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死んだはずの王子様へ続く運命の糸

私には、誰にも言えない秘密がある。


人と人を結ぶ「運命の糸」が見えるのだ。


それに気づいたのは、まだ五歳だった頃。


父と母の間には、温かな金色の糸があった。


母と私の間には、柔らかな桃色の糸。


幼い頃から仲良くしてくれた侍女には、淡い青色の糸が伸びていた。


色によって意味が違うのか、最初は分からなかった。


けれど、成長するにつれて少しずつ理解できるようになった。


家族を結ぶ糸。


友情を結ぶ糸。


そして、恋人たちを結ぶ糸。


人によって太さも色も違う。


強い想いで結ばれた糸ほど、鮮やかに輝いている。


だから私は、誰かの運命を見ることができる。


……ただし、自分の運命だけは違った。


私――エレナ・ヴァレンティアには、物心ついた頃から一本の糸しか見えなかった。


胸元から伸びる、黄金色の糸。


それは他のどんな糸よりも強く、どこまでも遠くへ続いていた。


「この糸の先には、誰がいるの?」


五歳の私は、母にそう尋ねたことがある。


母は困ったように笑って、私の髪を撫でた。


「きっと、いつか大切な人に出会うのよ」


その言葉を信じていた。


いつか素敵な人に出会う。


その人と恋をして、幸せになる。


そんな未来を、幼い私はぼんやりと想像していた。


けれど十歳になったある日、私は父の書斎で一冊の古い本を見つけた。


王族の歴史について書かれた本だった。


何気なくページをめくっていた私の指が、一枚の肖像画の前で止まった。


そこに描かれていたのは、一人の少年だった。


黒に近い青色の髪。


深い青色の瞳。


まだ幼さの残る顔立ち。


その下には、名前が記されていた。


『ルシアン・アストレア』


アストレア王国の第一王子。


十年前、王都を襲った魔獣の群れから民を守るため、命を落とした王子。


享年八歳。


私はその文章を何度も読み返した。


そして、無意識に自分の胸元を見た。


黄金色の糸。


その糸は、まっすぐ肖像画の少年へと伸びていた。


「……嘘」


指先が震えた。


ルシアン・アストレア。


私が生まれるより十年前に死んだ王子。


なのに、どうして私の運命の糸が彼に繋がっているの?


それ以来、私は何度も王子のことを調べた。


けれど、分かったのは同じことばかりだった。


ルシアン王子は十年前に死亡した。


遺体は王都へ運ばれ、王家の墓地に埋葬された。


それが、この国で誰もが知っている事実だった。


だから私は、いつしか考えることをやめた。


きっと何かの間違いなのだ。


そう思うしかなかった。


そして今日。


私は十六歳になった。


「エレナ、誕生日おめでとう!」


「ありがとう、ミレイユ」


屋敷の庭で、親友のミレイユ・ローゼンが笑っている。


彼女は私より少し背が低く、栗色の髪を風になびかせていた。


「十六歳かぁ。なんだか大人になった気分ね」


「そうかな?」


「そうよ。もう立派な恋愛ができる年頃なんだから」


「れ、恋愛……?」


思わず顔が熱くなる。


ミレイユは楽しそうに笑った。


「もしかして、好きな人でもいるの?」


「いないわ」


「本当に?」


「本当」


嘘ではない。


少なくとも、私は誰かを好きになったことなんてない。


……まだ。


その夜。


誕生日を祝う舞踏会が終わり、私は一人で屋敷のバルコニーへ出た。


月明かりが庭を照らしている。


静かな夜だった。


そのときだった。


胸元に、熱を感じた。


「……え?」


黄金色の糸が、突然強く輝いた。


今まで見たことがないほど眩しい。


糸の先は屋敷の外へ伸びている。


「何が起きてるの……?」


私は思わず糸を追った。


庭を抜け、屋敷の門を出る。


そして気づけば、王都の外れにある古い森へと足を踏み入れていた。


どうしてこんな場所に来たのか、自分でも分からない。


ただ、糸が私を導いていた。


やがて森の奥に、小さな古い礼拝堂が見えてきた。


誰も使っていないはずの場所。


その前に、一人の青年が立っていた。


月明かりに照らされた黒に近い青色の髪。


振り返った瞳は、深い青色だった。


その顔を見た瞬間、私は息を呑んだ。


知っている。


この人を、私は知っている。


十年前に死んだはずの王子。


肖像画でしか見たことがないはずの人。


なのに。


胸の奥が、痛いほど締めつけられた。


青年は私を見ると、驚いたように目を見開いた。


そして、ゆっくりと笑った。


その笑顔には、初めて会った人間に向けるものではないほどの懐かしさがあった。


「……やっと、会えた」


「あなたは……誰?」


震える声で尋ねる。


青年は少しだけ悲しそうに笑った。


「君は、まだ僕を知らないんだね」


「え……?」


「でも、それでいい」


彼は一歩、私へ近づいた。


その瞬間、黄金色の糸が二人の間で強く輝いた。


まるで十六年間、ずっと眠っていた何かが目を覚ましたように。


青年は胸元に手を当てた。


「僕の名前は、ルシアン・アストレア」


その名前を聞いた瞬間。


頭の奥で、知らない景色が弾けた。


雪の降る庭。


赤い薔薇。


誰かの手を握る自分。


そして、目の前の青年と同じ瞳。


「……どうして……」


知らないはずの涙が、頬を伝った。


ルシアンは私を見つめたまま、静かに言った。


「僕たちは、これが初めてじゃない」


「……何を言ってるの?」


「僕は覚えている」


彼の瞳に、悲しみが浮かぶ。


「何度も君に出会ったことを」


「何度も……?」


「何度も君を好きになったことを」


心臓が大きく鳴った。


私は知らない。


そんな記憶は、どこにもない。


なのに、この人の声を聞いていると胸が苦しくなる。


まるでずっと昔から、彼を知っていたように。


ルシアンは黄金色の糸を見つめた。


「今回も、僕たちはこの糸に導かれた」


「だったら……これは運命なの?」


私がそう尋ねると、彼はしばらく黙った。


そして首を横に振った。


「違う」


「え?」


「運命が君を僕のところへ連れてきたとしても、君が僕を好きになる理由にはならない」


彼は優しく微笑んだ。


「だから今度こそ、僕は君自身に選んでほしい」


その言葉の意味を、私はまだ理解できなかった。


ただ一つだけ分かったことがある。


私の運命の糸の先には、死んだはずの王子がいた。


そして今。


その王子は、私の目の前に立っている。


十年前に死んだはずの王子様。


私が生まれるより前に、この世界から消えたはずの人。


なのに彼は、生きている。


そして私たちは、以前の人生で何度も出会っていたという。


これは偶然なのだろうか。


それとも、本当に運命なのだろうか。


私にはまだ分からない。


ただ、これだけは確かだった。


この夜を境に、私の人生は大きく変わり始めた。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!


エレナとルシアンの物語は、まだ始まったばかりです。


「運命の糸」に導かれた二人が、これからどんな未来を選んでいくのか。

ぜひ、この先も見届けていただけたら嬉しいです。


面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、評価や感想、ブックマークなどで応援していただけると、とても励みになります!


これからもエレナたちの物語をよろしくお願いします。

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