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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三十六章 弦月リトと銀麗月カイ
212/276

ⅩⅩⅩⅥー5 追跡は空振り――男たちの恋バナにチビ緋龍が火を吐く 

■彪吾の拉致

「行くぞ! グリ、ついてこい!」

 舞台の演奏は途切れない。周囲は何も変わらない。だが、オロが動いた。


 オロとグリが群衆を離れても、イ・ジェシンはチビ緋龍を抱っこしたまま動かない。チビ緋龍が駄々をこねるように、グリに手を差し出したが、オロはそれを払いのけた。それでもジェシンは動かない。ひな壇では、レオンもスラも固まっている。

(チッ! みんなして、アイツの術にはまりやがって!)


 オロは、市庁舎の裏口の方に急いだ。グリの嗅覚が冴えわたる。。オロのポケットから三匹のネズミが顔を出す。

 オロは時計を見た。赤い点滅記号が途切れなく(とも)っている。アカテン二号だ。アカテン二号は、アリエル・コムの襟の裏にくっついている。その信号を目印にスラが動くはずだ。


 レオンは絶対に彪吾のそばを離れないと言い張り、オロの後を追いかけてきた。

――あんたは、目立ちすぎるんだってば!

 オロの愚痴もレオンには通用しない。いつもは冷静沈着なレオンだが、こと彪吾に関しては、理性を失うようだ。


 だが、もっとバカなヤツがいた。イ・ジェシンだ。グリがいないと大騒ぎして、オロの後を追いかけてきた。邪魔だ。さすがに色は目立たぬよう黒色だが、田舎道ではめったに見かけない高級車だ。それだけでも人目を引く。

 オロはムトウにジェシンを抑え込むよう頼んだ。


 もう一人、口を出すヤツが増えた。タダキだ。スラを危険な目にあわせられるものかと息巻き、スラの後を追いかけようとする。こちらは、カゴロが引き受けた。大事な兄ちゃんを守ろうと、カゴロは必死でタダキを抑え込んだ。


 あろうことか、ジェシンとタダキが協力した。二人はムトウとカゴロを手錠で柱に繋ぎ、ジェシンはオロ、タダキはスラの後を追った。


 先に到着したのはオロとグリ。カラン郊外の古民家だった。だが、到着するのと入れ違いに、一台のヘリコプターが飛び立った。

 オロたちが民家に飛び込んだが、すでにもぬけの殻。

 ほんの少し遅れたレオンが、車から降りて、呆然とヘリコプターを見上げている。超高性能のヘリのようだ。レオンが見上げたときにはすでに点のように小さくなっており、そのままどこへともなく飛び去った。

 ようやく追いついたジェシンが、グリのそばに駆け寄った。


「グリちゃん! 大丈夫かい?」

「パ……パパア……」

 抱きかかえた腕の中でグリが泣いている。優れた嗅覚も空には届かない。律義なグリは、主人であるオロの役に立てなかった自分を責めているのだ。


 少し離れたところで、レオンが棒立ちになっていた。


 ジェシンが思わず後ずさり、こわごわと様子を窺った。

(うわ! あんな険しい顔のレオンなんて初めて見たぞ!)

 茶化せる場面ではない。

 ジェシンは空を見上げた。すでにヘリコプターの姿は見えない。


■アカテン二号

 ホン・スヒョンは、悠々と演奏を終えた。


 伝説のアリエル・コムが復活した!

 人びとは狂喜乱舞した。

 去年の不吉な月蝕がもたらす凶事はすべて払いのけられ、明るい年が始まる!


 これからの天志教団の行事には、かならずアリエル・コムが現れ、見事な演奏を神に捧げ、現世の楽園を導くはずだ――アリエル・コムを称える声が何度も繰り返された。


 スラは慎重に機を窺った。アカテン二号の動きは、デジタル腕時計に表示されている。だが、電池が持つのは三日間――それまでに彪吾を見つけられるか?


 アリエル・コムの滞在先は、天志教団本山の迎賓館だった。教団精鋭の護衛部隊が守っているようだ。館自体も隙のない鎧のように完璧に武装しているだろう。


 潜むスラに合流したレオンとオロが迎賓館を見上げた。

スラを追いかけたタダキは追い払われ、ジェシンもまたチビ緋龍の面倒を見ておけと言われて放り出された。

 レオンは、大学同期の二人に冷たく言い放った。

「人の命がかかっています。これ以上、遊び感覚などで関わらないように!」


 レオンとオロとスラは、アカテン二号から送られる映像に目を凝らした。

 アカテン二号は、天井に張り付いたようだ。豪華な室内にはアリエル・コム以外、だれもいない。やがて、夜食が運ばれ、アリエル・コムはくつろぎ始めた。誰も部屋に入ってこない。アリエル・コムがスマホを見ているわけでもない。アリエル・コムは電気を消し、眠りについたようだ。

 アカテン二号が録画した映像や音声を再現しても、あの舞台に上がってから、演奏以外のことでアリエル・コムに接触した者はいない。誰一人としていない。


 レオンたちは顔を見合わせた。

――目的の彪吾を拉致しておきながら、接触も確認もなく、この余裕はいったいなんだ?

 一度目の失敗を繰り返さぬよう、今回はよほど慎重にことを進めているようだ。


――(おの)が力を過信したかもしれない……。

 レオンはそう思い始めた。こちら側の準備は万端だったはずだ。なのに、それを相手は見越したように動いた。そして、彪吾が拉致された。

――まさか、櫻館の情報が洩れている?


 アリエル・コムの最大の狙いは、彪吾が記憶する自分の秘曲のはず――。だが、ホン・スヒョンの真の目的は、彪吾自身だろう。

――このズレからどこかに隙が出ないか?


 ホン・スヒョンが彪吾に固執する限り、彪吾の命に危険はなかろう。だが、彪吾が意のままになるよう、何らかの手立てを講じるはず。以前は、秘薬――酒精擬薬――を用いた。だが、失敗した。彪吾には命に関わるほどの副作用が出た。

 同じ(てつ)は踏むまい。


 レオンはオロの方を向いた。

「オロくん。あのヘリコプターの形を覚えていますか?」

「うん! 全部細かに再現できるよ」と、オロは紙と鉛筆を取り出した。レオンがそれをちらりと見た。

「再現できますか。よかったです。でも、ちょっとここでは無理なようですね」

 オロが描きはじめた絵は単なるマルと四角の組み合わせで、どう見てもヘリコプターには見えない。絵がヘタすぎるのだ。

「う……」と、オロが言葉に詰まった。

「櫻館でアイリさんに再現してもらいましょう」


 オロのヘタな絵を解読し、精密な図に仕上げることができるのはアイリが開発したオロ対応ソフトだけだ。操作はアイリしかできない。アイリしか、オロの言おうとすることを理解できないからだ。

 レオンがオロに言った。

「ヘリコプターの情報がわかれば、製造元と所有者にたどりつける可能性があります」

(だが、時間がかかりすぎる……) 


 なすすべもなく、三日目の朝を迎えた。 

「どうしましょう? アカテン二号の電池が間もなく切れてしまいます」と、スラがレオンに指示を仰いだ。

「一度呼び戻しましょう」

 そう言いながら、レオンはネズミたちを見た。


 三匹のネズミたちが、しきりに首を上げ、役に立ちたいとアピールしている。

「キミたちの出番です。館に忍び込み、状況をさぐってくれませんか?」

「チュウウッツ!(合点承知っ!)」


 曙の中に消えたネズミたちが、泡を吹いたようにあわてながら飛び出してきた。

「チュッ、チュウウウウウ!」

 オロが真っ青になった。

「ホン・スヒョンが消えた!」

 スラがオロ以上に青くなった。

 レオンは、もはや青を通り越して、白くなっている。


■ジェシンとタダキの恋バナ

 迎賓館そばから追い出された二人。

 予想外のことが起こった。犬猿の仲の大学同期が手を組んだのだ。しかも、二人は本気で作戦を考え始めた。


 天志教団本山の奥深くで厳重に守られる迎賓館――そんな場所が舞台ともなれば、ひと一人など簡単に抹殺されてしまうだろう。

――探偵ごっこなどではない。本物の命のやり取りだ。


「ボクたちが普通にやってもかなわないよな」

「そうだな……どうする?」

「原点にもどろう。そもそもボクたちがカランに来たのは、天志教団のことを調べるためだった」

「どうして?」

「ことは、去年春の月蝕に始まる」

 ジェシンはタダキに事情を話し始めた。

(タダキはイヤなヤツだが、信用はできる。それに、悔しいが、レオンに次ぐ頭脳の持ち主だ。鷹丸組を抑えている以上、情報網はボクの比じゃない)


「わかった。カランにも鷹丸組の関係者がいる。天志教団のことを探らせよう。櫻館と鷹丸組との関係に気づく者はだれもいないはずだ。だが、堤防はほんの針の一穴から崩れる。慎重に調べさせよう」

「助かるよ」

「アカデメイアとミン国についても調べさせてみるよ。天志教団の情報は、鷹丸組にとっても重要だ。大口顧客だが、いろいろと危ういことも取り沙汰されているからね」


 タダキはそう言いながら、まじまじとジェシンを見た。

「どうした?」

「いや、キミも変わったなって思ってさ。学生時代はひたすらレオンを追っかけて、おバカを演じてたのに、今じゃ、レオンのそばにいても目をウルウルさせなくなったなんて、いやはや驚いたよ」

「そうか? レオンはやっぱりかっこいいよ」

「たしかにそうだな。学生時代以上に、落ち着きと貫禄が出て、オーラがすごい」

「え? キミも隠れレオンファンだったのか?」

「今ごろ知ったのか? レオンに出会って、レオンに憧れない者はだれ一人いないさ」


 宿に戻った二人は、学生時代を思い出しながら、タダキの部屋で作戦会議に余念がない。チビ緋龍はタダキに提供してもらったベッドの上ですやすやと眠っている。


「それにしても、キミに隠し子がいたなんて、驚いたよ」

 ジェシンがブハッと茶を噴き出した。

「か……隠し子?」

「うん。あの子たちやグリって女の子。いったい相手はだれなの?」


 ジェシンはうれしくなった。

「やっぱり、ボク、パパに見える?」

「そりゃそうだろ? あんなに大事そうにおチビちゃんたちを抱っこして、女の子の手をひいてるんだもの」

「そうだよ! そうなんだ! ボクはパパなんだ! あの子たちのためになら、なんでもしてあげるつもりだよ」

「へええ。イ・ジェシン、ついに父性に目覚めたか?」

「キミはスラさんばっかり追いかけて、もう五年になるぞ。まあ、進展はなさそうだが」

「ああ、避けられてばかりだ」

「どう見ても、はっきり嫌われてるぞ」

「うん……やっぱり、そうだよね」

 タダキが肩を落とした。


 五年前、銀行強盗事件が起こった。

 たまたま客として居合わせたスラは、素手で二人の強盗をうちのめした。目撃していたタダキは、スラに一目ぼれ。

 鷹丸組組長の一人娘として育った美貌の母もまた武術の達人で、タフな女性だ。スラに母のイメージがスポッと重なった。


「キミはマザコンすぎる。どんな女性も、キミのお母さんと比べたら、そりゃ、見劣りするだろうさ。母親と比べられているのを感じたら、だれもが去っていって当然だ」

「そうなのかな? だけど、スラさんだけは別だよ」


 タダキは、独り言のように語り始めた。

「ボクは彼女に因縁を感じるんだ」

「因縁?」

「そうだよ。鷹丸組のルーツとスラさんの一族には関係があるようだ。詳しくは言えないけどね」

「なんだ、それ?」

「まあ、それを差し置いても、ボクはスラさんに夢中なんだ! あんなに強くて、すばらしい女性はいない!」

「いや、強くてすばらしい女性なら、ほかにもいるぞ」

「え? だれ?」

「言わない! キミに狙われたら困るからね」

「あはは。安心しろ。ボクはスラさん一途(いちず)だからね。まさか、例のガラの悪い女教師じゃあるまいな?」

「ガラが悪いなんて言うなっ!」

「あはは。図星か!」


 笑い声でチビ緋龍が目覚めたようだ。


 ボッ!


 チビ緋龍が口から火を吐いた。


「おわっ!」

 タダキがビックリ仰天した。ジェシンがあわてて走りより、くすぶる布団の火を消した。


「オイッ! 子どもにライターを持たせてるのか? 危ないじゃないか!」

 タダキが怒鳴ると、また、ボッ!


 もう一匹もまた寝ぼけ顔で火を吐いた。

 

 ジェシンはタダキの口を抑えた。

(シッ! 静かにしろ、おチビちゃんたちは眠いんだ!)


 タダキは目を白黒させながら、ジェシンとチビ緋龍を交互に見た。

 しかたないとばかり、ジェシンがささやいた。

(そうだ! あの子たちは本物の龍――ドラゴンなんだ)

 あまりのことに、タダキはふうっと気を失った。

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