ⅩⅩⅩⅥー1 弓月御前の罠に落ちた弦月――リトの異能が目覚める
■秘密の通路
カムイは必死だった。大切なカイさまを失うわけにはいかない。
――たとえ、リトを犠牲にしてでも、カイさまを守り抜くぞ!
クロも必死だった。リトは大事な相棒だ。これまで出会った人間の中で、ただ一人信頼できたのがリトだ。リトはノラネコを馬鹿にせず、対等な相棒として扱ってくれた。
――リトを失ってなるものか!
一羽と一匹の思惑は違ったが、互いに懸命に大切な人を守ろうとした。
カムイは、儀式が行われた洞窟に飛んできた。たしか、ここで秘かに工事をしていた記憶がうっすらと蘇る。だが、ずっと張り付いて見ていたわけではない。ひとり旅の途中にたまたま通りかかり、興味をひかれて立ち寄っただけだ。
クロが匂いを嗅ぎ始めた。この前の奇妙な金色の女人の匂いが残っている壁か、地面はないか? あの女人からは独特の高雅な匂いがした。
洞窟の中には、もはや匂いはない。
太陽の下、洞窟を出ると、眼下の絹の里を取り囲むように桑畑と綿花畑が広がっていた。畑はあるところで切り取られたようにプツンと途切れ、一本の橋が見えた。断崖にかかる橋だろう。社は、里からかなり上がった場所に置かれていた。本殿と別棟から離れていくつかの小さな建物が点在する。あの小さな建物のどこかにリトとカイが別々に囚われているはずだ。
洞窟の近くで何かを見つけたらしい。クロがカリカリと土を削り始めた。カムイが急行する。カムイが人間姿に変わり、クロと一緒に掘り進むと、丸い蓋のようなものがあった。
カムイとクロが顔を見合わせた。
――なんだ、これは?
マンホールのような蓋をカムイが開けると、まっすぐ下に穴が伸びていた。ひと一人が余裕で通り抜けられるくらいの穴だ。カムイは烏に戻り、舞い降りた。
後先考えず、クロも飛び降りた。
カムイが怒鳴った。
「ドアホッ! オレら二人とも降りて、戻れなくなっちまったら、どーすんだよっ!」
「ニャゴッ!」
クロはあわてたが、後の祭りだ。
下はかなり広い通路になっていた。立派に舗装されていて、ところどころに燭台もある。いまは電気が通っているようだ。
「地下通路であることは間違いなさそうだ」
ひと型に戻ったカムイの言葉にクロが頷いた。
カムイが怪訝そうに眉をしかめた。
「おまえ、オレの言葉がわかるのか?」
「ニャゴ、ゴオッ!」と、クロはかぶりを振った。
カムイが呆れたように、クロをつまみあげた。
「おまえ、わかってんのを知られたくなくて、首を横に振ったんだろーが! 違うか?」
クロがガブリとカムイの手を噛んだ。
「イテテ! オイ、何すんだよ! いまは協力するしかねえんだぞ!」
一転して、クロがカムイの手を舐めた。
「どうやら、オレの言っていることはわかるが、おまえは人語をしゃべれねえってことか?」
「ニャー」
「よし! 行くぞ!」
クロは、いまいる場所にオシッコをひっかけた。
「おまえ、やるなあ! これでここに戻る目印ができたぞ!」
■通路の先
通路はしばらく平坦だったが、やがて、下り階段に変わった。ところどころに広い空間が設けられている。
「どうだ? 人間の匂いはするか?」
クロがかぶりを振った。
「しばらく使われていないってことだな」
かれこれ三十分ほども歩いただろうか。
クロがしきりに鼻を鳴らし始めた。
「ひとがいるのか?」
クロが上を見る。
「建物の下に来たってことだな? どうだ? カイさまか?」
クロがかぶりを振った。
「じゃ、リトか?」
また、クロがかぶりを振った。
「なら、いったい誰だ?」
カムイとクロの前に、スッと人影が現れた。
「小うるさいと思ったら、子どもとネコか?」
美貌の女人だった。
カムイが仰天して失神した。クロは平気だ。
「おや、おまえにはわたしの術が効かぬのか?」
クロが毛を逆立てた。
フウー、フッウウウ!
「なんとまあ、みすぼらしいネコだな。ノラネコが入り込んでしまったか?」
クロは逃げた。必死で逃げた。カムイが失神間際に言った。
――逃げろ!
カムイは残しても大丈夫だ。三足烏なのだから。
一緒につかまったら、だれも救えない!
女人は追いかけてこなかった。
しばらく、クロは地下を彷徨った。
――リトの匂いがする!
ニャゴ……。
消え入るような声で、リトを呼んだ。
トントントン。
リトからの返事があった。
秘密の通路の行き止まりだった。
――さて、どうする?
リトは地下を透視した。
クロがいる。どうしたらよいか、わからないようだ。
ウロウロしながら、天井や壁をひっかいている。
このままだと、クロは捕らえられるだろう。あるいは、秘密の通路に閉ざされたまま、干からびるかもしれない。
リトは一心に精神を集中した。この部屋の強固な結界は、壁と天井にかけられている。地下には及ばない。だが、地下につながる入り口も隙間もない。床板は分厚く、その下には固い地面があるようだ。
さらに精神を集中した。
リトの姿がスッと消えた。
目の前にクロがいた。
リトは床と地面を通り抜けたのだ。初めて一人で空間移動した。
リトはクロをかつぎ、クロが見たものを頭の中で再現した。
「行くぞ! クロ」
■リトの異能発揮
カムイはグルグル巻きにされて、部屋に放り込まれた。
「カムイ!」
目の前にカイがいた。
「カイさまあああ! よくぞご無事で!」
カムイがワンワンうれし涙を流している。
瀟洒な部屋だった。その中で、カイもカムイも縛られている。
このままでは何もできない。
カイは縛られたまま、カムイに近寄った。
――スルリ!
カイは表情も変えぬまま、自身を縛る縄から手を抜いた。そして、ひそかにカムイの縄をほどいた。
(動くな。そのままでいろ!)
カイは見えないようにカムイの手を取り、思念で会話し始めた。
(リトはどうだ? 何かわかったか?)
(いいえ、でも、きっとクロが見つけておりやすぜ)
(そうか)
(この地下には洞窟のそばにつながる秘密通路がありやす)
(では、通路を通れば、脱出可能か?)
(へい。仰せのとおりで)
カイは考え込んだ。
――通路に降りたとして、その先はどうなる?
リトの声が聞こえた。
(カイ、オレだ。大丈夫か?)
リトの声がうわずった。
(うわっ! 縛られてるじゃないか!)
(大丈夫だ。見せかけだけだ。それより、リト! キミこそ、ケガはないか?)
(待ってて! そこに行くよ!)
(来るな! きっと罠だ。キミの力を試している)
(え?)
リトがうろたえた。
(弓月御前は、キミが弦月だと見抜き、キミの覚醒を促そうとしている)
(弦月? オレが? 覚醒って、どういうこと?)
(キミの潜在的な異能だ。弓月御前の真の目的は、わたしではない。キミだ)
(へ?)
こんな深刻な場面なのに、リトは妙に間抜けな声を発した。
(わたしは、キミをおびき寄せ、キミが覚醒するためのエサにすぎない)
(は? エサって? なんだよ、それ! 銀麗月をバカにするにもほどがある!)
リトは本気で怒っている。自分が危ないことなど、意識のどこかに飛んでいる。カイがバカにされたと憤っているのだ。おいおい、それは本質じゃなかろう!
(やっぱり、そこに行く! オレがキミを守る!)
(待て!)
カイの制止も聞かず、リトはクロを担いだまま、カイの目の前に立った。
(わわ……)
カムイが絶句している。
(すぐに縄をほどいてやる!)
(それには及ばない)
カイを縛る縄がホロホロとほどけた。カイにとって、あの縄を解くのは簡単だ。様子をうかがっていたのだ。
(さすがだなあ!)
カイを見るリトの目がキラキラ輝いている。まっすぐな目だ。カイは安堵した。
――よかった。闇落ちなどしていない!
(誰か来る!)
リトがカイに耳打ちした。
(行け! キミがつかまったらたいへんなことになる!)と、カイがリトを突き放そうとした。
(ヤダよ!)
リトはカイをギュッと抱きしめた。肩に乗っていたクロがフギャッと驚いて、リトの頭に飛び乗った。カムイは、カイさまを取られてならじとリトとカイを引き離そうとした。
互いに抗いながら、三人と一匹の姿がフッと消えた。
そのとたん、部屋に女人が姿を表した。
――だれもおらぬな。
強い異能の痕跡が残っていた。
――弦月が来たか!
リトにはわかっていなかった。
カイほどの異能者が、なぜ自らの異能を封じたのか?
異能を発揮すると、その痕跡が残る。同レベルの異能者同士は互いに気づく。異能の種類や程度によって、相手を推測することも可能だ。手のうちが明かされ、思いっきり手がかりを残すことになる。
弓月御前は、ニッと口元を上げた。
――よい。これで確信がもてた。銀麗月のそばにいる者こそ、待ち望んだ弦月そのもの。
弦月を捕らえるのが目的などではない。真の目的は、弦月を覚醒させること――首尾は上々だ。




