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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十二章 土と森
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ⅩLⅡー2 つながる記憶――時空の狭間で揺らぐ迷い森と絵の森  

■迷い森

 深い森の入り口で、三匹は行くべき道を見失っていた。いくら歩いても同じ道をグルグルとめぐるばかり。疲れ果てて、銀狼の懐に抱かれて、モモもクロも眠りこけた。


「迷路の森」――迷い森。


 かつてどこかで聞いたことがある。

 銀狼は、記憶を巡らせた。


――そうだ! レオンさまから伺ったのだ!


 レオンさまが十歳のときだった。天月宗主に神曲を作ることを止められ、どこかに幽閉されようとしたとき――二頭の兄狼とわたしは、レオンさまを守ろうと戦った。幽閉先に向かおうとしたレオンさまが何者かに拉致されかかったからだ。(⇒第十二~第十四章参照)

 二頭の兄狼は敵たちと相打ちして果て、わたしも瀕死のけがを負った。谷に飛び降りたレオンさまを拾い上げ、なんとか洞窟に運び込んだものの、わたしはそのまま意識を失い、命の火はいったん途絶えた。


 だが、ふたたび目覚めた。レオンさまがわたしの命を呼び戻してくださったのだ。

 甦りの異能を使ったレオンさまは、わたしの代わりに瀕死に陥った。なんとかレオンさまをお救いしようと、わたしは天月蛇を頼った。天月草の効果を聞いたことがあったからだ。

 何本もの天月草を天月蛇は分けてくれた。猛毒の天月草は甦り薬にもなる。一か八かのかなりの荒療治だったが、レオンさまはなんとか意識を取り戻し、お命を繋がれた。その時以降、わたしはずっとレオンさまのおそばでレオンさまをお守りしてきた。


 いま、この小さな獣たちを守るのもレオンさまのため。

 レオンさまと彪吾さまの娘であるリクさまは異能を封じられており、感情を失っておられる。そのリクさまに必要な存在が、〈異能の媒介者〉である風子さま。

 風子さまを連れ戻さねば、リクさまに危険が及ぶ。リクさまの危機は、彪吾さまの危機、そして、それはすなわち、レオンさまの生命の危機。


 モモが言った。

 この森への扉は、風子さまのペンダントの模様だと。その模様は、なにかの文様に玄武をあしらったものであった。


――文様?

 そうだ。その文様こそ、迷い森の文様ではなかったか?


 復活なさったレオンさまは、女性に転じた。

 セイさまによれば、レオンさまは、聖香華の中でも特別な存在である変性体だという。少女となったレオンさまはフレイアと名乗られ、ウル舎村の孤島に連れていかれた。そこで数年間過ごされていたとき、孤島の森にあった古い神殿に同じような文様が刻まれていた。


 フレイア(レオン)さまは、神殿を大切になさって、こうおっしゃった。


――これは、きっと迷い森。迷い森は世界のいくつかの場所にあって、異世界ではつながっているんだって。一度迷い込むと逃れられないらしいけれど、迷い森の文様を読み解けば、迷いから醒めるという。


 古代ルナ神話に書かれていた物語よとおっしゃって、フレイア(レオン)さまは微笑まれた。


 モモが目覚めた。ふああと伸びをして、きゅるんとした目で銀狼を見上げる。クロも起き上がって、ブルブルッと軽く身震いした。


「ねえ、おばちゃん! あたし、夢のなかでいいこと思いついたんだ!」

「なあに?」

「お母ちゃんのペンダントでこの森への扉が開いたんだよね? なら、ペンダントの模様のとおりに歩けば、この森を抜け出せるんじゃないかな?」

「模様のとおりに?」


「いい考えだな! モモ、覚えてるのか?」と、クロが俄然張り切った。

「うん。毎日見てるから覚えてるよ。お母ちゃんは寝る前に必ずペンダントにお祈りするんだもん」

「へええ、何を?」

「お母さんとお父さんにいつか会えますようにって」

「クッ! 泣ける話じゃねえかよ!」

 感激屋のクロがグッと涙を堪えた。


 風子の母凛子は、風子が五歳のときに行方不明になり、風子は父親がだれかを知らない。母のおぼろな記憶すらも、アカデメイアに来る途中の事故で失ってしまった。

 母が曾祖母の稲子に託したというペンダントが母への唯一の手掛かり――いまは、風子の御守りになっている。


 銀狼が立ち上がった。

「では、行きましょう! モモちゃん、案内を頼みますよ!」


■森での邂逅

 風子はリクに森を案内してもらっていた。キキもトテトテとついてくる。


 明るい森で、小動物が多く姿を現す。花が咲く広場もあれば、泉もせせらぎもある。さながらよく手入れされた自然公園のようだった。


「ホントにキサラギ・シンの絵本の森そのまま!」

 風子はおもわずはしゃいだ声をあげた。リクが怪訝そうに尋ねた。

「そのキサラギ・シンっていうのはどんな人?」

「絵本作家だよ。十五年ほど前に死んじゃったらしいけど。絵本は五冊しか残していない。でも、どれもすごく素敵なんだ!」


「死ぬってどういうこと?」とリクが問う。向こうの世界のリクとは違って、こちらの世界のリクは、快活で明るく、会話もはずむ。

「命が消えるってこと……まさか、こっちの世界では、死ぬってことがないの?」

「魂が消えていくことはあるよ。でも、それは命が消えるってことじゃない。別の生き物に形を変えることだから」

「別の生き物?」


 リクがごくあたりまえという表情で、風子に言った。

「うん。ウサギの魂が消えても、花になるし、花が消えても、虫になる」

「へええ! キサラギ・シンの物語もそうだよ! いのちは巡るんだって」

「じゃあ、そのキサラギ・シンって人も死んだんじゃなくて、何か別のものに姿を変えてるかもしれないね」

「そうだね。そうだったら、いいよね!」


「わたしも見てみたいなあ! その絵本!」

「ホント? じゃ、いつか見せてあげるよ。リクがわたしたちの世界に来て、わたしもこの世界に来て、自由に行き来ができるようになったらいいのにね!」

「うん!」


 ガサリと音がした。

 二人がビックリして振り向くと、かわいい赤茶色の丸っこいモフモフが駆けて来た。


「うわあああ! モモ! あれええ、クロもいる。銀狼まで!」


「お母ちゃあああん!」とモモが風子の足元にフワフワの身体を摺り寄せてくる。

「よかったああ! 迎えに来てくれたんだね!」と、風子がモモを抱き上げ、頬ずりした。

 クロも興奮してグルグル回っている。

 銀狼がホッとしたような表情で風子たちを見た。そして、隣のリクに驚いた。


(リクさま?)

「ああ、こちらは、この森の長の妹さんでリク! リクにそっくりだったから、わたしがリクって名付けたんだ!」

「よろしく! この子がモモちゃんね? 風子から何度も話に聞いたわ!」

 リクに頭を撫でられて、モモは嬉しそうに耳を下げた。


 向こうから一人の青年が近づいてきた。

「やあ、森にいつもと違う空気が流れたから、何かと思ってきてみたら、お客さんが来てたとはね」

「森の(おさ)さまだよ」

「こっちは、モモ、クロ、銀狼さん」


「はじめまして」と、銀狼がていねいに挨拶した。

 風子が驚いた。

「あれっ? 言葉が通じる! そういや、さっきモモもしゃべってた。なんで?」

「この森では、生き物たちの言葉はすべて通じるのですよ」と、青年が穏やかに言った。

「うわあああ! ホントですかあ? やっぱり、キサラギ・シンの絵本の世界だ!」


「キサラギ・シン?」と、青年が(いぶか)し気に名を繰り返した。

「はい! 向こうの世界の絵本作家さん。とっても素敵な絵本を描いた人なんです!」

「知り合いなのですか?」

「いいえ。会ったことも、話したこともありません。わたしが生まれたころに死んじゃった人らしいです」

「そう……」


「でも、その人の絵本をお母さんが毎年わたしに贈ってくれて、わたしはその絵本で大きくなったみたいなもんです」

「そうでしたか。素敵なお母さんですね」

「はい! でも、お母さんのこともわたしは覚えていないんです……記憶をなくしてしまって」


「記憶はいつか必ずつながりますよ。焦らないことです」

「はい! わたしもそう思います!」


■絵の森

「ええっ? この森は長さまが創ったものなんですか?」

「そうです。わたしがいろいろなものを描くと、それがそのまま命を帯びるのです」

「す……すごい!」


「もちろん、とても限られた小さな空間ですけれどもね。時の狭間におかれた空間は、それぞれ個性を持っていましてね。この森は〈絵の森〉、みなさんが通ってきた森は〈迷い森〉、ほかに〈閉ざされた園〉もあれば、〈水の大地〉もあります」

「へえええ!」


「聞けば、ここに来るまでにたいへんな思いをなさったようですね」

「へい! 怖いヘビさんに睨まれて、そりゃたいへんでした!」と、クロが身振り手振りたっぷりに言いたてる。

「ははは。怖いヘビさんですか? 大蛇のことですね?」

「ご存知なんですかい?」


「もちろんですよ! あの二匹の大蛇に森を守ってもらう代わりに、不老不死の命を与えたのはわたしですから」

「ひえええ! 森を守る?」

「この森を狙う者は大勢いるのです。宝があるとか、楽園があるとか、神仙境があるとか、いろいろなことを勝手に言い立てられましてね。ですから、そのような者を追い払うよう頼んでいるのです」


「食っちゃうんでないんですかい?」

「ははは、食べたりはしませんよ。大蛇たちは空腹など感じないはずですからね。むろん、おいしいものがあれば口にしますが、好物は果物です。わざわざまずい人間や獣を食べたりはしません」

「ええ? だって、オレたち生贄って……」


 銀狼が、申し訳なさそうにクロに言った。

「ごめんなさいね。じつは、あれは大蛇さんたちお得意の脅しなんです。ビビるのを見るのは楽しみらしいもので」

「えええっ? だって、銀狼さんはあの大蛇をやっつけたじゃないですかっ!」


「まあ、そうなんですが、お兄さんの頼みだったんです。弟大蛇が退屈しすぎて肥満気味だから、ちょっと運動させてくれって。あの如意棒では傷はつきませんし、目に投げつけたものも目薬の一種ですし、口に投げ入れたのは眠りクスリです」

「そ……そんな……」


「でも、きっと効果はあったと思いますよ。大蛇どのが暴れて、洞窟の岩の一部が欠けるほどでしたから」

「そんならそうと言ってくださいよう!」と、クロが恨み節をぶつけた。

(ホントに怖かったんだから~!)

 銀狼は、そうしたクロの反応を楽しむように告げた。

「大蛇どのは、怖がらせるのを楽しみにしていますからねえ。その楽しみを奪うとホントに怒らせてしまいます」


「じゃあ、門を開けることができたのも最初からの約束だったの?」と、モモがアーモンド型の瞳を銀狼に向けた。このかわいい表情には、銀狼も弱い。

「いえ、それは違いますよ。大蛇どのもビックリなさったでしょう。あの門のことはわたしも知りませんでしたし、まさか開くとも思っていませんでした。おそらく、門が開いた衝撃で、天月の森にもなんらかの影響がでたはずです。銀麗月さまが気づかれたのではないでしょうか?」


 森の長がやわらかな笑みを絶やさずこう言った。

「銀狼どののおっしゃる通りですよ。門が開いた衝撃はこの森にも伝わりました。ですから、いったいだれが来るのだろうと待っていたのですよ」


 憤慨したように、ホッとしたように、クロが宣言した。

「じゃあ、話は早い! そこの風子ともども、オレらをもとの世界に戻してくれませんかね? オレらは風子を連れ戻しに来たんですから!」

 

 森の長は困ったように眉を歪めた。

「いえ……それは難しいでしょうね。この森は入るのも難しいのですが、出るのはもっと難しいと思いますよ。それに風子さんは、こちらの世界でも必要な人なのです」

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