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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三十九章 天月秘宝
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ⅩⅩⅩⅨー2 贋作作戦始動――二人の美青年を前にした天月医師ヨヌの妄想

■櫻館の週末

「なんだとお!」

 アイリの大声が響いた。週末の櫻館は、穏やかな日和(ひより)だ。


「だから、絹の里の絹織物を作ってよ!」と、リトが「お願い」している。

 わらわらとみんなが集まってきた。

 彪吾もほとんど回復したが、レオンがつきっきりで面倒を見ている。


「なんでだよ!」

 また、アイリが怒鳴った。


 少し離れた所で、この件の最大の仕掛け人であるカイは、静かになりゆきを見守っていた。


 ふと、セイは感慨を覚えた。

(ファウン皇帝も、よくこうして、ご自分で種を播いておきながら、まるで無関係かのように、いさかいを見物しておられたのう。すると、いつも皇帝の思うとおりに落ち着いたものじゃった)


「アイリなら、地下都市の研究施設のシステムに入り込めるだろ?」と、リト。

「そんな簡単にいくか!」と、アイリが唾を飛ばした。


 リトがとたんに態度を変えた。

「ええっ! まさか、できないのっ?」

「ぐ……」

 アイリが口を引き縛った。


「へええ、アイリでもできないことがあるのか……そうか。アリエル・コムにしてやられるわけだ」と、リトがひやかすように言うと、アイリが敵対心をむき出しにした。

「アイツの名を出すな!」

 アイリは、自分がつくった耳栓がアリエル・コム対策に役立たなかったと知り、怒髪天を突いた。アイリにとって、アリエル・コムは禁句中の禁句だ。


 なのに、オロがここぞとばかり、リトに加勢した。

「おい、アイリ。いつもえらそうに言ってるが、そんなこともできねえのかよ? ハッキングなんてチョロいって言ってたのは、どの口だあ?」

「おい、オロ! おまえ、図に乗るなよ!」と、アイリの口調がヒートアップする。


 風子がアイリとオロの間で右往左往している。

 モモはアイリのそばでシッポを振り、キキはオロのそばにドテッと寝そべった。


 風子はふと思った。

――シュウがいてくれたらなあ……。あれ、なんでシュウ?


 どんなときも、シュウは風子の絶対的味方だ。なのに、この週末は兄リョウとともにウル舎村の書庫に籠もりたいとかで櫻館にいない。リクはいつも通り、遠くでボウッと突っ立っていた。


 サキは、少し離れて、子どもたちのバトルを見物していた。

(うーん。オロのバトル・スキルが上がってるなあ)

 オロは、アイリの操作方法を覚えたようだ。痛いところを突いて、アイリが自らドツボにはまるよう、うまく誘導している。


 首尾良く、アイリが、罠にはまった。

「よーし、やってやろうじゃないか!」

「よし、アイリ。よく言った!」と、リトがアイリを褒めると、ツネさんが声を上げた。

「さあさあ、みなさん。朝ご飯ですよ。アイリさんの好きなデザートセット付きですよ1」


 アイリとオロがダッシュした。週末の遅めの朝食は、いつもより豪華で、プチデザートの盛り合わせがついている。アイリもオロもこれが大のお気に入りだ。


 リトはカイに親指を立てた。

(うまくいった!)

 カイが頷いた。


■二人のばあちゃん

 セイはふたりを見ながら、ばあちゃんにつぶやいた。

(あの二人は仲がええのう)


 ばあちゃんが、ちょいと心配そうに頷いた。

(リトはカイ修士に惚れとるもんでな)

(ほう、そうじゃったか。似合いのカップルではあるのう)


(セイさんは、あまり驚かんのじゃな。男同士の、ほれ、ゲイとかいうヤツじゃが)

(何を驚くことがある? 香華族では、ごく普通のことじゃぞ。ファウン皇帝のお父上も、お若い頃は後の天月宗主とずっと一緒に過ごしておられた。レオンさまも、あの通りじゃしな)

 向こうで、レオンが彪吾に腕を添えながら、食卓に座らせていた。


(なるほどのう……日本ではまだ珍しいが、一歩外に出ると、普通なんじゃな)

(ほうよ。じゃが、あんたの心配はそれじゃあるまい)

(……わかるか?)

(あたりまえじゃ。このところのリトのケガや病気は、尋常ではない。リトに何か大きな変化がおこっとるんではないかえ?)


(うむ……それよ。どうやら、リトが弦月として覚醒しはじめたようでな)

(絹の里での事故がきっかけか?)

(そのようじゃ)


(して、カイさまは、それをご存知か?)

(知っておる。知っていて、リトを見守っておる。じゃが、肝腎の本人が何もわかっとらん)


(銀麗月にとって弦月は凶。いずれは対決せにゃならなくなるぞ)

(そうよのう……じゃから、リトには言えんのじゃ。アレは単純でのう。自分が力を付けて、カイ修士に近づくのがうれしいらしい。それがカイ修士との別れを意味しておるとは、夢にも思っておらんじゃろうな)


 セイは、向こうで仲良く食事をとる二人を見て、ばあちゃんにささやいた。

(あんまり悲観することはないかもしれんぞ。ああ見えて、カイさまはしたたかなお方じゃ。きっと何か手立てを見つけるに違いあるまい)

(そうかのう……ならば、ええんじゃが)


(こたびの天月秘宝の偽物作りは、天月宗主の秘密を解き明かすための第一歩じゃ。宗主とリトの父親との因縁を知る手がかりにもなろう。おまけに、絹の里の秘密にまで探りを入れる道筋をつけた。どれもこれも、弦月の謎を突き止め、リトを救うためではないかのう)

 そう言って、セイは、デザート皿のミニケーキを口に運んだ。


「こりゃ、うまい!」


■天月医師ヨヌの妄想

 天月医師ヨヌが軽やかな足取りで櫻館に現れた。カイが呼んだのだ。(⇒第十八章参照)


 ヨヌは目をキラキラさせて、「推し」の友レオンに匹敵する美しい銀麗月を見上げた。

 この光景を見るたび、リトはムッとする。


「この間、天月で起こったことを教えてくれるか?」

 銀麗月の問いに、ヨヌは居住まいを正して、時系列に出来事を並べ上げていった。隣で、リトが自動音声入力をオンにしながら、適宜、メモも取っている。


 ヨヌの記憶再現力は抜群だった。

 ある箇所で、カイが手を上げた。

「待て!」

「はい」


「宗主館に誰が訪れただと?」

「ラクルの弓月財閥当主、弓月御前です」

 リトとカイが顔を見合わせた。


 一瞬、ヨヌはドキッとしたが、努めて動揺を見せまいと言葉を継いだ。

「最高級のラクルの絹織物をご持参なさったそうで、宗主さまがたいそう喜ばれたとか」


「なぜ、弓月御前が、天月宗主を訪問したのか?」

「今年は、天月創建二千五百年の節目にあたります。祝典のさいにお召しになる正装として、一昨年から弓月財閥に絹織物をご注文なさっていたのです。このたび、品物が完成したとして、弓月御前がじきじきにお届けになられました。これから半年かけて、お衣装に仕立てられるそうです」


 ふたたびヨヌが話し始めた。あるところでまたカイが止めた。

「待て!」

「はい」


「天月蛇が捕獲されたのか?」

「さようです。自然資料館の者たちが大喜びで、ペットのように飼っております」

「……猛毒のヘビをか?」

「ええ。あの人たちはみんな変わり者ですから。生きた天月蛇など、誰も見たことがありませんでした。あまりに貴重なので、生態観察をしているそうです」


 毒蛇に嬉々としてエサをやる研究員たちの姿を想像して、リトは思わず笑いを堪えた。

――そう言えば、あの人たちはみんなオタクばっかりだったな。


「天月蛇は、かなりの偏食で、食べ物は天月草のみ。天月草は採れませんので、代わりに月香草を与えたら、喜んで食べたそうです。けれども次第にヘビの様子が変わったそうです」

「変わった、とは?」

「毒が抜けたそうなのです。いまでは青大将のようにおとなしい蛇になり、模様はキラキラと美しくなって、自然資料館のご自慢ペットになっているとか」


 また、カイとリトが顔を見合わせながら、絶句した。


 ヨヌは、内心、感動した。

――きゃああ! ステキ! 美男子同士のカップルって、なんてかっこいいの!


 だが、口に出すわけにはいかない。

 ヨヌはドキドキしながら、つい妄想に陥った。


――白銀の正装姿をまとった銀麗月が、黒いスーツに身を包んだリトに手を差し出し、抱き合って口づけを交わした後、手を取り合いながら、天月山の奥に消えていく……。碧い山の奥には、白い神殿。清涼な風が吹き抜けると、銀麗月の絹の衣がわずかに翻り、二人は見つめ合った……。


 ほわんとするヨヌは、銀麗月の言葉で現実に引き戻された。

「話を続けよ」

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