ⅩLⅦー2 孤島の神殿――チビ緋龍の変身と五芒星の秘密
■龍の脱皮
蓬莱本島から少し離れて浮かぶ寂れた孤島。島の遺跡には何の変化もなかった。この島の地下洞窟でさんざん時空移動がなされたことなどまったく世に知られていない。
イ・ジェシンがチビ緋龍たち――ククとムム――を地面に下ろした。チョコチョコと歩くが、足が短いせいで、たいした距離は動けない。グリがお目付け役でしっかり張り付いている。アンドロイドのリュイも連れてきた。チビ緋龍たちの記憶を共有するためだ。
ある場所で二匹が足を止めた。手を取り合って震え始めた。
「二人ともどーしたのっ?」
走り寄ろうとするジェシンをサキが止めた。
「まて!」
ククもムムもブルブル身を震わせながら、ある方向を見つめている。
「ひ……」
「もえた」
「あそこに神殿があったんだろう。燃え落ちた日を思い出しているのか。少し様子を見よう」
サキがジェシンにささやいた。
ジェシンが頷いた。妙に顔を輝かせている。ふと見ると、のめりそうなジェシンをとどめるために、腕をつかんだままだった。
パッと手を離すと、ジェシンが甘えるように言った。
「ボクはかまわないよ。いつまでも掴んでくれていいよ!」
サキがケッと舌打ちした。
チビ緋龍たちの様子が変わった。
身体を丸め、踏ん張っているようだ。やがて、脱皮のように、丸い背の下から子どもが現れた。女の子と男の子―—三歳くらいか。裸だ。あわててジェシンが上着を脱ぎ、カイの上着も引っ剥がして、二人にかぶせた。
幼子はキョトンとしてみんなを見回している。
「ククちゃん?」ジェシンが言うと、一人が頷いて「パパ」と答えた。
「ムムくん?」ジェシンが問うと、もう一人が「うん」と頷いた。
大人用上着がダボダボなので、リボンを使って、グリが器用に双子の服を動きやすいように調整する。いつもながらじつに有能だ。
「あたちたち、どーちたの?」どうやらかなりの舌足らずのようだ。
「ニンゲンに変わったみたいだよ」ジェシンがやさしく教えた。
「どっか痛いとか、ない?」二人とも首を横に振った。
「かわいいっ!」ジェシンが父性を爆発させ、双子を抱きしめた。
チビ緋龍はぬいぐるみのようにかわいかったが、人型の双子は雛人形のようにかわいらしい。ぷっくりした白いホッペにつぶらな瞳、かわいらしい口元。
チビ緋龍の脱皮を目の当たりにした風子たちは絶句したが、すぐに駆け寄り、双子の周りを取り囲んだ。オロが「邪魔だ」とジェシンを輪から追い出す。
さっきまでの二人の姿は、抜け殻になってそのまま地面に転がっている。リュイが器用にそれを折りたたんだ。
ふいにムムが指さす。
「ねーね、あっち、いった」
ククが姉ムムの手を引いた。
「いこ」
■小さな石組
オロたち十五歳集団に押し出されたイ・ジェシンは残念そうにくちびるを尖らせながらも、双子たちが指さした場所にいち早く駆けつけた。草ぼうぼうの藪の中に手を突っ込み、あちこちを覗き込んでいる。
小さな石組が揺れる草に隠れていた。
「これ?」ジェシンが尋ねると、二人はそろって頷いた。
「石をのけるの?」また頷く。
石遊びに組み合わせた程度の小さく雑な石組みだった。だが、いざのけようとすると難しい。微妙に組み合わさっているようだ。子どもの手になるものではない。ジェシンが悪戦苦闘し、なんとか石を取り除いた。五つの石――それぞれ材質が違うようだ。
石を無造作に放り投げようとするジェシンをカイが止めた。
「まってください。これらの石はそれぞれ、非常に高価な石のかけらのようです」
サキが驚いて一つを手に取り、ていねいに埃を拭った。
「たしかにそうだ。砂埃をかぶって灰色に見えるが、ほれ、この通り。白大理石、紅大理石、黒御影石、水晶、おまけに金……」
風子がふとつぶやいた。
「ルナ神殿の材料じゃないのかな? 五色の石――ルナ神話に書いてた。神殿の色だって」
みながいっせいに風子を見て、地面に並べられた小石に目を転じた。
「ホントだ……」アイリが目を剥く。
カイが黒い石に目を落とし、静かに言った。
「この黒御影石は、さきほどリトのメールにあった玄武神殿のものでしょう」
リトとディーンのツーショットの背後に浮かんだぼろっちい神殿のことか。
「カランの地下神殿はすべて白い大理石からできていました」
カイの言葉にみなは見ることが叶わなかった美しい神殿を思い浮かべた。〈カラン神殿の巫女〉が守り続けているという伝説の神殿だ。白虎を祀るという。
サキが興奮しながら叫んだ。
「水晶はシャンラの〈王の森〉に現れた湖上神殿だったな?」
「ウル古領の神殿も水晶だったよ!」風子が鼻を膨らませた。その神殿から〈閉ざされた園〉に入ったのだ。
アイリは紅大理石に視線を合わせながら、言葉を失っていた。
(火の谷の村で見た夢の中の赤い神殿は、まさかこれか?)
「おい、カイ修士、この石の組み合わせをどう考えたらいいんだ?」
サキはカイを見上げた。だが、世のあらゆる異能と神殿文化に通暁しているカイをもってしても答えることができない。
「わかりません。ただ、この石組は何かの目印ではないでしょうか? どこかに他の手がかりはありませんか?」
ジェシンが強い興味を示し、猛然とあたりを探し始めた。グリが手伝う。
「あったよ! 白い大理石」
石組から一メートルほど離れた場所にひっそりと置かれていた。土を被せられ、上には白い花の草が生えている。ジェシンが執念で掘り返したのだ。
何かを思いついたように、ジェシンは今度は別の場所をカリカリと掘り始めた。黒御影石が埋められていた。同じように、五つの石が埋められていた。石の配置は五角形をなしている。
カイがぐるりと周りを見渡した。姿は微動だにしないが、声がほんのわずか震えている。銀麗月ですら予想もしなかった光景のようだ。
「五つの石を飛び飛びにつなぐと星形ができます。これが五芒星です。万物を〈火・水・木・金・土〉の流転とみなす五行思想とも結び付いています」
ジェシンが頷いた。
「うん。魔方陣でよく出てくるヤツを思い出したんだ」
サキが唸った。
「おまえ、よく気づいたな」
■五角形の謎
五芒星の中心をなす小さな五角形の部分にカイは立ち、全員に五つの石を辺で繋いだ大きな五角形の外に出るよう指示した。
銀麗月カイは目を閉じ、何ごとかを念じた。
五角形の各辺からスッと光が立ち上った。一瞬まばゆく煌めいたが、すぐに輝きを収め、穏やかな光が紗がかった銀色に揺れている。と、カイの立つ中央の五角形を除いて、五角形で切り取られた草むらがスンと沈んだ。
オロが光の柵に飛びつきながら、下を覗き込んだ。
「おいっ、みんな来い!」
なんだ、なんだとゾロゾロと柵に近寄った。
「うわああ、キレイ!」
風子が真っ先に声をあげた。
「豪華だなあ!」とイ・ジェシンは手放しで喜んでいる。
「というか、派手だな。成金趣味か?」
アイリはげんなりした顔をした。
地下には、黄金色の建物が広がっていた。五角形の壁は銀色――その鏡のような面に黄金の光が映り込み、まばゆいほど煌めいている。
足を踏み出すのがためらわれるほどだ。さほど広くはない。
――これも神殿か?
だが、いままで見てきたルナ神殿とは違う。上品というよりも華麗、神秘というよりも豪壮な趣だった。
その金色の柱の一つから、青い蝶が一匹、舞い出てきた。ククとムムが小さな両手を開いた。蝶はその手に止まった。
「ねーね! ねーね、きたあ!」
ジェシンが尋ねる。
「リュイお姉ちゃんのこと?」
二人の幼子はそろって大きく頷いた。
青い蝶とともに下に伸びる階段が現れた。またもやオロが真っ先に飛び降り、階段を駆け下りた。
「おーい、誰もいないみたいだ」
ジェシンが双子の手を引いてソロリソロリと階段を降りる。数段もいかないうちに、双子はジェシンの手を離して、駆け下りていった。ずいぶん慣れた走りだ。続いて、アイリが、風子が、シュウが、リクも、そろそろと階段を降りた。カイは地下地面に飛び降り、慎重に様子を窺っている。サキは、アンドロイドとグリに上に残るよう指示し、自分も下に降りた。
不思議なことが起こった。
――神殿の色が変わっていく。
緋龍の双子が歩いた場所から順に黄金色が白銀色に変わり、そして、オロが歩いたところから順に透明な水晶に変化した。
オロの顔が白くなった。肩が震え、声も出せない。
透明な水晶の神殿は、水神殿――。ミグル族の至宝が奉納されてきた秘密の神殿ではないか。
奥に扉があった。カイがオロを見ると、何度も頷く。
「よし、開けよう!」
ギイイ――きしんだ音がしたが、さほど重くはない。
扉が開ききると、中から光が溢れた。まぶしさに目が眩み、オロは思わず目を伏せた。
ふたたび目を上げると、正面にはルナ文様――五芒星さながら、五つの異なった材質の石と絵柄の文様が五隅に配され、中央には五角形の大きな文様。壁面の材質は白大理石。中央のルナ文様は、数千年の闇から目覚めたように、四方八方に光を溢れさせている。
両脇の壁には棚があり、何点もの古い巻物、そして、丁寧に積み重ねられた古代の石板――。そして、何点もの美しい楽器、いくつもの櫃。
中央のルナ文様は、父さんが大切に守ってきた神琴にもあしらわれた文様に似ている。でも、少しちがう。図形がいくつか追加で刻まれている。
正面の文様を見ながら、オロがつぶやいた。オロは図形を文字として認識できる特別な眼を持つ。
「神殿の民、ここにわれらの叡智を残す」
まちがいあるまい。ここはミグルの水神殿、マロたちミグル族が探し求めてきた秘宝庫だ。ミグル族の歴史と叡智が詰まっている。
オロは引き寄せられるように、扉の中に足を踏み入れた。双子がオロに続く。三人が床の五芒星の上に立った途端、正面のルナ文様が二つに割れた。
カイは息を呑んだ。
ミグルの秘宝庫の奥にもう一つの部屋があった。
ミグル秘宝庫よりももっと古い文書が列をなして鎮まりかえっていた。数多くの古書を手にしてきた直感が教える。
――これは、ルナ古王国の王国文書。
五千年前、この上に建つ地上の神殿が焼け落ちたあとも、地下神殿は守られたのだろう。いや、地上のいかなる厄災からも守るために、あえて地下に造営されたと言った方がよかろう。
ここに保管されている文書こそ、天月禁書庫にも伝わらぬ〈月の一族〉の記録――五千年前の真実を知るために欠かせぬ文書だ。陸緋龍たちが守り続けた神殿は、王国文書を保管する図書館だったようだ。
風子もシュウも唖然としている。
チビ緋龍は古代神殿の守り人だったのだ。
茫然と佇むオロの後ろで、アイリが金ゴキを飛ばした。
「マロおじさんを呼んだ。すぐ来ると思う」




