エピローグ――新たな仲間と新たな謎
■子カメの力
――子カメは、生まれ育った地下河から細い通路を伝って、地下都市内に潜り込んでは秘密の通路や基地を見つける一人遊びを繰り返していた。
こうしてはいられない。
アイリは、サキとオロを急遽呼び戻した。
次第を聞いたサキは驚きながらも喜んで訊ねた。
「おまえ、秘密の通路を知っているそうだな?」
じいちゃんカメの横で不安そうに怯えていた子カメが引っ張り出された。何人もの人間に囲まれ、ビビってしまったらしい。じいちゃんカメが心配するなと甲羅を撫でてやる。
サキに抱き上げられた子カメは覚悟を決めたようだ。クリクリとした目を精一杯開けて、うん、と大きく頷いた。
「でも、全部じゃないの。秘密基地はあちこちにいっぱいあるから」
「いっぱいあるのか?」
「うん!」
アイリが金ゴキから地図データを引っ張り出し、投影した。
「おまえ、地図は読めるか?」
「読むって、なあに?」
「うん、そうだな。これが湖で、これが都市の中央行政センター。これがエリート学校だ」
「ふうん。こんなの、はじめて見た」
「これが地図だ。ほら、だれが見てもわかりやすいだろ?」
「ううん。わかんない……」子カメは率直で遠慮がない。
「なんで、わからん?」
「これって上から見ただけだもん。湖だって、木だって、横からも下からも見えるのに」
サキがアイリをチラッと見た。アイリが苦虫をかみ潰したような顔で、金ゴキを操作する。
立体画像が現れた。3D画像だ。
「うわあ!」子カメが喜んでいる。カメは平面で見ることに慣れていない。立体画像の方がわかりやすい。
子カメは、自分の居場所を即座に言い当て、そこから秘密通路に向かう道を示し始めた。あるものは湖の中、あるものは山の中、あるものは都市中心部。それぞれ入り口が違うようだ。アイリが金ゴキに仕込んだインフラ図のどこにも載っていない通路だった。
「これらの全部を歩いてみたのか?」
「うん!」
サキが感心した。
「よくもまあ、これまで見つからなかったもんだ。そんな派手な甲羅をしょっているのに」
「大丈夫だよ。ボク、姿を隠せるんだ!」
アイリがポロリと金ゴキを落とした。サキは抱えていた子カメ自身を落としそうになった。オロが絶句し、じいちゃんカメが目を回しそうになった。
「姿を?」とサキ。
「隠せる?」とアイリ。
「うん!」と子カメ。
オロが言った。
「やってみろ!」
子カメの姿がスッと消えた。
「うわっ!」
みながのけぞる。子カメは、居並ぶ者に順に見えない頭をこすりつけていく。
「ひえっ!」「やめろ、くすぐったい!」「こら、噛むな!」
サキ、アイリ、オロが順に叫び、最後にサキがもう一度叫んだ。
「わかった、わかったから、姿を見せろ!」
子カメがスッと姿を現した。何ごともなかったかのように、いつものかわいい表情だ。
「おまえ、異能カメだったのか?」とアイリは子カメをひょいと持ち上げ、甲羅や腹を調べようとする。
「異能カメってなあに?」逆さに吊されながら、子カメはきょとんと首を上げた。
「特別な力があるカメってことさ」とオロがアイリから子カメを取り上げ、自分の目の前に掲げて、にらめっこを始めた。
「姿を隠せるのに、今回なんで捕まった?」
戸惑いのあまり、サキの声が心なしか震えている。理解可能な範囲を超えすぎて、情報がうまく頭の中でつながらない。
「忘れてたの……姿を隠せるってこと」と子カメがちょっと恥ずかしそうに答えた。
「え? それが答え?」とサキが脱力する。
アイリはうーんと唸った。
「記憶喪失ってのは、そういうのまで忘れるのか……?」
ふとサキが青くなった。
「まてよ、この都市では異能はキャッチされるはずだぞ」
アイリが金ゴキでデータを確認し、絶句した。
「なんと! 以前にあたしたちが侵入して以来、異能検知センサーは発動していないぞ。まさか、キャッチされない異能か?」
みなが子カメをじっと見た。声にならない思いは同じだ。
――この子カメ、本当に神亀かもしれない。
人間たちの思惑など我関せず。子カメが無邪気に言った。
「あ! 湖の向こう側にだれかやってきたみたい」
「だれかって? 捜索隊か?」
サキの問いに、子カメが首を振った。じいちゃんカメが寄り添ってくれているので、妙に強気発言に変わった。
「ううん。違うよ。二人の男の人。スッと姿を現したの。あの場所ってね、とってもヘンなの。何の力も感じられない。だから、外からだれかが来るときって、あの場所がよく使われるの」
サキとアイリが顔を見合わせた。
――転送スポットだ。
「いま、男が来たと言ったな?」
「うん!」
「どんなヤツだ?」
「とってもきれいなお兄さんだよ。グリさまがビックリしてる」
「グリがいるのか? どうしてグリが驚く?」
「知っているひとみたい。弦月さま、玄武さまって呼んでるよ」
みながまたまた絶句した。
サキの脳裏に弟リトとリトに寄り添うディーンの姿が浮かぶ。そもそも、サキたちがこの地下都市に来たのもリトたちを救うためだった。
――二人は〈神殿の道〉を辿って地上都市のラクルに向かっていたはず。いきなり、地下都市に来たのはなんでだ? しかも、正確に転送スポットを使って?
アイリがブツブツつぶやいている。
「湖の向こうって……ここから十キロはあるぞ。しかも、森の茂みで直接は見えんはずだ」
オロがおそるおそる子カメに訊ねた。
「おまえ、見えるのか?」
「うん! みんなには見えないの?」と逆に子カメが聞く。
サキが唸った。
「遠視術だ――しかも、ばあちゃん以上……」
アイリが子カメを揺らした。
「ほかになにか見えないか?」
「なにかって?」
「例えば、さっきここにいたばあちゃんたちとか、地上に残った宿舎のおじさんたちとか」
「うーん。ばあちゃんたちは見える。でも、地上は見えない」
サキとアイリがいろいろと質問する。
どうやら、この地下都市の結界内であれば、遠視や透視が可能なようだ。だが、結界の外までは見えないらしい。
サキが腕を組んだ。
「うーん、この子はとんでもない秘密兵器になるな――都市のヤツらが神亀として欲しがるはずだ」
オロが急かすように言う。
「リトがやってきたんだ! ねえ、ここに呼ぼうよ!」
サキは頷きながら、子カメに訊ねた。
「おい、見えたお兄さんたちの様子はどうだった?」
「腕にヘビを巻いているお兄さんが、もう一人のお兄さんを抱きかかえてたよ」
オロが慌てた。絶叫だ。
「リトが危ない! はやくしてっ!」
サキも深刻な表情に変わった。
「よし、ディーンにこの場所を知らせよう。空間移動させる。他の者も全員呼び戻す。カイたちにも知らせる。セイばあちゃんにリトを診てもらわねばならん。作戦は一から練り直しだ。地下の構造も見えてきた。音や光や匂いについてもいろいろわかったことがある。何より、リトの闇落ちを防がねばならん」
――闇落ち?
アイリの頭の中で、妙なひっかかりが消えない。
――リトの闇落ち? 闇……弦月……弦月は光と闇を相半ばする。〈闇の一族〉……まさかな?
■イ・ジェシンとタダキ
地上ラクル市のTMカンパニー宿舎。
目の前でカイたちが一瞬で消えた。イ・ジェシンが物陰で震えていた。タダキが静かに近寄ってきた。
「やっぱり、彼らはすごいね。ボクたち凡人組には手が出ない」
「うん……」
「凡人には凡人なりにできることがある。さあ、来て!」
タダキは、ジェシンを奥の部屋に招き入れ、分厚い書類を見せた。
「鷹丸組の取引簿だ。これを片っ端から洗い直すぞ。弓月財閥との取引の実態を明かそう! 絹織物取引について徹底的に調べるんだ!」
■ルナ大神殿遺跡
ルキア郊外の離宮の庭では、桜の蕾が膨らみ始めた。
明けたばかりの空。ラウ財団筆頭秘書レオンは、めったにつかぬため息をわずかに漏らした。
カトマール帝国元皇位継承者の姉リリアは、アユ夫人としてカラン暴動の鎮圧に成功した。だが、秀でた能力が目立ちすぎた。本来は文化行事のはずのルナ大祭典が、強い政治性を帯び始めている。アユ夫人の正体を詮索する者もいるようだ。背後には、カトマール第一副大統領エリナ。
だが、とりわけ危険な存在は、弓月御前。御前は天志教団と協力し、大祭典を利用して、緋月の村の秘宝を得ようとしているらしい。
御前だけではない。天月宗主もウル舎村国主もヨミ大神官もそれぞれの思惑を秘めて、ルナ大祭典に臨もうとしている。
――大祭典まであと半年。
レオンは、玲瓏な美しさを歪めることなく、瞳にわずかな翳りをにじませ、穏やかな日差しに輝くルナ大神殿遺跡を見つめた。
――わたしは、古代ルナ一族につながる聖香華。初代以来、聖香華と銀麗月の間には長い確執があると聞く。だが、いまこの大祭典を前に、わたしとカイが叔父と甥として出会ったことには、何か深い意味があるのだろう。
五千年の眠りから蘇った神殿遺跡は、レオンを呼ぶように、ひゅるると鳴いた。かぐわしい風が吹き抜ける。白い神殿に招かれるように、レオンは足を踏み出した。影が足にからみつくように踊り、跳ねる。
「レオン!」
後ろで声が響いた。愛する人の声。
振り返ると、彪吾が駆けてくる。両手を開くと、その中に飛び込んできた。
足元の暗い影がスッと引く。レオンと彪吾が寄り添う影が神殿の白い柱に流れ込み、時が止まった。
読者のみなさま、いつも読んでいただいてありがとうございます。第二話はこれでいったん終わります。思いのほか、長くなりました。第三話では「シリーズ完結編」として、ルナ大祭典の開催とともに〈緋月の村〉の謎が解き明かされる予定です。本務多忙のため、第三話の開始は五月連休明けを予定しています。引き続き〈櫻館〉の仲間たちを見守ってくださいますよう、よろしくお願いいたします。




