ⅩⅩⅩⅨー6 エピローグ――美しき十五歳のアンドロイド・レオに込めた彪吾の願い
■櫻館の新入り
さすが、レオンだ。
ミン国出身でアカデメイアの不動産女王ク・ヘジンに、ある養蚕農家の支援を頼まれていたレオンが動いた。
ミン国の片隅に、娘と孫が繭を自家生産し、祖母が座繰りをする農家があり、こだわりの手作り生糸を作っていた。しかし、経営が行き詰まり、桑畑を売り払わねばならない危機に直面しているという。レオンは、ミン国にゆかりの深いパドアの名で、技術の提供と引き換えに、桑畑を維持し、経営を続ける資金提供を行ったのである。
伝統技術の継承者が孫以外にいないことを嘆いていた老女は喜んだ。生産物の絹織物を適正価格で仕入れ、販路を開拓することも契約に盛り込んだ。この取引を秘密にする条件も付けた。
これらのすべてをごく短期間で秘密裏に行うとは、レオン以外だれもできまい。
蚕繭は、老女の家で新しく自家生産してもらうことにした。エサとして、ある草を送った。月香草だ。
桑、月香草、繭の成分を計算し、アイリがはじきだしたエサ配分は、企業秘密に他ならないが、これは農家に提供することにした。月香草は、ミン国に自生していないが、おそらく育つはず。あとは、農家の努力に任せるしかない。手作りにこだわる以上、生産量は限られるだろう。それでも、経営は成り立つはずだ。
蚕が新しい繭を作るには一ヶ月はかかる。
パドアは一人の大男を連れて、旧知の老女の家を訪ねた。パドアがミン国に嫁いできた頃、このあたりは夫の伯母である男爵夫人の所領であった。夫人は養蚕業を大事に保護していた。村人はそれをいまなお感謝している。
一家の許可を得て、パドアは大男――ヤオ――に老女のすべての動作を複数地点から録画させた。
一通りの作業が終わったあと、パドアが深々とお辞儀をすると、老女は涙を流しながら、満足したようにパドアの手を取った。廃れかけた伝統と技術を次世代に伝えることができたと、顔は晴れ晴れしている。子も孫も、これから続く契約も含めて、パドアに感謝した。
パドアからの情報提供を受けて、レオンは、櫻館の離れに道具一式を整えた。だが、名人と寸分違わぬ座繰りを、いったいだれがするのか?
また、ロボットを作ることになった。
陸緋龍の美少女の出来の良さに驚いた彪吾は、一つの注文を出した。
「十五歳くらいのレオンを作って!」
アイリが、レオンの姿をパソコンに取り込み、「十五歳」という年齢設定をすると、AIが判別して、美少年が現れた。立体的な3D画像だ。
それをもとにアイリが生み出したアンドロイドを見て、彪吾が感動した。
「うわあ! 十五歳のレオン! イメージ通りだよ!」
どうやら、超多忙なレオンが不在の時、そばに置きたいらしい。レオンもしぶしぶ同意した。これで、彪吾がきちんと食事をとるのなら、まあ、しかたあるまい。
はしゃぐ彪吾の隣で、レオンは恋人の気持ちをおもんぱかった。
(きっと、リクの代わりにしたいのだろう……)
彪吾は、恭介がうらやましくてたまらない。
ホントは、リクの父親だと名乗りたくて仕方がない。リクのための曲をたくさんつくり溜めしていることからも明らかだ。けれども、それはリクを危険に晒すと思って、我慢に我慢を重ねている。
彪吾は、リクそっくりのアンドロイドが欲しかった。でも、そんなことをすれば、リクとの関係を公表するようなもの――考えた挙句、十五歳のレオンに落ち着いた。会いたくて、会えなかった十五歳のレオンだ。これはこれでうれしい。
「ボクがパパだよ!」
彪吾が、少年アンドロイドにやさしく語りかけている。父性爆発だ。
アイリとオロが驚愕した。
(こんなに端正で繊細な音楽家が、なぜに、パパになりたがる?)
だが、恭介やマロには、パパと呼ばれたい彪吾の気持ちが痛いほどよくわかる。
損得も名誉も無関係に、ひたすら守りたい存在――それが「子」だ。
自分を慕ってくれる「子」といると、心が落ち着き、体中に幸せホルモンが満ちてくる。
――パパ、か……。
レオンは、自分そっくりなアンドロイドに微妙な寒気を覚えた。だが、彪吾が喜んでいるのなら、それもいい。
(彪吾の精神安定剤のようなものだな……)
こうして、櫻館には、十五歳のアンドロイドが二人、新しくメンバーとして加わった。
美少年は、彪吾が命名した。レオンと名付けると本物と混乱するので、「レオ」にした。
――美少女リュイと美少年レオ。
二人は並んで、一同に紹介された。
どちらも、動作も言葉もなめらかで、一見するとアンドロイドとは思えない。
ただ、まだ感情表現は苦手なようだ。リュイはいつも真面目な顔で、レオはいつも微笑んでいる(彪吾の好みが反映されているのだろう)。
いずれにせよ、二人とも絵に描いたような美少女と美少年だった。
美少年好きのカコが、レオの周りをグルグル回って、「お兄ちゃん、とってもとってもきれい!」を連発している。リョウは、美少女リュイを見て、頬を赤く染めた。
サキは、思わず手にしたカップを落としそうになった。
(うわ……リュイへの恋心は、シュウじゃなくて、リョウに残ってたのか!)
■絹織物
絹織物づくりは順調に進み始めた。
だが、二つの問題があった。
仕立てと刺繍だ。どんなに考えても適任者がいない。繊細な刺繍をするロボットともなれば、さすがに短期間で生み出すわけにもいかない。仕立ても手仕事だ。機械化には向かない。
スラが、ムトウから借りて来たハンカチを取り出した。
カイが驚いた。
「これはすばらしい! スラさんが作ったのですか?」
「いえ、まさか……」
「どなたですか? この技術があれば、衣装に刺繍するのも無理ではありませんよ」
「……きっと驚かれる方ですよ」
「スラ姉、だれなの?」とオロが興味津々だ。
「……イ・ジェシンさん……」
「えええっ!」とみなが大声をあげ、全員が固まってしまった。
「イ・ジェシン……さんですか……」と、カイですら言い淀んでいる。
「なんでアイツが?」とアイリ。
「どうしてこんなに上手なの?」と風子が素直に感動を表すと、「信じられん!」とオロが首を横に振る。
居並ぶ者みなが口々に勝手なことを述べ立てる。
カイは、掌に載せた刺繍入りのハンカチをじっと見つめた。
「これは、ルナ遺跡の神殿文様の一つですね」
みながいっせいにハンカチに目を向けた。
「ホントだ……!」とアイリとオロ。
スラが言葉を継いだ。
「ミン国では、伝統的に刺繍がとても重視されてきたそうです。刺繍は、教養をもつ上流男子の風雅な嗜みとされてきたとか。イ・ジェシンさんも子どもの時から訓練されたそうで、全国で一位を取ったこともあるそうです」
みなが絶句した。
スラがチラリとサキを見た。
サキはいかにも意外そうな顔つきだ。
(あのチャラ男は、文化教養人だったのか?)
カイが決断したように告げた。
「イ・ジェシンさんに協力を求めましょう」
だが、仕立ては?
「天月士ミライさんに紹介してもらおうと考えています。もと天月仕立て屋の一人で、すでに引退した人がいるそうです。伝説的な技術の持ち主として語り継がれており、いまは趣味で、依頼を受けた仕立てをするのだとか」
陣容は固まった。
■刺繍の腕
翌日、スラから連絡を受けたイ・ジェシンが大喜びで、櫻館にやってきた。
ジェシンは、まずは何をさておき、チビ緋龍のもとに駆け寄って抱き上げた。しばらく頬ずりをしたあと、そばにいる美少女に気づいた。
「あれ? あなた、リュイさん?」
リュイはコクンと頷いた。
「ええっ? 緋月の村から戻ってきたの?」
「いいえ、わたし、アンドロイドです。ここで生まれました」
「ア……アンドロイド?」
イ・ジェシンが驚くと、背後から声がかかった。
「そうだ。イ・ジェシン、久しぶりだな」
サキだ。
「サキ先生!」
ジェシンが両手を広げて近寄って来るのをスルリをかわし、サキは言った。
「あんたに重要な役目を頼みたい」
「うん、なんでも言って! サキ先生の頼みなら、なんでも聞くから!」
――ウザイ!
だが、そんなことも言ってられない。
と、サキの背後を見たジェシンの目が大きく見開かれた。
「……レオン? レオンじゃないか! どうしたの、ものすごく若返ってるけど……」
彪吾が尋ねた。
「十五歳のレオンのイメージだよ。レオっていうんだ。どう、似てる?」
「もちろん、はじめて見た十八歳の時のレオンを少し若くしたみたいだよ。あのときも、ほっそりしていて、中性的で繊細な感じの美少年だった。こんな美少年がこの世にいるのかって思ったくらいだもん。あああ、あのときのレオンに会えるなんて! なんて、幸せなんだ!」
彪吾は満足した。会いたくても会えなかった十代のレオンを、ジェシンは知っている。そのジェシンが言うのだ。間違いあるまい。これは十五歳のレオンそのものだ。
「まさか、これもアンドロイド?」とジェシンが訊ねると、「そうです」とカイが素っ気なく答えた。
「おい、イ・ジェシン! レオに手を出すなよ!」とアイリが牽制した。
「あたしの子どもでもあるんだからな」
ジェシンが、アイリを振り返った。
「え、え、え? アイリちゃんがこの子たちを作ったの?」
「そうですっ!」と風子。
イ・ジェシンが面食らっている。
ちょっと立ち入り禁止になっている間に、櫻館が大変化していた。
サキが言った。
「まあ、座れ。今から説明するから」
ジェシンは大喜びで、ソファに座った。
わざわざサキの隣に陣取る。
「もっと離れろ!」とサキが逃げると、ジェシンが追っかけてくる。
「ヤダよ! 大事な話なんでしょ? 一言も聞き漏らしたくないもんね!」




