ⅩLⅤー7 野望と決意――カトマール西部カランへの侵攻
■カラン古文化
夜八時の土曜特集が始まった。世界の歴史と文化を紹介する人気番組だ。
その日のテーマは「カラン盆地の古代神殿」。
つい先日カランを訪れたオロは、珍しくテレビに釘付けになっていた。
カトマール西部は険しい山と深い森が続く。その中で唯一、奇跡のように豊かな穀倉地帯となったのがカラン盆地だ。北から東に広がる森は生活の材を惜しみなく与え、西から南に連なる山々は外敵を寄せつけない。山と森から流れ出す河が肥沃な大地を育んだ。
この豊穣の地には、古い文明が芽吹いた。神話時代、東にルナ古王国があったころ、この地は白虎が治めたと伝わる。〈白虎の子孫〉――それは盆地の人々の誇りだった。
五十年前、田んぼの中から偶然、小さな神殿遺跡が見つかった。数千年前のものらしい。
人々は色めき立った。ルナ古王国に匹敵する文化が眠っているのではないか、と。
神殿は何度も建て替えられ、古い神殿の上に新しい神殿が重なる層構造になっていた。建て替えによって共同体の記憶を蓄える――「神殿の更新」と呼ばれる独自の価値観だ。
番組はこの「更新」を丁寧に掘り下げていた。
千年に一度の儀式、異様な青銅仮面、キメラ動物の鋳造物。金細工をまとった女性の墓。
小規模ながら重要な神殿都市があったと推定されている。ただし、ルナ古王国とは異なり、権力の集中は起こらなかった。巨大王墓も都市遺構もない。このため〈カラン古文化〉と呼ばれている。
オロは画面を見つめながら、胸の奥にひっかかるものを覚えた。
――カラン文化は独自文化なんかじゃない。ルナ文化の一つのはずだ。
文様が決め手だった。
カランの青銅文様は、龍族の都で見た銀青龍の文様とよく似ていた。
神殿の形も、例の石棺があった島の小神殿に酷似している。
気づいたのは、おそらくオロだけだ。
――カラン古文化のルナ文様はいったい何を意味する? 青龍とどう関係するんだ?
静かな疑問が、胸の奥でじわりと広がってゆく。
■カラン侵攻
番組が終わりかけたそのとき、画面に突然テロップが走った。
《バルジャ軍がカラン市を爆撃した模様》
ロビーが悲鳴に包まれた。
「なんだとっ!」
オロが青ざめる。
「カ……カランって、あのカランか?」
夜九時のニュース番組。
キャスターのアール・カミルが沈痛な表情で告げた。
《バルジャ共和国軍がカトマール西部に攻め入りました。カラン市が爆撃されたとのことです》
画面には黒煙の向こう、傾いた食堂の看板が映っていた。
それだけで、オロの膝が抜けた。
「あの食堂だ……燃えてる。宿屋も……!」
つい先日まで典雅で穏やかな町だった。新年祭を祝ったばかりで、戦争の影などどこにもなかった。
「理由なんて後付けだ。戦争にはまともな理由などない」
サキが吐き捨てるように言った。
アールが続ける。
《独立反対派による大使館襲撃を理由に軍事制裁に踏み切ったと説明しています。自治州の独立を認めれば爆撃を停止すると通告し、十日間の猶予を設けたとのことです》
カイが姿を現した。
「天志教団はすぐに動いたそうです。大本山は無傷で、教会施設を被害者に開放しているとか」
「手回しが良すぎるな」
「戦争や災害のたびに同じ対応をして、信者を増やしてきたそうです」
迎撃システムは作動せず、ステルス機に後手を取ったという。
サキは額に大きなしわを寄せ、唸るように尋ねた。
「カトマール政府の動きはどうだ? なにより、カラン自治州の人々はバルジャの動きを歓迎してるのか?」
「カトマール大統領が西部への軍の派遣を認めた。エリナ副大統領が責任者みたいだぞ」とアイリがニュースを見ながら叫んだ。
アールが画面で伝える。
《カラン自治州では、先日の住民投票で独立反対が多数を占めました。独立賛成派は投票に不正があったとして、これを認めていません》
ディーンは胸の奥が冷えるのを感じた。
――エリナの筋書き通りだ。だが、本当にやるとは……。
■夜十時 密談
風子の部屋に十五歳チームが集まった。
「どうする?」
「どうするって……何もできないよ!」
「カランからバルジャを追い出せばいいんだろ?」
オロは単純だ。
「そんな簡単じゃないよ。国同士の戦争だよ」
「トップが替われば終わるんじゃないか?」
「別の誰かが出てくるよ。それに勝手に動いたらサキ先生に怒られる」
風子の一言で、オロは黙り込んだ。
「でも……バルジャは?」
オロの指が震えた。
「……わからん。考えたこともなかった……」
アイリが肩をすくめる。
「ほら見ろ。あたしたちの考えなんて、たかが知れてるのさ」
オロは真っ赤になった。
風子がアイリを見る。
「火の谷は大丈夫?」
「大丈夫だろう。紛争は西だけだ」
風子がつぶやく。
「……マキ・ロウ博士は?」
アイリの表情が変わった。
(大丈夫?)と風子がアイリにそっと尋ねる。
(……ああ)
だが胸の奥では、別の声が暴れていた。
――あのひとが、危ない。
■夜十一時 レオンの報告
「マキ・ロウ博士は無事だそうです」
風子は安堵したが、アイリの表情は険しい。
(よかったね)
(よくはない)
(どうして?)
(居場所を言わなかった。つまり消息不明だ)
(え……)
(あたしを舐めるなよ。金ゴキを飛ばした。最終便に忍び込ませた)
風子は口を開けたまま固まった。
――そうだ。犬バカだからつい忘れそうになるけど、アイリは天才科学者だった。
■情報
――深夜。
アイリと風子の部屋にオロとキキが来た。
オロが切り出す。
「カラン独立派にはバルジャの息がかかった勢力がいる。筆頭は副州知事だ」
「天志教団信徒?」
「そうだ。いかにもやさしそうなおばさんだったぞ」
「どうして教団がバルジャと?」
「州を教団国家にするつもりらしい」
風子が息を呑む。
オロは続ける。
「山間部には教団に恨みを持つ少数部族が多い。〈文明化〉の名で牙を抜いてきたらしい」
アイリが図面を見る。
「それは?」
「天志教団本部で手に入れた。レアアースがどうとか。カランは資源の宝庫らしい」
「バルジャの狙いはそれか。独立を名目に介入して、部族の権利を奪うつもりだ」
「で、博士は?」
「ルナ神殿の土地には共通点があるらしい。レアアースや地球外物質を含む石が多い。カラン神殿も同じじゃないかって」
アイリの眉が寄る。
「……マキ・ロウは拘束されてるな。自白誘導剤を盛られてるかもしれん」
風子が青ざめる。
「でも、博士は秘密を守ってる。だからバルジャは山じゃなくカランを爆撃した。確信が得られてないんだ」
「でも、博士の弱点を突かれたら……?」と風子が心細げにアイリを見る。
アイリはゆっくりと目を上げた。
「身内だ。出身の村には年寄りばかり。村を潰すと脅せば……」
風子が息を呑む。
「博士の村って……火の谷のことだよね?」
オロがのけぞる。
「火の谷!? アイリの村じゃないか!」
風子が静かに言う。
「博士は……アイリのお母さん?」
オロが叫ぶ。
「マジかよ!」
態度が一変した。
「よし! アイリの母親と村が危ないなら、オレらがやる!」
■露見
ドアが勢いよく開いた。
「おい、おまえら、何の相談だ!」
サキが鬼の形相で立っていた。
「盗み聞きかよっ!」とアイリが睨む。
リトがオロオロしている。
サキが叫んだ。
「リトの聴力を忘れたのか! おまえらの内緒話なんぞ筒抜けだ!」
カイ、ディーン、リク、シュウ、そして二人のばあちゃんまで集まってきた。
ばあちゃんが静かに尋ねる。
「どうしたんじゃ?」
サキは逆らえず、一部始終を話した。
二人のばあちゃんはうなずき合う。
「やはりのう……こうなると思っておった。さて、セイさんや。どうすべきかの?」
「カトマール山岳地帯に詳しい者は?」
誰も手を挙げない。
「戦闘経験は?」
キュロスがそっと手を挙げる。
「わたしはあります……」
「では、バルジャに詳しい者は?」
沈黙の中、ディーンが名乗り出た。
「五年ほど住んでいました」
エリナの影が脳裏をよぎったが、すぐに振り払った。
――いま守るべきは、ここだ。
ばあちゃんが決断する。
「よし。セイさん、キュロス、ディーンが同行するなら、おまえたちがカトマールに行くのを許す。サキは教師として付き添え」
歓声が上がる。
「じゃが、無理はするな。安全な住まいはレオンとアユ夫人が手配した。カイ修士とリトも行け。わしはここに残る。リョウとリクは櫻館におれ」
その夜、櫻館の空気はひどく静かだった――銀月の光が落ちるばかり。




