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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十二章 土と森
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ⅩLⅡー5 伝説の真実――太古の玄武と弦月の生まれ変わり 

■岩戸の文様

「モモたちがこの向こうに行ったということは、オレたちも行けるってことかな?」と言いながら、リトが岩戸を覗き込もうとする。


 武者が大慌てで岩戸の前に立ちはだかった。

「ダメですっ! ぜーったい、ダメ! この向こうに行けば、戻ってこられませぬ。五千年お待ちした玄武さまをむざむざ失うなど、とてもできませぬ」


 ディーンがリトに寄り添いながら、武者を見て訊ねた。

「戻ってこられないって、どうしてわかる?」

「森の長がそう申しておりました。ゆえに、森にだれも入れぬようにとのことでした」

 武者が焦っている。何かを隠そうとしているようだ。


 ディーンが、「ふうん」と言いながら、「じゃあ、おまえの後ろにあるものは何なの?」と聞いた。

「こ……これ? これは傷でござる。弟が暴れたときにひっかき傷ができ申した」

「へええ。岩にひっかき傷? ヘビだよ。足も爪もないんじゃないの? 何でひっかいたの?」

「は……歯で……」と、武者はしどろもどろだ。

「じゃあ、確認してみようか?」とディーンがリトに告げると、リトはすばやく武者の背中に回り込んだ。雲龍忍術の一つだ。


「これって、玄武の絵じゃない?」とリトが言うと、「ホントだ」とディーンが頷いた。

 武者は目をシロクロさせている。


 ディーンが慎重に絵を見た。

「これが玄武の絵なら、ボクの命令も聞くかな?」

「あわわわ! おやめくだされ!」

 武者は必死の形相だ。


「なるほど、やめろってことは、やると効果があるってことだね?」

 ディーンは、文様に手を当てて声を張り上げた。

「岩戸よ、開け!」

 しーん――何も動かなかった。


「なんだ、違うのか……じゃ、これはどうだ。開け、ゴマ!」

 しーん。動きはない。

 何個か、思いつく限りのいろいろな呪文らしきものを唱えたが、変化はなかった。


「やっぱりダメか……ボクは玄武じゃないのかも……」

 そう言って手を離そうとした途端、大きな音が響いた。


――岩戸が開いた。


「うわっ! ディーン、開いたよ! ほら、今のうちだ!」

 リトはディーンの手を引いて岩戸の向こうに飛び込んだ。武者はディーンを引き留めようと、ディーンのもう一方の手を握った。


――岩戸が閉まった。

 鬱蒼とした森の中に三人の男たちが突っ立っていた――リト、ディーン、そして、武者。


■迷陣

――ああああーっ!

 最初に頭を抱えたのは武者だった。

「き……来てしまった。どーする?」


 武者はうろたえながらも、ディーンに問いかけた。

「玄武さま、大丈夫でございますか? まさか、お怪我など?」

 ディーンもわけがわからない。

「うん……大丈夫だよ。だけど、どういうこと?」


 武者は腹をくくったようだ。

「玄武さまが岩に手を当てて、玄武と言ったせいでございましょう。こうなった以上、ディーンさまには玄武さまとしてふるまっていただかねばなりませんぞ」


 あたりをしばらく見て回り、リトが戻ってきた。案外冷静だった。

「狭間の世界にある森に来ちゃったみたいだよ。ほら、月が緋色だ」


「リト、どうする? こいつまでついて来ちゃったんだけど」

 武者は武者としての姿を維持できなくなったのか、ヘビに戻っていた。

 武者姿の時よりも、ヘビ姿のほうがかわいい。


「風子とモモたちを探そう。きっと、ここにいるはずだ」

「うん……だけど、どうやって?」

 ヘビがさかんに首を伸ばす。何か話そうとしているようだ。いちいち腰をかがめるのは手間だ。ディーンは、左腕にヘビを巻き付けた。


「わしが銀狼の匂いを追いまする。銀狼の匂いなら覚えておりますので」

「ホント? でも、ここに来るのを大反対してたのに、信じていいの?」

「こうなりゃ、やるしかありませぬ。森を突破して、長さまに会わない限り、戻れませぬゆえ」


「でも、どうやって会いに行くの? この森には道らしい道はないみたいだけど」と、リトが改めてあたりを見回す。

「この森には迷陣が敷かれておりまする。ディーンさま、玄武として、大地にお命じくださりませ。〈玄武が命ずる。道よ、開け〉と」


「玄武が命ずる。道よ、開け!」

 森の中に光り輝く道が現れた。


 ヘビが首を伸ばして言った。

「迷陣が解けましたぞ。さあ、まいりましょう!」


■太古の玄武

 その後も、道すがら、ヘビはディーンにいろいろなことを教え続けた。かつての主君、玄武の知恵と経験をディーンに伝えようとしているのだった。

 玄武の異能を語る時、ヘビの鱗は強く輝いた。誇らしいのだろう。


「わしがお仕えした玄武さまは、それはそれは美しいお方で、強く、気高く、非の打ち所がないお方でござりました。わしら家臣にもおやさしく、公平なお人柄でしてな。玄武さまは、瞬時に望むところに移動することができ、多様なものに姿を変えることもできました。鳥や獣、ヘビやカメとも会話ができましたし、不毛の地に穀物を実らせ、花を咲かせることができたのでござります」


「玄武と〈土の一族〉は北の湿地帯が根拠地だったのか?」

「さようです。ですが、五千年前は今より気温が高く、北の大地は湿地帯ではなく、実り豊かな穀倉地帯でござりました。玄武さまは非常に裕福であったのですが、富はことごとく民に分け与えました。北の民が満ち足りた安らかな生活を送ることができたのも、ひとえに玄武さまのおかげ――玄武さまをお慕いする民の数は測り知れず、〈月の一族〉の王家の方々さえ凌ぐ人気ぶりでござりました」


「人気者すぎたってこと? 目立ち過ぎてたの?」

「そう申してもよいでござりましょう。富も人望も領地も知恵も、玄武さまを上回るお方はおられませんでした。秀でるものはやっかみを受けます。民の間に奇妙な疫病がはやったのも、おそらくは何者かの策略――病の元が水に紛れ込まされたと思われます」


「玄武の失脚は、陰謀だったってこと?」

「わしと弟はそう思っております。ですが、証拠を見つけることは叶いませんでした」

「玄武を()めたのは誰だと推測していたの?」

 

 ヘビはディーンを見上げた。ディーンの頭の中でヘビの声が響いた。

(思念でお話いたします。いまから申すことは玄武さま以外には知られてはなりませぬゆえ)

(わかったよ)


(でも、そばにだれもいないのにどうして思念交換の必要があるんだ?)

(弦月どのは、どんなに離れていても聞き取ることができる耳をお持ちだからです。弦月どのの異能の一つです)

(そうだったの……)


 ヘビはゆっくりと思念言葉を発した。

(玄武さまを排除しようとなさったのは……〈月の一族〉のはぐれ者――弦月どのでございます)

 ディーンは思わず足を止めた。

――まさか、弦月が玄武の敵だったというのか?


(ど……どうして弦月が?)

(玄武さまが〈月の一族〉の直系たる王と女王の地位を脅かすと考えたからでござりましょう)

(玄武が王位を狙ったってこと?)

(いいえ。玄武さまには王位などまったく意味をもちません。弦月どのが恐れたのは、玄武さまが癒やしの力を発揮しはじめたことでござります。癒やしと蘇りは、〈月の一族〉の特権としての異能――月の神が直系の〈月の一族〉にのみ与えた特別な異能です。玄武さまが施していた癒やしの異能が効かないという場面を作り出して、玄武さまに対する民の信仰を潰そうとなさったのです)


(それが疫病の流行ってこと? でも、ひどいよ、人びとに罪はないじゃないか)

(〈罪〉というものはいかようにでも作り上げられるものなのです。人びとの罪は、玄武どのの癒やしの力を信じたという罪――それは、月の神と王家に対する謀反にあたります)

(信頼が罪? 謀反……?)


(その上、玄武さまは人びとを救おうと禁断の薬を盗み、人びとに分け与えました。人びとは助かったのですが、玄武さまは逃れる道をあえて自ら閉ざされたのでござりまする)

(人びとのために犠牲になったってことだよね?)

(さようです。一方、弦月どのは〈月の一族〉に対する忠誠を示したまでとも言えまする。一つの事実には、表も裏もありますれば)

 ディーンは絶句した。ヘビの解説は、あたかも二人の祖父の間で起こった大統領暗殺事件のからくりを説明しているかのようであった。


(最終的には、弦月どのも追放されました。玄武さまを失った弦月どのは、ご自身を責め、正気を失っていったと伝わりまする。四方位を四神に守られて安泰であった王国もまたしかり。北の守りを失ったとたん、雪崩を打つように災害に見舞われはじめました。まもなく大地震が起こり、ルナ古王国は滅んだのでござります。地震による河の決壊で北の大地は水浸しになり、耕作には不向きな土地になり果てました。湿地帯となったのはそれからのことでございます。そのとき、ルナ大神殿も水に沈んだのです)

(そうだったのか……)


(追放されて天月山に幽閉されるとき、玄武さまはわれら兄弟にこう言い残されました。弦月を恨んではならぬと。玄武さまにとって弦月どのは唯一無二の親友であり、互いに深く想い合う恋人同士でござりました)

(え?)


(ディーンさまがリトさまとご一緒に現れたとき、かつての玄武さまと弦月どのを見るようでござりました。お二人ともそれぞれ生き写しでいらっしゃるのです)

(まさか……ボクたちが、太古の玄武と弦月の生まれ変わり? また引き裂かれて、互いに殺し合う運命だというのか?)


 ヘビは静かに首を横に振った。

(いいえ、そうとは限りませぬ。これからのお二人にどのような力が作用するかによるのではございますまいか……)

(力が作用する?)

(はい。運命と言っても良いかもしれませぬ。お二人が同じ時空を共有するということは、同じことを繰り返すのではなく、かつての記憶を新たに組み替えるためと聞いたことがありまする)

(記憶の組み替え……?)


 ディーンは、先を進むリトの後ろ姿を見つめた。その目は切なさに満ちている。


――すでに記憶の組み替えが始まっているということか?

 リトとボクの間にはカイがいる。リトが見ているのはカイだけだ……。


 弦月リトが新たな道を進み、玄武たるボクが元の道を歩むのならば、二人の行く手は離れるばかり――リトとボクはこの世界で出会うのが遅すぎたのだろうか? もはや取り返しがつかぬほどに?

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