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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十四章 からみあう因果
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ⅩLⅣー2 結界破り――教え子二人の異能とサキ先生の奮闘

■結界破り

 アイリは苛立っていた。こんなに長く風子やモモと離れたことなどない。探しに行こうと何度も銀麗月の館を抜け出したが、カイが強力な結界を張っているらしく、一定距離以上には進めない。

 オロもリトが戻って来ないので、我慢が限界に達しているようだ。


 オロがひそかにアイリの部屋にやってきた。

「おい、相談があるんだ」

「なんだよ」

「協力しないか?」

「何を?」

「決まってるじゃないか。ここを抜け出して、リトたちを探すのさ」

「結界破りはもう何度も試したぞ。だが、ムリだった」

「そうだよ。だから、協力するんだ」

「……どんな?」


 考え出した案は、杜撰で乱暴だった。アイリがボヤを起こし、オロが水を呼んで、館の人びとを混乱させ、その隙に脱出するというものだ。二人の異能に頼る力技に等しい。

 異能者がいないところであれば、十分に効果があっただろう。だが、二人は見誤っていた。銀麗月の居館だ。ばあちゃんもセイばあちゃんもいる。アイリやオロが考えそうなことはすべてお見通しだった。


 なんとか結界を破って森に出た二人はギョッとした。サキが仁王立ちして立ちふさがったからだ。

「な……なんで?」

「おまえらな。銀麗月の力を見くびり過ぎだぞ」

「知ってたのか……?」

「あたりまえだ。挙動不審のおまえらを見張れと宗主からも命じられていた」


 二人はヘナヘナと(くずお)れた。

「風子とモモを探すんだ!」とアイリが叫び、

「リトを取り戻すんだ!」とオロが叫んだ。


 サキは二人をじっとみた。アイリもオロもめずらしく決死の表情だ。

 ばあちゃんは言った。

「あの二人は追い込めば追い込むほど力を発揮する。じゃから、できるだけ追い込め。ええな!」


「風子たちを探し出したいのは、わたしも同じだ。だが、手がかりがない。いったいどーするつもりだったんだ?」

「湖だよ。あの地層の割れ目の先に、新しく地底湖が姿を現した。あの湖に手がかりがあると思う」

 オロの言葉に、めずらしくアイリも同調した。

「オロが龍になり、あたしが龍の珠に入って、進むつもりだったんだ」

「ほう……あの龍宮に行ったときと同じように?」

 二人がそろって頷いた。


 サキの予想通りだった。

「よし! 見逃してやろう。だが、条件がある」

「どんな?」

「わたしも連れていけ!」


 三人は天月の森を奥に進んだ。リトが言っていた新しく出現した湖は、木々の間でキラキラと煌めいていた。

 オロが念じると、カメが姿を現した。

 カメに案内され、龍姿のオロと龍の珠に入ったアイリとサキは、湖に沈んだ。


 湖は透明で、思いのほか深い。途中から、横穴に入り、前に進んだ。


 サキがあっけにとられた。

「またここか!」

 ウル遺跡の洞窟だった。


「ここからどこに行く? 当てはあるのか?」

「ううん」とオロが首を横に振った。

 まったく予想外の場所に出て、内心うろたえているのが丸わかりだ。


 サキが冷たく言い放った。

「じゃ、約束だ。天月に戻るぞ。リトならここに来たかもしれんが、風子はここに来る力なんぞ持っておらん!」

 オロが(わめ)いた。

「それじゃ、ここで別行動だ。オレはリトを探しに行くから、サキ先生とアイリは天月に戻れよ」


 サキはオロを睨んだ。

「オロ、おまえな……この洞窟には出口はないんだぞ。どうやって戻れと言うんだ? おまえが戻ってカイか、レオンを連れてくるしかなかろうが!」

「だけど、そんなことしたら、結界破りした意味がないじゃないか!」

「そうだ! だから、どうすると聞いてるんだ」

 サキの迫力にオロがひるんだ。


 困り切ったオロのそばに一体の影が近づいた。洞窟の奥天井にいたコウモリだ。

 オロの顔がパッと輝いた。

「コウモリによると、リトとディーンはここに来たみたいだ」

「風子は?」

「……いたらしい」


「なんだと? じゃ、いまはどこだ?」

「いない……」

「いないのは見りゃわかる」

「……うん」

「ほれみろ。さ、帰るぞ。このままここにいたら、飢え死にしちまう。いったん戻ってカイに相談するぞ」


 オロがあわてて付け足した。

「コウモリによると、あの岩戸が開いたって……」

「岩戸?」

 見ると、レリーフが刻まれた岩壁には、うっすらと縦筋が入っている。以前にこの洞窟に来た時には気づかなかった。レリーフ自体も、以前よりもはるかに鮮明だ。


「開けられるのか?」とアイリ。

「わからないけど……」と、オロは口ごもった。

 アイリがハッとしたように、鬼のような形相でオロの襟元を締め上げた。

「おい、オロ! おまえ、あたしやサキ先生をここに置いてけぼりにして、一人だけさっさとリトを探しに行くつもりだったんだな? 違うか?」

「う……」

「図星か! なら、おまえの力を総動員して、この岩戸を開けろ。開けるまで許さんからな!」


 どうやら、オロは、途中で二人を()き、一人でリトを探しに行くつもりだったようだ。アイリやサキがいると、どうしても風子優先になってしまう。

 オロがボソボソと言い訳した。

「お、置いてけぼりにするつもりなんかないよ……龍珠でちゃんと天月に返すつもりだったもん……」

「勝手なのは一緒だ!」

 アイリに怒鳴られまくり、オロは必死になった。


――えーと、この図は銀青龍の宮で見たものと似ている。だが、微妙に違う。


 オロは、じっと図を見つめた。

 オロは、文字を読めないが、一度見た図は忘れない。細かな点まで完璧に再現できる。記憶の中の銀青龍宮の壁画と岩戸のレリーフを重ね合わせてみた。

 七か所、違いがあった。まず、違いが最も小さな箇所に掌を当てた。レリーフ文様が変わった。次の箇所に掌を当てた。同じく文様が変わった。そうして、七番目の箇所に手を当てた瞬間、三人の目にまぶしい光が注いだ。


 岩戸の向こうに、美しい園が広がっていた。


■作戦会議

 地底湖から、三人の様子を見届けようと構えていた連絡役のカメは大慌てだった。急いで、地底湖から天月の森に戻ると、グリに報告した。

 グリからの報告を受けたイ・ジェシンは、真っ青になって、カイの部屋に飛び込んだ。

「サキ先生が消えちゃった!」


 作戦会議が開かれた。

 首尾よく、三人は天月の森から脱出し、地底湖に向かったようだ。そこまでは計算通り。

 だが、その先はまったく未知数だった。


「岩戸が開いて、きれいな園が現れたじゃと?」とばあちゃんが首を(かし)げた。

「〈閉ざされた園〉でしょうか?」とカイ。

「おそらくそうじゃろうな。じゃが、まさか、天月の地底湖があの洞窟につながり、洞窟から〈園〉へとは、まったく予想外じゃったな……」

「そうじゃのう。わしは〈森〉に行くとばかり思っておったからな」とセイも首をひねる。


 イ・ジェシンとグリは神妙に三人の異能者の話を聞いていた。

 ジェシンは落胆した。

(サキ先生は、わかってついて行ったのか……ボクに何にも言わずに……?)

 グリは興味深そうに三人の賢者の話に耳を傾けた。

(カメ族にも伝わらぬ話が満載だ)


 例の洞窟は、時空の歪みの結節点で、銀月の世界の時空を超えることもできれば、〈森〉や〈園〉へも飛べるようだ。


■ここはどこ?

「ここはどこ?」

 サキたち三人が飛ばされた〈園〉では、オロは白いネズミに、アイリはカラスに、サキはキタキツネに姿が変わっていた。

 アイリが不満げに言った。

「なんで、あたしがカラスだ? しかも、カムイよりも小さそうじゃないか!」


 向こうから茶色いものが駆けて来た。

 アイリカラスが驚喜した。

「モモっ!」

 銀狼も背中に風子ネズミを乗せて走ってきた。

「アイリなのっ?!」

「そうだっ!」


 風子ネズミが堰切ったように泣き始めた。

――うわーん!

 必死で我慢していたのだ。リクを助けるために。リトもディーンもいなくなった〈園〉で。


 サキキツネが、風子ネズミを抱きしめた。

「よくやった! よく我慢したな!」

「センセー!」


 アイリカラスはモモにすり寄って離れない。


 感動の対面の中で、オロネズミだけ居場所がない。

――ちぇ……。

 そっぽを向いたオロネズミを銀狼が咥えあげ、銀色の毛の中に包み込んだ。

「オロさん、ありがとう! よく来てくれました!」

 オロネズミの顔がパッと輝いた。


■雲龍の祠

「じゃ、リトたちは〈森〉に行ったのか?」

「うん!」

 サキは、河の向こうに広がる〈森〉を見た。試してみたが、やっぱり河を渡れない。オロも必死で試したが、河に流されては、銀狼に連れ戻されている。


「〈森〉はリトたちに任せるしかあるまい。で、その〈絵の森〉とやらで出会ったのはリクだったのか?」

「うん。リクに似てたから、わたしがリクって名付けたの」

「名付けを?」

「しちゃダメだったの?」

「いや、必ずしもダメではないが……」

 このところ、リクの様子がおかしいとは口が裂けても言えない。セイばあちゃんは、封印が解けかかっているのだろうと推察していた。その原因が、まさか、〈森〉での風子の名付けにあったとは……。


「それで、そのリクの声が、あちこちから聞こえるんだな?」

「うん!」

 封印が解け始めている以上、リクの周囲ではあちこちで綻びが出始めているはずだ。だから、リクは自覚のないまま助けを求めているのだろう。

 放置すると、リクの精神が変化についてゆけまい。最悪の場合、リクの精神が身体を破壊する。


 風子ネズミとサキキツネのやりとりを、アイリもオロも聞いちゃいない。

 アイリカラスはモモに夢中だ。オロネズミは河を渡れず、ふてくされて銀狼の腹で寝転がっている。


 〈園〉の案内人たる白鹿がゆっくりと歩いてきた。

「どうぞご案内いたします」

「いや、けっこう」とサキキツネが断ると、鹿が立ちはだかった。

「応じていただきます。さあ、ついてきてください」

 身体が勝手に動いた。動かされた。


 〈園の管理人〉である牡鹿は、驚いたように言った。

「一度に三人というのも珍しいですね」

「そうなのか?」

「どうぞゆっくりとおくつろぎください。ここは楽園でございますれば」

「楽園だと? 勝手に身体の自由を奪っておいて、なにが楽園だ?」

「お怪我を防ぐためでございますよ。こうしてご挨拶いただいたあとはご自由になさってください」


 小高い丘に戻った。

 黒狐が姿を現した。また少し大きくなっていた。


 サキが風子に尋ねた。

「何者だ、アイツ?」

「リトによれば、シンおじさんかもしれないって……」

「シンおじさんだと?」

「うん。あの黒狐は、〈園〉に出入りする力があるみたい」

「ほう……」


 アイリとオロが結界破りを実行した日、ばあちゃんは急げときつくサキに命じた。カイも頼むとサキに告げた。

 三人が銀麗月の館の結界を超えたのは、アイリとオロが協力した結果などではない。カイが二人をゆかせたほうがよいと判断したのだ。ただ、二人では心許ない。カイとばあちゃんとセイばあちゃんの指示を受けて、サキはいまここにいる。


 風子が消え、玄武が現れてから、天月の謎に気づいたカイは、天月の禁書室で古書を調べつつ、ばあちゃんやセイばあちゃん、サキをまじえ、密談を繰り返してきた。

 〈園〉の情報、シンおじさんやメイおばさんのこと、玄武のこと、弦月のこと、いまわかるすべてのことをカイは整理し、サキに委ねた。


 サキは記憶をたどった。雲龍九孤の里で見聞きしたこと、ばあちゃんが〈園〉から帰還後に小じいちゃんを交えて話したことを思い出していた。


――何か手がかりはなかったか?


 村の子やシンおじさんが消えたのは、月蝕の夜――山に置かれた古い祠のそばだった。その祠は……そうだ、山神さまを祀った祠だ。サキも見たことがある。


――雲龍の山神? それは大蛇だったはず。


 おそらく、山津波を大蛇に見立てたのだろう。古来、祠や石塚は、災害が起こった場所を記憶させ、人びとに警告するとともに、被害者を鎮魂し、災害を封印するために置かれた。


 風子は直接〈園〉に迎えられたようだが、銀狼やモモは天月山の地下洞窟で大蛇に出会ったという。その大蛇二体は、〈園〉の長によって描かれた絵に、命が吹き込まれた存在だ。しかも、古代玄武の家臣だった。大蛇の一体は地下に残り、一体は小さなヘビに姿を変えて、今はディーンに仕えている。ディーンこそが玄武だからというではないか。


――うーむ。

 天月の山に大蛇が眠ることは知られていたが、よもや大蛇が〈絵の森〉の長によって命を吹き込まれた存在であり、玄武の元家臣だなどとは、カイにも二人のばあちゃんたちにとっても思いもよらぬ話だろう。

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