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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三十六章 弦月リトと銀麗月カイ
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ⅩⅩⅩⅥー3  カランの年越し祭り――弁護士タダキ、張り切る

■天志教団――教祖と評議会

 カトマール西方最大の都市カラン――年末年始は町をあげての祭りとなる 。人びとは思い思いに仮装を楽しみ、観光客も多い。


 カランに向かったチームの目的は、天志教団の調査だ。だが、チームはバラバラで、ちっとも調査が進まない。

 (ごう)を煮やしたスラが決然と立ち上がった。

 スラは三つのミッション――大評議会、年末厄払い、新年祝賀祭――を整理し、それぞれの課題と役割を割り振った。


 天志教団大評議会には、アカテン二号とネズミたちが入り込んだ。小鬼である三匹のネズミたちは、このチームの実質的リーダーであるスラに全幅の信頼を寄せて、スラに従っている。アカテン二号の働きは抜群で、ネズミたちも張り切った。


 大評議会に集まった百人ほどの天志教団幹部は、教団内の序列にしたがって、座席についていた。最上段には教祖がいるらしいが、黄金の御簾(みす)に隔てられ、姿は見えなかった。男性の声だけが聞こえた。その前に、評議会議長が座し、議事進行を司っている。その左右両側に各十人ほど立派な衣を身につけた教団知事が座っている。柵で隔てられた半円形の座席には、大司正や司正が座っていた。さながら、国会のような光景だった。


 会議は連日午後に三時間程度開かれ、多くの議題が論じられた。その一つが、アリエル・コムの認定であった。また、地域本部(支部)ごとの報告もなされた。こうした光景をアカテン二号が毎日飛んでいっては、スラたちに中継した。極秘情報はなく、議事は粛々と進められた。


 ただ、スラたちが驚いたのは、教団の予算規模である。年間予算は百兆ルピ(≒円)を超え、日本やカトマールの国家予算並みの規模であった。宗教法人は非課税だ。収益事業や宗教者が受け取る給金は課税対象になるが、それ以外の宗教行事は非課税となる。天志教団は世界各国に寄進された土地を持ち、その一部は駐車場などの営利目的に使われている。


 どうやら、三十年前には年間収入五百億ルピ、総資産一千億ルピのレベルであったようだから、急成長著しい。

「すごいな……坊主丸儲けだ」

 弁護士としてこの方面に詳しいイ・ジェシンもいまさらながら驚いた。


 ネズミたちは幽体の姿で入り込み、幹部の動静を探った。だが、肝腎の教祖のことはさっぱりわからなかった。御簾の向こうに人はいなかった。人型のロボットが置かれていた。非常に精巧なロボットで、発声もしぐさもなめらかだった。ロボットは幽体を関知し、警戒した。このため、ネズミたちはほうほうの体で逃げ出さざるを得なかった。

 ネズミたちは、議長や教団知事のもとにも忍び込んだが、見るべき成果は得られなかった。彼らが教祖に接触することもなかった。


――いったい、教祖とは何者だ? どこにいる?


 教団幹部の会話に教祖の話が出ることはなかった。しかも、そのことがごく当然のように受け止められていた。


■厄払いの儀式――張り切るタダキ

 一年間の厄を落とす儀式は、年越し祭の最大のイベントだった。


 思い思いの鬼の仮面を被り、河で厄流しをする。精霊流しのような光景だ。

 いまは、鬼の仮面だけでなく、仮装も含めてアニメのキャラが大人気だ。コスプレ大会も開催されて、大会に参加する若者が世界中から集まっている。カラン市が主催だが、天志教団の文化財団が主なスポンサーになっている。格好の布教チャンスだ。若者はそれと知らず、ファンになってしまう。


 大評議会を終えた天志教団も、年越しの儀式を行う。

 厄払いの儀式には、ジェシンとムトウとグリ、そしてオロが潜り込む手はずだった。


 だが、ジェシンは、チビ緋龍二匹を抱っこし、グリの手を引いて、そぞろ歩きを楽しむばかり。調査はどこへやら。ジェシンにとって、カランは見慣れぬ西方文化の香り高い観光都市にほかならなかった。

 オロは、ムトウが見張っている。いや、事実は逆だ。オロがムトウをこき使っていた。ムトウでは何の歯止めにもならない。結局、オロは勝手なことをしまくっている。


 事態を動かしたのは、タダキ弁護士だった。イ・ジェシンとレオンの大学同期――レオンに次いで優秀学生として知られた。だが、彼の父親は鷹丸組――俗に言うヤクザ――の組長。自分の出自を隠し、必要以上に品行方正であろうとするタダキの気苦労は、幼少期から並大抵のものではなかった。


 タダキは、弟カゴロ一家を連れて、カランにやってきた。

 カゴロの愛する妻ハナちゃんは、小学校に入るまでの間、カランで祖母と暮らしていた。祖母に産まれたばかりの赤ん坊を見せたいと望んだのだ。ケンカっぱやい弟を心配して、タダキも同行することになった。


 アカデメイアの港湾事業を牛耳る大会社TMカンパニー(旧鷹丸組)顧問弁護士でもあるハイスペック男タダキは、母親譲りの美貌に恵まれ、父親そっくりの異母弟カゴロとは似ても似つかない。だが、タダキは、多少愚鈍なこの弟がかわいくてしかたがない。

 大男であるため、動作が鈍くて、かわいい。小さな目には愛敬があって、顔全体のアンバランスが、なんとも言えずかわいい。性質は素直で、単純きわまりないところが、これまたかわいい!


 カゴロはカゴロで、この優秀で美男子の兄が自慢だ。頼ると、兄は必ず解決してくれた。カゴロにとって、小学校の同級生ハナちゃんは女神、十歳以上も年下の美少年オロは天使。カゴロはオロを守っているつもりだが、じつはオロのほうがすべてにおいて力が上だ。そして、兄タダキは、絶対的な信頼を寄せる文字通りの尊敬すべき兄貴だ。


 カランでは、カゴロ一家は、ハナちゃんのおばあちゃんちに行って、タダキはひとりでブラブラ散歩していた。ところが、なんと、オロとジェシンに出会ってしまった。


――スラも一緒のはず!


 タダキは、俄然張り切った。

 いままでタダキになびかなかった女はいない。スラだけなのだ。スラは、タダキにまったく何の関心も示さず、むしろ嫌悪の目を向けてくる。

 それが新鮮な快感だった。


 スラには、金はない。学歴もない。資格もない。もつのは、超問題児の甥っ子オロとその父だ。あ、そうそう、年寄りのデブネコもいたな。

 けれど、スラはすごい! 武術は超一流。化粧道具すらもっていないのではないかと思うが、すっぴんで、あれほどの美貌だ。アカデメイアの夜の町をしきる母が見たら、ぜったいにスカウトするだろう。


 オロには逃げられたが、妙な着ぐるみの子ども二人を抱いたジェシンを見かけた。かわいらしい女の子の手を引いている。その子に「パパァ!」と呼ばれて、ジェシンはにやけまくっている。

(イ・ジェシン! おまえ、隠し子がいたのか!)

 タダキは勝手に誤解し、ジェシンの後をつけた。グリが気づいたが、タダキの匂いは悪い匂いではない。するがままに任せた。


 ジェシンの宿を見つけ出したタダキは、驚いた。自分が泊まっている老舗旅館の離れではないか!

 喜んで近づこうとしたが、何かに跳ね飛ばされた。どんなにしても、離れに入り込むことができない。


 タダキは、旅館の仲居を呼び止めた。ハンサムな青年にていねいに話しかけられ、若い仲居はうれしそうな顔をしたが、さすがプロ。客の情報を安易に漏らしはしない。

「申し訳ございません。お客さまの情報を漏らすことは禁じられております。それに、別館にはだれも近寄ってはならないと女将から言い渡されておりますので、失礼いたします」


――入れない別館か……。

 タダキは顎に手をあてて考え始めた。探偵ごっこが好きなのは、イ・ジェシンだけではない。ライバルのタダキも探偵ごっこ大好きマンだった。

 弁護士としてじつに有能であり、礼儀正しいので、一見まともな紳士に見えるが、タダキも相当の変人だ(母親だけがそれを知っている)。

 タダキは、スラと「偶然」に出会うためのストーリーを一晩かかって何通りも考え、翌日から実行に移した。


 その一。玄関ロビーでの張り込み。あえなく沈没――別館には独自の出入り口があるようだ。

 その二。朝食会場。これもボツ。別館の食事はすべて独自に運ばれているようだ。

 その三。町中でバッタリ作戦。カランの町は巨大だ。バッタリなどありえない――ボツ。


 普通の作戦では無理だ。考え直した。

――いったい、彼らはなぜカランに来ている?


 単なる観光目的で勢揃いしているはずはない。何かを調べているのか?

 どうやら、レオンと彪吾も同宿のようだ。〈櫻館〉メンバーか? だが、あのガラの悪い女教師の姿も、無愛想な天才少女もあの子イヌも姿が見えない。天月の超絶美青年もいないぞ。


 タダキは考え抜いた――結局、わからなかった。


 レオンと彪吾は、新年祝賀祭の件で忙しそうだし、ジェシンは隠し子たちを連れて毎日名所巡りだ。オロは神出鬼没で、さっぱり動静がつかめない。まして、スラにいたっては、一度たりとも姿を見せない。

 やがて、カゴロ一家が戻ってきた。


 カゴロはオロを見つける独特の嗅覚を持つようだ。

「やあ! オロじゃないか!」

「あれっ? カゴロ、ハナちゃんも」

 オロはうれしそうに手を上げたが、後ろのタダキを見て、フンとそっぽを向いた。


 カゴロは、そんなオロの態度にはお構いなしだ。ドドドッとオロに駆け寄り、

「ひさしぶりだなあ!」と大喜びしている。

「なあ、一緒にメシでも食おうぜ!」と無邪気にオロを誘う。

 オロは「イヤ」と断ろうとしたが、ハナちゃんに抱かれた赤ん坊がオロにかわいい手を差し出し、抱っこをせがむ。オロは赤ん坊に弱い。

「じゃな」と別れようとするたびに赤ん坊がギャアアッと大泣きするので、離れられない。結局、そろって昼食をとることになった。


 向かったのは、カランで知る人ぞ知る隠れた名店――庶民向けの大衆食堂。店内はごったがえしており、赤ん坊がいくら泣きわめいても大丈夫だ。

 奥のほうしか、席が空いていない。


 奥に向かうと、なんとスラとマロとジェシンたちがいた。

 タダキは大喜び!

 どんなに作戦を練っても会えなかったスラとこんなところでバッタリなんて!


 赤ん坊がグリに興味を示し、合同で食事をすることになった。

 オロは、スラのそばにタダキを座らせまいと間に入りこもうとしたが、赤ん坊に引っ張られて身動きができない。タダキはスラの隣に座り、ご満悦だ。スラは嫌がって身をよじっている。

 正面にいたジェシンが興味深そうにタダキを見た。


――あの高慢ちきな陰険タダキが、スラさんに邪険にされてるぞ! こりゃ、おもしろい!


 ジェシンがスラとタダキのいざこざを煽るように、バカなことを続ける。ムトウはオロに振り回されてすでに疲れ切っており、もうどうにでもなれという感じだ。マロはすべてに対して無関心・無感動のまま、相づちも打たずに、寡黙に食事を続ける。


 カゴロは大はしゃぎだ。そのはしゃぎすぎのおかげで、タダキの興奮が覆い隠されている。まるで兄を応援するみたいだ。


(カゴロ! 助かるよ!)

 タダキは、至福の心地だ。ひたすら大皿から料理を取り分けて、せっせとスラに渡した。

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