ⅩLⅡー7 二人のリク――さまよう魂を受け止めた森
■二人のリク
「ばあちゃんによると、異能の発揮は代償を伴うらしい。カイやばあちゃんみたいな最高異能者は大丈夫なんだけど、オレのレベルだと、遠くをみたり聞いたりする異能で頑張りすぎると疲れ切って寝込むほどだ」
「癒しの異能は〈月の一族〉の異能――最高レベルの異能だ。リクさんが〈月の一族〉ってことになると、その異能を狙う者は多いはず。リクさんも自分の異能を持て余しているかもしれないってことか……」
「ばあちゃんによると、櫻館には異能者が集まっているんだけど、みんな未熟すぎて危ないんだって。だから、一種の異能塾を開いている」
「異能塾?」と、ディーンが首をかしげた。
「異能を訓練したり、統制したりすることを学ぶんだ。カイによると、天月は異能者集団だけど、最高レベルの異能抑制集団でもあるんだって。ねえ、銀狼、そうだよね?」
「さようです。異能はきちんと抑制しなければ、暴発して危険です。周りにも、本人にとっても」
風子が恐る恐る口を出した。
「リクが癒しの異能を発揮すると、リク自身が相手の痛みや病気を引き受けるってこと?」
「さようです。天月でも、ごく稀にですがそのようなケースが起こります。特に異能が高度過ぎると、生身の身体が異能についていけないのです」と、銀狼が頷いた。
リトはクロを肩に担ぎ上げながら、ちょっと首を伸ばした。
「じゃあさあ、リクが〈月の一族〉の異能者であって、それをコントロールする訓練は受けていないから、クロやモモを救って体調を崩したとしよう。それを知ったら、親ならどうする?」
「異能を封じたいと思うだろうな。親にとっては、異能よりも、子どもの命の方が大事なはずだ」とディーンは言いながら、ふと、自分のことを思った。
(父さんは、ボクの異能を知って、異能を封じたのだろうか? だから、父さんがいなくなってからボクの異能が発現した……そういうことなのか?)
リトが銀狼に向き直った。
「銀狼、異能者が異能を封じられたらどうなるんだ?」
「異能の種類によって異なるはずです。癒やしの異能は生命に直結しますので、生き生きとした輝きを失うことが多いでしょう」
「そうか! リクのあの無表情は、異能が封じられたせいかもしれないな。おい、風子。森で出会ったリクはどんな感じだったんだ?」
「神秘的でとってもきれいな人――暗いイメージはなかったよ。むしろ、こっちの森のリクに近いかも」
棒のように硬直した状態から元に戻ったヘビがむくりと頭をディーンに向けた。そのヘビにディーンが訊ねた。
「おまえが大蛇になったのは、瀕死のおまえたちをあの長が救って、大蛇の絵におまえたちの魂を移したからだと言っていたな?」
「さようです」
「そのときのことを話してくれないか?」
「洞窟に入って数日――食べ物もなく、水もなく、わしらは衰弱してしまいました。もうダメだと思ったときに、長さまのお声がしたのです。長さまは二枚の絵を持っておられました。その絵を地面に置いて〈魂を引き継げ〉と命じられたのです。気がつくと、わしも弟も大蛇の姿になっておりました。隣には、わしらの身体が転がっておりました。まるで骸のように」
「身体から魂が切り離されたということか?」
「さようです。まるで夢を見ているような心地でした」
ディーンは、リトと風子に向き直った。
「魂と身体を切り離して、魂だけをこの森に呼んだとしたら?」
はたと、リトが膝を打った。
「きっと、それだ!」
「な、なに?」と、風子が狼狽した。
「こうだ! いま、リクが二人いるよな?」
「う……うん。櫻館のリクと森のリクってことだよね?」
「そうだ。櫻館のリクは無表情で暗い。森のリクは明るくて快活できれいだ」とリトが言うと、
「ううん、ホントは違うよ。櫻館のリクもものすごくきれいなんだよ」と、風子が不満そうに口を尖らせた。
モモが言った。
「そうなの! リクお姉ちゃんはお母ちゃんと一緒にいると、ルルお姉ちゃんやアイリママと同じくらいきれいなの!」
「そうか! ならば、よけいに確かだね」と、ディーンが顔を輝かせた。
「何が?」と目をシロクロさせる風子に、
「櫻館のリクと森のリクは同じ存在ってことさ」とリトが答えた。
風子がちょっと間抜けな顔で、大きく口を開けた。
「はあああ?」
■風子とリク
リトが一生懸命説明する。
「たとえば、リョウにくっついている小鬼たちは、幽体になれるんだ。リョウもだよ」
「幽体?」
「生身の身体と魂が分離するってことだよ。〈閉ざされた園〉で風子たちを救ったのは、きっとリョウなんだ。リョウの幽体」
「はあ?」と腑に落ちない風子の隣で、リトの言葉にディーンが相槌を打った。
「つまり、異能者の中には、魂だけを園や森の緩衝時空に飛ばすことができる者がいるってことだよね?」
「きっとそうだよ! しかもこの緩衝時空は時間が伸び縮みするから、風子が五歳のときに会ったリクと森のリクは同じ存在だとしたら?」
「十分ありうる!」
リトとディーンが夢中になって議論を続ける。風子はキョロキョロと二人を交互に見ているが、会話にはついていけない。
「魂を飛ばすときって、生身の身体はどうなってるのかな?」とディーンが問えば、
「寝ているはずだよ。夢を見ている状態って考えればいい」とリトが答える。
「そうか、だから、森のリクさんは、櫻館のリクさんが夢をみてるときに現れて、突然消えるということか!」
「じゃ、その頻度が減ってるってことは、リクさんが夢を見なくなってるってこと? 魂を飛ばさなくなってるってことかな?」とディーンがつぶやけば、
「そうなるね。でも、それって、櫻館のリクにとってはマイナスじゃないんじゃないかな? だって、櫻館のリクはしだいに異能を統制できるようになってるし、以前に比べたら、表情も多少出るようになってるから」とリトが応じる。
ディーンが考え込んだ。
「うーん。櫻館のリクさんの回復が、森のリクさんの消滅を意味してるってことなのか……?」
リトが風子を指さしながら、ディーンにさらに語りかける。
「風子は〈異能の媒介者〉なんだって。だから、櫻館のリクにとって風子は重要だ。風子を失えば、櫻館のリクはもとに戻って、自分の異能で自分を殺すかもしれないもんな」
風子が真っ青になった。
「そんなのイヤだっ!」
リトは風子のおかっぱ頭をクシャッとひと撫でした。
「あたりまえだ! でも、〈異能の媒介者〉風子は、森のリクにとっても必要だ。風子がこっちに来てから、森のリクは元気になってるらしいからな」
ディーンも神妙な顔つきで風子を見た。
「うーん。風子さんの取り合いか。しかも、同じ存在が、生身と魂に分かれて? そもそも、リクさんの魂はこの森を目指してたのか? それとも、長が魂を呼び寄せたのか?」
リトが深刻な顔になった。
――リクの魂がフラフラとさまよい出て、それを森が受け止めていたなら? 森はリクの魂にとって避難所になる。無碍に潰すわけにはいかない……。
突然、ディーンが気づいたように言った。
「長が風子さんを手放さない理由は、なんとなく察しがついた。でも、どうして、キミとボクまで森に留め置こうとするんだろうか? ヘビよ、わかる?」
ヘビが言った。
「おそらく、玄武さまと弦月どのには、記憶を消すという術が効かないからではござりますまいか?」
「術が効かない?」
「はい。森の長さまより、玄武さまと弦月どのの方がはるかに高度な異能者です。ふつうなら、長さまの術など、玄武さまであれば容易く破れるはず。ですが、結界を破るのは玄武さまといえども、そう簡単ではございません。それにもし、玄武さまが結界を突破したとしても、他の者を一緒に連れていくことはできませぬ」
ディーンは訝しんだ。
「ふつうなら……ってことは、いまはふつうじゃないってことだよね?」
「さようです。リクさまが〈月の一族〉であれば、リクさまを保護下に置いている長さまの力は格段に上がっているはずです。玄武さまや弦月どのに匹敵するほどに――」
ヘビの答えに、ディーンとリトがため息をつきながら、風子とクロたちを見た。
「長がリクさんを手放せないはずだな。おまけに、風子さんを連れて行けないんじゃ、ここに来た意味がない……」
――風子なしで戻ったら、アイリとサキ姉がどれほど激昂するか!
身震いするリトをディーンがチラリと見た。
「もう一つ聞く。この森は、単に長が趣味で創った森とは思えない。何か特別な役割があるのか?」
ヘビが一瞬うろたえた。だが、玄武ディーンが問うたことには、ヘビは隠し事ができないようだ。リトの方を気にしつつも、ヘビは率直に答えた。
「しかとはわかりませぬ。しかしながら、ルナ古王国の秘密に関わるのではないかと考えまする」
ディーンが、ピクリと頬を歪めた。
「ルナ古王国の秘密? それは何だ?」
ヘビはかしこまったまま、説明を続ける。
「緋月の村の奥深くにある月の城に、〈月の雫〉と呼ばれる秘宝があると伝わりまする。この秘密は最高機密に等しく、かつて、玄武さまや弦月どのはご存知でした。わたしは、玄武さまが洞窟に押し込められるときに、玄武さまから〈土の一族〉のしかるべき者に伝えるようにと言付かったのでございまする」
リトが反応した。
「〈月の雫〉……カイから聞いたことがあるような? たしか、天明会の目的が〈月の雫〉探しって言ってたな」
「天明会?」と、ディーンがリトを見た。
何ごとにもカイの名が出ることにはイラッとするが、リトはディーンの気持ちにまったく気づいていない。
リトが続ける。
「秘密結社さ。幹部は、銀麗月レベルの異能者が揃ってるんだって――そういう意味では、最強最高の異能者集団らしい」
「その結社とやらは、どこにいるんだ?」
「わからない。正体が見えないんだ。ただ、各国の首脳や経済界トップに、天明会の会員資格を与えて、強力なネットワークをもつみたいだけど」
ディーンは合点がいったように頷いた。
(カトマールのエリナ副大統領がねらっているポストだな)
■つながり
唐突に、風子が訊ねた。
「ねえ、リト。〈絵の森〉とルナ古王国の王墓洞窟がなんでつながるの?」
いつも、風子はズバリと本質に迫る問いを発する。でも、言いっぱなしだ。答えはない。
リトは考えをめぐらせた。
「なんでだろうね? 森はリクにとっても大事な森であるような気がする。でも、この洞窟はなんでだろう? リクというよりも、むしろ、オレたちに関係があるってことかな?」
「ボクたちに関係……? リト、リアルでは、ここから抜け出せたんだよね?」とディーン。
「うん。横穴があってね。一種の迷路になってるんだけど、カイなら抜け出すことができて、島の上に脱出できたよ。そうだ。オロは、その地底湖から姿を出したんだ。地底湖は蓬莱本島の小さな浜辺につながっていた」
(またカイか……)と思ったものの、意外な名前が出たことに驚きながら、ディーンはリトに問い質した。
「オロ……?」
「もうディーンに隠しても意味がないね。オロは龍族――〈水の一族〉の筆頭、銀青龍なんだ。オレも風子も、龍族の拠点に行ったことがあるよ」
ディーン以上に、ヘビが仰天した。
「……な、なんと、龍族ですと? しかも、龍族の王城に行かれましたのか?」
「うん。それにルナ古王国にも行ったんだ。王都が滅びる直前に――」
ヘビが絶句した。
「ル……ルナ古王国ですと?」
「そう、この洞窟から飛んだんだ。この洞窟は、時空を超える拠点みたいだよ」(⇒第二十八章参照)
泡を吹きそうなヘビの目を覗き込んで、リトが言った。
「じつは、シュウとリョウは、ルナ古王国王子のクローンなんだ。ウル舎村のバイオセンターで生まれたみたい」
「ク、クローンとは?」とヘビが問い返すと、
「王子の細胞を使って、王子そっくりな人間を生み出したってこと」とリトが答える。
「は? 再生でござるか?」
「まあ、人工的な再生だね」
ディーンも絶句している。リトが続けた。
「それで、おそらくリョウが白虎」
「ビャ、白虎ですと? では、青龍と白虎が揃っておると?」と、ヘビがますます驚く。
「うん。おそらく朱雀も……きっとアイリが朱雀だよ。アイリは火の異能をもってる」
「す……朱雀まで。ということは、四神がすでにおそろいで?」
「そう。ディーンが玄武だってわかったからね」
「うーん」
ヘビはもはや驚愕に堪えきれなくなったらしい。ふたたび硬直して、棒のように転がった。
ディーンは棒ヘビを拾い上げながら、リトに訊ねた。
「四神が揃ったことと森の変化は何か関係あるのかな?」
「さあ、そこまではわからない。だけど、去年の春の月蝕は、大凶を呼ぶ月蝕らしい。ルナ大祭典はもともとは諸国友好の文化行事なんだけど、次第に、大凶を避けるための儀式を伴うものに変わりつつあるよ」
「儀式?」
「うん。宗教行事としてじゃなくて、文化行事として、銀月と緋月の二つの世界の共存こそが必要と訴えることが目指されている。ルナ・ミュージカルのテーマがまさしくそれなんだ。だからこそ、青龍たるオロが主役で歌うことに意味がある」
リトの説明に、ディーンはヘビの頭を撫でながら、大きく頷いた。
「月蝕、ルナ古王国、四神、二つの世界――なるほど、そういうことだったのか!」
ディーンの掌の下で、ヘビはふたたび柔らかさを取り戻し、ディーンの腕に巻き付いた。
ディーンは、棺が置かれていた台座に歩み寄り、厳かにこう告げた。
「玄武が命ずる。道よ、開け!」
――ルナ文様が刻まれた壁が動いた。




