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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十七章 五千年前の真実
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ⅩLⅦー1 北の湿地帯からの報告――固まった銀麗月カイ

■ばあちゃん

「おう、サキ。戻ったか。カランではたいへんじゃったの」


 うん、たいへん! 戦争が起こりかけて、戒厳令が出たもん!

 でも、それを饅頭食いながら言う?


「セイさんは向こうに残るとか」

「うん、タダキ弁護士のばあちゃんにいろいろ聞きたいことがあるんだってさ」

「〈カラン神殿の巫女〉の末裔じゃそうな」

「知ってた?」

「いや。カトマール西部のことはほとんど知らんかったの」

 ばあちゃんは饅頭をゴクリと飲み込み、もう一つに手を伸ばした。


 いや、食べ過ぎだって! 年を考えろよ。


「セイさんがおった〈忘れられた谷〉はカランの近くじゃな」

「そうだよ。戒厳令が出たときは真っ青になってた。だから、アユ夫人の演説を聞いて思わず涙ぐんでたよ。わたしも感動した!」

「まあのう、これからカトマールは激動じゃな――セイさんが心配するのも無理はない」


 心配? 感動じゃなくて? 

 そういや、妙だ。

 アユ夫人の演説を聞いたとき、セイばあちゃんは卒倒しそうだった。

 なんでだ?


「リトからメールが届いておるぞ。北の湿地帯でいろいろなことがわかったらしい。写真や動画がついておる。みなを呼べ」


■リトのメール

 全員が見られるように、大型モニターにリトのメールと写真が映し出された。


「みんな、元気? そっちに戻れないからメールで伝えるよ」


 いつもながら軽い。


「いちばんビックリがこれ! 経済特区。バルジャの企業がいっぱい入っている。大統領の肝入り政策だよ。動画で送る」


 経済特区の話は聞いたことがある。外国企業を税金で優遇して誘致し、貿易拠点にするという政策だ。だが、ラウ財団が排除されており、失敗とのさんざんな評価で誰もほとんど関心を持たない。経済誌も無視してきた政策だ。


 動画に映る町は妙に整然としている。清潔で、明るく、バルジャ語が飛び交う都市だった。しかし、まあ、短時間でよくここまで撮影できたもんだな。


「クロが歩き回って撮影したんだ」


 なるほど――有能なネコをもつと、主人の格も上がるな。

 感心していると、次の言葉に仰天した。


「ラクルの地下都市に似てる気がする。そっちで分析して」


 なんだとっ!

 北のバルジャ経済特区が東のラクル地下都市と似てる? 

 経済政策として成功か失敗かなど吹っ飛ぶぞ。近未来都市の地上実験版じゃないか。しかも、そのことをだれも知らない――ひそかに計画が進められているということだ。


 つまり、ものすごい機密情報を、コイツはこんなにサラリと――。

 ほれ。案の定、アイリが目の色を変えた。


「こっちは地下神殿。ちょっと不敬だけど写真を撮った。ここもビックリだ!」


 うわ……きれいだ。ルナ神殿文様と紫色のきれいな布地――。

 ルナ神殿文様はわかる。この地下神殿もルナ神殿群の一つなのだろう。だが、紫の布? なんだ、これ?


「この布は絹地でさ、ラクルの絹の里の絹織物のようなんだ。しかも五千年前。月蝕の神殿行事なんかのときに着用する特別な衣装なんだって」


 うそだろ? 絹織物だぞ。こんなに鮮やかに残るはずがなかろう! しかも、五千年前なんて――。

 だが、続くリトの言葉に、もっと驚いた。


「この神殿では時間が止まってる気がするんだ。なんでか考えて!」


 おいっ!

 そんな超自然的な難問を簡単に投げかけるな。アイリとオロの目がランランと光ってるぞ。


「じゃ、今回はこれでおしまい。オレたち元気だから心配しないで!」


 リトとディーン――にこやかな笑顔のツーショットだ。クロのシッポも映り込んでいる。


 安心させるアピールのつもりか? 逆だ。部屋の空気が一気に冷えた。


 そら、見ろ。オロがキレた。

「おのれェ、ディーンめ。リトに手を出すな!」

 悪態をつきながら、すぐにでも龍になって大雨を降らしながら、北の大地に飛んでいきそうだ。

 思わずオロを捕まえようと手を伸ばしたが、スラさんの方が早かった。首根っこを押さえている。オロがジタバタしたが、スラさんは微動だにしない。

――さすが、ミグル戦士の末裔! 鷹丸組若頭がコロッとやられたのも納得だ。


 ばあちゃんがのんびりと言った。

「うしろが神殿だろうの。柱がボウッとうかんでおる。なるほど玄武の神殿じゃから黒い神殿か。石自体が光を発しとるのかのう? じゃが、おんぼろじゃな」


 そういや、背景はまるでホラーだ。暗闇に何本もの黒い列柱がポウッと淡い光を放っている。ボロボロじゃないか。さっきの布は妙にきれいだったが、神殿はボロボロだぞ。なぜだ? きちんと調べろよ!

 これはこれで重要情報じゃないか。おまえらのツーショットよりも、神殿の写真をもっと送れ!


 鼻息を荒くしていると、目の先で、珍しくもカイが固まっていた。


――リトよ。

 おまえ、バカか。あまりに無自覚すぎるぞ。ディーンはこれでカイにマウントをとった。どう始末をつけるつもりだ?


■固まったカイ

 カイは固まっていた。

 ディーンとリトが二人並ぶ映像を見ると、心が荒ぶり、乱れているのが自分でもわかる。立っているのがやっとだ。


――弦月も玄武も、二人の関係も、遠い昔に歴史から消された。知る者はだれもいない――だが、初代銀麗月の『天月秘録』を調べるうちに、わたしは知った。


 二人は、五千年前の政変に巻き込まれ、引き裂かれた恋人同士。その記憶が蘇ろうとしているのか?

 二人の記憶が戻ったとき、どうなるだろう? 玄武は? 弦月リトは? そして銀麗月たるわたしは――?


 二人の出会いが、互いの力を強めているのは間違いない。だが、玄武ディーンの存在が、弦月リトを闇に落とす恐れもある。


 五千年前、玄武を失った弦月は狂気に落ち、〈緋月の村〉への入り口を強引に開いて、世界を破滅の危機に晒した。最後の瞬間、正気を取り戻した弦月は、一門を率いて自らの命を投げだし、世界を救った。

――だが、その歴史は記録から抹殺された。弦月一門は滅び、歴史の舞台から消えた。


 初代銀麗月は、弦月の物語を集めて封印した。弦月を抹殺せず、だが、弦月を歴史から消すことで守ろうとした。その真の目的が何なのか、いまなおわからない。


 ディーンとして蘇った玄武は、弦月リトを求めてやまない。それは宿命なのだろう。リトはまだ五千年前の記憶を取り戻していないようだ。だが、確実に急速に、リトの力が増している。


 五千年前の〈時が止まった神殿〉は、神殿自体の力などではない。玄武と弦月が揃い、二人が無意識に五千年前の姿を呼び出したのだ。二人以外の誰が見ても、朽ちた荒れ果てた遺物にすぎぬ。


 だが、紫の絹地は、櫻館のだれにもその美しさを焼き付けた。絹織物は、五千年を経ても風化していない――ラクルの絹の里は、太古から途方もない技術を持っているのというか?


 ともかくもっと調べねばならぬ。五千年前の真実を。


■チビ緋龍

 昼過ぎのリト報告の衝撃がまだ残っている。

 だが、ティータイムは別だ。いつも通りの光景が始まった。


「おい、オロ! あたしのケーキをとっただろ!」

「違うわい。オレじゃないぞ」

「じゃ、だれだっ?」

 風子が呆れ、シュウがアハハと大笑いし、リクまでがクスリと笑った。


「えっ?」

 風子はこっちの方に驚いてしまった。リクが笑った!

 思わず、ツツっとリクに近寄り、じっとリクを見つめる。シュウがジトッとリクに目をやる。


 アイリとオロの言い争いはヒートアップし、つかみ合いに発展した。

 最近、スラから護身術、キュロスから攻撃術を学び始めたアイリは、身体のキレが格段に良くなっている。弓月御前の一派にいつ狙われるかもしれない。ばあちゃんによる異能訓練もレベルアップが著しい。


 テーブルの上に手が伸び、スッとケーキが消えた。

「あっ!」

 目ざとく見つけたアイリが、素早くその手をつかんだ――下で一匹のチビ緋龍がバタバタ足を浮かせていた。

「おまえかあ!」

「……おなかしゅいたもん」


 みんなが仰天した。チビ緋龍がしゃべった!


 イ・ジェシンが得意そうに言った。

「キミたちがいない間にしゃべれるようになったんだよ!」

「ホントか?」とアイリが驚いた。


 ジェシンはチビ緋龍を抱っこしてサキに走り寄る。

「でね、聞いて、聞いて!」

「いらん! 聞かんぞ!」

 サキは耳を抑えた。

「この子の最初の言葉は、〈パーパ〉だったんだ!」右手の子だ。

「……」

「で、こっちの子の最初の言葉は、〈ねーね〉だよ」左手の子だ。


 サキがあんぐりと口を開けた。

「おまえ、この二匹の違いがわかるのか?」

 どう見てもそっくりだ。

「あたりまえじゃん! この子がお姉ちゃんのククちゃん、こっちは弟くんのムムくん」


 サキは思わず問い直した。

「姉弟だったのか?」

「そーだよ。あ、ボク以外、この子たちを区別できないみたいだから、かわいいリボンで違いがわかるようにしておくね。ねえ、キミたち、リボンつけてもいい?」

「うん!」と右手の子が答え、左手の子が「いいよう!」と相槌を打った。


 ククちゃんには赤と青のチェックリボン、ムムくんにはピンクと水色のストライプリボンが首に巻かれた。

 サキが目を瞠った。

「チェックとストライプか。微妙にジェンダーバイアスをクリアしてるな」

「もちろんじゃん! サキ先生が嫌がることはしないよ」とジェシンがうれしそうに答えた。


「でね、この子たちが言うんだけど、あの島に行きたいんだって」

「島? ウル遺跡の島のことか?」

「そうだよ。この子たちがリュイお姉ちゃんと別れた場所」


 食欲もなく、立ち去ろうとしたカイが思わず振り返った。

「五千年前にルナ古王国の王都が大津波で沈んだとき、焼け落ちた小さな神殿のことですか?」

 イ・ジェシンが頷いた。

「うん! この子たちが住んでいたところ――リュイお姉ちゃんがルナ古王国の王子と一緒に消えた神殿だよ。なんか大事なものがあるみたい」


 カイが尋ねた。

「わたしも行っていいですか?」

【登場人物紹介】

カイ(20歳)…天月仙門の最高異能者〈銀麗月〉、カトマール皇女リリアとシャンラ王太子ロアンの子。

リト(20歳)…アカデメイア大学文学部学生、雲龍九孤族、弦月。

ディーン(20歳)…アカデメイア大学文学部学生、カトマール国費留学生、本名を隠す(母方祖父は元カトマール大統領、父方祖父はその暗殺者)、玄武の生まれ変わり。

九鬼彪吾(32歳)…天才音楽家、アカデメイア大学音楽学部特別教授、〈櫻館〉の主。

レオン(32歳)…香華族の最高異能者〈聖香華〉、ラウ財団総帥ラウ伯爵の筆頭秘書、弁護士、カトマール皇子。

サキ(28歳)…蓮華学院(通称〈蓮華〉)の教師、〈蓮華〉古代文化同好会顧問、雲龍九孤族、リトの姉。

風子(15歳)…〈蓮華〉生徒、柴イヌモモの主人、記憶喪失。

アイリ(15歳)…天才科学者、モモを溺愛する犬バカ。

オロ(15歳)…別名ルル(歌姫)、〈蓮華〉生徒、ミグル族、銀青龍。

シュウ(15歳)…名門出身、〈蓮華〉生徒、脳に原因不明の腫瘍。

リョウ(15歳)…シュウの双子の兄、見た目5歳、重度障害をもつ、変身能力あり。

リク(15歳)…無表情、無感動、〈蓮華〉生徒。

キュロス…シュウの護衛、タン国傭兵、元シャンラ王太子ロアンの親衛隊長。

ばあちゃん(ミヨ)…雲龍九孤族宗主、〈九孤の賢女〉、リトとサキの祖母。

セイ…香華族最高の薬師。カトマール皇帝ファウンの元女官長。

ラウ伯爵(45歳)…世界的財閥の総帥。傘下に多分野の企業を持つ。

アユ夫人…美貌の富豪、カトマール第二副大統領シャオ・レンの妻、カトマール皇女リリア。〈青薔薇の館〉の女主人アメリア。

マキ・ロウ博士…地質学者、アイリの実母。

イ・ジェシン(32歳)…弁護士。祖母は不動産女王ク・ヘジン。

タダキ(32歳)…弁護士。鷹丸組御曹司。

エファ…蓬莱本島の自治国家ウル舎村の国主。

エリナ…カトマール第一副大統領。

弓月御前…カトマールのラクル財閥の長。


【登場する動物たち(人外の存在)】

モモ…柴イヌ、風子に拾われた。

キキ…太った白い老ネコ、風子の曾祖母の(稲子)の魂が入りこんでいる、オロの相棒、クロの母親代わり。

カムイ…三足カラス、カイの僕で「カイさま命」、400歳。

クロ…もと野良ネコ、リトの相棒になる、抜群の嗅覚。

ミミ…クロが拾ってきた白い子ネコ。

銀狼…レオンに仕えるメス狼、冷静沈着。

三匹の小鬼…ネズミの姿になる。リョウの保護者。400年間、絵に閉じ込められていた。

グリ…見た目7歳、カメ族、抜群の事務能力。

金ゴキ(金色ゴキブリ)…アイリ作成の小型ロボット。

チビ緋龍…5千年前から現代に来た陸緋龍の幼児、火を吐くドラゴン。

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