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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十二章 土と森
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ⅩLⅡー6 接点――蘇る記憶の中の少女と癒やしの異能

■宮殿の園

 森の宮殿の庭には色とりどりの花が咲き乱れている。この宮殿には四季はないらしい。

 見事な木の枝でまどろんでいたクロが、突然、耳を立て、枝から飛び降りた。暗い森の方に向かって全速力で駆けていく。


「風子!」

 リクとモモと一緒に散歩していた風子が振り返った。暗い森を背景に、二人の青年が立っていた。

「リト!」

 風子は思わずリトに駆け寄った。クロはすでにリトの腕に抱かれて、さかんにリトを舐めている。


「こんにちは」と、隣の青年が風子に挨拶した。

「あれ? ディーンさんも?」

「ええ、ボクも!」


 ディーンの左腕に巻かれたヘビに、クロがさかんにちょっかいを出す。

「クロ、やめろって! あの大蛇だぞ」とリトがたしなめたが、クロはよけいムキになった。

「そんならよけいにやめませんぜ! さんざん脅かされちまったんですからね!」


 リトが驚いてクロを見た。

「クロ、おまえ、しゃべれるのか?」

 風子が笑いながら言った。

「この森では、人間と動物の間に垣根がないんだって」

「へえ。ここは不思議だな。キキやリクそっくりな子がいるもんな」

「うん! わたしもビックリした」


「風子から櫻館や〈蓮華〉のこといっぱい聞きました!」とリクがにこやかに語りかける。

 リトはこれにも仰天した。

「向こうのリクとはキャラが正反対じゃないか!」


「あのう……お楽しみのところ悪いが、ここに来た目的を忘れちゃおりませんかい?」と、ヘビがヌッと頭を突き出しながら、不服そうに言った。

「そうだ! おい、風子、戻るぞ。みんな心配している!」

「うん!」


「いえ、それはできませぬ」

 凜とした声が響いた。

 美麗な青年が宮殿から出てきたところだった。

 白い長衣には見事な刺繍が施され、長い髪の一部を結い上げて、髷には銀の簪を指している。銀の美しい飾り物が耳にも首にもあしらわれていた。


(おさ)さまだよ」と風子。

「この森の長ってこと?」とリトが問うと、

「はい、わたしの兄さまです」とリクが答えた。


 ヘビはディーンの腕から下りて、青年の前に(かしず)いた。

「長さま。お久しゅうございまする」

「おお、玄武どのの従者どのではござらんか! 今日は、大蛇の姿ではないのだな? 弟どのはご息災か?」

「ありがとうござりまする。弟めはいまも洞窟を守っておりまする」

「さようか。ご苦労」


「長さま、お願いがございまする。このお方たちを元の世界に戻していただくわけにはまいりませぬか?」

 ヘビの願いに、青年はつれない。

「できぬな。この森は、そもそも出入りが禁じられた森だ。入った以上、出ることは叶わぬ。そのことは、従者どのもよくご存知のはず」

「はい、承知しておりまする。ゆえにすべての罰はこのわたくしめが未来永劫受けることといたしまする。その代わりに、このお方たちをお戻しくださいませ」


 青年はじっと一行を見つめた。

「こなたは玄武どの、そして、かなたは弦月どの――かくも強い異能者が揃ってこの森にお出ましとはな。森にも異変が起こっておるが、あちらの世界にも何かが起こっているようだ」


■消えたリク

 フッとリクの姿が消えた。


 あまりに唐突だった。風子が苦笑いをした。

「リクはときどき消えちゃうんだ。その理由はわからないんだって」


 長が言った。

「娘の言う通りだ。この森は、いま境界が欠け始めている。それを阻むことができるのは妹のみ」

 みんなが長を見た。

「妹は消えることが多くなり、力が衰えているようだ。このままでは、森の再生は叶わぬ」

「森の再生?」

「森の生き物を生み出したのは、たしかにわたしだ。だが、生き物に命を吹き込み、動きをもたらすのは、妹の力――その力が弱まっているということだ。だが、風子と申すこの娘が妹と共にいると、妹の精神が安定するようだ。ゆえに、彼女を手放すわけにはゆかない」


 ディーンは冷静だ。

「このまま風子さんがいなくなると、どうなるのですか?」

 長は、美麗な若者に冷ややかなまなざしを向けた。

「妹の力は完全に萎えてしまうだろう。この森も消えてしまう。森が消えれば、二つの世界が直接向き合うことになる。その衝突は、二つの世界にすさまじい破壊をもたらすことになろう」


 リトは憤慨した。

「だけど、風子はこの森の人間じゃありませんよ! 銀月の世界の人間です。それをここに留めると言うのはあまりに身勝手な言い分じゃないんですかっ?」

 長は静かに頷いた。

「そうだ。反論はしない。だが、すでに彼女は妹にリクという名を与えた。名付けは契約だ。彼女と妹はもはや離れることはできないはずだ」


 ディーンが一歩踏み出しながら、長に告げた。妙な迫力がある。

「たしかに名付けは重い行為です。ですが、撤回もできるはず」

「むろん、そうだ。だが、撤回は、妹の存在を否定する行為。撤回されたとたん、妹は完全に消えてしまうだろう」


 三人のやりとりを聞いていた風子が、決死の表情で訴えた。

「こっちのリクが消えるのも、森が滅ぶのも絶対イヤ! だけど、わたしはモモたちと一緒に、アイリやみんながいる櫻館に戻りたいですっ!」


 長は静かに聞いていた。

 しばらく考えを巡らせていたが、ややあって右手を挙げた。

「やむを得ない」


 次の瞬間、周りの景色が変わった。

 どこかの洞窟だった。見たことがあるような気がする。


「あれっ、ここは……?」と風子が驚くと、リトが応じた。

「うん。洞窟だよ。ウル遺跡のある島の洞窟だ」

 ディーンが怪訝そうに首を傾げた。

「ウル遺跡のある島……? あの石棺遺跡のこと?」

 リトが頷きながら、洞窟の壁を手で触る。ゴツゴツとむき出しの岩は、ひんやりとしていた。正面に石棺を設置した後が残り、そばには透明な地底湖がある。


「この洞窟はルナ古王国の国王の墓なんだ。あそこには棺が置かれていた。いまは、本物は、ウル舎村の城館に置かれていて、遺跡はフェイクだよ」

 ヘビが驚愕した。

「な……なんと、ここは、ルナ古王国国王の棺が置かれた場所なのでございますか?」

「うん。この上には、陸緋龍が守る神殿があったんだけど、地震のときに神殿はつぶれた」

「陸緋龍? では、リュイさま?」

「そうだよ」

 ヘビはあまりにビックリしたらしく、「ヒクッ」と言ったきり、全身が伸びてしまって、ディーンの腕からポロリと落ちた。感情の激しい起伏に、小さなヘビの身体では対応しきれないらしい。


 長が姿を現した。

 リトがくってかかる。

「なんで、オレらを閉じ込めたんですかっ?」


 長は冷たい目で一行を見た。

「やむを得ないと申したであろう? しばらくここで頭を冷やすがいい。妹と森を救う手立てを考えることができれば、全員を解放しよう。だが、それができなければ、娘を妹のもとに送って、玄武と弦月は森に留め置く。それ以外の者は過去のすべての記憶を奪った上で森から解放してもよい」


 銀狼が長に飛びかかったが、長の姿はかき消えた。

「ホログラムか……」と、ディーンがつぶやいた。


 一方的な通告を受け、一行――三人と獣三匹とヘビ一匹――は呆然とした。


■策

「考えよう! みんなで!」

 口火を切ったのは風子だった。


「そうだ。考えるしかないな!」とディーンが相槌を打ち、リトが頷いた。

「こっちには、知恵者がそろっているよ! 天月に詳しい銀狼もいるし、ルナ古王国に詳しいヘビもいる。森の危機はオレたちだけの問題じゃない」


「じゃあ、まず情報を整理しよう!」とディーンが言った。


――森は、二つの世界の間にある時空の歪み。森と生き物を作ったのは、いわば絵描きの長。二次元の話だ。絵に生命を与えて、三次元に変えたのは妹のリク。

 リクは時々姿が消え、その頻度が多くなっている。そして、それが森の衰退につながっている。森が消えると、二つの世界がモロにぶつかる。それは二つの世界の破壊をもたらす。


「二つの世界の緩衝帯としての時空の狭間っていうのは、ルナ神話の定番の一つだよ」とリト。

 風子が小さな口をとがらせながら、うーんと唸ったあと、ポンッと言い放った。

「そうだっ! 〈閉ざされた園〉!」

 みんなの目が風子に集まった。

「ほら、去年の夏! ウル舎村の古領にあった神殿からオロとわたしが迷い込んだのは、〈閉ざされた園〉だったよ!」


 リトの仏頂面が少し明るくなった。

「そうだった! そもそも、その園には、シャンラ王国の〈王の森〉で湖から取り込まれたばあちゃんとスラさんがいた。園は、動物たちの楽園だったらしいもんな」

 話しについていけないディーンが、ふたりに訊ねた。

「シャンラにウル古領――別の場所から同じところに入ったってこと?」


 リトが大きく頷いた。

「そうだよ。だから、時空の歪みなんだ。風子たちがそこから出ることができたのは、小さなトラネコの助けがあったから」

「トラネコ? じゃあ、森から出ることは可能なんだね?」

「そういうことになるね」


 風子が少し遠い目をした。

「わたし、ちっちゃいとき、この森に来たことがある……」

 リトとディーンは目の前の少女を凝視した。この子は、突然、とんでもないことを言う。


「五歳のときだよ。わたしは森に入った。森の光景もリクも、そのときに見たまんま」

 リトが半身を乗り出した。

「五歳? おまえが行方不明になったときってこと?」

「うん。リトがお父さんと一緒に、ひいばあちゃんの家に来た日の晩だよ」


 また、リトが素っ頓狂な声で叫んだ。

「風子、おまえ、記憶がないんじゃないの?」

「そうだよ。なのに、その森のことだけははっきり覚えてる。だから、リクに会ったとき、すぐにあの子だって気が付いた。事故で、岬の上病院に入院してたときに、病院の庭でリクに会った。そのとき、モモを拾ったの」


 ディーンが思慮深げに目を伏せた。

「リクさんか……今回の最大の焦点だな」


 クロが身を乗り出した。

「ちょいといいですかい?」

「どうした? クロ」と、リトがクロを膝に乗せた。

「オレがまだガキの頃、大ケガをしちまいましてね。リクに救ってもらったことがあるんです」

「救う?」

「あの子がオレを抱き上げて撫でてくれたんです。そうしたら、すうっと痛みが引いて、ケガも治ったんでさ」


 隣で、モモも言った。

「あたしもそうだよ。お母ちゃんに拾ってもらう前に、あたしは死にそうだったの。リクが撫でてくれて元気になったの」


 リトとディーンが絶句した。

「リクは……癒やしの異能をもつ……」とリトがポロリとつぶやき、

「つまり……〈月の一族〉の血を引くってことだね?」とディーンが(うめ)くようにリトを見た。

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