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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十章 玄武への手がかり
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ⅩLー5 天月の森――銀狼に守られるモフモフたちと天月蛇の長

■森の中のモフモフたち

 森の中の獣道をクロとモモは必死で走り続けた。何かわからない大きな力に引きずられているかのように。


 途中、清水を飲んで喉を潤す。

「オレは、ノラネコだから何でも食べられる。だが、おめえはムリだな」


 アイリがモモに背負わせた小さい風呂敷包みには、小分けされたドッグフードの小袋が数個。クロはそれを器用に取り出し、モモに与えた。カリカリとモモがフードを食べる。

「お兄ちゃんも食べる?」

 クロは一粒カリッとかじった。

「まあ、いけるじゃねえか」


 森の奥にずんずんと進んでいく。だが、行けども、行けども、風子の姿は見えない。

 寒いし、雨まで降ってきた。小さな洞穴があり、そこに身を寄せてうずくまり、体温を分け合いながら、雨が上がるのを待った。


「ふうん。クロ兄ちゃんは、捨てネコだったの?」

「ああ。オレは、母親も知らねえ。気づいたら、橋の下で鳴いてた。寒くてよ。ひもじくてよ。生きるってことも、死ぬってこともわかんなかった。ミャアミャア鳴くしかできなかったんだ。そしたらよ。キキばあさんがオレを拾ってくれたんだ。ガキを産んだばかりのメスネコのところにオレを運んでくれてよ。魚と引き換えに、オレに乳を飲ませてくれたんだ。だから、キキばあさんは、オレの母親同然なのさ。ばあさんが大事にする風子を探すのは、恩返しみてえなもんだな」


「アタシもおんなじ。アタシは病院に捨てられてたみたい。お母ちゃんが拾ってくれて、あったかいぬくぬくしたもんでくるんでくれて、フワフワしたところで眠らせてくれたの」

「そうかい。お母ちゃんはすっごくやさしいんだな」

「ウン! お母ちゃんがいないと寂しくて眠れないんだ。ごはんも食べれなくなっちゃう……。アイリママが慰めてくれるけどね」


「だから、一生懸命、お母ちゃんを探すのか?」

「そうだよ! アタシにはお母ちゃんの声が聞こえるんだ。早く来てって呼んでる!」

「そ……そうなのか?」

「だから、早く行きたいけど、この雨だと、声が途切れちゃう……」

 モモが恨めしげに洞窟の外を眺めた。


「おなかすいちゃったね……」

「そうだな。雨が上がったら、何か捕まえてきてやるよ」


 入り口にのっそりと大きな姿が現れた。

――ヒエッ!

 クロはモモにしがみついた。


「あれ? 銀狼のおばちゃん!」

 櫻館の銀狼レオ――彪吾の好みでレオンゆかりの名を与えられた――が、背中に包みをしょっている。

 レオンとツネさんがモモとクロを心配して、銀狼を送り込んだのだ。天月の森は、銀狼の故郷。森の中を知り尽くしている。


 さすがツネさん! 背中の包みはしっかり雨対策がされている。ドッグフードもキャットフードも濡れていない。フードはしばらくこれで持つ。おまけに、茹でたササミまで入っていた。クロが大喜びした。


「おばちゃん、ごはんは?」

 モモの無邪気な問いに、銀狼がやさしく答えた。低めの穏やかな声だった。

「わたしは何も食べなくても生きていけるの。だから、心配しなくていいのよ」


 銀狼は大きな身体のフワフワした温かな毛でモモとクロをすっぽりくるみこんだ。二匹は安心して眠った。最強のボディガードがついたのだ。恐れるものは何もない。


 銀色の雫がとばりのように洞窟の三匹を守った。


■天月の森

 天月の森は、深い原生林だ。さまざまな植物や動物が棲み分けるように共存してきた。樹齢何百年もの木が生い茂るが、ところどころ、ぽっかりと開けた場所もある。滝や渓谷、小さな湖が点在する。


 三匹はどんどん奥へと進んだ。人間はだれも足を踏み入れたことなどないだろう。


 銀狼がいなければ、モモにもクロにも進み続けるのは難しかったに違いない。渓谷があれば、銀狼は二匹を背に乗せて、軽々と飛び越え、公園散歩以外の道を歩いたことなどないモモが疲れたら、銀狼が背中に乗っけてくれる。


 白い鹿や、黒い熊、小さなリスたち、ありとあらゆる獣たちが、三匹のために道を譲ってくれた。どうやら、銀狼に敬意を払っているようだ。


 四日目の朝、三匹は、天月山中腹の断崖の上に出た。ちょうど天月仙門の反対側の尾根にあたる。

クロが首を傾げた。

「例の妙な匂いが強まってるんだが、なんも見えねえな」

 モモもそろって首を傾げた。

「お母ちゃんの声が今までより強く聞こえるのに、お母ちゃんがいないよ……どーしてだろ?」


 クロの黒い毛とモモの赤茶色の毛を谷の風がふわりと撫でていく。

 銀狼があたり一帯を嗅ぎ始めた。


――のそり。


 一匹のヘビが姿を現した。

「うわっ!」

 クロがのけぞった。モモもビビってしまった。


 銀狼がスッと二匹の前に立ち、ヘビに問い質した。

「おまえは天月蛇だな?」

「はい」


 銀狼は凜とした姿勢を崩さない。

「なぜ、ここにいる? 天月蛇の住む場所はもう少し山頂に近いはず」

「天月にはない妙な匂いがするゆえ調べよと(おさ)さまに命じられました」

「天月蛇の長どのか?」

「さようです」


 銀狼が一瞬考えたように間を置いて、訊ねた。

「長どのに会うことはできるか?」


 ヘビは、戸惑ったようだった。

「銀狼さまならば、お招きできます。ですが、そこの二匹のよそ者を天月蛇の聖域に入れるわけにはまいりません。聖域に入ることができるのは、ひとり銀麗月さまのみ」

「この者たちは、銀麗月カイさまにゆかりの者だ」

「え?」

「しかも、レオンさまの(しもべ)でもある」

「レ……レオンさま? あの神曲をお作りのレオンさまでございますか?」

「そうだ」

「しばらくここでお待ちください。長さまに聞いてまいります」

 ヘビはあたふたと森に消えた。


■天月蛇の長

 三匹は、天月蛇の案内にしたがって、山の道なき道を歩んだ。

 かなり険しい岩場が続く。クロは平気だが、平地しか知らぬモモの軟弱な肉球では到底無理だ。銀狼は子狼を咥えるようにモモの首の背を咥えて、山を登り始めた。


 しばらく行くと、天月草が生い茂る断崖に出た。

 その一角に洞窟があり、天月蛇が集団で暮らしていた。


「これは、これは。銀狼どの。久しぶりでござるな」

 一番立派な天月蛇が、銀狼を迎え入れた。

「お久しゅうございます。天月蛇の長どの。もうかれこれ十五年になりましょうか」


「レオンどのはご息災か?」

「はい。おかげさまでお命を長らえることができ、わが主レオンさまは聖香華として覚醒なさいました。長どのには深く感謝申し上げます」

「聖香華? そうじゃったか。レオンさまが銀麗月になられるとばかり思っておったが、聖香華ならば、さもありなん。銀麗月カイさまと並び立つのう。そもそも、レオンどのにはわしらもたいそう恩義がある。礼をするのはあたりまえのことじゃよ」


 ヘビの長は、銀狼の陰に隠れるように身を縮めている二匹に目をやった。

「して、その妙な獣二匹は何じゃ?」

「こちらは、ネコとイヌでございます。ふもとの人間社会で暮らしておりますので、ほとんどお目になさったことがないのも道理」

「ペットとかいうヤツじゃな。話に聞いたことはある。いかにも軟弱そうじゃ」

「はい。まあ、そのあたりはご容赦を」


「それほど軟弱な者たちがよくぞここまで来られたものじゃ。それだけでも見上げたものじゃぞ。よほど重大な要件がありそうじゃな」

「さようです。ぜひ、長どのと内密にご相談させていただきたいのですが」

「わかった。みなの者、席をはずせ」


 銀狼から経緯を聞いた長は、驚いた。

「我が一族の不埒者が食していた月香草とやらで、何人もの人間が気を失いかけたというのか?」

「そうなのです。詳しくは、このクロネコが申し上げます。ただ、やや言葉遣いが乱暴でございますので、そこはお目こぼしを」

「うむ。では、申せ」


「その夜、少女がひとり消えたのか?」

「へい」

「アタシのお母ちゃんだよ!」

 モモは賢くお座りをして、ヘビの長に告げた。

「お母ちゃんの声が聞こえてきたの。さっきのところが一番強く聞こえるんだけど、お母ちゃんはいないの。おじいちゃん、どうしてなの?」


「ふむ……妙な匂いと声か……?」

「長どの、なにか手がかりはございませんか? レオンさまによると、その風子という少女は、どうやら〈異能の媒介者〉らしいのです」

「〈異能の媒介者〉とな?」

「さようです」


 ヘビの長は考え込んだ。やがて、おもむろに目を開き、言葉を選ぶように、ゆっくりと語り始めた。

「〈異能の媒介者〉が現れたということは――古代五族の異能者が揃ったということか?」

「いいえ。まだ全部は揃っておりません。ですが、青龍、白虎、朱雀は現れており、聖香華レオンさまや銀麗月カイさまの近くにおられます」

「ふーむ。では、まだいないのは、玄武と天満月か……?」


「さようです。この天月の地中には大蛇が眠り、玄武と関わりがあるとか。まことでございますか?」

「うむ。たしかに、そうした伝説はある。じゃが、大蛇を見たものはだれもおらぬ。存在するかどうかは、わしにもわからぬ」


 天月蛇の長は、ギロリとした目をモモとクロに向けた。

「ただ、おまえさんたちが辿りついたあの断崖にはいわくがあっての。この前の稀な月蝕のとき、あの断崖から不思議な光が放たれた。ほんの一瞬であったがの。まるで月蝕で朱く燃えた月に向かって伸びたようであった」


 モモがアーモンド型の目を輝かせ、ピンと立った耳を横に下ろした。いわゆるヒコーキ耳だ。

「お月さまが消えた晩のこと?」

「そうじゃ」


「あの晩、アタシが生まれて、お母ちゃんがこの島に来たの!」

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