ⅩLⅥー1 カランの洞窟――わらべ歌の謎
■幾何学的配置
「マキ・ロウはいったいどこだ?」
オロがイラつくように室内を歩き回る。
バルジャ軍の拠点はとっくに金ゴキが調べた。カトマール軍陣営内も調査済み――カラン市内はクロが走り回り、匂いを探したが、手掛かりはない。農村部はグリがカメ・ネットワークを駆使した。マキ・ロウはどこにもいない。
風子は壁に貼られた地図をじっと見つめた。天月でグリとイ・ジェシンが作成した詳細地図だ。
「オロが見つけた地図と木兎の不思議な図面――この地図と関係はないのかなあ?」
アイリとサキが振り返った。
「なんだと?」
「どうしてそーなる?」
「だって……カラン盆地の真ん中にカラン市があって、左下には虎江の源流――右下にカトマールで一番高い〈月の山〉、右上にカラン神殿、左上には奇岩で有名な龍虎洞があるよ」
「……ホントだ」
「よし、ちょっと待て。三つの図面をかぶせてみるぞ」
アイリがパソコンに向かった。
――ほぼ重なった!
「いや。そんなに単純なはずはない」
アイリはそう言いながら、重なりをずらした。カラン神殿をすべての中心に置き換えたのだ。
「カラン神殿とルナ王都をつないでみろ!」とアイリ。
「あれっ? 真ん中に月神殿があるよ!」と風子があわわと口を抑えた。
「その対角線上の北には湿地帯だ!」とリトが興奮する。
「西端は、カラン市につながるね」とシュウ。
「対角線上の南は……火の谷じゃないか!」とオロが叫んだ。
「おまけにラクルの絹の里は、月神殿からルナ王都のちょうど真ん中だ」
「これって……?」
サキが頷いた。
「そうだな。ルナ神話にまつわる場所はやたらと幾何学の図形をなす。何らかの規則性があるようだ」
「マキ・ロウもそれに気づいたんだ。だから、カラン神殿に出向いたに違いない」
「ラクルが地下都市であったように、カラン神殿にも地下都市があると?」
「地下都市とまでいえるかどうかはわからんが、地下神殿があっても不思議ではない。カラン神殿は〈神殿の更新〉という手法で維持されてきた。孤島の洞窟を思い出してみろ。ルナ古王国では、あの洞窟の上に神殿が建てられていた」
「そう言えば、ルナ神話異本に地下神殿の物語があったよ」
「異本か……なら、ほとんど知られていないな。どんな物語だ?」
月の夜
白い階段が開く
青い蝶が舞い出て
迷い人を招く
一の扉に手をあわせ
二の扉に瞳をあわせ
三の扉に額をつける
すべての扉が開き
天の音が降り注ぐ
煌めく列柱
淡い床石
遮るものなき月の光を浴び
神が座に着く
アイリの指がピクリと動いた。
――火の谷のばあちゃんの家でみた夢と同じだ。
■押しかけ協力者
カラン神殿はひっそりと鎮まっていた。暴徒はここまでは到達しなかったようだ。ただ、あちこちに兵士が立っていた。
サキはルナ大祭典関係者証を見せた。ほぼフリーパスだった。だが、遺跡で勝手なことはできない。ソン・ララに連絡を取ると、遺跡見学をすぐに手配してくれた。
あの櫻館連中が興味を持っているとなれば、無関心ではいられない。あさってには自ら出向いて、遺跡を詳細に案内してくれるという。
やれやれとばかり、サキは遺跡公園のベンチに腰をかけた。
「サキセンセー!」
妙な声がする。振り返ると、例の探偵マニアが陽気な顔で手を振っていた。
(また、あいつか……)
サキは思わず頭痛を覚えたが、イ・ジェシンはうれしそうに駆け寄ってきた。
「なんで、おまえがここにいる?」
「だってえ、戒厳令なんてびっくりしちゃうじゃん。サキ先生がこっちにいるって聞いてすぐにやってきたんだよ!」
「呼んでおらんぞ」
「いいって、遠慮しないで! きっと、ボクの配慮を喜ぶはずだよ」
「こんにちは」
ジェシンの影に隠れていた男が姿を現した。端正で知的な青年だ。
「タダキ弁護士! なんで、あんたがここに?」
「話せば長いんだけどさ……」とジェシンが言うのをサキが遮った。
「端的に言え!」
「タダキは逃げてきたんだ。アカデメイアの婚約者からね」
「はあ? それがわれわれとどう関係する?」
「大ありだよっ! カランはタダキのおばあさんが生まれ育った土地でさ。タダキもこのあたりにはものすごく詳しいよ。それに、タダキの婚約者の父親は、カトマール大統領のお・ト・モ・ダ・チ――不正蓄財仲間さ」
「じゃあ、何か。タダキ弁護士はカランの隅々まで知り尽くして我らを案内し、大統領が手出ししようもんなら脅す材料をわんさかもってると――こういうことか?」
「そう!」
イ・ジェシンが胸を張った。
「アホッ! それがどれだけ危険か、わかっとらんのか? 子どもたちが政争に巻き込まれるじゃないか! 下手したら消されるぞ!」
「消される……って、ひょっとして殺されるってこと?」
「そうだっ! レオンだけでも十分危ないのに、ク・ヘジンの孫のおまえがいて、おまけにタダキだと? いらん!」
タダキが萎れた。前髪がハラリと風に揺れた。
「すみません……少しでも役に立てるかなと思っていたのですが……」
「大統領の不正蓄財の件をあんた、いや、鷹丸組がどれほど知っているか、大統領側はわかっているか?」
「いいえ。知らないはずです。鷹丸組の名はいっさい出ていませんので――調べたのは、わたし個人。婚約解消の理由が欲しかったからです」
サキはやや同情したような表情を浮かべた。
「……あんたも苦労してるんだな……」
「カランのことはよくわかるのか?」と聞く。
「もちろんです。母親の方針で、小学校から高校までここで暮らしました。父親の影響を受けないようにと」
「……いろいろ苦労があるな……」
「まあ……」
「よし、わかった。われわれはカランの地理には不案内だ。あんたの助けを借りよう」
「ぜーったい、反対!」
オロが喚いた。
「なんでだ?」
「だって、コイツの目的はスラ姉だぞ! スラ姉にコイツを近づけるわけにいくかよ!」
イ・ジェシンが宥めるように言う。
「オロくん……わかるけど、タダキ弁護士は、いまうちの重大案件の共同受任者なんだ。毎日、事務所に来てるよ。むしろ、タダキをここに引き留めた方が、スラさんに近寄れなくなると思うけど?」
オロがビックリした。
「そ、そうなのか? グリ、どうだ?」
グリがキリリと言い切った。
「イ・ジェシン所長のおっしゃる通りです。それにスラさまはタダキ弁護士を相手にしておられません。心配ご無用です」
(心配ご無用って……)
タダキはますます萎れ、後ろ髪まで風に煽られて立ちすくんだ。ジェシンは愉快そうに笑った。
■カラン洞窟
「地下神殿の話など聞いたことがありません」
タダキが秀麗な眉をひそめた。
「でも、いくつかの洞窟の噂はありましたよ」
「洞窟?」
「そうです。子どもたちの秘密基地――探検ごっこをして遊んでいました」
思い出に目をキラキラさせるタダキを尻目にサキがうんざりした。
(こいつもか……男どもはどーしてこうも探検ごっこが好きなんだ?)
タダキに案内されて向かったのは、小さな滝の背後にある洞窟だった。
(まるで滝の禁書室みたいだね)
リトの言葉に、隣を歩くカイが小さく頷く。
ディ―ンが知らない二人だけの思い出がたくさんあるのだろう。それを知るたびに胸が疼く。
――いつまで持つかな……ボクの心臓。
洞窟の中は案外広かった。ひんやりとした空気が肌に刺さる。だが、不快ではない。さほど寒くもない。外界の突風を防ぐからだろう。
「ここはみんなのお気に入りの洞窟。広いので全員が集まれるんです」
「ほかにもあるのか?」
「ええ。ここを入れて全部で五つです」
「ここが最後の洞窟です」
かなり狭い。崖を登ってきたので、標高も高いようだ。中には清水が湧き、風が通り抜けていた。
「どうやら洞窟は神殿とは関係がないようだな」
サキがそう言ったとたん、風子が洞窟の奥を指さした。
「先生! サカナ……カメも泳いでる……」
洞窟の奥正面に水晶ガラスの円窓が現れ、海の中の光景が繰り広げられた。
「サキ姉、蓮華図書館と同じだ!」
リトの言葉にサキも青くなった。
「そ……そうだな。おい、タダキ弁護士、これはどういうことだ?」
先頭で茫然としていたタダキが振り返った。
「わかりません……でも、このあたりに伝わるわらべ歌のまま……」
呼ぶよ
呼ぶよ
お洞が呼ぶよ
暗く明るい
山の中
入るな
入るな
お洞に入るな
ひやりとぬるい
海の底
二度と戻れぬ海の底
「あ……あれ!」
風子が指さす方にみなが目をやった。
青い蝶がひらひらと舞っていた。
その向こう――入ってきたはずの洞窟の入り口は見えない。
――閉じ込められた?
蝶が透き通るような羽を上下に震わせながら、くるくると弧を描く。
暗闇に白い影がうっすらと姿を現した。
――階段だ!
【登場人物紹介】
カイ(20歳)…天月仙門の至高者〈銀麗月〉、最高異能者。
リト(20歳)…アカデメイア大学文学部学生、雲龍九孤族。
ディーン(20歳)…アカデメイア大学文学部学生、カトマール国費留学生。
九鬼彪吾(32歳)…天才音楽家、アカデメイア大学音楽学部特別教授。〈櫻館〉の主。
レオン(32歳)…ラウ財団総帥ラウ伯爵の筆頭秘書。弁護士。
サキ(28歳)…蓮華学院(通称〈蓮華〉)の教師、〈蓮華〉古代文化同好会顧問、雲龍九孤族、リトの姉。
風子(15歳)…〈蓮華〉生徒、柴イヌモモの主人、記憶喪失。
アイリ(15歳)…天才科学者、モモを溺愛する犬バカ。
オロ(15歳)…別名ルル(歌姫)、〈蓮華〉生徒、ミグル族。
シュウ(15歳)…名門出身、〈蓮華〉生徒、脳に原因不明の腫瘍。
リョウ(15歳)…シュウの双子の兄、見た目5歳、重度障害をもつ、変身能力あり。
リク(15歳)…無表情、無感動、〈蓮華〉生徒。
キュロス…シュウの護衛、タン国傭兵、元シャンラ王太子ロアンの親衛隊長。
ばあちゃん(ミヨ)…雲龍九孤族宗主、〈九孤の賢女〉、リトとサキの祖母。
セイ…老薬師。
ラウ伯爵(45歳)…世界的財閥の総帥。傘下に多分野の企業を持つ。
アユ夫人…美貌の富豪、カトマール第二副大統領シャオ・レンの妻。
イ・ジェシン(32歳)…弁護士。祖母は不動産女王ク・ヘジン。
タダキ(32歳)…弁護士。鷹丸組御曹司。
エファ…蓬莱本島の自治国家ウル舎村の国主。
エリナ…カトマール第一副大統領。
弓月御前…カトマールのラクル財閥の長。
【登場する動物たち(人外の存在)】
モモ…柴イヌ、風子に拾われた。
キキ…太った白い老ネコ、風子の曾祖母の(稲子)の魂が入りこんでいる、オロの相棒、クロの母親代わり。
カムイ…三足カラス、カイの僕で「カイさま命」、400歳。
クロ…もと野良ネコ、リトの相棒になる、抜群の嗅覚。
ミミ…クロが拾ってきた白い子ネコ。
銀狼…レオンに仕えるメス狼、冷静沈着。
三匹の小鬼…ネズミの姿になる。リョウの保護者。400年間、絵に閉じ込められていた。
グリ…見た目7歳、カメ族、抜群の事務能力。
金ゴキ(金色ゴキブリ)…アイリ作成の小型ロボット。
チビ緋龍…5千年前から現代に来た陸緋龍の幼児、火を吐くドラゴン。




