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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十一章 〈禁忌の森〉ふたたび
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ⅩLⅠー7 エピローグ――三階フロアの三角関係を鳥たちが代理し、天月亀が秘密を語る

■三階フロアの三人

 銀麗月の館に越してきた翌朝、三人は三階の専用ダイニングで朝食をとった。微妙な緊張の中で、能天気なリトですらパンが喉につっかえそうだ。


「リト、一緒に森を歩いてみない?」 

 朝食後、ディーンが、さわやかな顔でリトを誘う。

「アロが向こうで空間の揺らぎのようなものを見つけたみたいなんだ」

「ホント? じゃ、行くよ!」

 この緊張からいかに逃れるかを算段していたリトは、飛び上がんばかりに提案に応じた。


 リトがバタバタと出かける準備をしていると、身支度をすませたカイがスッと近寄ってきた。

「わたしも一緒に」

 ディーンは、にこやかにこう返した。

「銀麗月どのは、いろいろと公務がおありでしょ? 二人で確認したら、戻ってきてご報告しますよ」

 うん、うんとリトも頷いている。

 カイは譲らない。

「いや、天月の森での空間の揺らぎともなれば大ごとです。わたしがじかに確認しなければ」


 三人で出かける姿を、二階の窓からオロが見つけて、喚きはじめた。

「なんで、あいつらがつるんでんだ? オレも行くぞ!」

 サキがオロの首根っこを押さえた。

「やめとけ。あいつらは風子を見つける手がかりを探してんだ。遊んでんじゃないぞ!」

「離せよ! サキ先生! 離せったら!」

「ダメだ! おまえが加わると、ロクなことにならん!」と、サキが言い捨てた。


 それを見ながら、アイリは憂鬱な気分が晴れない。ただでさえ、モモと風子がいなくて落ち込んでいるのに、妙なヤツがやってきた。

 昨夜、夕食の席で、ディーンはアイリに愛想よく挨拶した。

「しばらくここで厄介になりますよ。どうぞ、よろしく!」

(それにしても、なんでアイツが来た? どうもアイツは苦手だ)


 天月の森は深く、静かだ。森林浴さながら、朝の空気はことに清々しい。

 三人の青年が並んで歩いていく。


「ねえ、カイ。空間の揺らぎって、どんなものなの?」とリトがカイに聞くと、ディーンが答える。

「陽炎みたいなもんだね。空間がちょっと歪むんだ」

「ふうん。じゃあ、そこには、異世界への入り口があるの?」とリトがディーンに聞くと、

「いや、入り口とは限らない。だが、手がかりがあるのは確かだろう」とカイが答える。

 ディーンとカイは互いを見て、フンとそっぽを向いた。


 リトは、なぜか張り合うカイとディーンに挟まれて、どうにも居心地が悪い。つい気がそぞろになり、木株に躓いてしまった。

「あわわ」と体を傾けたリトの手をディーンとカイがサッと握る。カイはリトの右手を、ディーンはリトの左手を――。

 二人の間でひっぱられたリトは、一瞬、空を仰いだ。その目に、フクロウが映った。


■鳥たちの代理戦争

 小柄なフクロウは、まっすぐに降りてきて、ディーンの肩に止まった。

「アロはかわいいね!」とリトがアロに笑いかけた。

 すぐさまカムイが舞い降りてきて、カイの肩に止まり、リトに首を突きだした。

「カムイ? どーした?」

 リトが怪訝な顔をした。カムイが、グアッ、グアッと鳴く。


 ディーンがクスリと小さく笑った。

「この三足烏もかわいいって言ってもらいたいみたいだよ」

「えええっ?」とリトがのけぞり、カムイがアロを蹴り始めた。


「こらっ! カムイ。小さな鳥をいじめちゃダメだろ?」

 いつものようにリトが軽口をたたくと、カムイはリトの頭に乗っかり、あろうことか、アロにあかんべえをした。

 いつもならカムイをたしなめるカイは素知らぬ顔だ。


 アロがディーンの肩から飛び上がり、一、二度旋回して、なんと、カムイの頭の上に止まった。カムイがジタバタして、リトにひっかき傷を負わせそうだ。


「やめなさい」とカイが命じ、「やめろ」とディーンも命じた。

 一瞬、二人は互いの顔を見て、またフンッとそっぽをむくかと思いきや、同じ言葉を発した。

「リト、大丈夫か?」


 二羽の鳥は、リトの頭を離れて、空に飛びあがった、空中戦を繰り広げている。


「うん、大丈夫……でも、突然、どうしたんだろ? オレ、なにか嫌われることしたっけ?」

 リトだけがわかっていない。

 二羽の鳥が、それそれの主人の気持ちを代弁して、リトを取り合ったことを――。


 突然、二羽が急降下してきた。

「森の向こうの小さな湖が妙ですぜ」

 カムイが思念で伝えた。なぜか、三人みんながこれを共有した。

「行こう!」とディーンが言い、「うむ」とカイが応え、「でもどうやって?」とリトが尋ねる。


――次の瞬間、三人は、湖のほとりに立っていた。


(うわ……空間移動しちゃったよ。なんで?)

 リトが隣を見ると、カイもディーンも平然としている。

(ええっ? ディーンにも空間移動の力があるのっ?)


「何か見えますか?」とカイ。

 ディーンが思慮深げに湖の遠くを見やった。

「そうですね。湖の向こうの森に薄い霧がかかっていますが……」

「ええ」

「不自然です」とディーン。

「わたしもそう思います」とカイが返す。

 カイとディーンの間で交わされる会話に、リトはついていけない。

(霧? そんなもの見えないけど……)


 とまどうリトの足もとに一匹のカメが近寄ってきた。何か言いたげだ。

「カメだ! このカメが何か教えてくれるって!」

 カイとディーンが、足もとの草むらで這いつくばっている小さなカメに目を移した。


 カイがスッと指先から白い光を放つと、カメの声が聞こえるようになった。ややしわがれた老人の声だった。


■天月亀

「銀麗月さま、お初にお目にかかります。グリさまに命じられてここを見張っております天月亀の長老ムムと申します」

「うむ、ご苦労」


「この湖は、普段は見えません。地中湖だからです。ですが、昨夜、このあたりの地下が大揺れし、湖を覆っていた岩が一部砕けて、この通り、湖が姿を現しました」

「大揺れとは解せぬな。昨夜、地震などはなかったぞ」

「はい。地震ではございませぬ。森の奥深く、このあたりだけが大揺れいたしました」

「なぜだ?」


「伝説の大蛇でございます。大蛇が怒り、のたうったと思われまする」

「天月山の地中深く眠るという大蛇のことか?」

「さようです。普通なら大蛇が暴れても、地上には影響が出ませぬ。しかしながら、このたびは大蛇が相当やりこめられたようです」

「やり込められるとは?」


「大蛇が張っていた結界が破れるほどのダメージを負わされたのではございますまいか?」

「なるほど……で、その大蛇のところにわたしも行けるか?」

「いえ。いかに銀麗月さまであろうとも、大蛇のところには行けぬと存じまする」

「なぜだ?」

「行ったが最後、戻って来られないからです。天月が銀麗月さまを失うわけにはまいりませぬ」


 それまでのやりとりを静かに聞いていたディーンが、やおら顔を上げた。

「ムムとやら、ボクならどうだ?」

 カメがじっとディーンを見つめた。何かを測っているようだった。


 しだいに、カメの顔が紅潮していく。

 突然、カメがひれ伏した。

「おお、あなたさまは〈土の一族〉! あなたさまなら大蛇を従えることができまする」

「ボクが……〈土の一族〉?――どういうことだ?」


 カメが銀麗月を見た。許可を求めているようだ。

「許す。申せ」


「天月亀のみに伝わる古い、古い言い伝えでございます。真偽のほどはわかりませぬゆえ、固く伏せられてまいりました。グリさまにもお伝えしておりませぬ」


 小さなカメを岩の上に置き、三人は顔を寄せあいながら、神妙に話を聞く。


「わたしはすでに五百年を生きております。先の長老からはいくつかのことが伝えられました。なかでも、大蛇のことと〈土の一族〉のことは、固く秘密にせよと命じられました。秘密を語るのは、幻の弦月どのが〈土の一族〉の末裔を伴って天月の山に入り、銀麗月さまが直接、許可を与えたときのみ。よもやそのような日が来るとは思ってもおりませんでした」


 長老の天月亀は思いもよらぬことを口にした。


――お三方がこの天月の山でお揃いになったのは、偶然ではございますまい。

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