ⅩⅩⅩⅧー4 出会い――風変わりな子連れ女とシャイな絵描き
■博物館
アカデメイア博物館。
リトとカイは久しぶりに博物館に出向いた。秘蔵資料の確認だ。秋以来、幾度も怒濤のようなタイムワープに巻き込まれ、博物館どころではなかった。
目当ては、ミン国のルナ遺跡で新たに発見された石板の確認だ。風子たち〈蓮華〉の古代文化同好会メンバーも同行した。というよりも、アイリとオロが博物館に連れて行けとゴネたのだ。レオンのおかげで、簡単な手続きで貴重な石板を見ることができた。
館長ジュンケンもまた、資料調査のために、資料室に来ていた。
「やあ、みなさん。久しぶりだね」
「あ、館長先生。こんにちは」と、風子がにこやかに挨拶した。アイリもオロもまともに挨拶すらできない。むろん、今にはじまったことではないが……。
「今日は、どの資料の調査なんだい?」
「ミン国のルナ石板です」
「ああ、あれか。この前、大学のルナ学研究会のメンバーも調べに来たよ」
「え? リト、知ってた?」
「いいや……オレ、ケガして、しばらく休んでたんだ」
「アイツ……ディーンたちか?」とアイリがイヤそうな顔をした。
「そうだよ。あの学生たちは、いろいろな研究者にインタビュー調査を行っているみたいだね。わたしもインタビューを受けたよ。石板のことを話したら、ぜひ見たいと言って、現物の写真を撮って帰ったよ」
ひとしきりおしゃべりして、ジュンケンは資料室を後にした。ふと振り返ると、風子がアイリと楽しそうに話していた。
――似てるな……。
あの少女――都築風子は、記憶を失っていると聞いた。だから、母――都築凛子のことは何も知らないだろう。むしろ、知らないままの方がいいのかもしれない。
館長室に戻ったジュンケンは、椅子に腰掛けて、窓の外を見た。
■風変わりな女
もう二十年も前になるだろうか。あの庭を毎朝、掃除する若い女がいた。
その頃、ジュンケンは、アカデメイア博物館の教授に昇格したばかりだった。四十歳で教授とは、破格の抜擢だった。文系研究者の道は険しい。特に、古代学は非常に狭き門だ。定職が見つかっただけでも良しとすべきなのに、早々と教授ポストを得たジュンケンは、やっかみの的にもされた。
数人の学生が一点を見ながら、ひそひそと話していた。
「おい、見ろよ。まただ」
「いったい、いつまで続けるつもりだ?」
「変わってるよなあ、あの女」
視線の先には一人の女性がいた。古ぼけたTシャツ、着古したジーンズ、日焼けした顔とひっつめた髪はいつもと変わらない。だが、学生たちの目を引いたのはそれではない。
アカデメイア博物館の前庭を毎朝きれいに掃除し、茂みのネコとしばし戯れてエサをあげる。その律儀な姿に、「なぜ?」が飛び交った。
ただ、その風変わりな女に興味を持つ者はほんのわずかで、大半の学生の関心は、留学してきたシャンラ王太子に集中していた。
美麗な王太子は、すぐに女子学生の噂の的となった。しかも、王太子のそばには、アカデメイアきっての秀才と名高いラウ伯爵とシャオ・レン――三人の美男子は、いつも花のような笑みをこぼしながら、キャンパスを闊歩していた。
風変わりな女がアカデメイアに姿を現したのは、三カ月ほど前のこと。
ミン国のウル神殿遺跡調査が一段落し、調査団が引き上げてきた。その調査団にくっついてきたらしい。アカデメイア関係者ではなく、どこにも籍のないフリーター研究者のようだ。年の頃は二十代半ば。雑用をする代わりに調査に参加させてもらっていたとか。
調査団責任者が、現地で拾って能力を見込み、連れ帰ったそうだ。当然、他の者はあまりおもしろくない、だが、その風変わりな女は、他の者に媚びることもなければ、遠慮することもない。約束の「雑用」を熱心にやり続けていた。
毎朝、講義にいく途中で彼女を目にしていたグループの一人シン・キサラギは、ある日、慌てた。いつもの彼女の姿が見えなかったからだ。
講義内容が耳に入らず、講義が終わるとすぐに博物館前に駆け付けた。博物館から出てきた学生に尋ねた。
「ああ、あの人ですか。昨日やめましたよ」
シンはがっかりした。もう彼女に会うことはできないのか。
背中をポンとたたかれた。クラスメイトだった。
「シャンラ王室がルナ神殿遺跡の調査を認めたんだってさ。今までずっと拒否してきたのにね。それで、大規模な調査団が組まれたらしい。おまえの初恋の彼女も一緒に行ったらしいぞ」
「は……初恋の彼女って……」
「隠してるつもりだったのか? バレバレだぞ。だいたい、おまえは素直すぎて、すぐに顔に出るからな」
シンは真っ赤になった。
「シャンラのルナ遺跡か……」
「で、どうする? おまえはシャンラからの留学生だろ? 帰国して彼女を追いかける? まさかな、下手すると大学中退になるぞ」
「そうか! シャンラに帰る手があったのか!」
「お、おい!」
数日のうちに、シンは留学途中辞退の手続きをして、シャンラに戻っていった。
■シャンラのルナ遺跡
シャンラのルナ遺跡は注目の的だった。
ルナ遺跡は、八十年ほど前にカトマール帝国で大神殿が発掘されて以来、カトマールでは、東部の第一神殿と西部の第二神殿が見つかったが、シャンラでは初めてのことだった。国民の関心を煽るように、マスコミが騒ぎ立てていた。
だが、発掘と調査がそう簡単に進むはずはない。マスコミの騒ぎをよそに、発掘調査団は黙々と調査を続けた。
調査団は、アカデメイア博物館のジュンケン教授を団長に、アカデメイア在籍の専門家とシャンラ国立大学の関係者から構成されていた。ルナ研究を抑制してきたシャンラ王国では、専門家がほとんど育っていない。十年前に軍事政権下に移ったカトマールでは、かつて名声を誇った大学も学術もどん底に落ちてしまった。研究者が海外に出ることすらままならない。
このたびの発掘調査は、学知とノウハウをアカデメイアから学ぶ絶好の機会と位置付けられていた。発掘作業には大量のアルバイトが雇用された。
その一人に風変わりな女性がいた。専門知識と高い技術を持つが、大学や研究機関に属していない、いわばフリーター研究者だった。発掘方針にしばしば異議を唱え、現場責任者に嫌われていた。ついにその責任者がキレた。
――たかが、一アルバイトが何をえらそうに!
その女性を作業から外し、顛末を団長のジュンケンに報告したのである。
ジュンケンは手元に届いた報告書に目を通した。フリーター研究者の名前に見覚えがあった。
ジュンケンはパソコンでファイルを検索した。当該研究者の名があった。数年前に発表された小さな論文――ジュンケンは、小さな専門誌に載ったその論文に注目していた。ジュンケンは彼女を呼び出した。
その女性――都築凛子は、ジュンケンのどの質問にも明快に答えた。
今回のトラブルの原因となったのは、神殿の構造に関する認識だった。
ジュンケンをはじめ、調査団は、今回発掘対象となっているルナ神殿をカトマール東部にあるルナ第一神殿に相当すると考えていた。第一神殿は、中規模の神殿で、東方の海の安全を守るための独立した神殿であった。
しかし、凛子はこれに異を唱えた。
シャンラで発掘中のルナ神殿は、ルナ古王国の東南部の拠点。いま発掘中の神殿は、おそらくは陪神殿。むしろ、少し離れた西方に本神殿があると推測したのである。
「このままでは、本神殿の遺跡を潰してしまいます!」
風変わりな女は力説した。ジュンケンは訊ねた。
「なぜ、ルナ神殿に陪神殿があると考えるのですか?」
「ルナ神話異本の記述と神殿の方位です」
ジュンケンは、凛子が依拠した資料をもとに考え直し、発掘方針を変更した。それが、世紀の発見――ルナ石板の発見につながった。本神殿の祭壇に祀られていたのである。




