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神様のごちそう  作者: 石田空
祭り囃子編
53/79

神様との約束・四

 夕方の夕飯前。夕方のセール目当ての人達があちこち歩いていくのを横目に、あたしは烏丸さんの返事を待った。相変わらず烏丸さんは商店街を歩くには浮いている姿をしているけれど、誰もこちらを気にする視線を投げかけてはこない。

 しばらくの間の内、烏丸さんはガリガリと頭を引っ掻いた。


「難しい質問だなあ……庵の事は」


 それにあたしは思わず目を瞬かせる。てっきり「何とも思ってない」という風に答えるとばかり思ってた。庵さんも「脈なし」って寂しげに笑っていたはずなのに。

 烏丸さんは茜色の空を見上げながら言葉を紡ぐ。


「庵は、右も左も分からない上に、御先様を随分と怖がっててなあ……りんみたいに全然怖がらないで接するのは、稀だったしな」

「いや、あたしだってそりゃ怖かったですけど」


 今だったら、単純にお腹が減って癇癪起こしてるんだろうなと思うけれど、初めて見たら誰だって怖いと思う。あたしの場合は、実家の手伝いで酔っ払いやら癇癪持ちの客だって相手をした事があったから、そう判断できたけれど。給食の配給センターで働いている庵さんは多分、御先様みたいなタイプに会った事はなかったんじゃないかなあ。

 あたしの感想はさておいて、烏丸さんは続ける。


「あんまり泣かれてしまっても、帰してやりたい事はやまやまだが、神社の外には俺だって出られないし、新しいご飯係を用意しない事には御先様だって癇癪が治まらない。励ます事しか、俺にはできなかったんだ」

「……それで」

「もう本当に怖がって、数日の内に勝手場に出るのすら怖がって、部屋に篭もって震えてるのを見るのは、痛々しかったな……それでも、腹が減ったら何も考えられなくなるし、ますます気持ちが下を向く。そうなったら御先様だって荒神になってしまうし、庵はますます怖がる悪循環になってしまうからな。切るだけでいい、何かを御先様に出してあげてくれって、何度も頼み込んださ」


 烏丸さん、言い澱んでたくせして、話し出すとものすごく饒舌だった。それを聞いていると、しみじみと思う。あれ、庵さん別に片思いだった訳ではないんじゃ……。でも庵さん、「申し訳ないからもう会わない」の一点張りだったなあ。あたしは困惑しながらも、烏丸さんの言葉にじっと耳を傾けていた。

 普段の飄々とした態度の人が、こうも熱を帯びて話をしているのを聞くのは、不思議な感じがする。


「庵の作るものは、本当に美味かった。もちろんりんのものだって美味いが、あれの作る揚げ物は、本当に美味くてな……」

「庵さんの事、好きだったんですねえ」


 あたしがそうしみじみと相槌を挟むと、途端に烏丸さんは目尻を下げて笑い出す。


「庵にしてみれば、どうだったのかは分からんがなあ……」


 さすがにこれ以上聞くのは野暮かなあ。そう思って話を変えようとしたけれど、烏丸さんは「でもなあ……」と続ける。割と飄々としている人なのに、珍しく今日は言い澱んでばかりだ。

 いや、庵さんの話は全部言い澱んでるな、この人。


「俺は彼女と一緒にいたかったが、神域に生きている人間をずっと閉じ込めておくのもどうかと思うぞ。地獄の獄卒や、霊とは訳が違う。あいつらの時間はもうとっくの昔に止まっているが、生きている人間は違うだろ。神域と現世だと時間の流れが全然違うっていうのは、りんだって分かっているだろ?」

「……え?」


 あたしの中ではそんなに経っていなかったけれど、あたしが帰ってきた途端商店街が大騒ぎになってしまっていた。もし神域にもっと長くいたのなら、一体どれ位行方不明になっていたのかは、やっぱり分からない。

 つまり、庵さんと烏丸さんがもう会わないっていうのは。

 烏丸さんはやんわりと笑った。この掴みどころのない人を、あたしは初めて理解できたような気がした。いや、相変わらずこの人、底なんて全然見えないんだけど。


「幸せになってくれたら、それでいいさ。りんも忘れてるならそれでいい」

「……え?」


 二度目。あたしは烏丸さんが何を言いたいのかさっぱり分からないまま、家に辿り着いてしまった。

 今日は御先様に何をお供えしよう。家に帰ったらその事で頭がいっぱいになってしまい、疑問は残るものの、それだけを考える事はできなくなってしまったけれど。


****


 ごぼうにさつまいもに干し大根。細切りにして、衣をつけてからりと揚げれば、それでかき揚げが完成する。それだけだと物足りないから、レンコンを薄く切って、豚バラを挟んでそれも揚げてみた。揚げ物は二種類。

 味噌汁も揚げ物の材料の余った分を入れれば、具だくさんの豚汁になる。ご飯はむかごを入れて炊いてみた。

 手を動かし、急いでタッパに揚げ物とむかごご飯のおにぎりを詰めていたところで、「梨花、いるか?」と声が飛んできたのに、あたしは思わずタッパを隠す。……神社に行くのを止められてしまったら、御先様がお腹を空かせてしまう。


「な、なあに?」


 お父さんは相変わらずぶっきら棒に入ってくると、あたしの作った晩ご飯の準備をまじまじと見た。そしてぽつんと言う。


「……本当、成長したなあ」

「いきなりどうしたの。そりゃ高校時代よりよっぽどご飯作ってますけど」


 高校時代はどうしても、授業が終わって真っ直ぐ帰ってきても、お父さんやお母さんの食べる時間には間に合わなかったもんなあ。専門学校も調理実習の際は時間を食う事だってあるけど、それでも小中高ほど慌ただしく授業は詰め込まれてはいない。

 お父さんはまじまじとあたしのご飯を食べつつ、再びぽつんと言う。


「お前は学校出たらどうしたい?」

「へえ? そりゃお父さんがいいって言うんだったら、店継ぎますけど。一応授業でちゃんと経営の勉強もしてるし」

「それなんだが」


 お父さんはあたしの味噌汁をすすりつつ、何度も咀嚼する。……べ、別に不味くはないはずなんですけどっ。でも確かに、御先様に出すって決めた時の方が、家でご飯を作るって感覚よりも鋭く料理を作れたかもしれない……神域にはあたしよりすごい料理人の人、わんさかいたし。多分人間より年を食ってるから、経験値なんて段違いだったと思うし。


「うちを継ぐ前に、どこかに就職しないか?」

「……はあ」

「梨花の料理のそれは、食堂の家のものじゃないだろ。学校で何を教わってるのか知らんが、うちだけに置いておくのはもったいない」


 そう言うのに、あたしは「むむ……」と唸る。そりゃ学校で作る料理は食堂の定番料理だけじゃない。フレンチやイタリアンなんて、学校に行かなかったらわざわざ作らないしなあ。それは舌の違いだと思うけど。

 ただなあ……。あたしは首を振る。御先様のためのお祭りが終わるまで、あたしは家から離れたくない。だって今離れてしまったら、御先様をどうにかする術を見失ってしまうから。


「考えとく」


 お父さんには悪いけれど、今はそれだけしか言えなかった。

 お父さんが早めの夕食を食べ始めるのに、あたしはこっそりとタッパを持って、「ちょっとコンビニ行ってくる!」と言ってから、あたしは神社にまで走り出していた。

 つっかけでバタバタ走るのは、商店街ではよく見られる光景。あたしは神社の端っこにあるコンビニに目もくれる事なく、神社へと走っていた。神社の鳥居を潜り抜けてから、あたしはタッパを拝殿の下に置いて、鈴を鳴らす。

 ご飯を作りたい。ご飯を作って、それを美味しいと言いながら食べてくれる人の顔を見たい。あたしが料理を作るのは家業もあって、息をするのと一緒だった。

 専門学校なんて二年しかないし、その間に考えを詰めないと駄目っていうのは分かるけれど、何だか違うって感情がぐるぐると付きまとう。

 料理を作って、それで誰かに笑って欲しい。

 神域だったら、それは等価交換だったのだから、分かりやすかった。火の神に賄いをあげるのは、火を起こしてもらうため。ころんに賄いをあげるのは、重い荷物を持ってもらうため。くーちゃんに残飯をあげるのは、発酵するのを手伝ってもらうため。

 現世では、等価交換なんてものは曖昧過ぎて、それだけじゃ物事は回らない。分かってる。分かってるけれど、感情が追いつかない。


「……成長ないなあ、あたし」


 あたしはくったりと境内に座った時、足をぷらんぷらんとさせている自分が、ふっと頭に浮かんだ。

 ……あれ?

 あたしは目を瞬かせて、思わず背を屈めて辺りを伺った。

 座り込むまで、全然気付かなかった。……あたし、ここ見た事あるぞ。でも待って。あたしが小さい頃は既に神社に立入禁止が言われていたし、お母さんからも口酸っぱく「神社に行っちゃ駄目」って言われてたぞ。でも、だとしたらどうして見た事あるの。

 途端に烏丸さんが夕方に言っていた事が頭を掠める。


『りんも忘れてるならそれでいい』


 ちょっと待って。あたし、何か大事な事を忘れてない?

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