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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十三章 璃空(リク)の物語
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ⅩLⅢー2 〈森〉と河――子狐の語りに漂う微妙な違和感

■二つの森

 風子ネズミは、河の向こうに広がる大きな森をじっと見た。尖塔が見える右方の森と子狐が行ったという左方の森の間に境界はなさそうだ。


 チャップーン!


 突然の水音に、みんなが音の方を見た。ネズミのシッポらしきものが、波間に見え隠れしている。見ると風子ネズミがいない。ヘビがあわてて泳いでいった。


 ヘビに咥えられて、風子ネズミが岸に救いあげられた。

「おいっ! 風子、大丈夫か?」

「うん……」

「勝手に動くな! 危ないだろう!」

 リトがたいそうな剣幕で風子ネズミを叱った。でも、ウサギだ。怒っていても、なんだか愛敬がある。モモが風子ネズミのそばに走り寄り、暖かい毛ですっぽりくるんだ。


 モモのおなかあたりから顔だけを出して、風子ネズミが謝った。

「ゴメン……でも、声が聞こえたの……」

「だれの?」

「リクの……」

 みんながいっせいに風子ネズミを凝視した。


 ディーンカメが問い質した。

「リクの声? どこから? いつ? どんな声?」

 風子ネズミがボソボソとしゃべる。

「森の境があるのかなって思って見てたの。だって、わたしたちがいた〈絵の森〉とこの子がいた森とは別みたいだったから……境はわからなかったけど、あの大きな木の方から、声がしたの。〈迎えに来て……〉って、わたしを呼んでた。〈リク?〉って聞いたら、〈そうだよ〉って答えたの。〈どこに迎えに行けばいいの?〉って聞いたら、〈河を渡ってこちらに来て。わたしも一緒にそちらに行くから〉って……」


「河を渡る? 泳いで? この河を?」とリトが叫んだ。

「ううん。泳げとは言わなかった。渡れとだけ……飛び越えられるのかなと思ってジャンプしたけど、落ちちゃった。すると、足がつかなくて……」

 リトは呆れた。

「おまえ……無茶だろ? だいたい、おまえの脚力でこの河を飛び越えられるはずがない」

 風子ネズミが落ちたのは岸からわずか数十センチ――それでも溺れた。

「それにおまえ、泳げたか?」

 風子ネズミが首を横に振った。リトが呆れかえった。

「ホントに、おまえはやることが突飛で無謀なんだよな……」


 ディーンカメが思慮深く、ウサギとネズミの会話に耳を傾けていた。

「二つの森……高い木から聞こえる声……河を渡る……」

 カメはブツブツと同じ言葉を繰り返している。


■森からの声

「わしが確かめてまいりまする」

 ヘビはこう言って、河に入り、スイスイと泳ぎ始めた。みなが見守っていると、河の真ん中でヘビが動けなくなった。あちこち左右に動いているが、前には進めないようだ。諦めてヘビが戻ってきた。

 疲れ切った顔でヘビが言った。

「どんなに渡ろうとしても、ムリでした。見えない壁に押し返されるみたいでしたぞ」


「見えない壁……?」とリトウサギが首を傾げれば、

「きっと、そこに結界が張られているのだろう」とディーンカメが応じる。

「でも、コイツは飛び越えちまったんでしょ?」とクロが子狐をチョイチョイとつついた。

「そうだな……普通は結界を超えることなんてできないはずだけど……」と子狐を見ながら、リトが答えた。


 ディーンがまっすぐに顔を上げて、子狐を見た。

「だが、特殊な異能を持っている場合にはできるかもしれない。ただ、この子は幼すぎて自分の異能をコントロールできないようだ。だから、気まぐれに移動してしまうのだろう」

「おい、おまえ。向こうに飛んだ場所を覚えてるか?」

 リトウサギが問うと、子狐は首を横に振った。

「覚えてないよ。フッと向こうの森に行っちゃうんだ。それに森の景色はしょっちゅう変わる」

「景色が……?」とリトが怪訝そうに言い、

「変わる……?」とディーンが森を振り向きながら言った。


 誘われるように、みなが改めて森を見た。

「あれっ! 城の尖塔が見えないぞ」とクロ。

「高い木も消えちゃった……」とモモ。

「いったいどうなっとる?」とヘビ。


 わいの、わいの、と議論が始まった。

 輪の中央に置かれたのが子狐だ。みんなからの質問攻撃に晒された。

 だが、結局は「わからない」の繰り返し。本人も自覚がないままに、時空の狭間であちこちを動いていたようだ。


 いちばん収穫があったのは、風子の問いかけだった。

「どっかに動くとき、何を思い浮かべた?」

「うーん」と子狐は、首をちょこんと傾げて考えた。


――かわいいっ!

 風子ネズミは、思わず子狐の背に飛び乗り、頭のてっぺんまで登った。子狐はそれを払いのけることなく、まだ思案に暮れている。思い出そうとしているようだ。


 質問役ディーンの前に、かわいらしくかしこまって、子狐がしゃべり始めた。

「最初のとき、ボクは泣いてたの……イジメられて、言い返せなくて……そうだ。山の森に行ったのも、連れて行かれたからだよ。小さな祠があるところにほったらかしにされた。怖くて、寂しくて、悲しくて、泣いたの。そうしたら、祠の中から声がしたの。こっちにおいでって」

「祠から声?」

「うん」

「だれの声?」

「わかんない。だれか女の人の声だった」

「じゃ、キミは祠からここに来たの?」

「ううん。祠に入っても何もなかったんだ。だれもいなかったし……そしたら雨が降ってきて、祠から出られなくなっちゃった。すると、ボクの背中の向こうが明るくなって、そっちの方に歩いていったの。そしたら、この〈園〉だったんだ」


「この〈園〉でだれかに出会った?」

「うん。さっきの案内人のおばさんと管理人のおじさん。二人以外とは話せなかった。だって、二人に挨拶して戻ろうとしたら、いつのまにか、祠に戻ってたから……雨が上がって、おじさんとお姉ちゃんがボクを探しに来てくれたんだ」

「祠でのことは言ったの?」

「ううん。言わなかったよ。管理人のおじさんが、絶対に言っちゃいけないって。言ったら、二度とこの〈園〉には来られなくなるからって」

「じゃあ、また〈園〉に行くつもりだったってことなんだね?」

「そう。だって、〈園〉はとてもきれいで、お姉ちゃんが好きなかわいい動物がいっぱいいたんだもん。お姉ちゃんを連れてこようと思ったんだ」


 リトは小じいちゃんの言葉を思い出した。

――シンは、ユリの友だちを〈園〉に連れて行って置き去りにしたんじゃ。


「それで、お姉ちゃんも〈園〉に行ったの?」

「ううん。何度も一緒に行こうとしたんだけど、全然ダメだった……なんでだろ?」

 子狐は悲しそうな顔になった。


■微妙な違和感

 リトは考えをめぐらせていた。

――子狐は異能者。だが、異能発揮は不安定。〈園〉に行ったきっかけはイジメ。〈園〉が気に入って、また来たい、とくにお姉ちゃんと一緒に来たいと思ったため、〈園〉のことを秘密にした。


 管理人は、子狐が〈園〉への出入りができる特別な存在だと気づいていたことになる。子狐は何らかのきっかけで何度も〈園〉に来たが、お姉ちゃんは連れてこられなかった……。

 つまり、〈園〉への出入りは限定的で、子狐の意思に任されているわけではない。しかも、〈園〉見える〈森〉はしょっちゅう姿を変えているらしい。それは〈園〉のどこに子狐がいたかとは関係がないようだ。現に、自分たちも経験した。同じ場所なのに、〈森〉の景色が変わっていた。


――ダメだ。自分の知識がなさすぎる。現象はつかめても、解釈ができない。こんなとき、カイがいれば……!


 リトは周りを見回した。ディーンは玄武とはいえ、覚醒したばかり、異能の知識はリト以下だ。風子はからきし異能を持たないし、モモもクロもヘビもみんな異能者ではない。銀狼がいちばん異能の知識をもつだろうが、銀狼自身は異能者とは言えない。


――せめてしっかり記憶して、カイとばあちゃんに分析してもらうしかなかろう。

 そう決意したとたん、気がラクになった。

――どうせわからないんだ。わからないことは恥じゃない。次にわかればいい。


 リトは、子狐に訊ねた。

「祠に助けにきてくれたおじさんはなんて言ったの? 覚えてる?」

「おじさん……? うーんとね。そうだ! こう言ったよ」

 子狐は答えた。

「この祠は大事な祠じゃ。二度と中にはいってはいかんぞ」


 リトはまた違和感を覚えた。リトが知っている小じいちゃんは、決してそんな言い方はしない。

 小じいちゃんなら、きっとこう言うはず。

「大丈夫じゃったか? ケガはないか? 怖かったろうに、よく我慢したの、偉い、偉い!」

 幼いリトが山で迷った時も必死に探し出してくれて、真っ先にそう言って抱きしめてくれた。

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