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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十一章 〈禁忌の森〉ふたたび
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ⅩLⅠー6 迷路の森――銀狼の守り、森の番人、夜のない森

■大蛇の真実

「おーれーのー眠りをージャマするヤツはぁーだれだあああ~!」

 地響きのような声だった。岩壁がブルブル震えている。


――ヒクッ!

 クロがモモにしがみついた。シャックリが止まらなくなったらしい。暗闇で瞳孔が開いた目をパチパチさせている。


 太りすぎた大蛇からは、三匹の姿は見えないようだ、どうやら首が自由に回らないみたいだ。

「だーれーだぁ~? うまそうな匂いがするぞぅ。そうか、そうか、生け贄が捧げられたのかぁ!」

 カッと巨大な口が開いた。中は炎のように赤い。だが、三匹に近づいてきたのは、シッポだった。シッポで獲物を捕らえて口に運ぶつもりなのだろう。


――そうはさせるか!

 口のある頭は動かしにくいと見てよかろう。


 銀狼がさっと飛び上がった。どこで調達したのか、長い棒を咥えている。


――うわ、華麗な跳躍!

 いやいや、見とれている場合ではない。


 銀狼は、開ききった大蛇の口の中にまっすぐ棒を立てた。

「あば? にゃにをちた?」(あれ、何をした?)

 まともにしゃべれなくなった大蛇は、幼児のような話し方に変わった。

「アハハ! ヒクッ!」

 クロが大笑いしながら、シャックリしている。


「ござあーちいいい」(小賢しい)

 怒った大蛇は、口の中の棒をかみ砕こうとした。だが、棒は折れない。曲がらない、ついに大蛇の鼻の下と顎を突き破った。それでも肉に食い込んで外れない。


「ごりゃにゃんじゃあ?」(こりゃ、なんだ?)

 大蛇が回らない首をさかんに振った。頭をブンブン振るほどに、棒が食い込んでいく。

 怒りまくった大蛇が大きく身体をうねらせた。

 

 バキッ! ドドッ! ザザッ!


 洞窟の岩にひびが入り始めた。土煙の中、大蛇が猛烈な勢いで首を伸ばしてきた。


 待ってましたとばかり、銀狼がふたたび飛び上がった。今度は目だ。両目に何かが投げかけられた。

 とたんに、大蛇がのたうちはじめた。

 目からどす黒い液体が流れている。血なのだろうか?

「みぇええん」(見えん)

 悲鳴のような声が響いた。


 大蛇は自分で岩壁のあちこちに頭や胴体を打ち付け始めた。そのたび、大きな音と揺れがおこり、大蛇の身体がくずれた岩のかけらに埋もれていく。


 銀狼が三度(みたび)飛び上がった。

 ぱっかりと開いた大蛇の口に、なにかを注ぎ込んだ。

「しばらく眠っておれ!」


 岩に埋もれながらも、じたばたしていた大蛇がしだいにおとなしくなっていった。イビキをかいている。口にはさまっていた棒が縮み、ブルッと身震いして大蛇の唾液の汚れをおとし、銀狼の元に飛んでいった。そして、銀狼の首にぶら下げられていた包みのなかに収まった。


 銀狼は、二匹を振り返った。

「さあ、今のうちです! 行きましょう!」


――あわわ。

 クロとモモは、銀狼の鮮やかな戦いぶりにポカンとしていたが、急いで口を閉じ、銀狼に従った。


 瓦礫のような岩と石ころに埋まった大蛇の横をおそるおそる通り抜け、奥の岩壁に向かう。


 なにかの絵が描かれていた。

 モモが耳をピンと立てた。

「あ、これ、見たことがある!」

「何だ? モモ?」とクロ。

「これ、お母ちゃんのペンダントの模様と同じだよ!」


 モモがそういったとたん、呪文が解けたように、岩が両側にスッと開いた。三匹が走り込むと、岩は閉じられた。


 三匹の目の前には、壮大な森が広がっていた。


■森の番人

 ド、ド、ドン!


 風子たちのいる宮殿が大きく揺れた。

「な……なんじゃっ?」

 キキがびっくりして風子のひざに飛び乗った。


 バキ、バキ、バカーン。

 ズ、ズ、ズズーン!


 ありとあらゆる騒音が組み合わさったような大きな音が地の底から響いてくる。


 青年がフッと笑った。

「森の番人がのたうっているようです」

「森の……番人? のたうつ?」


 青年は平然としていた。隣の少女も顔色を変えない。

「久しぶりだねえ。こうした音が響くのは」

「はい、兄さま」

 聞き慣れない音のあまりの大きさと不気味な揺れに、風子は椅子から転げ落ちないようにするのが精一杯だった。キキもシッポを丸めて、怖がっている。


 だが、目の前の美しい二人は、涼しい顔だった。

「今度は、ここまで辿りつくでしょうか?」と少女が兄に問い、

「そうだねえ。この音の大きさから察するに、相当、番人を痛めつけることができる者のようだ。案外、早いかもしれないね」と兄が答える。


 風子が恐る恐る訊ねた。

「あのう……番人ってどこの番人? いったい、だれですか?」


 青年がにっこり笑った。

「この森の番人ですよ。なかなか頼もしい番人でしてね。機会があれば、会わせましょう」

「は……はあ……」


■大蛇とレオン

 銀狼、クロ、モモは、森を突っ切ろうとしていた。


 ところが、森に慣れている銀狼ですら、これが難しい。方角がすぐにわからなくなるのだ。森全体がまるで大きな迷路だった。行けども行けども、同じ場所をグルグル回っているようだ。匂いもなければ、声も聞こえない。風もそよとも吹かない。


 結局、何度も行っては戻ってくるを繰り返し、結局、起点とした大きな樫の木の下で休むことにした。


 銀狼の温かな腹に顔を寄せて、モモとクロは丸くなった。

 眠い目をこすりながら、モモが聞いた。


「ねえ、おばちゃん。あの強い棒はいったいどうしたの?」

 銀狼は、モモの毛繕いをしながら、微笑んだ。

「あれは、レオンさまが貸してくださったものですよ。一種の魔剣で、伸び縮みします。如意棒に近いかもしれませんね。非常に硬くて、非常に柔軟という相反する性質を備えた剣なのです。ぜったいに折れません」

「へええ。そんなものがあるんだ」


「ええ。レオンさまは聖香華ですからね。たいへん強い異能をお持ちですが、そうした異能をさらに補ういくつかのアイテムもお持ちなのです」

「ふうん」

「ほとんどのアイテムはレオンさまご自身でなければ使えないのですが、あの魔剣だけはわたしも使うことができます。ですから、貸してくださったのです。まあ、剣などは前世紀の武器——今どき、ほとんど使う者はおりません。それに、そもそもレオンさまは、戦いがお嫌いですから、どんなに優れた武器もお手に取ろうとはなさいませんけれども」


「レオンおじちゃんて、そんなにすごいの?」

「ええ、そうですよ。レオンさまは、癒しと蘇りの異能をお持ちです。わたしは一度命を落としたのですが、レオンさまが蘇らせてくださいました。そのときに、わたしも多少の異能を得たようです。わたしは年を取らなくなり、何も食べなくても生きてゆけます」


「あの大蛇のおじいちゃんとはいつ知り合ったの?」

「ずいぶん前のことですね。レオンさまが八歳くらいの頃でしょうか。レオンさまは、森がお好きで、よくひそかにお一人で森の中に入っておられました。あるとき、小さなヘビとわたしたち狼の兄妹がケンカしたのです。わたしの一番上の兄さまがヘビを見つけて、悪戯をしかけたのですが、ヘビの方が力は上です。ヘビが兄さまの首を締め上げたのですが、わたしたちは何もできませんでした。すると、通りかかったレオンさまが走ってこられて、兄さまからヘビを離してくださったのです。兄さまはヘビに謝り、ヘビは許してくれました。そのヘビが大蛇どのだったのです。大蛇どのは、ときどき小さなヘビに姿を変えて、地上に出るのを趣味にしておられるのですよ」


「大蛇のおじいちゃんは、どうして許してくれたの?」

「レオンさまが音楽を奏でてくれたからです」

「音楽?」

「はい。レオンさまの音楽は生けるものすべてを救うのです。レオンさまはこうおっしゃいました。好きな曲を弾いてあげるから、もうケンカするのはやめてって。レオンさまは、ヘビとわたしたち兄妹を招いて、小さな演奏会をしてくださったのです。それはそれはすてきな演奏会でした」


「演奏会……? レオンおじちゃんがピアノを弾いていたの?」

「そうですよ。事情があって、いまではお弾きになりませんけれども。レオンさまの音楽は神曲だと、森の者たちは噂しました。どの者もみなレオンさまのピアノの大ファンで、曲を聴きたがったのです」


「へええ。あたしも聴いてみたいなあ」といいながら、「ふあああ」と小さなアクビをして、モモは次第に眠りに落ちていった。すでにクロはグウグウと大イビキ。ヘソ天で寝転がっている。


 銀狼は自分の懐で安らかに眠る二匹を見つめながら、ひとりごちた。

(レオンさまの神曲は、とてつもない力を持つのです——その曲を聴いてから、兄さまは暴力を振るわなくなり、大蛇どのもまた穏やかな性格に変わったのですよ)


 小さな二匹を宝物のように抱きながら、銀狼はあたりを見回した。


――この森には、夜がないようだ。


 森の中はうっそうと暗いが、木々から漏れ見える空は明るい。

――さて、この迷路の森をどう抜けたら良いものか。

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