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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十一章 〈禁忌の森〉ふたたび
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XLⅠー1 銀月と緋月が交差した夜――もう一人の異能者

■ディーン

 リトは、ゲストハウスを訪れた。ディーンが歓迎してくれた。

 ただ単に会いに来たわけではないことは、リトの表情を見ればすぐわかる。


「あの子はまだ見つからないの?」

「ウン……だから、みんな暗い」

「……そう」


 リトが何かをかなりためらっている。

「リト」

「ん?」

「どんな目的があるの? 単に会いにきたわけじゃないみたいだけど」

 リトが一瞬、ビクッと肩をふるわせ、手にしたカップが微妙に揺れた。

「やっぱりね。キミはウソを言えないタチだから」

「う……」


 ディーンの前で、リトが縮こまっている。

「ちょっと歩かない?」

「ウン」


 二人で外に出ると、にわかに陽が射してきた。

「あったかいね」

「ウン」

「二人で歩くなんて、以前のテーマパーク以来だね」

「そうだっけ?」(⇒第三章3参照)


「ずっとキミは忙しそうにしてたからね……あの天月修士と一緒にいたの?」

「……まあ」

「彼は、銀麗月だろ?」

「え?」


「隠さなくたっていいよ。あの谷で妙な香りにみんなが酔ったとき、天月士がたくさん現れてさ。みんなを助けてくれたじゃないか。ジュンギが言ってたよ。あれは、銀麗月の護衛隊だって」

「そうか……わかったんだ」

「でも、安心して。みんな香りに酔ってたから、銀麗月の姿は覚えていない」

「キミは違うってこと?」

「そうだね。なぜかわからないけど、ボクは酔わなかったからね」

「そうだったの」


「銀麗月なら、いろいろなことを知ってるだろ? いや、いろいろ調べようとしてるだろ? ボクのこともその一つ?」

 リトはディーンを見た。少し寂しそうな目をしている。


「カイに言われたわけじゃないよ。だって、キミはボクの友だちだもの」

「……ありがたいね。いまも友だちって言ってくれるんだ」

「あたりまえじゃないか! ボクはキミに恩義がある」

「……恩義か……友情とか、好意とかとは言ってくれないんだね」

「え……?」

「まあ、いいよ。で、何が知りたいの?」


 リトはディーンをまっすぐに見た。

「……鳥……フクロウなんだけど」

「……」

「いま、この森に見慣れない一羽のフクロウがいるらしい」

「……そう」

「フクロウは夜目が利く。風子がいなくなったときに、そのフクロウが高い梢に止まっていたらしい。そのフクロウのこと、何か知らない?」

「ずいぶん回りくどい言い方をするね。キミらしくないよ。キミは直球タイプなのに」


 ディーンは苦笑いをしながら、リトの耳元に口を寄せ、囁くように告げた。ディーンの甘く温かい息を感じて、リトの頬がうっすら赤らんだ。

「ボクのペットみたいなもんだよ。道ばたに落ちていたから、拾って、ケガを治してあげた。それ以来、ずっとボクの近くにいるよ。フクロウは猛禽だ。部屋飼いには慣れていない」

「そ……そうなの?」

「でも、フクロウがもし見ていたとして、どうやって、フクロウが見た内容を知るつもり?」

「う……あ……」


 正直なリトは、何をどこまで明かしていいものやら、戸惑っているようだ。そんなリトを見るのが、ディ-ンは大好きだった。

「そうか。銀麗月ならできるってことか。額に手を当てて記憶を読み取る異能があるって聞いたことがあるけど、銀麗月にその力があっても不思議じゃないよね。最高異能者なんだもの」

「……ウン」


 ディーンが唐突に話題を変えた。

「彼のことが好きなの?」

「ウッ……ど、どうして、そんなこと聞くの?」

「ただ、何となく……」

「……」

「わかったよ。じゃあ、条件をつける。ボクにも立ち会わせてくれる? 銀麗月と話がしてみたい」


 カイは館の窓から二人の姿を見ていた。ディーンが大胆な行動に出ている。思わず、拳を握りしめたが、すぐに息を整え、窓から離れた。


■三人

 ほどなく、リトはディーンとともに銀麗月の館に向かった。


 カイは、リトとディーンを最上階である三階のゲストルームに招いた。カイの私室とリト用のゲストルームがあるフロア――特別な者しか入れないフロアだ。他の関係者はみな二階のゲストルームに滞在している。


「いま、例のフクロウは狩りの最中です。しばらく待っていただけませんか?」と、ディーンは丁寧な物言いをする。


 リトが茶をセットする。

 部屋中央のソファに座った二人は、挨拶を交わしたあと、何気ない会話を続けている。だが、微妙な緊張が張り詰めている。

 振り向くと、リトですら、ふと足を止めた。タイプは異なるが、美麗な二人が並ぶ様子は、まるで絵姿のようだった。


「ボクのことをどこまで知ってるんですか?」と単刀直入に、ディーンがカイに訊ねた。

「まだほとんどわかっていません。ただ、あなたがかなり高度の異能者であることは予想がついています」

「ふうん……理由は?」

「天月の断崖に立てる者は、銀麗月にも劣らぬ異能者です」


 ディーンが微笑んだ。

「それは、多少買いかぶりでしょう。あなたに匹敵する異能者はほとんどいませんよ。ですが、まあ、ボクにも多少の異能があることは認めましょう。ならば、おわかりですよね。ボクも他人の記憶を読めますが、ボクの記憶は誰も読めません。ボクのフクロウの記憶もボク以外は読めませんよ」

「承知しています。高度な異能者は、防御も一流です」

 二人は互いを見つめながら、頷きあった。端のリトは気が気ではない。


「あ、戻ってきたようです。ここに呼び入れてもいいですか?」

「どうぞ」


 窓から、一羽のフクロウがスウッと飛んできた。フクロウは、差し出したディーンの腕に止まった。


「アロっていうんだ。かわいいだろ?」

 ディーンはリトにニッコリと笑顔を向けた。

「そうだね!」

 フクロウは愛敬のある顔立ちで、大きな目をクリクリさせている。

 そんな二人を瞳に映しながら、カイはごく微妙に眉根を寄せた。


「さあ、アロ。そこに腰掛けて。うん、それでいい。ちょっとおまえの記憶を読み取るからね」

 ディーンは、アロの額に二本の指を当てた。


――夜。白い花が一面に咲いている。

 雲が切れて、満月の光が谷一面を照らした。白いぼたん雪のような胞子がいっせいに立ち上り、谷を覆った。しばらくすると、人が倒れ始めた。

 そのとき、一瞬、月が緋色に変わり、風が吹き抜けた。花畑が二つに割れるように亀裂が浮かんだ。亀裂はまたたくまに広がり、森へとつながった。

 一人の少女が亀裂に飲み込まれた。ほんの数秒のことだった、気がつくと何ごともなかったように、銀色の月の光を受けて、花の上を胞子が漂い続けた――


「緋月と銀月ですか……二つの月が一瞬交差したということですね?」

 カイが青ざめた。

 ディーンも予想外のことに驚いている。

「まさか……緋月が現れたなんて! 地割れまで。ボクはなにも気づきませんでしたよ……」

「地面からは見えなかったのかもしれません。立ち上る花の胞子が月も地割れも隠したのでしょう」


「じゃ、なんで、風子が取り込まれたのかな?」とリトが首を捻った。

 カイがリトのまなざしを受けて答えた。

「わからない……それが偶然なのか、それとも、風子さんを狙ったのか……」


 ディーンは、二人の阿吽の呼吸が気に食わない。あえて、口を挟んだ。

「地震じゃないよ。まったく揺れなかったからね」

「どうしてわかるの?」と、リトがディーンを振り向いた。

「言っただろ? ボクは香りに酔わなかったんだ。でも、その理由はわからない」


 カイが怪訝そうな表情を見せた。

「香りに酔わない……?」

「それが何か?」とディーンが事もなげに聞き返した。


「あの香りは、天月蛇の毒の一種だそうです。天月蛇は銀麗月にのみ従いますので、わたしには毒は効きません。ですが、あの香りはかなり特殊でした。わたしも一瞬目眩を覚えたほどです。だが、あなたには何の影響も出なかった……」

 ディーンは、やや苛立つように、つっけんどんに訊ねた。

「それが、何か意味があるんですか?」


「天月蛇の毒に耐性があるとすれば……可能性は一つ」

「何?」とリトが首を出す。

 カイは、ディーンを正面から見据えて、静かに告げた。

「〈土の一族〉です。あなたは、〈土の一族〉の血を引くのですか?」


 ディーンにとって、まったく予想外の問いであったようだ。いつも冷静沈着なディーンが、明らかに動揺している。

 〈土の一族〉は五族ながら、すでに滅んだ幻の一族――その末裔が存在するなど、だれも考えたことなどない。


「〈土の一族〉? いや、そんな話は聞いたこともないですね。そもそも、ボクは自分のルーツを知らない。異能の理由だって、よくわからないほどです。親がいた幼い頃には、ボクには異能などなかったですから……」

 ディーンの言葉に、カイがハッとした。

「お許しください。辛い思い出を蘇らせてしまったかもしれません」

「いや。いいんですよ。むしろ教えてほしいくらいです。ボクは知りたい。自分が何者なのかを」


■朱く光る目

 カイが続けた。

「一つ伺います。例のヘビが、だれかにお辞儀をする仕草をしたそうです。相手はあなたではないのですか?」

「お辞儀? ああ、あのヘビと目が合ったのは事実ですよ。だから、ボクも気になって、今回確かめてみた。だけど、ヘビは何の反応も示さなかった」

「そうですか……」


「でも、そのとき、ふと気づいたことがあります」

「何に?」とリトが訊ねた。

「ボクの後ろにはクレアがいたんだ。ヘビはクレアにお辞儀したんじゃないかって」

 リトに答えるときには、ディーンはくだけた口調になる。カイに、リトとの親密度を見せつけるように。


「クレア? あのシャンラからの留学生?」

「そうだ。そう言えば、あの日以来、クレアの姿が見えない。まあ、彼女は行動が気まぐれだから、だれも気に留めていないけど。あの夜、ゲストハウスにはいたけれど、翌朝にはもういなかったな。急用で先に帰るって置き手紙があったみたいだ」


「ねえ、カイ、ちょっといい? 彼女にはじめて会ったときから気になってたんだけど、彼女の目が朱く光ったんだ。それって、何か意味があるのかな?」

 リトがカイに向き直った。カイの瞳にホッとした和みが灯った。


「目が朱く光る?」と、カイは一瞬問い直し、答えた。

「異能を見極める目を持つのかもしれない。非常に稀な存在のようだが」

 カイもまたリトと話すときに限って、親しげな言葉遣いに変わる。


「じゃあ、オロやアイリのことも気づいているってこと?」

「おそらくは……われわれ三人のことも気づいているかもしれないね。なのに何も反応を示さない。異能狩りなどの動きをしているわけではないのだろう」

「じゃ、何者?」


「密偵かもしれませんね」と、ディーンが二人の会話に割って入った。

「ありえますね。異能を見極める目を持つ密偵であれば、たいへん貴重です」

「ということは、クレア自身は異能者ではないってこと?」

「そうだね。でも、何らかの事情で異能が封印されている可能性もゼロではないけれど」

 カイは、ふたたびリトとの会話を取り戻した。そして、リトのそばに並び立ち、ディーンに向き直った。


「ディーンさん、あなたのご協力を仰がねばならないようです。風子さんを助けるために、しばらくわたしたちと行動をともにしていただけませんか?」

「リトと一緒に?」

「はい。わたしたちと、です」

 カイとディーンの間で繰り広げられる言葉のさや当てに、リトはオロオロしている。

(この二人……一緒にいたいってこと?)


 ディーンは、二人を交互に見つめた。フッと小さなため息を漏らした後、ディーンは、カイを真正面から見据えた。

「いいでしょう。でも、条件があります」

「何ですか?」とカイ。


「この部屋が気に入りました。天月にいる間、ここで過ごしたいのですが、かまいませんか?」

「この部屋、ですか?」

「ええ。ボクはずっと一人暮らしでしてね。一度、本格的な集団生活というものを経験してみたいと思っていたんです。この部屋なら、いつでも望むときに、あなたにもリトにも会える。秘密の相談もしやすい。お互い便利でしょう?」


 カイは、ディーンをじっと見た。

「わかりました。では、どうぞ、この部屋をご利用ください。お荷物は運ばせておきましょう。必要なものは何なりとお申し出ください」

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