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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三十七章 離宮から飛ぶ者
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ⅩⅩⅩⅦー5 秘密の地下未来都市――九尾狐の知恵と天才少女科学者の興奮

■探索開始

 ばあちゃんはクロとともに姿を消して進んだ。人の目には見えない。だが、唯一の欠点があった。体温だ。


 地下通路は迷路のように入り組んでいる。クロの鼻が役だった。自分のオシッコの臭いを辿って、まちがわずに進んでいく。

 やがて、ばあちゃんは、ある壁の前で止まった。

(これじゃな)


 九尾白狐のばあちゃんが何かを念じると、ばあちゃんとクロはスッと壁の向こうに吸い込まれた。そこには、守備兵がいた。そのそばを通るとき、クロのシッポが守備兵の手に触れたようだ。

(こりゃ、気をつけんか!)


「あれ?」

「どーした?」

「なんか、ちょっと温かいものが手に触れたような気がする」

「温かい?」

「うん。フワフワ、モフモフの毛のようなものだ」

「だが、なにもいないぞ。思い違いだろうよ」

「そうかなあ」


 地下空間は壮大な都市だった。

 天井は高く、まるで空があるようだ。人工太陽が輝いている。ゆるやかに風も吹き、花木が彩りを添えている。古洞窟の小都市とは比べものにならない。

(なるほどのう。こんな都市を持っておれば、古い都市など顧みることもあるまい)


 ばあちゃんとクロはあちこちを見て回った。

(こりゃ、すごい。最先端の科学技術の塊のような未来都市ではないか。アイリが見たら狂喜乱舞するぞ)


 流線型の優美な乗り物がさかんに行き来している。ばあちゃんたちはその一つに乗り込んだ。目的地は、都市の中央部にある円筒型のビルだった。ものの数分でビルに着いた。


 多くの人が動いている。ピカピカの都市空間に比して、コスチュームは妙にレトロだ。

 エレベーターに乗り込んだ。最上階で降りると、広い廊下の向こうに執務室があった。その執務室の大きなデスクの上にパチンコ玉と化したアカテン二号が転がっていた。


「九鬼彪吾は、まだ動かぬのか? そなたたちはいったい何をしておる?」

 美しい女性がきつい声で叱責した。

「申し訳ございません。一日のうち、意識を回復する時間がどんどん短くなっておりまして、このままでは衰弱死してしまいます」

「ぜったいに死なせてはならん! 万が一のことがあれば、そなたたちの命で償わせるぞ」

「はっ!」

 二人の部下らしき男たちが下がっていった。


 美女はため息を漏らし、椅子に腰掛けた。優美な爪先を持つ指で卓上の小さな珠をつまんだ。

「これはいったい何なのだ? 衛兵が通路で拾ってきたようだが……」

 連絡が入ったようだ。

 美女は立ち上がり、奥の部屋に消えた。


 ばあちゃんは珠を手にして、ポケットに入れた。

(彪吾もこの近くにおるようじゃな。探してみるか。どうじゃ、クロ。彪吾の匂いをたどれるか?)

(ニャゴッ!)


 クロが先に立って歩き始めた。さきほどのエレベーターで中階まで下り、いくつかの連絡通路を渡って、郊外に出た。


 近未来都市とはまるで異質なレトロ空間が広がっていた。

(こりゃ、まるで古代都市のようじゃな)

 緑と水に溢れた空間で、人びとは長衣を着込み、優雅に散歩や会話を楽しんでいる。そうした広場から少し奥まった小さな家にクロは入っていった。


 二階の寝室で、一人の青年がベッドに横たわっていた。やつれている。

(彪吾じゃないか!)

 クロは彪吾に駆け寄り、見えないが温かい身体を寄せた。


 彪吾が目を覚ました。何かを求めるように手を動かす。

 ばあちゃんが走りより、耳打ちした。

(わしじゃ。九孤族のばばじゃ。アンタを助けにきた。何も言うな。監視カメラで気づかれるからの)

 彪吾が見えないクロのシッポを握った。


(ずいぶん弱っとるのう。ほれ、まずは、これを舐めろ。少しは元気が出るぞ)

 彪吾は、水を飲むふりをして、手渡された薬を舐めた。甘いキャンディ――ブドウの味がした。

(よし! 次はこれからの作戦を教えるぞ。しっかりと頭にたたき込め。ええな!)

 彪吾はまたクロのシッポを握った。YESの合図だ。


(ここはラクルの地下都市じゃ。いまのあんたの身体ではとてもまともに歩けまい。逃げおおすことは難しかろう)

 彪吾が目を伏せた。

(レオンがアンタを心配して、夜も寝ておらん)

 彪吾が思わず涙ぐんだ。指先が震えている。

(レオンのためにも頑張るんじゃぞ)

 彪吾は強くクロのシッポを握った。

(フギャッ!)

 クロは身をよじったが、シッポを巻き戻そうとはしなかった。彪吾は、見えないクロのシッポを頬に当てて、嗚咽を漏らした。

(近くにカイ修士が来ておる。カイ修士にあんたを運び出してもらう)


■救出作戦

 古洞窟の小さな地下都市では、アイリたちが絶句していた。

 ばあちゃんに救出されたアカテン二号はパチンコ玉状態を自ら解除し、ふたたび映像を送り始めた。


 見たこともないほど立派な近未来都市が広がっていた。

「すごい……」と風子が感動している。

「オレ、行ってみたい!」とオロがすでに身を乗り出している。

 子どもたちの頭を抑えながら、サキが言った。

「おい、邪魔だ。画面がみんなに見えるようにもっと遠慮しろ!」


 アイリが叫んだ。

「ばあちゃんが彪吾センセイを見つけたぞ!」


 カイが動いた。リトも協力する。金ゴキ(金色ゴキブリ型のコンピューターロボット)も一緒だ。

 二人の異能は使えない。人間の知恵と科学の力で対抗するしかない。


 彪吾の部屋にホン・スヒョンがやってきた。ぐったりした彪吾に驚いたスヒョンは、大急ぎで医者を呼んだ。

 隣室に待機している医者が駆けつけた。その医者に九尾狐が術をかけた。医者の意識を乗っ取り、一時的にばあちゃんが憑依したのだ。

「たいへんです。危篤状態です。すぐに集中治療室に運ばねばなりません」


 慌ただしく、彪吾を乗せたベッドが空飛ぶ車に運び込まれた。スヒョンだけではない。秘かにばあちゃんもクロも乗り込んだ。

 運び込まれたのは、センタービルの向かいにあるホスピタル。その最上階の特別室だ。都市全体が一望できる。アカテン二号はその映像をしっかり記録し、アイリにも送った。


 立派な風采の女性がてきぱきと指示を出す。チーフなのだろう。この都市では、男女差別はほとんどないようだ。女性には異能がないことを確認して、ばあちゃんはひょいと憑依先を乗り換えた。


「しばらく人工呼吸器をつけて様子をみます。準備しなさい」

「先生、隣の部屋でいいですか?」

「いいでしょう。さあ、急ぐのです」

 部下たちは大急ぎで準備を始めた。


 その間に、ばあちゃんは部屋の構造、監視カメラの位置を確認し、クロに、ドア、通路、階段等の位置関係を調べさせた。

 アカテン二号が地下通路からホスピタルまでの道順を辿り、データを転送する。アイリのパソコン上に示されるデータは、カイの腕時計にもリアルタイムで反映された。


 市民は自由な服装を楽しんでいるが、随所に立つ衛兵は制服姿だ。つまり、制服を着込めば、バレにくい。

 リトが気配を消して、一人の衛兵の後ろに回り込んだ。首にスッと指を当てると、衛兵は膝から崩れ落ちた。失神したのだ。九孤忍術だ。リトは彼の制服を上から羽織った。それを見て、カイも同じように別の衛兵の背に忍びより、失神させた。

(お見事!)

 リトがカイに親指を立てた。


 気を失ったふたりを隠し、リトとカイはアカテン二号の案内に従って進んだ。スッと車が寄ってきた。

 金ゴキがいち早く警備室のパソコンを操作し、集中管理センターにハッキングして、パトロールカーを手配したのだ。


 スヒョンが部屋から追い出された。

 人工呼吸器の装備が調えられ、彪吾に機材が取り付けられた。スイッチを入れる直前に、ばあちゃんが九尾の術をかけた――まやかしの術だ。別室の者全員がしばらく立ったままで硬直した。

 人工呼吸器をつけていた彪吾にだけは影響が出ず、彪吾は大急ぎで若い男性医師の服装に着替えた。

 その男性医師にベッドに寝るよう、ばあちゃんが呪文を唱えた。人工呼吸器用マスクをその男の顔の上にかぶせたが、装着はしていない。一時的に顔が見えにくくなり、判別が難しくなった。


 廊下ではホン・スヒョンが真っ青な顔でオロオロとしている。

 その前を通ったが気づかれず、彪吾はなんとか気力を振り絞ってすぐ前のエレベーターに乗り、階下に下りた。立っているだけでやっとの状態だ。

 むろん、エレベーターの監視カメラは金ゴキに操作されて、無人の映像を流し続けている。


 超高速エレベーターで最下階に下りると駐車場が広がり、一台のパトロールカーがスッと寄ってきた。

 彪吾とばあちゃん、クロ、アカテン二号、金ゴキのすべてを回収し、車は、都市の片隅に向かって飛んだ。金ゴキが設定した自動運転だ。リトとカイは、制服をもとの衛兵に着せ直し、全員で通路に出た。

 カイが、もはや歩けない彪吾を背負っている。


 一行は、クロの嗅覚を頼りに、ひたすら祭祀用洞窟の出口を目指した。そのほうが圧倒的に近い。


 クロが最初にオシッコをひっかけた場所に来た。

 リトはばあちゃん、カイは彪吾を背負い、軽功を使って、地上に飛び上がった。

 軽功は異能ではない。痕跡は残らない。クロは自力で駆け上ってくる。アカテン二号も金ゴキも羽を持つ。飛び上がるのは朝飯前だ。


 飛び出した地上はすでに夜だった。カムイが待機していた。

 ばあちゃんが九尾術でみんなのサイズを小さくした。いっぺんに四人を運ぶのは難しい。だが、カムイは頑張った。カイさまのお役に立てると張り切った。


 三足烏なので、多少の夜目は効くが、完全ではない。ときどき木にぶつかりそうになった。

「もっと上だ! 右に回れ! 今度は左だ!」

 夜目・遠目の利くリトが、安全飛行の指示を出した。


 古洞窟のそばにある小さな町で全員が落ち合い、その夜のうちにルナ大神殿そばの離宮に向けて出発した。


■避難

 離宮では、レオンが彪吾を待ち受けていた。

 よろよろになった彪吾を強く抱き締めたレオンは、彪吾を抱き上げて、奥の部屋に消えた。奥の部屋では、セイと虚空が待機していた。


 ばあちゃんは人間の姿に戻り、クロを褒め称えた。パドアがクロに大好物の鳥のササミを持ってきた。満腹になったクロはぐうぐうと寝入った。


 アイリもオロも風子も、用意されたごちそうに目を輝かせ、夢中で食べている。

 サキはくたびれ果てて、どっかりとソファに座り込んだ。


 マキ・ロウは、離宮の主であるアユ夫人がこれほどまでにこの一行を歓迎するのを不思議に思った。むろん、彪吾は、アユ夫人が推進するルナ大祭典のキーパーソンだ。彪吾救出を喜ばないはずがない。

 ふと気づいた。彪吾を迎えたレオンにアユ夫人がやさしい微笑みを投げかけた。家族をねぎらう姿だった。彪吾を抱きかかえたレオンの横顔が、アユ夫人の横顔と重なった。

――似ている!


 マキ・ロウは気づいた疑念を胸のうちに封じ込めた。これからも探るつもりはない。ただ、どこかホッとした。

――レオンは、わたしがアイリの母だと知っている。そのレオンに愛おしげに接するアユ夫人もまた、アイリの敵ではなかろう。


 そしてもう一つ、絹の里の情報は、マキ・ロウに重大な手がかりを与えた。

――地下から響くサアムの声……サアムは絹の里のような地下都市にいるのかもしれない。


 地下都市など思いも寄らなかった。

 これまで、月神殿は特別な祭祀空間としての意義があると考えてきた。だが、ひょっとして、その地下にある何か重大なものの目印だとしたら……?


 カイはリトを見た。リトが満面の笑顔を向けてくる。カイと一緒に動けたことで自信を回復したようだ。

 リトに返した笑顔とは裏腹に、カイの心は沈んでいく。

――今回は異能を使わなかった。リトは自分の異能の破壊力を知らないままだ。


 だが、弓月御前は、リトの覚醒を絶対にあきらめるまい。彪吾が覚えているレオンの神曲もあきらめるはずがない。

 むしろ、今回、彪吾の奪回をめぐってカイたちが使った技術や力をとことん調べるだろう。


 とすれば、次に狙われるのは、誰だ?

――おそらく、アイリ……。


 あの近未来都市に必要とされるのは、アイリの科学的才能だ。

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