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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三十九章 天月秘宝
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ⅩⅩⅩⅨー1 天月秘宝――天月宗主の提案と銀麗月の作戦

■天月宗主の提案

「銀麗月どの、お久しゅうございますな」

 天月宗主エルが姿を現した。カイは宗主から呼び出しを受けて、宗主館に出向いたところだった。

「何度もお訪ねしようとしたのですが、お留守が多くて、なかなかお目にかかれませんでした」

 そういう宗主の目は、皮肉に満ちていた。


「どうぞ、お許しを。月蝕以来、各地で起こっている異状を確認しておりました」

「それは、それは。天月にも関わりますのか?」

「さようです。もう少し分かったら、改めてご報告いたしましょう」


 銀麗月と天月宗主には微妙な緊張関係がある。この間、緊張が高まっている。

――銀麗月が何やらいろいろ動いているようだ。


 むろん、銀麗月は、天月の至高者であり、何をしようとも自由で、宗主の許しなど不要だ。だが、天月宗主エルは独裁傾向を強めており、銀麗月が実力をもつことを警戒している。

 

「いかなるご用でしょうか?」

「ルナ大祭典への協力の件です」

 カイは納得したように頷いた。

「ルナ大祭典には、この前拝見した宗主館の秘宝をお出しになると伺っておりますが、その件でしょうか?」

「さようです。ラウ伯爵がたいそう喜ばれましてね。特別な展示方法を考えてくださるとか」

「そうですか」

 カイにはすでに把握済みの情報だ。


 宗主エルは身を乗り出した。

「そこでご相談なのですが、ルナ大祭典に、わたくしと一緒にお出かけいただけませんか?」

 カイは驚いた。


「じつは、ルナ大祭典の開幕日に招待されるゲストが決まったそうなのです」

 エルは、テーブルの上に置いた書類を開いて見せた。


「ほう……」とカイが目を見開いた。この情報は初めて見る。

 エルは得意そうに説明を続けた。

「カトマール大統領、第一副大統領エリナどの、第二副大統領シャオ・レンどの、ライア文化大臣は当然でしょうが、シャンラからはサユミ女王と王父ダム殿下、ウル舎村国からはエファ国主、アカデメイアからは共和国大統領とアカデメイア大学総長、そしてラウ伯爵がご出席とのことです。天月からはわたくしが参加いたします」

「そうそうたるお顔ぶれ――華やかな外交行事になりますね」


「そうなのです。つきましては、ぜひ銀麗月にもご参加いただきたいのです」

「なぜ、わたくしが?」

「銀麗月こそ、天月の至宝だからです」

 宗主はカイをしかと見つめた。

 

「そう言っていただくのは面映ゆい限りですが、銀麗月は表には出ぬ定め。わたしも天月の外では、普通の若者として振る舞っております。ルナ大祭典の開会式は、世界中に中継されるはずです。銀麗月が世界に晒されるのは望ましくありません」

「そうおっしゃると思っていました。ですが、少し考えを変えてみませんか? これからの天月は、閉ざされた仙門に留まってはなりません。世界中に知的な人的ネットワークをもつ独特の貴重な集団であることを示さねば、大国の政治的利害に振り回されてしまいます。もはや蓬莱群島の小さな一国家としての存立は厳しくなっております」


「お話のご趣旨がわかりかねるのですが」と、カイが珍しく言葉を濁した。

「そうでしょうね。じつは、銀麗月どのが天月を離れておられる間に、カトマールやシャンラ、はてはバルジャまでが、天月に食指を伸ばしてきました」

「食指?」

「カトマール大統領がエリナ第一副大統領を通じて内々に同盟を申し出てこられました。ルナ大祭典での協力を機に、両国の絆を深めたいとおっしゃるのです。また、シャンラのヨミ大神官は、昨今のルナ文化興隆にご不満のご様子。ルナやウルと一線を画して成立したわが天月仙門と緊密な関係を結びたいとのお申し出です」


 カイは思わず声を上げた。

「お受けなさったのですか?」

「まさか! 銀麗月どのを無視して勝手に決めることなどできません。評議会にかける必要もございますしね。そこで、ルナ大祭典にわれら二人で出向いて情報収集にあたり、各国や各勢力の力関係をじかにこの目で確かめたいと存じましてね」

「……」


「銀麗月のご参加は内密とし、お姿が不用意にカメラに映らぬよう、配慮を申し出るつもりです」

 一瞬、カイは思案したが、条件を出した。

「わかりました。そういうことであれば、わたくしも出席いたしましょう。つきましては、ルナ大祭典に出展予定の秘宝を今一度じっくり拝見させていただくことは可能ですか? 秘宝は初代銀麗月のものだとか。話題にされたときに、何も知らないではすまされません」


 宗主は、ふうむと言いながら、いったん書類に目を落として、決心したように顔を上げ、カイを見た。

「仰せの通りです。秘宝は、銀麗月の館にあってこそふさわしい。秘宝の格も上がります。さっそく、銀麗月の館に一式を運び込んでおきましょう。ルナ大祭典へは、銀麗月の秘宝として出展することにいたします」

 名案だともいうように、宗主が顔を輝かせている。


 ふと、宗主が訊ねた。

「そう言えば、銀麗月どのは、お言葉を発することはできなかったはずですが、いつのまにそのようにお話になることができるようになられたのですか?」

「ある科学者に発声装置をいただきました。おかげでこうして不自由なくお話することができます」

「さようでしたか」


■天月秘宝

 天月秘宝が、銀麗月の館に運び込まれた。カイは最高度の結界を施し、秘宝を管理することにした。


 秘宝とは、初代銀麗月の玉冠と正装、秘伝の横笛、初代銀麗月が著した「天月記」の原本だ。(→第十九章参照)


 夜、カムイが飛んできた。背にマロとセイを乗せている。秘宝を調べるために、カイが招いたのだ。リトは空間移動して、姿を現した。絹の里で倒れて以来、リトの異能は、日ごとに強くなっている。


 マロは、笛を確認した。

「まちがいありません。ミグルの金の神笛です」


 セイは念入りに玉冠と衣装を調べた。

「ふうむ。たしかに、初代聖香華の宝冠と正装でござりまするな」


 カイが言った。

「これとまったく同じものを作ることはできますか?」


 マロとセイがのけぞった。

「な……何をおっしゃる? 贋作を作れと?」

「そうです。贋作を作って、それをルナ大祭典に出展します」


「そうか。ルナ大祭典のときに、きっと本物がすり替えられるから、先手を打つってことだね?」と、リトがうれしそうに言った。

「そうだ」と、カイが応じた。

「初代銀麗月の文書は、わたしが作成しましょう」


――銀麗月が贋作作りだと……? おそらく聖香華も協力するだろうのう。


 今まで生きてきた中で、セイがこれほど驚いたことはない。

(銀麗月も聖香華も不正とは無縁のはずじゃ。それが率先して贋作作りなど――いくら何でも無謀じゃ。だが、やらねばならんのう……)


 カイはみんなを見回しながら平然と告げた。

「贋作には、アイリさんに特別な通信装置をつけてもらいましょう。だれによって、どこに運び込まれたかがわかるように」

「なるほど!」と、リトはワクワク感を隠しきれないように、満面に笑みを浮かべた。


 二人の若者を前に、マロは慎重さを崩さない。

「笛は作ることができます。金も銀も劣化しませぬゆえ。わたしが、寸分違わぬものを作ってみましょう。ですが、この絹織物はいかがですか? 果たして、同じものが作れるでしょうか?」


 セイもまた、マロの懸念に同調した。

「そうですな。この絹はおそらくラクルの最高級の手織りの絹織物。一点物でござる。しかも経年変化で布地が微妙に変化しておりましょう。これの贋作をつくるなど、不可能ではないかと存じまするが……」と、セイが困惑したようにカイを見た。


 カイは表情を変えない。

「大丈夫でしょう。こちらにはアイリさんがいます。何か方法を考えてくれるのではないでしょうか?」

 またまた、リトが口を出した。すっかりカイの相棒気分だ。

「アイリが言ってたよ。絹の里の地下都市には、研究施設らしきものがあって、そこで手織りのはずの絹織物を作ってるんじゃないかって!」


「はああ?」と、マロとセイが顔を見合わせた。絹の里は知っている。だが、地下都市とは何だ?


「アイリなら、その技術を利用可能だろうな。ねえ、カイ?」と、リトがカイに笑いかけた。

「そうですね。大祭典までにはまだ半年以上あります」


 微笑みを交わし合う二人の美青年を見ながら、セイは思った。

(まこと、このお方は、涼しいお顔で、とんでもない無茶ぶりをなさるのう……ファウンさまに似ているというべきか……)


「クシュン!」

 櫻館でモモと遊んでいたアイリがくしゃみした。

「大丈夫?」

 風子が心配そうに覗き込む。

「ああ、平気だ。ちょっと寒気がしただけだ。誰か、何か、言ってるのかな?」

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