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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三十八章 双子と密偵
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ⅩⅩⅩⅧー1  城館書庫に眠る古代ウル文書――帛書の秘密に気づいた双子の若君

■ウルの学び

 年末年始の調査からみなが櫻館に戻ってきた。だが、櫻館の主である彪吾はいない。ふたたび、主力メンバーが出払って、なんとか彪吾を助け出そうと奮闘しているようだ。

 だが、彪吾は戻らず、雰囲気がものすごく暗い。ツネさんは、彪吾を心配するあまり、料理をつくる気力を失ってしまった。


 風子がいない櫻館はつまらない。

 シュウはリョウとともに、ウル舎村の城館に戻った。ガガとロロも秘かに付き添った。


 ウル国主エファは、元気になった二人の孫に驚いた。感情をめったに示さないが、いまは喜んでいるのが伝わる。


 祝いを兼ねた夕食の席で、シュウはエファに願い事をした。

「おばあさま。このウル一族のことをもっときちんと知りたいのです。教えていただけるでしょうか?」

「そうだな。そなたももう十五歳。いろいろなことを知っても良い年頃にはなってきた。だが、突然そのようなことを言い出すとは、何か理由があるのか?」

「いえ、理由というほどのことではないのですが、いま、〈蓮華〉の授業や合宿で、ルナ文化について学び、ルナ遺跡の調査も行っております」

「うむ。聞いておる」

「ウル大帝国のことも学びます」

「そうか」


「ですが、ボクはあまりウル大帝国のことを知りません。祖先のことであるのに、ほとんど何も説明できないのが悔しいのです」

「なるほどな。われらウル第一柱のことを知るには、さまざまなこともあわせて知らねばならぬ。まずはいくつかの書物でおよその知識を身につけるが良い。わからないことがあれば、わたしが教えよう」

「おばあさま、ありがとうございます! 兄上と一緒に、ますます勉強に励みます」

「そうするが良い。必要な書物はあとでクメ執事に運ばせよう。城館の書庫も自由に利用して良い」


 運ばれてきた書物はわんさかあった。

「うわあ……!」

 シュウは頭を抱えるどころか、大喜びした。


 これで、風子に教えてあげられる知識が増える。

――きっと、風子は目を輝かせて、ボクを見るだろう。


■シュウの決意

 冬の合宿は楽しかった。

 なのに、その延長合宿には、ボクは誘われなかった。

 マキ・ロウ博士にもっと教わりたかった。でも、アイリとオロしかわからない追加データを確認するらしい。風子は番外なんだけれど、アイリがモモを離さないので、風子もひっぱって行かれた。


 つまらない……。リクも手持ち無沙汰のようだ。

 サキ先生がいない〈蓮華〉は静かだ。


 だから、この際、思い切って舎村城館に里帰りした。

 改めて、城館書庫に入ってみた。驚いた。こんなに貴重な本が揃っていたなんて。

 きっと、ルナ文化のことを学ばなかったら、これほど関心を持つこともなかっただろう。


 脳の腫瘍の治療で身体と魂が分かれ、ルナ古王国に行ったこと、そこでツクヨミ王子に出会ったことは、おばあさまには申し上げていない。(⇒第二十八章参照)


 ボクが王子のクローンならば、おばあさまは再生族のエファ。何十回も生まれ変わりながら、もう何千年も生きてこられたお方だ。


 だからかもしれない。おばあさまは、何ごとにも超然としておられる。

 世俗の欲を持たない。名誉にも財産にも無関心だ。ウル舎村の発展に尽くすのは、国主としての義務感からであって、じつに淡々としている。無理もしなければ、功を焦ることもない。なのに、おばあさまの業績はすさまじい。世間がおばあさまをさかんにもてはやすが、おばあさまはほとんど意に介さない。


 おばあさまは、人間にもほとんど興味を持たない。ボクへの関心は、ボクがツクヨミ王子のクローンだからだろう。そして、王子にのみ執着するのは、王子とおばあさまが双子の兄妹だからだ。


 ツクヨミ王子は、ルナ古王国の王子――月の一族の直系だ。


 王子が教えてくれた。

 おばあさまが生きる唯一の目的は、緋月の村の月の雫を手に入れること。けれども、王子はおばあさまに月の雫を渡さぬために、緋龍の娘とともに緋月の村に行った。


 ボクの母上は、おばあさまの養女だった。王子のクローンが培養されて、母上の子宮に移植されたのだろう。けれど、産み月に事故に遭い、母上は重い障害を負って、離島で療養しているらしい。会わせてくれないところを見ると、おそらく植物状態なのだろう。


 歴代のウル舎村国主はエファという名を名乗る。どの国主についても養女が産んだ女子が国主に引き取られて育ち、後を継いできた。男子は母の手許に残され、成人すれば、ウル舎村の重臣になった。国主の地位を継いだ男子はいない。

 けれども、ボクとリョウは男子なのに、おばあさまに引き取られて育った。これは例外中の例外らしい。おばあさまの許で育てられたボクは、周りからウル舎村の後継者とみなされ、おばあさまもそれを否定してこなかった。母上が事故にあったせいだろうと思ってきたけれども、ようやく真実がわかった。ボクたちがツクヨミ王子のクローンだったからだ。


 ボクが王子の魂と出会い、ボクの身体から王子の魂が解放されたと知ったとき、おばあさまはどうなさるだろうか。

 新しい養女をお迎えになれば、ボクは完全に自由になれる。風子と一緒になれるはずだ。

 けれども、月の雫を得るために、王子のクローンたるボクたちの身体を利用しようとすれば、ボクたちは今のささやかな自由すら失うかもしれない。


 真の自由を得るためには、知らねばならない。ボクとリョウのルーツ――月の一族――について。


■古代帛書の秘密

 シュウはリョウとともに書庫を見に行った。

 小さなリョウをキュロスが抱き上げて本棚を見せている。リョウが奥まったある場所でキュロスを止め、シュウを呼んだ。


 特別な防腐処理を施した帛書(はくしょ)(絹の書物)だった。古代ウル大帝国時代のさまざまな分野の学術が記録されているようだ。流麗な古代ウル文字で書かれている。持ち出し禁止だ。

(すごい! こういうのがあるのは聞いていたけれど、本物を見たのは初めてだ!)


 シュウは興奮した。そばに写真版が置かれており、シュウは備え付けのデスクに写真版を広げて、見入った。風子との訓練のおかげで、古代ウル文字はほぼすべて読める。だが、いくつか分からない文字についてメモしようとすると、リョウが教えてくれた。


(えっ? 兄さん、これ全部わかるの?)

 五歳児姿のリョウは、かわいい仕草でコクンと頷いた。

(どうして?)

 リョウにもわからない。なぜ、これらの古代文書を読み解けるのか、さっぱりわからない。シュウから習ったわけではない。特別に訓練したわけでもない。ただ、頭に記憶が呼び出され、意味がイメージとしてつながっていくのだ。


 十万字を超える帛書の写真版はあっという間にリョウの記憶に収まった。リョウは、現物を見ることも望んだ。シュウが慎重に帛書史料を広げる。リョウはそれらもまたすべて記憶に留めた。

 写真版も現物ももと通りに収め、シュウは一通り書庫をめぐって、いくつかの本を抱えて、リョウとともに書庫を出た。すでに夕方になっていた。


 シュウの部屋で、シュウとリョウは向き合った。リョウがシュウの手を取った。リョウが記憶した帛書の画像がシュウにも共有される。記憶の共有だ。

 シュウとリョウが語る言葉が、パソコンに自動的に音声入力されていく。

 深夜までかかって、入力文書の間違いを修正した。そして、その過程で、二人はあることに気づいて顔を見合わせた。


――一部が抜けているみたい。

 前後のつじつまが合わない箇所が一つだけあった。意図的に抜かれたとしか思えない。


 シュウとリョウは互いの意思を確認した。

――ボクたちで探そう。でも、おばあさまには内緒で。


■帛書の絹布

 シュウとリョウは、ガガに訊ねた。

「この帛書のことを知ってた?」

 ネズミ姿の〈森の賢者〉ガガ師は、本物の帛書を興味深そうに見て、感慨のため息を漏らした。隣の弟子ロロは、興奮のあまり、息が荒い。


「これはたいそう稀で貴重な文書でござりまするな。わしもはじめて目にいたしました。詳しくは知りませんが、古代ウル大帝国では、文書記録に二つの方法がありましてな。墨を使うのは一緒じゃが、書き留める材料が違う。一つが木簡を使う方法、もう一つが絹布を使う方法でござる」

「ふうん」

「木簡は、安く、削って書き換えが可能なため、日常的な記録に使われましての。絹布は高価で、痛みやすいが、軽くてたくさん書ける。ただ、長期保存には向かないようで、ほとんど残っておりませぬ。しかしながら、特別な処理をした絹帛(けんはく)を使ったものだけがこうして残りました。たいへん貴重で高価なため、特に重要な文書の記録に使われたそうでござる」

「じゃあ、この記録はものすごく重要な記録ってことだよね?」

「そうでござろうな。当時の文化の粋を書き残そうとしたのでござろう」


「序文にこう書かれていたよ。月の神に捧げるって」

「なるほど、神への奉納物でござったか」

「でも、奉納物がなぜ書庫にあるのかな?」

「神殿から引き上げたか、奉納物の記録として残したか、そのいずれかでござろうな」

「この絹が残ったのはどうしてなの?」

「絹は痛みやすいのでござるが、地層に防腐剤同等の天然素材が存在した地域がござりましてな。その防腐剤を利用すれば、長持ちいたしまする」

「ふうん」


「有名なのは、紀元前二世紀の「馬王堆帛書(ばおうたいはくしょ)」でござろう。たまたま地層に含まれた天然防腐剤によって保存された古文書で、十二万字にも及びまする。経典や占星術や医方書、伝説など、いまは残っておらぬ話も多く書き留められておりましてな。たいへん貴重な史料でござりまする」

「へええ」


「帛書は、紀元前五世紀頃から紀元後五世紀頃まで一千年間も使われた文書記録法。ウル大帝国でも、使ったはずでござる。おそらく、ウル大帝国の帛書は、ラクルの絹布(絹帛(けんはく))を使ったのでござりましょう。ラクルには絹の里がございまするが、あの地域の地層には天然防腐剤が含まれておりますからな」

「じゃあ、こんな帛書がいっぱい残っている可能性があるってこと?」

「いや、それはわかりませぬ。ウル大帝国が滅んだ折、帝国図書館を兼ねたウル大神殿が焼け落ちましたからな。ほとんどの資料は焼けたと思われまする」

「ふうん。じゃあ、この資料ってものすごく貴重なんだね」

 ガガが何度も頷いた。


「ラクルか……以前に、ルキアからの帰りに染織博物館に寄ったことがあるよ。確かに、帛書の史料が一つ展示されていた。あ、そう言えば、年末年始に、リトがおばあちゃんたちを連れて行った温泉も近くにあるよね?」とシュウが思い出をなぞるように言った。

「はい。湯を堪能したと言っておりましたな。うらやましい限りでござる!」

 ガガもロロも心底うらやましそうだ。

「うふ。ルキアは雪で寒かったものね。いつか、ガガ師もラクル温泉に連れて行ってあげるよ」

「まことでござるか!」

 ガガ以上にロロが喜んだ。


 ふと、シュウが尋ねた。

「ウル古領はラクルの近くにあるけど、おばあさまはラクルの人たちと仲がいいってことかな?」

「さあ、仲がいいかどうかはわかりかねまするが、ウル第一柱とラクルの絹商人が古いつきあいであるのは確かでござりましょうな。衣装などの贅沢品ではなく、文書作成や祭祀に関わる絹布をラクルが作っておったとすれば、ウル第一柱にとってラクルはこの上なく重要な土地になりまする」

「どうして?」


「ウル第一柱は〈文と知の一族〉――ものを書き記し、祭祀の指揮をとり、知識と知恵をもって世を導くことを旨とするゆえにござりまする」

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