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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三十五章 森と里と山
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ⅩⅩⅩⅤー7 弦月の覚醒――三足烏カムイと黒ネコクロの活躍

■リト

 絹の里に来て、三回目の夜を迎えた。動きはない。


 リトは考えをめぐらせていた。カイにはすでにクロが知らせに走っているだろう。

――カイは必ず来てくれる。

 だが、わざわざ罠に入りに来るようなもの。


 あの女は、オレの連れの存在に気づいた。手をこまねいているはずがない。

 この部屋を含む建物は、完璧な見張りに守られているはず。昨日に比べて、周囲で人の気配が増え、ごく稀にささやき声も聞こえてくる。

(決して傷つけるなとの仰せだ)


 カイが囚われても傷つけられる怖れはなさそうだ。

 だが、なぜ、異能者にそれほどこだわるのだろうか・


 この部屋から逃げる術はない。あの女と同じかそれを上回る力がなければ、結界は解けない。カイであれば、結界を解けるだろうが、結界の解除は侵入のサインともなる。解除したとたん、別の結界に囚われるかもしれない。カイも十分それを承知しているはずだ。この近くのどこかで、慎重に機を窺っていることだろう。


 リトはデンと座り直した。

――〈赤子の供犠〉が気にかかる。

 父さんのおくるみの秘密がわかるかもしれない。それは、オレのルーツにも関わる。

 あの女の手がかりは声だけだ。すぐに逃げるよりも、あの女の正体を掴んでからのほうがよくはないか?


 いや、いまはカイの安全こそ最優先だ。カイを失っては生きてゆけない。

 リトはひたすら意識を集中させた。カイを思い、カイの無事を念じ続けた。


――見えた!

 カイはすぐそばの高い梢の上で、こちらを窺っている。


■カイ

 小さいが瀟洒な建物がいくつか並んでいる。その一つにリトが囚われているのは間違いない。


 周囲を兵士らしきものが取り囲んでいる。目立たぬ場所に潜んでいるのを見ると、連れの者が姿を現したならすぐに捕らえよとの命令が下っていると思われる。

 建物には厳重な結界が張られていて、空間移動は不可能だ。


 兵士を眠らせて、結界を強行突破するか?

 兵士を別の場所に移動させた後、あえて結界の中に飛び込むか?


 リトの安全のためにはどの方法が良いのだろう……?


 ふと、リトの声が聞こえた。いつもの思念会話のこころの声だ。

(カイ! 聞こえる?)

(リト! 無事か?)

(うん、大丈夫だよ。キミは?)

(大丈夫だ。部屋から出られたのか?)

(ううん。まだ部屋の中、キミの無事を念じていたら、キミの姿が見えて、キミのこころの声が聞こえたんだ)


 カイは驚いた。透視もテレパシーもかなり高度な異能だ。今までのリトにはなかった力だ。銀麗月カイにはその異能はない。

――弦月の力が発現しつつあるのか?


(リト、無理をするな。相手に気づかれる)

(大丈夫だよ。空間移動は阻まれたけど、この力は結界をすり抜けるみたいだ)

 カイは絶句した。空間移動まで試したというのか?

 リト一人では発揮できなかった異能だ。


「ああっ!」

 リトが大声を上げた。カイに向けて高く縄が放たれ、カイの姿が見えなくなった。

「カイっ!」


■もう一つの部屋

 カイは、自分を縛り付ける縄を解こうとしたが、できない。特殊な力が練り込まれた縄なのだろう。

 ややあって、御簾の向こうに人影が揺れた。


「ほう。そなたには、わたしの呪術が効かぬようだな。わたしの出入りに気を失わぬ者なぞおらぬぞ」

 カイは答えず、静かな怒りを込めて人影を見た。

「この結界もそなたなら破れることだろう。ゆえに身を拘束させてもらった」

 カイは無言だ。


「まあ、よかろう。これほどの力を持つ異能者はそうおらぬ。そなたは、銀麗月であろう。そなたは知らぬだろうが、わたしはそなたを見たことがある」

「あなたは弓月御前か?」

「さあな。その名も持つが、真の名ではない」

 御簾が上がった。

 目の前には、白銀の装束をまとった美貌の女人がいた。


「昨夜は驚いたぞ。見知らぬ者が紛れ込むなど、儀式を汚すも同然。だが、そなたは、われわれの聖なる儀式の邪魔はしなかった。さすが銀麗月――礼儀はわきまえていると見た」

「では、わかっているであろう。なぜ、わたしがここにいるのかを」

「うむ。連れの若者を救い出すためであろう? あの者が、銀麗月にとってそれほどまでに大切な者だとはな」

「彼はどこだ?」

「案ずるな。無事だ。どこも傷つけておらぬし、安全な場所に留め置いておる」


「何が目的だ?」と、カイは怒号を抑えつつ、冷たい目で訊ねた。

「それはこちらが聞きたい。何を探るために、この鄙びた里に忍び込んだ? 銀麗月ともあろう者が、みだりに他国や他領に忍び込むなど、前代未聞の不祥事だぞ」

「わたしは銀麗月としてここにいるのではない。友とともにいるだけだ」

「ほう、友か? その大事な友とやらは、いまこの地で覚醒をはじめたようだぞ」

「なに?」


 女は、カイの反応を楽しんだ。

「すでに気づいておるであろう。あの者は弦月だ。弦月はこの里にこそふさわしい」

「返すつもりはないと?」

「本人が望まぬであろうな。弦月として覚醒したならば」

「彼に会わせろ!」

「ふむ。考えても良いが、覚醒が終わるまでは会わせられぬ。そなたを助けようとあの者は必死になっておろう。それが覚醒を早めるとも知らずにな」

「目的はそれか!」

「ハハハ。いま、そなたに邪魔をされては困る。覚醒した後ならば、会わせてやっても良いが、そなたが失望するだけだぞ」


■ふたたびリト

 リトは不安と怒りをたぎらせていた。

――カイにいったい何があった?


 リトはクロの姿を探した。木陰にじっと潜んでいる。もはや兵士の姿はない。

(クロ!)

 思念で呼ぶと、クロが反応した。

(しっ! 静かにしろ。気づかれる)

 クロは声をかみ殺したようだ。

(カイがどうなったかわかるか?)

 リトの頭の中にイメージが湧き起こった。

 クロが目にした映像のようだ。


 リトがいる建物から青白く細い光がまっすぐにカイに届いた。兵士たちがそれに気づき、カイを補足したようだ。

(オレの思念がカイの居場所を知らせたのか?)

 リトは崩れ落ちた。あまりにも強い衝撃に身が切り裂かれそうだ。

(オレがいらぬことをしたばかりに、カイが捕らえられた?)


 ショックでふらつきながらも、リトはさらにクロに訊ねた。

(カイはどこに行った?)

 クロがまた映像を送ってよこす。

 近くの建物のどこかにいるようだ。

(ありがとう! クロ。しばらく休んで! また頼むよ!)


 クロは、一瞬ピンと伸び、それから、くずおれるようにうずくまった。グウグウとイビキをかいて眠りこけている。

 そのそばにカムイが舞い降りて、慌てまくっていた。

(オイ! カイさまはどこだ? オイ、クロ、起きろってばあ!)


■一羽と一匹

 カイが捕らえられたとき、カイはとっさにカムイの気を失わせた。カムイを守るためだ。


 気づいたとき、カイの姿が見えず、カムイはパニックに陥った。あちこち探したが、カイの気配を感じ取れない。

「カアアアアアア」(カイさまああああ!)


 涙目のまま、カイは飛び回ったあげく、寝転がるクロを見つけて、急降下したのだった。

 クロは眠りこけてビクともしない。カムイもまた疲れ果てて、クロのそばで寝入ってしまった。


 翌朝、夜明けとともに、一羽と一匹は動き始めた。それぞれの主人を見つけ出し、救い出すために。天敵同士が協力したのだ。


 リトは意識をさらに集中させた。

――カイはどこだ? どこに捕らえられている?

 結界はより厳重になっているようだった。建物の外の様子は透視できる。だが、一つだけどうしても透視できない建物があった。おそらくそこにカイが囚われているのだろう。


――くそう! カイに手出しするなんぞ、ぜったいに許さないぞ!

 そう言いながらも、己の甘さにも腹が立つ。結局、カイの居場所を知らせたのは、自分の想いそのものではないか!


 外ではクロとカムイが動いているようだ。まずは、あの一羽と一匹の協力を仰がねばならない。


(クロ! カムイ! 聞こえるか? オレのいる建物から三つ目の建物にカイがいる。厳重な結界が張られているみたいだ)

(おい、リト。おまえ、なんでオレたちと会話できるんだ?)と、カムイが目を()いた。

(知るかよ。気がついたら、できるようになってたんだ。いまはそんなことより、カイを助ける方が大事だろ?)

(そりゃ、そうだ!)


(おまえ、三足烏だったよな。なんか方法はないのかよ?)

(方法ったって……そんなすぐには思いつかないし)と、カムイがしょぼくれた。

(そうだったな。おまえは三足烏の落ちこぼれだった。おまえに頼んでもムリだったな)

(なにおう? 落ちこぼれのおまえに言われたくないわい)と、カムイが憤った。

(なら、考えろ! 大事なカイさまの危機だぞ! おまえはカイの第一の(しもべ)だろうが!)

(そりゃ。そうだけど……)カムイは必死で考えた。


(オ、オイ! 建物を吹き飛ばすことならできるぞ!)とカムイが叫んだ。

(ドアホッ! カイも一緒に吹き飛ぶぞ!)

(そ……そうか?)

(おまえ、力技しかないのかよ? 知恵はないのか、知恵は? もう四百年も生きてるんだろ?)


 カムイはグッと詰まった。そうだ。四百年生きてきたんだ。三足烏は知恵のある一族だ。リトなんか足元にも及ばないはず!

(そ……そうだ! 思い出したぞ)とカムイ。

(何を?)

(この建物が建てられたときのことだよ!)

(ホントか!)

(三百年ほど前だったかな。たしか、秘密の抜け道も同時に作られたはずだ)

(それを早く言え! どこだ? それを使って、おまえたちが忍び込めるか?)

(やってみるよ)


 カムイが飛び立ち、クロがその後を追った。リトが透視できる範囲をはるかに超えていく。


 ふたたび何も見えなくなった壁に向かい、リトはさらに考えた。

――秘密の抜け道……?

 この絹の里にひそかに出入りするための道か? それとも、この里の中をひそかに動くための道か?


 クロが見ていた儀式も、クロの記憶で確認した。

 儀式では、あのヤマブドウの毒は、抜かれていたようだ。解毒したヤマブドウを使うのなら、紫地の綿織物に毒が残るはずはない。それに、神に捧げられたのはヤマブドウであって、赤子ではない。しかも、伝説では、神に捧げられた赤子のみが助かった。


――赤子を助けるために神に奉納する?


 四十五年前に何か大きな危機が起こったのか?

 弓月財閥百周年というのは表向きの理由で、真の理由は別にあったのか? この絹の里が滅びかねないほどの重大な危機があったというのか……?

 

――父さんと天月宗主は、その危機から助けられた赤子? あるいは、危機から逃れるために捧げられた赤子?

 むろん、この絹の里が関わるかどうかすら、わからない。


 遠くを見たり、聞いたりしてはならぬ――かつて、ばあちゃんにそう命じられた。事実、ムリをしたあとは、身体がだるく、妙な疲れを感じた。

 だが、いまは違う。意識を集中すればするほど、身体の奥深くから、何か得体の知れない〈気〉が立ち上ってくるのを感じる。


 相談できるカイもばあちゃんもそばにいない。

――オレ一人でやらなくちゃ! カイを助けなくちゃ!

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