ⅩⅩⅩⅦー4 古洞窟から地下都市へ――最新科学技術と伝統忍術のコラボ
■きれいな緑色の石
「ラクル地方の地質図です」
櫻館に呼ばれたマキ・ロウは、詳細な地図を広げた。色とりどりに塗り分けられている。
アイリが地図を覗き込んだ。
マキ・ロウはうっすらと笑みを浮かべながら、子どもたちにわかりやすく教えるように語った。だが、質問するのはアイリだけだった。
マキ・ロウとアイリの対話を、周囲は興味深そうに見守った。
「ご覧の通り、大陸東部には凝灰岩が広く分布しています。凝灰岩は火山灰が積もってできる岩石ですが、柔らかく、加工しやすいのが特徴です。一方、花崗岩は地球の深いところで作られた硬い岩石です」
「ふうん」
「凝灰岩が広がるのは、カトマール東部に限ったことではありません。例えば、日本でも山陰から北陸にかけての地域と、伊豆半島から関東、東北、北海道の日本海側にかけての地域は、緑色凝灰岩地域で〈グリーンタフ地帯〉と呼ばれています。カトマールでも、東部から南部にかけては火山が集まっており、その周囲には凝灰岩地帯が広く存在します。凝灰岩は柔らかいとはいえ、古墳などにも使われる岩石であって、吸音性や保温性に優れ、建築材料としても重宝されてきました」
「へええ」
「絹の里から北部にかけて、きれいな緑色をした緑色凝灰岩の地層が広がっています。古くて硬い地層が褶曲運動によって割れてしまい、そこにできた断層に火山灰が積もってできた盆地がラクル盆地です。その後、盆地の一部がせり上がって、断層ができ、深い河で守られるようになりました。せり上がった地域が絹の里です」
「ほう」
「絹の里の西部にそびえる高い山脈は、地球深部の岩石が隆起したもので、とても硬いのですが、その下には、柔らかい凝灰岩層が広がっています。凝灰岩のなかの石灰が水に溶けて、石灰岩の洞窟ができることもあります」
「石灰岩?」
「そうです。例えば、一万八千年ほど前の旧石器時代に描かれた動物壁画で有名なアルタミラ洞窟は石灰岩の洞窟を利用したものです。古来、洞窟や奇岩は、山岳信仰の対象でした。絹の里から少し離れたところにも、古代に祭祀が行われたと思われる洞窟があります。今は、崩落の危険があるとして、閉鎖されています」
「閉鎖されたってことは、誰にも知られず、使い放題ってことだな」
「そこまで考えたことはありませんでしたが……言われてみれば、その通りかもしれませんね」
「よし! そこに行こう!」とアイリが勇み立った。
■古洞窟から地下都市へ
絹の里から離れた古洞窟まで、移動手段は二つ――カムイの背中とカイの空間移動だ。
カムイの背中には、小型化したサキ、ばあちゃん、アイリ、オロ、風子、モモ、そして、マキ・ロウ。二人ずつを乗せて三往復したカムイはヒーヒーと肩で息をした。
風子とアイリとオロは、念願のカムイの背中に乗って、大はしゃぎだ。
カイは、クロを担いだリトとともに空間移動した。リトの力は不安定で、カイの助けがないと、ふたたび時空に囚われる怖れがある。
古洞窟は森の奥にひっそりと静まりかえっていた。結界は張られておらず、木や草の様子からは、もう何百年も出入りがなかったように思われる。
入り口はかなり頑丈な板で封鎖されており、周囲に側穴もなさそうだ。ただ、上部には少しだけ隙間がある。アイリがアカテン二号(赤いテントウムシ型通信ロボット二号)を放った。
「奥にかなり広い空間があるようだ。だれもいない。感知器もないようだ」
カイが板を通り抜け、内側から戸板を開けた。全員が走り込み、戸板は元通りに静まりかえった。
カイが灯火をつけた。ぼんやりと明るくなった洞窟の中は予想以上に広かった。
「あ、あれ!」と、風子が天井を指さした・
見上げると、天井には見事なレリーフが刻まれている。
「月神殿と同じレリーフだ」とアイリが叫ぶように言った。
「シッ! 静かにしろ。洞窟の音は案外響くんだぞ。気づかれるじゃないか!」とサキが一喝した。
一行は、慎重に進んだ。
天井レリーフだけではない。床は平らに整えられ、壁には大理石が配され、彫刻を施された石柱も立っている――原始的な洞窟などではない。見事な宮殿のようだった。
しばらく進むと門が見えた。ふたたびアカテン二号。最近出番のない金ゴキがアイリの指で拗ねている。
「よしよし。おまえにもいずれ活躍場面をやるからな! 待っておけ!」
アイリの言葉に気をよくしたように、金ゴキが光を収めた。
「だれもいないぞ!」
アイリの言葉に、みなが固唾を呑んだ。
――突入だ!
門には頑丈な閂が渡され、錠前がかけられていた。リトが難なく解錠した。
みなが絶句した。
門の向こうには、整然とした街並みが広がっていた。
石畳の大通りがあり、両脇には似たような石壁の館が並び、路地が張り巡らされ、井戸が点在し、広場もある。
だが、人の気配はない。生命の〈気〉はまるでない。
町は死んだように静まりかえっていた。入り口の戸板と同じように、もう何百年も放置されてきたのだろうか。太陽光が届かぬせいで木も育たぬのだろう。だが、かび臭くも誇りっぽくもない。どこかに空気の通り道があるのか。空気は清浄で、建物の素材とされている凝灰岩は淡い緑色を帯びて美しい。
少し歩くと、透明な水が湧き出る泉があった。泉からは水路が引かれている。動きのないこの絵のような町で、唯一動いていたのが、この水の流れだった。
アイリが金ゴキの足を水に突っ込んだ。アカテン二号とは違って、金色ゴキブリは通信ロボットではない。高性能コンピューターだ。足は測定器を兼ねる。
「真水の浄水だ。飲めるぞ」
一通り、地下都市をめぐった。数百メートル四方のこぢんまりした都市だった。
モモがある一軒の家に入っていった。風子が続き、みんなに声をかけた。
「このおうちで休めるよ」
もとは宿屋だったのか、小部屋に分かれており、寝台のようなベンチがついていた。さきほどの泉から上水道のような水路が引かれており、トイレなどの不浄物を流す下水溝も整備されていた。
「古代ローマの都市みたい!」と風子が興奮気味だ。
■探索
風子はリュックを開き、持参してきた飲み物や食べ物を広げ始めた。一週間は過ごせる。
食いしん坊のアイリとオロがサッと駆け寄った。大量に菓子を口に放り込もうとする二人に、風子がピシャリと言い放った。
「ダメだよ! 一日に食べる量は決まってるんだからねっ!」
まるでピクニックのように菓子を広げる風子を見ながら、サキは思った。
――コイツは危機管理能力が高いのか、低いのか、ようわからんな。
学校には冬合宿の延長を申し出て、マキ・ロウ博士のおかげで認められた。
ラウ財団肝いりのルナ遺跡調査――その責任者の指導のもとでしばらく調査を継続するというのだ。学校の格好の宣伝になると、校長は大喜びだった。
もちろんケチの校長が経費を出すはずはない。学校は経費負担なしが条件で、レオンが自腹を切ってくれた。仕事の関係で同行できないレオンは、カイにくれぐれも頼むと言づてた。
リトを連れて行くことをカイは躊躇したが、リトは行くと言い張り、クロが役立つはずだと主張した。
確かに、絹の里の地下通路を実際に歩いたのは、クロとカムイだけ。クロは通路のあちこちにオシッコをひっかけており、クロの鼻が何よりも役立つのは間違いない。
マキ・ロウが地図を広げ、説明を始めた。
この古洞窟に広がる地下都市は、絹の里から数キロほど離れた山の中腹にある。古文書によれば、ウル大帝国時代にこのあたりで戦乱が続いた頃、避難所として造営されたものらしい。その後、長く放置されていたが、五百年ほど前に改築され、祭祀場を兼ねた都市空間として整備されたとか。しかし、まもなく地殻変動で水が出なくなり、崩落の危険が出てきて、ふたたび放置されたと考えられるという。
清水が湧き出ていることにはマキ・ロウも驚いたらしいが、百年ほど前の大地震の影響ではないかという。いずれにせよ、この地下都市を含む地域は、ラクルとは違って、かつてカトマール皇室直轄領に属したそうだ。帝国崩壊後は国家管轄地になったが、軍事政権は文化遺産をろくに調査もせず、そのまま放置したのだろうと、マキ・ロウは語った。
「では、絹の里とはつながっていないと考えられるということですか?」とカイが尋ねた。
「微妙です。公にはつながっているはずはありません。しかし、絹の里でも地下空間を使っているということですから、その技術をもつ人びとが、この古代地下都市を利用しないはずはないでしょう。一本の通路をつくれば済むことですから」
「じゃが、ここには人気がまったくないのう」とばあちゃんが首を捻った。
「はい、その理由がわかりません。絹の里につながる通路らしきものも見当たりません。ただ、おそらく高低差を考える必要があるでしょう。こちらの都市の方が絹の里よりも高い位置にあります」
「ならば、この地下からさらに地下に通じる通路があるかもしれぬということですね」とカイが尋ねた。
「そうかもしれませんね」
「クロだ! クロを使おう!」とリトが言った。
クロが出動した。あちこちの床の匂いを嗅ぎまくり、ある場所で止まった。町の隅にある小さな建物だった。慎重に調べると、地下につながる扉のようなものがあった。
アカテン二号が飛ばされた。
送られてくる映像が映るアイリのパソコンにみなが見入る。
通路はかなりゆったりしていた。簡素な造りで、ところどころに階段が設けられている。
やがて、少し広い空間に出た。リトが叫んだ。
「カイが囚われていた部屋の地下だ!」
さらに進むと、カムイが言った。
「こりゃ、祭祀用の洞窟につながる通路でっせ」
アカテン二号から中継で送られてくる映像に、みなが顔を見合わせた。
絹の里の地下には、空間と通路はあった。だが、都市らしきものの片鱗もなかった。アイリが見た部屋――彪吾が囚われている部屋など見当たらない。
「空振りか……」とサキが肩を落とした。
突然、アカテン二号の映像が途切れた。
「うわ! ヤバイ!」
アイリが慌てふためいた。
「どうした?」とサキが聞く。
「アカテン二号がつかまったぞ」
「ええっ? どうする?」
「パチンコ玉作戦だ」
「パチンコ玉?」
「ああ。パチンコ玉のように銀色の硬い玉になって身を守るんだ」
「なるほどな」
アイリが顔を歪めた。
「だが、一つ問題がある」
「何?」と風子が訊ねた。
「パチンコ玉になっている間に電池が切れると元に戻る」
「はあああ?」とサキが呆れ顔になった。
「だから、電池が切れる前に回収する必要がある。さもないと、こちらの情報を映した映像が取られちまう。つまり、バレる!」
みなが青くなった。
「つかまったら自爆すればいいじゃんかよ!」とオロが毒舌を吐いた。
「ドアホッ! かわいいロボットを自爆なんかさせられるか!」とアイリがオロを睨んだ。
「じゃ、なんで、電池切れの後もパチンコ玉でいられないんだよ!」とオロも負けていない。
「それは次の研究課題だっ!」とアイリが反撃した。
そばでマキ・ロウが神妙な顔をしつつも、込み上げる笑いを必死で堪えながら、アイリたちのやりとりを見ていた。
「いったい、どーすんだ?」
サキの声はすでに怒号に転じている。
「だれかが回収に行かなくちゃ!」とアイリ。
「だから、だれが? どこに?」
「場所は分かるぞ。ここだ」
画面のある場所が点滅していた。
「どう見ても通路外じゃないか!」とサキ。
「そうだ。通路外だ」とアイリ。
「それこそ、秘密の地下都市かもしれない!」とリトが叫んだ。
ばあちゃんが全員を見回した。
「ふむ。そのパチンコ玉を取りに行けばええんじゃな」
「うん!」とアイリがばあちゃんを見た。
「よし、行くのはわしに任せろ!」
ばあちゃんはキツネに姿を変えた。シッポがふくらんでいる。
「ば……ばあちゃん、キ……キツネは目立ちすぎるよ。おまけに、その九本のシッポ……」とサキがオロオロした。
マキ・ロウがびっくりして、思わずよろめいた。アイリがサッと手を伸ばして、マキ・ロウを支えた。
「ありがとう」と、マキ・ロウがそっとアイリにささやいた。
アイリはプンと横を向いた。だが、手は離さない。
「大丈夫じゃ。姿は消すからの」と、白狐ばあちゃんがしゃべった。
「でも、異能がキャッチされちゃったら、ばあちゃん、つかまっちゃうよ!」とリトが慌てた。
「いや、九尾の術は普通の異能とは違うんじゃ。伝統忍術は五族の異能としてはキャッチされん」
ほう……とみなが妙に納得した。
「ほれ、クロ。おまえもついてこい!」
みなが呆然とする前で、白いキツネと黒いネコの姿がフッと消えた。




