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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十三章 璃空(リク)の物語
255/273

ⅩLⅢー3 〈森〉の光景――心の揺らぎを映す光  

■疑惑と誘惑

 リトは質問を変えた。

「おまえの村のことを話してくれないか? どんな村で育ったんだ?」


 子狐は、目をクルリと動かした。

「ボクの村? 深い山の中にある小さな村だよ。ボクの家は、代々、村長の家なんだ。蔵もいっぱいあるし、古いものもたくさんあるよ」

「ふうん。おまえを可愛がってくれたのはお姉ちゃんだけ? おばさんやおじさんは冷たかったの?」

「うん! 味方はお姉ちゃんだけだった。だから、ボクはお姉ちゃんだけが好き」


「そうか……さあ、向こうでモモやクロたちと遊んでこい。オレはディーンとこっちで休んでおくよ」

「いいの?」

 子狐はうれしそうに駆けていった。少し離れた原っぱで、ネコとイヌとキツネが駆け回っている。そばで銀狼が見守っている。


 リトウサギはディーンカメのそばに座り、ひそひそ話を始めた。ヘビは常にカメに寄り添っている。

「あの子……子狐が言っていることは、ホントかな?」

「ウソってこと?」

「いや……ウソっていうよりも、あの子の思い込みかなって。雲龍九孤族の村にあんなイジメはないはずだし、あの子がシンおじさんだとすれば、うちのばあちゃんも小じいちゃんも、あの子をものすごく大事にしてたはずなんだけど……」

「ふうん……じゃ、どうして、あの子はあんなふうに言ったんだろう?」

「それがわからない……よっぽど雲龍がイヤだったのかな?」


 ディーンはリトを見た。

 自分が生まれ育った里をけなされ、自分が愛する人を否定されて、リトはかなりしょげている。


「雲龍がイヤっていうよりも、きっと、あの子は自分が壊れないように、周りを否定しようとしたんじゃないかな?」

 ディーンにも覚えがある。自分の精神が崩壊しないように、必死で心を守ろうとした。ほんとは愛して欲しかっただけなのに……。ほんとは自分も愛したかったのに……。拒まれるのがこわくて、殻に閉じこもった。そのときに出てきた言葉は、どれも相手を否定するものばかりだった。


「周りを否定する?」

「うん。あの子が否定的に言ったことは全部ホントは望んでいたことの裏返しかもしれないよ」

「裏返し?」

「そう……ボクにも経験があるよ。辛かったときに、あの子と同じように〈悪者〉を作ったんだ」

「〈悪者〉を……作る?」

 リトにはイメージが沸かないようだ。父にこよなく愛されたリトは、他人を疑うことも、自分を否定することも知らない。


「あの子、お母さんが悪い人で、お母さんが自分を産むのと引き換えになくなったから、自分は悪い子――〈魔の子〉だって言ってたろ?」

「うん」

「ほんとはこう思いたいんじゃないかな。お母さんはとてもいい人で、きっとどこかで生きていて、自分は幸せな子――〈神に愛でられた子〉だって」

 そう語るディーンの目は悲しげであったけれど、とてもやさしそうだった。


――ズキン……。

 リトの胸がなぜか(うず)いた。


 ディーンはちょっと遠くを見るようなまなざしで付け加えた。

「いじめっ子に祠に連れて行かれて、おじさんが迎えにきたけど、祠を心配して叱られたっていうのも、ホントはこうかも――村の仲良しと一緒に遊んでいて祠に行ったけど、みんなで雨宿りしてたら、おじさんとお姉さんが迎えに来てくれて心配したよって抱きしめてくれたって」

「どっちがホントなのかな?」

「あの子にとっては、きっとどっちもホントなんだよ。あんなに小さいのに、すごく傷ついているから、相手の好意や親切を素直に受け止められない。でも、そんな自分が歯がゆいじゃないかな?」


 ディーンはまるで自分の幼い頃を語っているような気分になった。


 突然、二人の祖父と父を喪い、名誉を失い、零落していった自分――必死で自分を守ろうとした。幼いながらに本心を隠し、敵か味方か相手を見極め、自分ではない自分の姿を作り上げて、その殻に籠もった。


 あの子狐も、生まれる代わりに母を喪い、その重さに堪えきれずにいるのだろう。

 周りがどれほど配慮しても、ひとたび傷ついた脆い心は、そう簡単に癒やされることはない。あの子狐にとっては、〈園〉と〈お姉ちゃん〉だけが心の拠り所なのに違いない。自分にとって、リトがそうであるように……そして、リトはそのことにまったく気づいていない。ディーンの目の前で、リトの瞳に映るのはカイばかり――。


――だが、この〈園〉では、リトを独り占めできる。ずっとここにいてもいいと思えるほどだ。

 禁断の誘惑に、ディーンはブルリと震えた。


■決意

 ディーンが目を上げると、〈森〉の光景がまた変わっていた。


 空にかかる緋月の光の加減だろうか? 

 〈森〉は急に暗さを増し、河の流れが荒々しくなっている。まるで、ディーンの心の風景を反映するかのように。


 ハッとした。

――心の反映?

 〈森〉も河も、ディーンの心の揺らぎを映し出しているのか? 光が心を反映しているのか?


 クロが近寄ってきた。リトウサギに痩せた身体を擦り付けている。

 ディーンはリトに訊ねた。

「いま、〈森〉が暗くならなかった? 河も荒れてるよね?」

「ううん。なにも変わんないけど……どうしたの? 顔色が悪いよ」


――そうか! 〈森〉は、見る人によって微妙に違うのか?


 たしかに、同じ光景でも見る人によって印象は異なる――だが、〈森〉の姿には、そうした心の動きがより鮮明に反映されるようだ。


 風子がリクの声を聞いたのもそのせいだろう。リクを求め続けるあまり、森を渡る風の音がリクの声になる。とすれば、子狐があちこちを自在に動けるのは、心の動きに忠実だからかもしれない。

 ただ、心の風景や耳に届く声が錯覚とは言い切れない。〈森〉は、あたかも生命を持つように変化する。


――この〈森〉は生きている!


 〈森〉が欠けつつあるのは、〈森〉の生命の叫び――。〈森〉からの声は、助けを求める〈森〉の息吹――。銀月の世界に生きるわれらに向けた何らかのメッセージ。


 この〈園〉を出て、森の長の指令――〈森〉が欠ける理由を探れ――を果たすことが、風子とリクと銀月の世界を救う道。


 ディーンは念じた。

――玄武が望む。弦月とともに〈森〉へ!


「あれっ? リトたちがいないよ?」

 ひとしきり遊んで疲れた風子ネズミの目に、誰もいない岩が見えた。リトもディーンも姿が見えない。ヘビもいない。クロも消えていた。

 声を限りに叫んだが、ウンともスンとも返事はない。


 突然、〈園〉に取り残された風子たちは、一瞬呆然とした。

 子狐が皮肉そうに言った。

「置いていかれちゃったんだよ! かわいそうに、捨てられたんだ!」

 風子ネズミがキッと子狐を睨んだ。

「違うよっ! 二人でミッションを果たしに行ったんだよ。危険なのに、自分たちで責任を取るつもりなんだ!」


 とはいえ、二人抜きでどう切り抜けていけばいい? 何も(こと)づてがなかった――仲間なのに、それはひどいだろう?

 がっくりと岩に背をもたげると、岩から声が聞こえた。

「風子、みんな。ボクたちは二人で〈森〉を調べに行ってくる。危険だから、〈園〉から動かないで、ボクたちは必ず戻ってくるから! 銀狼とモモにお願いだ。風子を頼むよ。ボクたちが戻るまで、守ってやってくれ!」

 ディーンが玄武の力を発揮して、岩にメッセージを残したようだ。


 風子ネズミが決然と言い放った。

「〈森〉は二人に任せて、わたしたちは〈園〉を調べよう! リクがここに来たがっているのには、なにか意味があるはずだもん!」


――二人の青年。

 フッと身体が軽くなり、宙を飛んでいた。隣を見ると、クロを抱いたリトがビックリして目を丸くしている。二人ともひとの姿に戻っていた。眼下の〈園〉が霞みに薄れてゆく。


 ストンと着地したのは、鬱蒼とした森――〈迷い森〉とも〈絵の森〉とも違う。ジメジメした湿地帯に針葉樹林が広がる陰鬱な深い森だった。


 ヘビが驚きながら叫んだ。

「これは、噂に聞く北の湿地帯――〈冷たき森〉ではございますまいか?」

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