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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十章 玄武への手がかり
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ⅩLー4 異変の夜――天月蛇の視線の先にいたのは誰?

■異変の夜

 アイリが頑として言い張った。

「風子が見つかるまでここを離れんぞ!」

 オロも同調する。リクも控えめながら頷いた。


 シュウは言うまでもない。

「サキ先生、ボクにできることはありませんか? ウル舎村から人を呼びましょうか?」

「いや待て。そんなことをしてみろ。天月にケンカを売るようなもんだぞ」

「じゃ、どうしたら? ボクに何ができますか?」

 涙目だ。風子のことが心配でならないのだろう。

 

 カトマール学生一行は山を下り、ミオ姉はカコを連れてアカデメイアに戻った。レオンは、彪吾や虚空とともに櫻館へ。天月にいても何もできない。風子の捜索は銀麗月カイに任せ、月香草を持ち帰り、セイの知恵を借りる必要があった。

 いま天月に残っているのは、サキたち〈蓮華〉一行とリト、キュロス、リョウ、イ・ジェシン、グリだ。

 一行は、ゲストハウスから銀麗月の館に移った。こちらの方が、失踪現場となった谷に近い。人目も遮りやすい。カイとの連絡も密にできる。


 クロとモモはまだ戻ってこない。

 アイリは一時間に一度は、「モモお!」と呼んで外を見ている。だが、あのかわいいモフモフの丸っこい姿は見えない。


 キキはカムイによって連れ戻された。谷でがんばって風子を探し求めたが、手がかりはなかった。疲れて休んでいたら、ぷよぷよの丸い体が思わず谷を滑り落ちそうになって、カムイが必死で止めた。

「ばあさん! これ以上やると、あんたが遭難するぞ!」

 カムイの言葉に、キキはうなだれるしかなかった。


 天月士の捜索情報によると、谷の月香草の群生地にはだれもひとは残っておらず、ひとまず立ち入り禁止にしたとのこと。ただ、気になる情報がもたらされた。

「あの満月の夜以降、夜になっても香りはしません」


 あの夜、いかなる異変が起こったのか?


■天月の大蛇

「天月の大蛇ですか……?」

 カイが考え込んだ。グリが資料館で捕獲されている天月蛇から聞いた話を伝えたときのことだ。


「天月では、大蛇の話はまったく知られていません。わたしも『天月秘録』で読むまで知りませんでした」

「あえて秘密にされたってこと?」と、リトが尋ねた。

「そうかもしれない……だが、その理由がわからない」


 サキがスマホを取り出し、写真を見せた。

「ほら、これを見ろ。いまグリが言った〈ヘビのお辞儀〉だ」

 たしかにお辞儀をしているように見える。

――だが、だれに? あるいは、何に?


「おい、イ・ジェシン、何か覚えていないか?」と、サキに尋ねられたジェシンは、うれしさではち切れそうな顔をした。

 サキは顔を背けた。

(あ、やっぱりコイツはダメだ……)


 ところが、思いがけず、重要なことを言う。

「はっきりはわかんないけど、カトマール国費留学生の集団だと思うよ」

 サキが色めきたった。

「ホントかっ?」

「うん。あのとき、資料館のひとは子どもたちに説明していて、子どもたちも彼のそばにいたんだ。ヘビがお辞儀をしているのに気づいたのは、オロくんと風子ちゃん」

「たしかに、そうだったな」


「ほら、この位置だよ」と、ジェシンが図を書き始めた。

 いつもながらうまい。距離感も正確だ。

「そして、ここに、カイ修士、リトくん、カトマールの国費留学生。オロくんは、三人の三角関係の中央にいるだろ? 〈蓮華〉集団の中で風子ちゃんの隣にいたんだけど、この三角関係の中に移動したんだ。それで、ヘビには国費留学生が見えるようになったってわけ」


 三角関係……。リトはグッと息をつめた。

(イ・ジェシンには、オレたちの微妙な関係がわかったってこと……?)


 そんなことはお構いなく、サキが身を乗り出した。

「風子とオロの間を抜けた視線の先にいるのは、例の秀才じゃないか?」

「ホントだ!」とリトが驚いた。


「じゃ、ヘビはディーンに向かってお辞儀をしたってこと?」

「そうかもしれない……」

「なんでだ?」

「それはわかんないよ」


「おい、リト。おまえの同級生でバイト仲間だろ? 親しいんだろ? 何か知らないか?」

「いや……まあ、親しいっちゃ、親しいけど……」

 言い淀んでいると、カイがじっと見つめてくる。


「でも、あんまりよく知らないんだ。ディーンは自分のことをあんまり話さないから。ただ、カトマールの孤児救済プログラムで拾われた子らしい」

 サキがため息を漏らした。

「孤児救済プログラムか……子どものために、過去情報は完全に消されるな。本名も親の情報もいっさいデータに残っていないはずだ。本人には何の責任もないのに、親のことで差別を受けかねないからな。近親婚を避けるために、結婚するときにはDNA鑑定で親族かどうかをチェックするらしいが」


 それでも、サキはあきらめない。

「おい、リト。ディーンのことを調べろ。いいな!」

「う……うん。でも、友だちなのに……」と、リトは乗り気になれない。まっすぐなリトは、相手をだますことができない。 

「別に犯罪者を調べろと言ってるんじゃない。状況から見て、彼が風子を拉致したとは思えんからな。だが、ディーンは何らかの異能を持っているかもしれん。それを調べろと言ってるんだ」


■天月士ジュンギ

 アカデメイアのルナ研究会部室。

「さんざんだったわね」

「そうだな。妙な香りで気を失いかけたよ。ボクたちは無事だったけど、あの〈蓮華〉の人懐っこい子が行方不明だなんて……もう見つかったかな?」

「まだだろうね。リトが戻ってこないところを見ると……」

 学生たちは沈痛だ。天月士ジュンギは、急遽、天月に呼び戻された。


 ディーンは、別のことで考え込んでいた。

――なぜだろう?

 あの時、ヘビと目が合って、ヘビがお辞儀をしたような気がする。周囲はみんなが香りに酔ったようにふらついていたが、自分はなんともなかった。それも理由がわからない。


「クレアは今日も来ないわね」

「彼女は自由人だからな」


 クレアは風子が失踪したと知り、すぐに天月士に姿を変えて、天月にもぐりこんだ。

 密偵〈風〉だ。さすがに銀麗月護衛隊には入り込みにくいが、館の下働きをする天月士として入り込むのは造作もない。


 風子を必ず見つける。

 風子は凛子のたった一人の忘れ形見――命にかけても、絶対に守りぬいてみせる。


 おそらく、谷から天月の森にかけて、どこかに時空の歪みがあるのだろう。銀麗月でも気づかないほど小さな歪みで、あの満月の月香草の香りと連動して、一瞬、風が吹き抜けるように動いたのかもしれない。とすれば、閉ざされた場所を見つけるのは至難だ。


 あのヘビがお辞儀をした相手は、おそらく――ディーン。ディーンは強い異能者だ。あの夜も、高い梢に例のフクロウが止まっていた。

――そうだ! あのフクロウならば、一部始終を見ていたかもしれない。


 天月の森で、今日もフクロウの姿を見かけた。ディーンが、何らかの指示を出しているのだろう。あのフクロウの存在をカイに気づかせたい。ちょっとドジな三足烏を使うか。


 ジュンギは天月に呼び戻された。かつての仲間である資料館の研究員たちに協力を求められたのだ。資料館の者たちはビビりあがっていた。ヘビをペットにしたせいで、少女が行方不明になり、銀麗月まで乗り出してきた。どんな厳しい沙汰があるかと不安でたまらない。

 ところが、銀麗月からの指示は、天月蛇も月香草群生地も大事に扱え――引き続きペット飼育が認められたのだ。処罰はなさそうだ。けれども同時に、月香草の香りについて調べよとも指示された。

 天月に生息する動植物に最も詳しいのがジュンギだった。そこでジュンギの協力が求められたのである。


 アカデメイアの方が楽しい。ジュンギはアカデメイアに戻りたかったが、なぜか、意思と裏腹に、頭の中でここに残るべきとの声が聞こえる。アカデメイアに逃げ戻ろうとするたびに頭痛がする。

 シンだった。ジュンギに憑依したシンは、風子の失踪には、何か特別な力が作用していると考えた。しかも、銀麗月の館にはリョウもいる。あえてこの地を離れるなどありえない。


 ディーンがジュンギを訪ねてきた。ジュンギが呼んだのだ。大好きなディーンがそばにいてくれれば、天月の味気ない生活もマシになろうというもの。天月士の寄宿舎によそ者をいれることはできない。自然資料館の尽力で、二人にはゲストハウスの一室があてがわれた。


 ディーンは、天月蛇の前に立ってみた。ヘビは何の反応も示さない。ちんまりととぐろを巻いたまま、キレイな青いウロコを陽光に輝かせていた。何度やっても同じだった。

――相手は、ボクじゃなかったのか? ならばいったい誰だ?


 記憶をたどってみる。

 ハッとした。

 隠れるように、自分のうしろにいた人物——いつもいつも、みんなの輪の中で影のように隅っこで小さくなっている人物。


――クレア……?

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