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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十章 玄武への手がかり
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ⅩLー3 消えた風子—— 救出に走るモフモフたちとカメの賢智

■捜索

「消えた!」

 サキが真っ青になって、銀麗月の館に駆け込んだ。サキらしからぬ様子で、妙にヨロヨロしている。


 カイとリトが振り向いた。イ・ジェシンとグリもポカンとしている。サキの表情を見て、リトの顔つきが変わった。深刻だ。

「だれがっ? アイリかっ?」とリトが叫ぶと、「風子だ!」とサキが答えた。

 一瞬、リトの動きが止まった。

――風子……?

 なんで、番外の風子が……?


「風子が消えたんだ!」と、サキがハアハアと荒い息の下、声を絞り出す。

「どこでですか?」と、カイが冷静に問いただす。

「げ……月香草が生い茂る谷間だ」

「月香草?」

「ヘビ……あの天月蛇が見つかった場所……らしい」


 カイの顔色が変わった。

「すぐに捜索を手配します。暗くなっているので危険です。子どもたちとともに、この前のゲストハウスに行ってください。これも手配しておきましょう」

「頼む!」


 あたり一面の白い花から、淡雪のような光が立ち上ってゆらゆら揺れている。

 怖いほど幻想的な光景だった。

 月香草の谷一帯が、満月の光に照らされて、見事なまでに輝いていた。芳香は強まっている。


 カイはウッと鼻と口元を抑えた。

「危険です! 花の香りに酔いますよ!」


 すでに、大人たちはフラフラで、子どもたちは座り込んでいる。

 しゃんとしているのは、クロとキキとモモ、野ウサギ二羽の動物たちだけだった。

 天月士たちが駆け付け、子どもたちを抱き上げ、大人たちには肩を貸しながら、ゲストハウスに運び込んだ。

――そこに、風子の姿だけがない。


 幼いほど強く香りの影響を受けたようだ。

 カコもリョウも倒れてしまった。ミオ姉は半狂乱だ。すぐに天月医師ヨヌが呼ばれた。診察したヨヌは命に別状はないとミオ姉を安心させ、幼子たちを別室に運び込ませた。


 ヨヌが持参した天月薬湯を飲むと、しだいに体力と気力が回復してきた。だが、まだ動けない。

「香りは、天月蛇の毒の一つです。非常に薄められているのですが、意識をマヒさせる毒を吸い込んだようです。ただこの程度なら、あと一時間もすれば完全に回復しますし、後遺症は残りません」


 サキが喘ぎながら尋ねた。

「一晩あそこにいたらどうなる?」

「一晩……? 非常に危険ですね。致死量に達します」

 医師らしく淡々と語るヨヌを前に、サキが絶叫した。

「アイツがいるんだ! 放っておけるか!」


 しびれている足を引きずって、サキが動こうとする。ヨヌが制した。

「ムリです。しばらくは歩けませんよ」

「風子を放っておけと言うのか!」


 カイがサキに近寄った。

「大丈夫です。いま、天月士が全力で捜索しています。地の利を知り尽くしている彼らに任せた方が良いでしょう」


「サキ姉……」

 リトがサキの背を撫でた。

「そうだ! リト。クロを使えないか? クロは今日一日、あちこちの匂いを嗅ぎまくっていたぞ」

 クロが、ニャゴッとサキのそばに来た。

「クロ! できるか?」

 アイリが風子のリュックを差し出した。

「アイツの匂いだ」


 クロは暗い森に向けて突進していった。モモとキキもそれに続く。どうやら三匹で協力するつもりらしい。野ウサギ二羽は、どこへともなく姿を消した。


 グリは、キリリとした目で、ジェシンに耳打ちした。

(カメ・ネットワークを使います)

 独自の捜索網を発動するつもりらしい。「頼むよ!」とグリの手を握り、ジェシンは可愛いグリを送り出した。グリも暗闇に消えた。


 カトマール学生団もまたヨヌの薬湯を飲んで、人心地ついたようだ。

 シンは気を失いかけたジュンギの身体から思わず分離しそうになって、必死でとどまった。

 なぜか、ディーンには、香りの影響はほとんどまったく出なかった。だが、怪しまれるのを怖れて、ディーンは酔ったふりをよそおい、冷静に成り行きを眺めていた。


 その場のリーダーはカイだった。

 天月医師ヨヌはカイの指示にしたがって動いている。カイはまた多くの天月士に指示を出していた。銀麗月の護衛を司るエリート天月士たちだ。銀色の肩章をつけているのですぐわかる。

(やっぱり、彼が銀麗月か……)


 ランとカズも香りに酔ったが、後ろの方にいたせいか、さほど重篤ではない。


 カズはビックリしすぎて声も出ない。

 銀麗月の護衛に抜擢されるのは天月士たちの憧れで、文武両道に秀でておらねばならず、品性も重視される。そのようなエリートたちが、黒セーターの美青年に粛々と仕えている。

 カズは思わず見とれた。

――あの青年が銀麗月? 初めて見た! 噂以上に、きれいだぞ……。


 ランはカズほど単純ではない。美貌の銀麗月を見たかったのはホンネだが、銀麗月が誰かを見極め、天月での彼の立ち位置を調べるのが、ランが天月に来た目的の一つだった。

――さすがだ。一声で、百人規模の天月エリートを即座に動かせる。あの動きからすると、相当の武術訓練を受けた者たちのようだ。統制も利いている。天月エリートは一人が十人分の働きをすると聞いたが、ホントのようだ。一千人の軍隊をもつに等しいな。


■三匹の協力

 キキは気が気ではない。大事な曾孫の風子が消えた!


 キキの魂は、風子の曾祖母の稲子だ。オロの飼いネコだったキキの魂が抜けたときに、代わりに入り込んだ。


 風子が五歳の時、稲子は昇天したが、魂だけが現世にとどまった。魂は、風子のスケッチブックに風子が描いた稲子の肖像画に収まった。以来十年間、ずっと風子をそばで見守ってきた。

 ところが、事故にあった空港バスで、オロが風子のリュックサックを取り違え、稲子はオロの家に居つくことになったのだ。ようやく風子と再会したものの、オロがキキを離さなかった。キキはそのままオロとともに暮らし、今では櫻館で風子とも一緒だ。(⇒第1話プロローグ、第三章参照)


「どうじゃ? 風子の匂いはたどれるか?」と、キキがクロに尋ねた。

「うーん、ちょっとわかんねえんだ。風子の匂いかもしれんが、なんか妙な匂いがすっからよ。そっちへまず行ってみようと思うんだ」


 クロが走りながら、キキを振り向きながら答えた。

「だが、大丈夫かい? キキばあさん!」

 太っている上に、高齢のキキは、早くは走れない。ゼイゼイと肩で息をしている。


「ワシのことは気にせんでええぞ。できるだけ早う風子を見つけるんじゃ。ワシは谷の花畑にもう一度行ってみるわい。カムイも来てくれたみたいじゃしの」

 空を黒いカラスが舞っている。

 カムイとキキは、飲み友達だ。


「アタシ、何をすればええん?」」

 クロとキキの背後で、女の子の声がした。振り向くと、モモしかいない。


 それまで一言もしゃべったことのないモモがはじめて口を開いた。

「お母ちゃんを探すために何をすればええん?」

「お……おまえ、しゃべれるのか?」とキキが驚いた。


「なんでかよくわかんないけど、おばあちゃんとお兄ちゃんが言ってることがわかるよ」と、モモがかわいいアーモンド型の目で二匹を見た。

「ほう……あの香りの影響かもしれんな」とキキ。

 モモは不思議そうな顔をしている。


「よし! おまえの大事なお母ちゃんを一緒に探すぞ!」

「ウン!」

「クロ、モモと一緒に行け! 何かあったら、モモを使ってワシらに知らせろ! ええな!」

「ガッテン承知!」


 三叉路で三匹は別れ、それぞれの役割に向けて走っていった。


■カメの賢智

 グリは、天月山一帯のカメの長を呼び出した。

「グリさま。お久しぶりです。いかなる緊急命令でござりましょうか?」

 カメ長はていねいな礼をして、グリを見上げた。


「人探しを頼む。この匂いを辿れるか?」

「カメ族の嗅覚はすぐれておりまする。きっと見つけてごらんに入れましょう」

「頼むぞ」

 カメ長は、一礼をしてスッと水に消えた。

 

 グリは、世界中のカメの頂点に立つ大亀族の総帥の末娘。代々、龍族に仕える名門中の名門だ。長命のため、人間の姿では七歳児だが、カメとしてはすでに数十年生きている。

 グリの秀才ぶりはカメ族では知らぬものがない。次の総帥だとだれもがみなしている逸材だ。そのグリのたつての頼みとあれば、天月のカメ長が張り切らないはずがない。(⇒第二十五章参照)


 グリは、カメ・ネットワークを発動したあと、自分でも動き始めた。

 グリには、月香草の香りは利かない。


 例の天月蛇――毒を抜かれたヘビは、奇妙な行動をした。誰かに向かってお辞儀したのだ。いったい誰だ? あの場所には、大勢の者がいた。その中の誰だ?


 天月山の山中地下には、古代の大蛇が眠ると言う。天月蛇はその使徒だとか。(⇒第三十二章4参照)

――あの天月蛇に問い質してみるか?


 グリは、暗闇の中を自然資料館の中庭に向かった。子どもの姿では訝しまれる。資料館の前でカメの姿に戻り、水路を通って、天月蛇の前に現れた。

 とぐろを巻いて眠りこけていたヘビがビクッとして頭をもたげた。


「起きよ!」

 命令が発せられる方向を見ると、妙にかわいらしい子カメがいた。

「なんだあ? おまえは? オレの眠りを邪魔すんなよ!」

 この天月蛇はかなりガラが悪いようだ。

「わたしを知らぬのか? 大亀族のグリだ」


 大亀族は、ヘビをも従える。特異な進化を遂げた天月蛇は大亀族の配下ではないが、大亀族のことを知らぬはずはない。

 だが、ヘビは首を傾げた。

「大亀族だと? そんなはずがなかろう。おまえはちっこい子カメじぇねえか!」

「信じぬのか? その口を塞ぐこともできるのだぞ」

「おう、やるならやってみろ!」


 とたんにヘビがジタバタし始めた。グリがヘビの口を閉ざしたからだ。

 情けない目になったヘビに、グリが言い渡した。

「どうだ? 信じる気になったか?」

 ヘビはヘコヘコと頭を下げている。


 術を解かれ、一息ついたヘビは、グリに平身低頭した。

「で、大亀族のグリさま。いったい、どんなご用件で?」

「今日の昼。見物客が大ぜいいたときに、おまえはだれかに向かってお辞儀をしたな?」

「へ?」

「相手は誰だ?」


 青いヘビが、さらに青くなった。

「そ……それは……」

「言えぬか?」

「へ……へい」


「では、質問を変えるぞ」

 ヘビはかしこまっている。

「天月蛇は、天月山の頂上の奥深く、誰も手が届かぬ断崖に巣を作って、天月草を食して暮らしておるはず。なぜ、おまえは山の中腹にまで降りて来た?」

「は……ああ、いやあ……ええ匂いがしたもんで……ちょいとフラフラと」

「ちょいとフラフラとだと? では、おまえは天月蛇の集団から追放されたのか?」

「あ……あ……」


「隠さずともよい。天月蛇は結束が固い。だが、仲間を裏切る行為をしたヘビには厳しいと聞いた。追放するとな。ふつう、追放された天月蛇は、数日もすれば干からびて死んでしまう。食べ物がないからな。だが、おまえは生き延びた。しかも、たらふく月香草を食んで、いまやまるで別のヘビになったようではないか?」

「へ……へい」

「何をして追放された? どうやってここまでたどり着いた?」


 ヘビは観念したように、ボソボソとしゃべり始めた。

「仲間の天月蛇とケンカしたんでさ。相手をケガさせちまったんで、追い出されたんです。途方に暮れてたら、見たことのねえ鳥がオレをつかんで運んでくれて、山の中腹まで降りてきやした。そうしたら、野ウサギの子どもたちが二羽いて、道案内をしてくれたんでさ。あまりにええ香りがしたもんで食べてみると、とんでもなく甘くてうまい。一カ月ほどせっせと食べているうちに、ひょんなことで捕まっちまいました」


「ひょんなこと?」

「へえ。満腹になって、谷の木の枝で日向ぼっこをしてたんでさ。そしたら、天月士に見つかってここに入れられました」

「ほう……」

「で、ここがけっこう居心地がよくてね。頑張らなくても、いつもエサも水もたっぷりもらえるし、天敵はいなくて安全だし。もともと、天月蛇はあんまし動き回りませんからね。これだけの広さがありゃ、十分でさ」


 捉えられて満足している天月蛇を、グリはマジマジと見つめた。

(まあ、自由は苛酷な生存競争を意味するからな)


「最後にもう一つ、尋ねる」

「へい」

「天月山中に古代大蛇が眠っていると聞いたことがあるが、天月蛇はそのことについて何か知っているか?」

 とたんにヘビがうろたえた。


「大蛇さまは、天月蛇の守り神さまです。軽々しく口にしてはならんときつく言われています。でも、それ以上は、ワシもよくは知りません。知ろうとしてはならんと命じられておりましたもんで……」

 ヘビがブルブル震えている。ウソではなかろう。


 実在するか否かはともかく、大蛇は天月蛇と深い関わりをもつようだ。

(この臆病なヘビから聞き出せることはもうなさそうだ)


 グリは踵を返した。

(おそらく、大蛇に関わるような何かを見ておののいたというのが本当のところだろう……そちらは別途調べるべきだな)

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