ⅩⅩⅩⅦー1 地下都市――離宮公園で張り込む二人の少女と柴イヌモモ
■離宮公園の掃除担当
「クシュン!」
「どうした? 風子」とアイリが振り向いた。
「わたしじゃないよ。モモだよ」
モモがまた、クシュンとくしゃみをして、ブルブルッと身体を震わせた。
「モモ、寒いのか!」と、アイリがあわててモモを抱き上げ、マフラーをモモに巻き付けた。グルグル巻きにされたモモをさらにコートの中に入れようとしたアイリに、風子が呆れた。
「アイリ……過保護! ほら、モモが嫌がってる!」
「え? そうか?」
「モモはもう冬毛に替わって、ほら、こんなにぬくぬくしてるよ」
赤いマフラーを巻かれ、二人の少女に挟まれた柴イヌのモモは、ちょこんとお座りをして、真っ黒なアーモンド型のつぶらな瞳で二人をじっと見つめた。
「かわいいっ!」
アイリはメロメロだ。
風子がそれを横目で見ながら、立ち上がった。
「わたしら、こんなことしてて、いーの?」
「いいんだよ。あたしらはいつもの散歩――相手に悟られちゃダメだ。向こうの池にはグリもいる。何かあったらカメが知らせてくれるさ」
――もう……! これは偵察なんだよ!
風子がアイリに文句を言おうとした瞬間、聞き慣れた声がした。
「あーら! 久しぶりねえ!」
マリおばさんだ。目つきの悪いイヌ・ガンちゃんの散歩に来たようだ。
(ヤバッ!)
アイリと風子は顔を見合わせた。マリおばさんはとても気がいいのだが、お節介で、おしゃべりで、秘密など守れない。なのに、妙に勘が鋭い。
「どっか行ってたのう?」
「は……はい。学校の合宿があって……」と風子が言葉を濁す。
「まあ、そう! で、どこ……」
向こうの池で何かが跳ねた。グリだ。子カメの姿になったグリが、水を使って合図をよこした。
――現れた!
なのに、こっちにはお邪魔虫のマリおばさんがいる。
見るからに冴えない初老のおじさんが、だぶついた制服を着て、カゴにゴミを集めている。公園を訪れた者が捨てていったビニール袋やペットボトルを回収しているのだ。
プラスチックは放置すると、粉々に壊れてマイクロプラスチックになり、小鳥たちがエサと間違えてついばんでしまう。どんなに警告しても、素知らぬ顔をする者はあとを絶たない。
「あらあ、ペンさん!」
「おや、マリさんじゃねえか」
ガンちゃんがペンさんというおじさんのところに走って行った。モモもついていく。
「今日はいろんな人と出会うわねえ! あ、この子たちは〈蓮華〉の生徒さんたち。こちらはペンさん。この公園のお掃除担当よ」
「やあ、ときどき見かけとるよ。かわいい子を連れとるのう」
おじさんはモモに目を細めた。アイリがとたんにデレッとなった。モモが「かわいい」と褒められると、うれしくて、つい頬が緩む。
「じゃあな。わしは仕事中なもんでな」
「あのおじさんを知ってるんですか?」と、風子がマリに訊ねた。
「ええ! もう二十年になるかしら。この離宮公園ができてから、ずっとここで働いているのよ」
「ふうん。この公園ってすっごく大きいけど、あのおじさん一人でお掃除してるんですかあ?」
「まさかあ! 数人くらいいて、場所も分担しているし、勤務も交代制のはずよ」
「へええ! マリおばさんは、すごいなあ。なんでも知ってるんですねえ!」
アイリは驚いた。
(やるなあ、コイツ!)
風子はマリをおだてているつもりはない。本気ですごいと思っている。誘導しているつもりもない。何気なく、本質を突いていることにも自覚がない。
マリおばさんはご機嫌だ。地元のささいなことまで全部知っているのが、マリの自慢なのだ。
スイッチがはいったマリは、勝手にしゃべりはじめた。
「この公園って、もとシャンラ王太子さまの離宮だったってことは知っているでしょ?」
「はい」
「王太子さまは、アカデメイアに留学なさってたのよ。その頃は、この離宮の警戒は厳重でね。だれも入れなかったし、王太子さまは車で移動なさってたから、お見かけするなんてこともなかったわ」
「へええ」
「ただ、大学ではお友だちもおられたようでね。ほら、あのラウ伯爵とはとっても仲が良かったんですって!」
「ふうん」
「それに、カトマールのあのハンサムな副大統領、シャオ・レンも友だちだったみたいよ。三人の美男子が歩くキャンパスなんて、考えただけでゾクゾクするわ!」
「はあ……」
「あ、風子ちゃんは、イケメンには興味なかったわね」
「いえ……かっこいいだろうことはなんとなくイメージできます。レオンさんと彪吾センセイとカイ修士のトリオみたいな?」
「そう、まさしくその通りなの! かっこよかったのよ。三人は、町中のうわさの的でね。なにやらすごい美女をめぐってライバルでもあったとか」
「美女?」
「ええ、そう。〈青薔薇の館〉って知ってる?」
「聞いたことがありますけど」
「そこに住んでた美女よ」
「ふうん」
「でもさ、王太子さまは病気で亡くなって、シャオ・レンはカトマールに戻って抵抗運動のリーダーになって、ラウ伯爵は仕事が忙しくなって、美女も姿を消して、バラバラになっちゃったわねえ」
「そーなんですかあ」
「王太子さまの遺言で、この離宮はアカデメイア市に寄付されたの。で、市民公園として整備されたってわけ。整備費用も公園の維持費もセットで寄付されたのよ」
「え? 離宮だけじゃなくて?」
「そうよ! こんな離宮を維持するってものすごくお金がかかるのよ。維持費付きで寄付してもらったから、税金はかからない。王太子さまのお心遣いに、町中が大喜びよ。王家の離宮に市民が入れるようになるなんて! しかも、離宮を市民サークルが使えるようになったのよ! そりゃ、興奮しかないでしょ!」
「そーですよね!」
「ただ、向こうの小さな館だけは立入禁止にされたんだけど、市民はみんな、それを尊重したわよ。王太子さまの魂が宿るところだって言ってね」
「魂が宿るところ?」
「ええ。あの館に近づくと、フッと気を失いかけるんですって。ユーレイが出るなんて噂もあったわねえ。調査したらしいけど、何にもなかったみたい」
「いまもユーレイとか出るんですかあ?」
「アハハ、まさかあ! そんなはずないでしょ!」
「でも、そんな話聞くと、入って試したくなっちゃう……」
「ダメよ! それから、館には近づくなって監視が厳しくなったもの」
「監視……ですか?」
「さっきの掃除のおじさんたちが毎日見回りをするようになったの」
「見回り?」
「ええ、一日に一回、だいたい朝のこの時間帯よ」
「へええ。やっぱり、入ろうとする人がいるんだ!」
「ダメダメ! 掃除のおじさんたちは、警備員も兼ねてるのよ。あのおじさんも、なかなかの腕前のはずよ」
「腕前?」
「そう! あの人は、もともと離宮で雇われていた警備員なの。離宮が公園になったあと、失業したんだけど、これも王太子さまの遺言でね。仕事の継続を望む者にはできるかぎりの配慮をしてほしいと、これまた王太子さまが資金を寄付したんだって」
「ひょええええ!」
■ユーレイの館
サキは、アイリと風子から「偵察」報告を受けた。ほとんど偵察はできず、ひたすらマリおばさんのおしゃべりを聞いただけだったが、成果は十分だ。
離宮公園を見回る警備員兼清掃員は、全部で四名。そのうち、あの小さな館の付近を担当するのは二名。交代勤務だ。だが、ずっと見張っているわけではない。日中に一度、ゴミ拾いに来て、異状がないかを確認するだけのようだ。夜は、離宮本館に二人の警備員が泊まり込むが、小さな館のあたりは無人となる。
サキが唸った。
「たしかに、異能発揮には打って付けの場所だな」
アイリが言った。
「ペンさんはいいヤツだよ」
「なんでだ?」とサキが聞くと、アイリはあっけらかんと答えた。
「モモをかわいいって言った。モモも怖がらなかった」
ランチの時間だ。
風子はシュウの隣に座ったキュロスに聞いてみた。
「今日、離宮公園でマリおばさんに聞いたんだけど、あの公園の掃除係のおじさんは、もともと離宮の警備員だったって。キュロスさん、知ってる?」
「掃除係? ああ、ペンさんですね。よく知っていますよ。優秀な人だったのに、離宮が好きだからって、自分からすすんで清掃員を希望したんです」
「ふうん。あの離宮ってそんなに魅力的なの?」
「離宮というよりも、シャンラ王太子殿下への忠誠心でしょうね」
「王太子は、離宮だけじゃなくいろんな経費も寄付したって、ホントなのか?」とアイリ。
「そうです。王太子殿下はとても英邁なお方で、弱い者への配慮もできる方でした。われわれ王太子殿下にお仕えする者はみな、殿下のことが大好きでした。ペンさんもその一人です」
「ペンさんって、どんな人?」
「そうですねえ……ミン国出身なんですが、幼い時に親を失って、海外養子に出されて育ったんです。大学には行かずに、高校を出てすぐに、離宮で働き始めました。離宮の管理人が、真面目で機転が利くペンさんを見込んで、さまざまなことを教えたんです。王太子殿下が生きておられたら、ペンさんが離宮の管理人になっていたでしょう」
「だから、思い入れが強いってことか……で、あの小さな館は、なんで立入禁止なんだ?」
「王太子殿下の実際のお住まいだったからです。殿下はあの館がことのほかお気に入りで、とても大切になさっていました。ですから、そのまま時間を止めようとなさったのでしょう」
「時間を止める?」
「はい。だれも入れぬように命じ、最後に訪れたときのまま封印したのです」
「だから、ユーレイが出るなんて噂があるのかな……?」
「ユーレイ?」
「うん。マリおばさんがそう言ってた。館に近づくと気を失うって。だから〈ユーレイの館〉って言われてるって」
「まさか! 殿下をユーレイ扱いなど、とんでもありません。ペンさんにしてみれば、そんな妙な噂は許しがたいでしょうね。ペンさんは殿下を心から崇拝していましたから。もちろん、わたしもですが……」
■地下都市
「試験飛行段階の次世代機種に似ています」
アイリが作成した詳細な図面を手に、レオンが言った。
「製造した会社は、飛行機会社としては後発ですが、ヘリコプター製造技術は抜きん出ていると言われます。次世代ヘリコプターとして期待されている機種は、超高速で機動力に富み、静音設計だとか――いずれ、どこかの国の軍に納入するつもりでしょう」
「じゃあ、その会社の関係者が彪吾さんを拉致したということでしょうか? ちょっと解せません」とカイ。
「どうして?」とリト。
「今回は特定するには遠目すぎて、オロくんの記憶力とアイリさんの再現力でようやく特定できました。ですが、かなり特殊な外観です。そばで目にすればすぐに気づくでしょう。そんな機種をわざわざ使うでしょうか?」
「新型機種を真似たものを作っている可能性があると?」
「産業スパイじゃないか!」
「そうですね。ですが、事実は逆で、今回のヘリの方がはるかに高性能のようです。それにもかかわらず、まったく情報がありません。売るつもりはないのでしょう」とレオンが図面を示しながら言った。
「え? こんなヘリを開発する力をもつのに、商売をしない? これは軍用ヘリにもなるんだろ?」とサキ。
「そうです。いまの戦争は、無人ドローンや自動運転車を駆使するものに代わっています。コンピューターで精密にターゲットを絞り込むこともできます。大人数の軍隊は必要ではありません。このヘリを作った者は、恐るべき技術力と豊富な財力をもつようですね。どこかに研究施設と製造工場もあるのではないでしょうか」と、レオンが優美な眉をひそめた。
「正体がわからないからこそ、天明会の可能性があると?」とサキが訊ねると、
「はい。しかも、自前の開発であれば、場所を特定できません」とレオンが答えた。
一番必要な情報――彪吾が囚われている場所。
「アイリが見た場所は参考になるか?」とサキが重ねて聞いた。
「むろん。ただ、カトマール東部の山というのはあまりにも範囲が広すぎて、特定は難しいですね」
レオンの表情は沈痛だ。
恋人の彪吾を心配して、このところ、ろくに寝ていないのが丸出しだ。
「ラクルの絹の里は?」
「わたしもそれを一番に考えました。いま、カトマールの密偵に探らせていますが、ヘリコプターの発着情報はなく、研究施設や工場の手がかりもありません」
「ねえ? 地下は?」と、リトが聞いた。
「地下?」と、カイがリトに尋ねた。
「絹の里には地下道があったって言ったろ? かなり広い空間もあった。あんな地下道でつながっていれば、人目につかないよ」
レオンが考え込んだ。
「地下……地下通路……地下都市……」
みながレオンに目を注いだ。
レオンが腑に落ちたように言った。
「紀元前三千年頃の古代カッパドキアにはいくつかの地下都市が造られました。現在も遺跡が残っています。火山灰でできた凝灰岩だったため、穴を掘りやすかったのです。伝説ではアジアのアガルタなどの地下都市が有名ですし、今はジオフロント(地下空間)造営が都市の過密化対策として進められることもあります」
「叔父上。ラクル盆地は火山灰でできた地域でしたね?」とカイが言うと、レオンが頷いた。
「そうです。あのあたりの地質を徹底的に調べてみる必要がありそうです。マキ・ロウ博士に聞くのが一番良いでしょう。彼女はカトマール全域の地形や地理を知り尽くしています」




