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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三十七章 離宮から飛ぶ者
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ⅩⅩⅩⅦー3 弦月の里――ヴィカの一族と弓月御前の野望

■ヴィカの一族

「ウル秘録によれば、弦月団は、異能の力を示す乳幼児をひきとって育てる組織でもあったようです」

 カイの言葉に、レオンがピクリと反応した。

「乳幼児?」

「はい。そうして育てられた子の一人がヴィカという女性でした。非常にすぐれた異能をもったようで、ウル第一柱エファの養女に迎えられたそうです。ただ、不行跡が重なり、若くして亡くなったのですが、子孫を残しています。〈ヴィカの一族〉というそうです」


 レオンが怪訝そうに首をかしげた。

「ヴィカの一族?……初めて聞きました」

「わたしもこの秘録で初めて知ったことです。ウル秘録は、おそらくヴィカの一族の力を知る者が密かに書き記したものと思われます」


「なぜ密かに?」

「ヴィカの不行跡はエファの名声を汚しました。大神官トワはこれを苦々しく思い、ヴィカの地位と名誉と財産をすべて剥奪したのです。ヴィカの子はどこへともなく姿を消したそうです。これゆえ、ヴィカの一族を名乗ることははばかられたのでしょう。けれども、ヴィカの異能は引き継がれたようです。ウル秘録は、その異能者たちを弦月とよび、弦月テイをその筆頭においています」


 レオンの表情が厳しくなった。

「セイどのに聞いたことがあります。香華秘録には大宰相テイのことは書かれておらず、彼の孫のことから記載が始まるそうです。双子のランとリン――初代の聖香華と銀麗月です」

「香華秘録にもテイの記述はないのですね……初代銀麗月が残した天月秘録も同じです。まるで申し合わせたように記述が避けられていることには、何か意味があるのかもしれません」

「そうかもしれませんね」


「じつは、天月秘録には、普通には読み解けない行間記載があります」

「行間記載?」

「リトとともに見つけたのです。初代二人が双子であったこと、初代聖香華が魔の曲に囚われたこと、双子が対立し、初代銀麗月は天月を守るために天月を封鎖したことなどが記されていました」


 レオンが頷きながら、話した。

「その通りです。二人は香華族の名門に生まれました。しかし当時、香華族は双子を忌むべき存在とみなしており、リンを密かに天月に棄てたのです。それが初代銀麗月です。二人はうり二つの外見で、異能の力も互角――ですが、激しく対立しました。聖香華となったランは天月を支配下に収めようとしたのですが、銀麗月リンが断固としてこれを阻み、天月自立の道を目指して、天月を外部に対して閉ざしたとか」


 レオンの表情が険しくなった。

「ランは香華族を率いる一方、テイの後継者と期待されて弦月をも名乗ったようです。彼は帝国宰相としてアリエル・コムを捕らえ、処刑しようとしたのですが、突如、にわかに空が曇り、アリエル・コムは姿を消したそうです。帝国はますます混乱し、アリエル・コムの呪いだと言う者もいたとか……」

「アリエル・コムの呪いですか……」 


「結局、ランは帝国の再建から手を引き、香華族を守ろうとしました。これゆえ、ランは初代聖香華として崇拝されています。ランもまた音楽の才をもったのですが、やがて自らの楽曲に囚われて己を見失い、錯乱したとのこと。セイどのからは、わたしが無意識に作った音楽に気をつけろと言われてました。当時の天月宗主がわたしの音楽を警戒し、わたしを隔離しようとしたのも同じ理由からでしょう」

 カイは静かに頷いた。

 幼いレオンは、心が赴くままに無意識に神曲を作っていた。それらの曲を、レオン本人は覚えていない。しかし、彪吾がすべてを覚えている。彪吾は、消息を絶った生身のレオンに代えて、レオンの音楽を我が身に取り込みながら、レオンへの想いを繋ぎ続けたのだろう。


 レオンの表情は、沈痛を通り越して、絶望に近い。

「彪吾が狙われるのは、わたしの音楽ゆえ……わたしが彪吾を危険に晒しているのです」

「叔父上、ご自身を責めてはなりません。彪吾さんの拉致は、叔父上のせいではなく、あくまでアリエル・コムと天明会の仕業なのですよ」


■弦月の里

 レオンは銀狼を撫でる手をふと止めた。

「弦月と月読族……弦月テイは月読族のリーダーでもあった。彼の力を支えたのはヴィカの一族……」

 カイはまっすぐにレオンを見ながら、頷いた。

「はい。弦月テイの母親はカランの香華族、父親はラクルの月読族の出身でした。テイの没落とともに、ヴィカの一族もまた権力を失い、身を潜めるように絹の里を作ったのではないかと思います」


 レオンが立ち上がった。手を顎にかけながら、思案深げに一点を凝視した後、カイに向き直った。

「香華秘録によれは、第三代聖香華によって香華族から排除された月読族が〈はぐれ香華〉となり、その中からごく稀に強力な異能者が現れて弦月と呼ばれたそうです。〈はぐれ香華〉の村は、カトマール西部のカランに近い〈忘れられた村〉――これもまた、テイと関係があるかもしれませんね」

「ええ。あくまでわたしの推測ですが、カランの香華族は、テイの母親の出身――カラン香華族はテイにつながる月読族を排除できず、むしろ〈はぐれ香華〉として守ったとも言えるのではないでしょうか」


「うーむ。東の絹の里と西の〈忘れられた村〉――カトマールの東西にヴィカの一族が存続し、弦月を守る拠点になったということですか。たしかにそう考えれば、テイの思想を引き継ぐ天志教団がカトマール西部で勢力を伸ばすことができた理由もわかります」

 そう言いながら、レオンは改めて息を吐いた。

「それにしても、弦月の血統がそこまで重んじられたとは思いもよりませんでした……」

 弦月の記録はほとんどない。すでに滅んだ集団とされ、一顧もされてこなかったからだ。


 それまで感情を見せなかったカイの表情が険しくなった。

「弓月御前の異能は尋常ではありません。ですが、彼女自身が弦月であれば、その力も不思議ではありません」

 レオンはカイを見つめた。カイが続ける。

「リトが弦月であるかもしれないと気づいた宗主から、弦月のことを調べてほしいと頼まれ、ずっと調べてきました。ようやくその姿が見えてきたように思います」

「そうでしたか……」


 カイは話題を変えた。

「叔父上。ウル舎村のエファ国主はどこまで知っていると思われますか?」

「エファは、ウル大帝国第一柱の唯一の直系子孫です。表に出せない情報も含めて、いまわたしたちが話している内容はほぼすべて承知していると考えた方がいいのではないでしょうか?」

「そうですね。ですが、叔父上が聖香華ということと秘曲の作り手だということは知らないはずです。わたしが銀麗月ということは知っていますが、わたしがロアン王太子の息子で、聖香華と銀麗月が叔父と甥の関係にあり、カトマール皇室の末裔であることも知らないはずです」

「たしかに、そうでしょうね……。オロくんやアイリさんの異能についても確証は持っていないでしょう」

「はい」


「孫に当たるシュウくんやリョウくんのことも詳細は知らせていません。ルナ古王国王子のクローンとして二人を産みだしたのはエファ国主でしょう。王子の魂がシュウくんの腫瘍の元であったとは予想していないはずです。アオミ医師のおかげで手術に成功し、シュウくんとリョウくんが回復したと信じているでしょう。それ自体は事実ですので、疑いようがありません」

「国主エファの情報は、過去に偏る分、現状には疎いということですね?」

「そう思います。現状を最もよく把握しているのは、弓月御前ではないでしょうか?」

 カイの指摘に、レオンは一瞬驚いたが、すぐに納得したように頷いた。


 レオンはしばし黙ったあと、おもむろにカイに問いかけた。

「月読族、弦月テイ、ヴィカ、ラクル、アリエル・コム……これらをすべて突き合わせると、東西二つの村のうち、絹の里こそが弦月の里で、ヴィカの一族の本流。弓月御前はその総帥ではないかということですね? そして、弓月御前は、西の天志教団と東の弓月財閥を使って莫大な資金を動かし、弦月の結集とヴィカの一族の存続を図っている……こういう見立てですか?」

「その通りです。これゆえ、リトを弦月として覚醒させようとしていると思われます」


 レオンが慎重に言葉を選びながら尋ねた。

「リトくんは、ヴィカの一族の血を引くというのですか?」

 カイは頷いた。

「その可能性があると思います。おそらくは朱鷺博士の生まれに関わるのでしょう。おくるみの謎も弦月がらみではないかと思われます」


「では……」と、レオンは一瞬躊躇したが、はっきりと訊ねた。

「朱鷺博士と同じおくるみに包まれて天月に棄てられたいまの天月宗主も同じくヴィカの一族で、弦月の可能性があるということですね?」

「そうです」


 レオンは口をつぐんだ。カイも何も言わない。

 天月宗主までもが弦月だとすれば、天月は大揺れする。天月は弦月の介入を拒否して確立した仙門だからだ。


 沈黙の中で、二人は苦い結論をできるだけ避けようとした。だが、避けきれない。


 ついに、レオンがカイに尋ねた。

「リトくんが弦月として覚醒することは、あなたがリトくんを失うということです。耐えられますか?」


 カイは目を伏せた。

 さっきよりももっと長く沈黙したあと、カイは答えた。


「きっと……耐えられないでしょう」


 レオンはカイを見つめた。

 レオンが彪吾を想うように、カイもまた深くリトを想っている。


 カイの声は震えていた。

 だが、かえって決意の固さが言葉に乗って伝わってくる。


「リトの覚醒はすでに始まってしまいました。止めることはできません……リトの命に関わるからです」

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