょっとした顔で烏丸さんの顔を見る。烏丸さんは相変わらずつかみどころのない雰囲気を保っているものの。
御先様は全体的に怖いと思うほどに整った顔の上に、威圧感がすごくて、まともに顔をまじまじと見られた事なんてない。それに対して烏丸さんも相当整った顔をしているものの、別に怖くはない。そう思っていたから見逃していたけれど。パーツの一つ一つをよーっく見てみたら、御先様と烏丸さんは似ているような気がする。
色が同じだったからとか、そんなんじゃない。そもそも御先様の神域に大量に付喪神がいたのは、ひとりで何もできない御先様に替わってあれこれしてもらうためだったはずだ。烏丸さんは中間管理職みたいに、御先様の手となり足となって動き回って、この人だけは等価交換から外れた場所にいたけれど……。この二人、血が繋がっているんじゃないか?
「あの……だったらどうして、あんなに漂白されちゃったんですか。そもそも神様じゃなかったんですか、あの人は」
「お前さんだって、さんざん神域で付喪神としゃべってきただろうし、そんな話をしてきたんじゃなかったのか?」
烏丸さんはさも当然なように言う。
「物だって動物だって死んだ人間だって、敬われたら神になるし、恐れられても神になる。御先様だって、空きの空いた社で選ばれたんだから、神になったんだ」
「そんな……空きが空いたから神様になるって。それであの人、あんなにお腹空かせてたんですか?」
「まあな……不幸な事故が続いて、だんだん壊れていったが、それでもあの人は新しい神を立てようとしない。悪者になるのは自分だけでいいって、そう思っている人だからなあ」
そうしみじみと言う烏丸さんに、あたしは言葉を詰まらせる。あの人の駄々は子供じみてるって、そう思っていた。それが何だ。あの人、お腹空かせて荒神になりかけても、なお代理を立てようとしないって。本当に本当に。どうしようもないじゃないか。
神域ではどれ位経っているのかは分からない。あんまり経っていないのかもしれないし、それこそあたしがいなくなったのはついさっきの事なのかもしれないけれど。
会いたい。無性に文句を言いたい。そしてご飯を作ってお腹いっぱいになるまで食べさせたい。そう思ったけれど、あたしにはまだ、やる事がある。
じわりと滲みかけた涙は思わず握り拳で拭って、ようやくあたしは立ち上がった。
「……庵さんとも話したんです。神社で、お祭りしようって。氏子さんが放っておく事ができないようにしようって」
あたしがそう言って烏丸さんに振り返ると、烏丸さんはふっと笑った。庵さんの名前を出したせいか、ちょっとだけ泣きそうに目を垂れ下げながら。
「言っていたな、さっきも」
「……もうちょっとして、お祭りのめどが立ったら、ちゃんと御先様の元に戻ります。……烏丸さん、お仕事大変みたいですけれど、その辺御先様に連絡入れられるんだったら伝えて下さい。あたしも……神頼みが通じるんだったら、ちゃんと鈴を鳴らして報告しますから」
「大丈夫、ちゃんと神頼みは通じているさ」
「別にあたし、御先様に連絡しているだけで、頼みごとなんてしてないんですけどねえ」
そう言いながら、あたしは烏丸さんと一緒に家に帰る事にした。
庵さんが仕掛けてくれたものが、ちゃんと働いてくれるといいな。もし働いてくれないんだったら、また別の方法を考えないと駄目だし。そんな事を思いながら。
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聖地巡礼って、一体どんなペースで反映されるのかは分からないけれど、長期戦になるんだろうなと思っていた。けれど、意外とその効果は早くに訪れたのには、あたしは思わず目を見張った。
時には専門学校の研修で作ったものをタッパに詰めてお供えしたり(和食の場合は問題ないけれど、洋食の場合もお箸で食べられないものは、さすがにあたしも出す事ははばかられた)、お父さんとお母さんに出したご飯をお供えしてみたりしつつ過ごしていたけれど。本屋でちらちらと見るようになったのだ。
【地元で売れています! 【祭囃子とヤタガラス】】
商店街の本屋だったら縁起でもないって事なのか置かれていなかったけれど、自費出版の出版社の割には、大きな本屋の目立つコーナーで目に飛び込んでくるようになったのだ。一番最初は図書館の郷土コーナーで見る程度だったのに。
新聞ですら、本の広告欄にぱっと名前が出てくるのだ。最初は自費出版の出版社の宣伝の小さい広告だったのに、だんだんその広告は大きくなっていく。
自費出版ってよく分からないけれど、あちこちに広告出すのはお金かかったんじゃと思って庵さんに電話したら、庵さんは屈託なく笑っていた。
「家と仕事の往復だけだったら張り合いがないでしょう? 本にしかお金使わないから、貯金も貯まっていたし、それを崩しただけだから気にしないで」
「貯金を崩してる時点で気になりますよ!?」
「だって、こうでもしなかったら、怖がった人達は出てきてくれないもの」
そう言ってやんわりと笑っていた庵さんの言葉が、耳に残った。
絵本とは言えど、地元をモデルにしていたら、本屋さんがいろんな展開をしてくれるものらしく、あちこちで目に入るようになったら、自然と人が口であれこれと話すようになったのだ。
あたしは専門学校帰りに学校の近所の本屋でレシピの本を読んでいたら、小さな女の子がお母さんに手を引かれながら話しているのが耳に入ってきた。
「ねえねえお母さん、ヤタガラスさん、近所に住んでるの?」
「そうみたいねえ。ヤタガラスさんが住んでる神社があるみたいね」
「ひとりが寂しいんだったら、いっしょにお話してあげるのに」
「そうねえ」
そんな言葉が、あたしの話ではないのに妙にこそばゆくって、口をむずむずさせた。その神社は、うちの商店街の外れにあるんだよとは、いきなり話しかけても駄目だろう。
最初は本当に端っこだったものが、少しずつ耳に入っていくのが分かる。庵さんがお金をかけてくれたのはもちろんだけれど、読んでくれた人達のおかげだ。耳に、少しずつ、本当に少しずつ絵本の内容が入っていくのが、心地いい。
それでも、まだ聖地巡礼にまでは発展しないと思っていたのに。本当に意外な場所からそれは展開される事となった。
気分よくあたしは家に帰り、今日は冷蔵庫にジャガイモがたくさん入ったから、それで何を作ろうと考えている時だった。普段は地元の人以外はほとんど通らない道に、見知らぬ人がうろうろしているのが目に入ったのだ。不審人物かと思ったけれど、むしろ誰かに話したそうにうろうろしているし、その人は首に大きなカメラをかけているのが分かる。もじゃもじゃとした癖毛に太い首、太い腕。なんとなあく熊を連想させる人だ。それに腕についている腕章。地元新聞社の名前が入っているのだ。
普段地元新聞社は干からびた商店街になんか来ないのに。そう思いながらスルーしようと思っていたけれど「もしもし、地元の人ですか?」と、そちらの方から話しかけられてしまった。
「え、あ。はい。そうです」
「よかった。今特集を組んでいまして。ああ、自分はこんなものです」
渡された名刺は、地元新聞社の名前と田淵さんという名前。それにあたしは「はあ……」と言いながら受け取ると、田淵さんは切々と語り出した。
「今、地元活性化という題材で特集を組んでいまして、その中で目を引いたものがここの商店街で展開されるんじゃないかと期待しておりまして」
「それって……」
「マンガやアニメ、ゲームなどで聖地巡礼というものを活発に行われていますが、自費出版の本で聖地巡礼を起こそうというのは新しい動きだと思いました。そして商店街の歴史も興味深いと思いまして」
「……それって、【祭囃子とヤタガラス】、の事ですか?」
「ええ。本当に珍しい売れ方をしていましたからね、【祭囃子とヤタガラス】は。最初は本当に売れていなかったのですが、このところガンガン広告が打たれて、その都度本が回っている。自費出版で売れないからと出版を打ち切って出版費用返済に動く人が多い中、逆に追加広告を打って本の認知を増やそうとする動きは。作者に取材を申し込んでみたら、地域活性化に一役買いたいとおっしゃっていて」
「あの……記者さんは、既にうちの商店街の話を知っていますか?」
思わずあたしは面食らう。そうだよなあ……商店街では八咫烏神社は怖いところだから近付くなって言われても、地元民以外からだったら、面白い話題の尽きない場所になってしまう。
庵さんも干からびた商店街を回っていて八咫烏神社を見つけたんだから。田淵さんはにこっと笑う。
「昔ながらの因習で、ますます人を遠ざけてしまうのはよくないですね。不幸な事故、だったのでしょう?」
それに思わずびくっとした。おじちゃんみたいにひっそりと口にしてくれた人がいたらしい。神社がほったらかしにされている事も、多分田淵さんは取材して知ったんだろう。それこそ、ずっと放置されていた事だ。
昔ながらの考えで、そのまんま放置されてしまったら、次こんな人がいつ来るのか分からない。あたしは必死に口を動かした。
「そうです! 神社ほったらかしだし、むっちゃ商店街寂れてますけど。このまんまじゃよくないって、皆知っていますから!」
だから新聞に記事にして、お願いと。必死だった。




