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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十章 玄武への手がかり
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ⅩLー2 月明かりの月香草――芳香に蘇る記憶

■一目惚れ

 ランは、カズの案内で、天月の森を突っ切っていた。目当てのゲスト観察スポットは、森の一角にあるとのこと。息を潜めて見ていると、何人かの者たちが姿を現した。


 背の高い美男子がレオンだろう。その隣に、写真で見たことがある人物が二人並んでいた。九鬼彪吾と游空人だ。案内の天月士は、三人に、天月から見える蓬莱群島の絶景を説明している。

 天月を訪れた賓客を必ず案内する絶景スポットだ。


「これはすばらしい!」と、游空人が感嘆している。

「そうですね」と、彪吾が相づちを打つ。

 レオンは静かに二人――実際には彪吾のみ――を見守っていた。


 やがて、そこに〈蓮華〉一行と学生一行が合流した。

 子どもたちは一度来たことがあるらしい。だが、冬の雪山を含む絶景は初めてのようで、見事さに大興奮だ。イ・ジェシンもミオも、はしゃぐカコやリョウ、グリに注意しながら、すばらしい景色を堪能した。

 学生たちは、初めて見る天月からの蓬莱群島の光景に息を呑み、はるか彼方に横たわる大陸が祖国カトマールだとささやき合った。


 茂みに隠れて様子をうかがっていたランとカズは、それぞれ、突然訪れた鼓動の高まりに困惑していた。


 カズはルルに釘付けになった。

(か……かわいいっ!)


 ランは、待ち望んだ銀麗月ではなく、うっかりディーンに一目惚れしてしまった。

(かっこいいっ!)


 ルルはクラスメートたちに囲まれて、ドレスをヒラヒラさせながら、軽やかに歩いている。その姿さえ、ダンスのステップを踏んでいるようだ。ルルは、やたらと一人の青年に近寄っていく。

 黒い髪、黒い目の端正だが、やや少年ぽい印象の青年は、いかにもスポーツマン風の機敏な動きをしていた。ルルとは親しいようだ。ルルはその青年に甘えるような仕草を繰り返し、青年はルルをちょっとうるさそうにはね除けながらも、ルルを適当に構っている。

(アイツは何者だ?)と、カズの胸が苛立った。


 すらりとしたディーンは、非常に目立った。絶えずわずかな微笑みをたたえながら、友人たちの輪の中心ではなく、端にいる。

 よく観察していると、ディーンは、さりげなく、だれかの動きを注視していた。視線の先を追うと、二人の美青年がいた――カイとリトだ。


 その二人も同様だ。カイはディーンとリトを、リトはディーンとカイの様子をうかがっていた。

 だが、ランにはそんな微妙な緊張関係の意味まで察知できない。ランは、ひたすらディーンの姿を追い続けた。会話から漏れ聞こえるのは、カトマールの話題――どうやら、カトマール国費留学生の集団のようだ。

(うわあ、超エリートなのっ?)


■天月茶話会

 二時間ほどの昼食のあと、宗主館で茶話会が催された。


 カイは銀麗月の館で、賓客を迎える衣装に着替えた。

 尚服局の職員にとって、この時間は至福のひとときだった。ただでさえ麗しい銀麗月が、自分たちの手によって、見事な衣装で飾られ、髪が結い上げられ、華やかな銀の宝冠を戴く。

 いつもながら、だれもがホウッとみとれた。


 宗主館のサロンには、最高級の茶器と極上の菓子が用意され、二つのテーブルに分かれて、ゲストたちが座っていた。


(すごい部屋だね!)と、風子がアイリにささやいた。

(そうだな。だが、ウル舎村の古城はもっとすごかったぞ)と、アイリが応じる。

 去年の夏、みんなで訪れたウル古城が話題に上り、シュウはちょっとうれしい。

(あの城は、文化財と国宝の塊みたいだったからな)と、ルル(オロ)も同調した。


 やがて、天月宗主と銀麗月がそろって姿を現した。

 美貌の宗主と麗しき銀麗月――この二人が並び立つと、だれもが思わず見入り、ため息を漏らす。

 宗主は満足した。

(銀麗月の演出効果は、抜群だな)


 リトは感動しつつ、ふと忍び寄る恐れに身を震わせていた。

(さすがカイ! ……でも、やっぱり、カイは銀麗月なんだ……)


 サキも子どもたちも、銀麗月としてのカイの姿は初めて見る。何ごとにも文句をつけないではいられないあのアイリやルル(オロ)ですら、言葉を失っていた。


 ゲストたちに、天月特有の茶葉をつかった香り高い茶がふるまわれた。


 〈蓮華〉を代表してルルが挨拶し、伸びやかで透明な歌声を披露した。ルナ・ミュージカルのオープニングテーマだ。オロとしてあれだけ忙しくあちこちを動きながら、いったいどこでどう練習しているのか、歌にはいっそう繊細な感情が込められるようになっていた。

(なるほど――ウル舎村国主が絶賛するわけだ)


 天月宗主エルは、ゲストの観察を怠らない。伊達に、謁見の名誉を与えたわけではない。あちこちで名を挙げているこの奇妙な集団の性格や特徴を見極めるのが本来の目的だ。


 宗主は、座席に戻ったルルの隣に座る背の高い少女を見た。

(あの美少女が、天才科学者と噂の者か? 美麗な少年が、おそらくウル舎村の御曹司だろう)

(あのいまいち冴えない女性は、担任教師か? 美青年は、博物館でアルバイトをしているアカデメイア学生か?)


■月香草

 何人かの者は、茶話会には参加しなかった。

 

 イ・ジェシンは、グリとともに、銀麗月の館の宝物館で、初代銀麗月の正装をじくりと観察していた。監視役はカムイだ。

 ジェシンのただならぬ目は、カムイがビビるほどだった。

「あんた、いったいどーしたんだ?」

「どうもこうもないよ。これって、ミン国の国宝となってる伝説の刺繍と同じだもん。ボクら文人男子の憧れの刺繍文様だよ」


 キュロスとミオは、資料館そばの広場で、カコやリョウ、モモ、キキの相手をしていた。クロは、秘かに森に入って、匂いを嗅ぎまくっていた。


 戻ってきたクロを追いかけて、野ウサギの子どもたちが跳ねてきた。

 その後ろに、若い女性と少年がいた。野ウサギをつけてきたカズとランだ。


 ランとカズは驚いた。

 大男と色っぽい美女が、幼児やイヌ、ネコと楽しそうに戯れていたからだ。二人に気づいたキュロスが挨拶した。

「すみません。うちのネコが、野ウサギの子たちを連れてきてしまったみたいですね」

「いいえ。この子が懐くなんて、いままで一度もなかったので、ビックリしました」と、カズ。

「そうですか」と、キュロスがニッコリした。人の良さが満面に現れている。


 そのまましばらく一緒に、野ウサギやイヌ、ネコたちと戯れていると、サキたちが戻ってきた。

「やあ、遅くなったな。待たせてしまってすまない。あれ、その子たちは?」

「ああ、天月の尚服局の人たちです。今日はお仕事がないので、森を散歩していたそうです」


 ルル(オロ)を見つけたカズが顔を輝かせた。だが、ランはガッカリだ。あの美青年はいない。


「あとの者たちは、しばらく用事があるとかで、天月の人たちに送ってもらうそうだ。わたしたちだけ先に帰るぞ」


「あ!」と、風子がサキの後ろを見た。

「やあ、また会ったね!」

 学生団五人組だった。ランの目が輝いた。さっきの美青年がいる!


「ボクたち、これから月香草の群生場所を見に行くんだ」

「え? 天月蛇のご飯になる月香草?」

「そうだよ。あのヘビはそこで捕獲されたんだって」

「あたしも行きたい!」と、風子が言い出した。

 天月士ジュンギが、ちょっとうろたえた。

「え? でも、もう夕暮れだし、危ないよ」

「行きたい! 案内してくれ!」と、アイリがディーンに詰め寄る。


 ディーンが困ったようにサキを見た。アイリは言い出したらきかない。

 サキが訊ねた。

「そこの天月士クン! 月香草の場所は、ここから近いのか?」


 ジュンギがわずかに首を捻った。

「そうですね。ここから歩いて三〇分くらいでしょうか」

「日が暮れたら歩くのは無理な道か?」

「無理ではないです。舗装はされていますし、街灯もあります」

「よし! ならば、連れて行ってくれ。われわれみんなだ」


「いいですけど……」と、ジュンギが言いながらビックリした。ルル(オロ)は白いデブ猫を抱き上げ、アイリは子イヌのリードを引いている。痩せた黒ネコの後ろを二羽の野ウサギがついていく。

「え? ネコもイヌも?」

「当然だ。この子たちをさんざん待たせたんだ。連れて行ってやるのはあたりまえだろう」と、アイリが平然と言い放った。


 ランもカズもついていくことになった。ふたりとも、月香草のことなんて知らない。天月蛇のことも初耳だ。それ自体に興味はなかったが、ルル(オロ)とディーンが行くというのだ。ついていかないはずがない。


――それは幻想的で神秘的な光景だった。

 月香草の名の通り、月の光に花が咲き乱れ、高雅な香りを放っている。


 その香りは、何かを思い起こさせた。


 風子は身体をブルッと震わせた。

(ああ、子どもの頃の森の香り……?)


 キュロスが蒼白になって、涙を流している。

(こ……これは、ロアン王太子さまが十歳の時、カトマールでご覧になったという薬草園の光景に似ている)


 静かに月が昇ってゆき、一行は時間も忘れて、その光景と芳香に酔いしれた。

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