ⅩⅩⅩⅤー1 二人のばあちゃんと黒狐シン――九孤族宗主と〈森の賢者〉ガガ
■ばあちゃんとガガばあちゃん
ばあちゃんズは、それぞれの理由でルナ神殿遺跡に留まることになった。
(セイばあちゃんは城館で過ごすのに、なんで、うちのばあちゃんは、わたしの部屋なんだ?)
サキが断固拒否の意思を示したが、ばあちゃんは気にも留めない。
「ほれ、このミカンをやるぞ」
「ミカン? 一個?」
「おう。珍しいラクルミカンじゃ。味わって食べい」
確かに、おいしかった。モグモグと口を動かしていたサキが思わずミカンを喉に詰めそうになった。
「わしの宿代じゃ。あとはおまえに任せたぞ!」
「ええっ!」(ミカン一個がこれから一週間の宿代だって?)
追いすがろうとするサキをヒラリとかわし、ばあちゃんは部屋を出て、どっかに遊びに行った。
サキはドタンと座り込んだ。
(ミオ姉とカコのうるささにやっとこさ耐えてるというのに、ばあちゃんまでもこの狭い部屋に?)
ばあちゃんは、好物のかりんとうを片手にシュウの部屋に向かった。ガガに会うためだ。ばあちゃんを招き入れたキュロスは、シュウやリョウとともに会議室に向かった。まもなく勉強会がはじまる。
〈森の賢者〉ガガは、弟子ロロと一緒に、ネズミ姿で菓子箱のなかでくつろいでいた。キュロスが間に合わせの材料で専用居室を作ってくれたらしい。例のお手玉クッションもちんまりと置かれていた。
「やあ、ガガさんよ。ちと相談があるんじゃがの」
「なんじゃ?」
ばあちゃんとガガは会話ができる。
ばあちゃんの手から小さめのかりんとうをもらい、ロロがカリカリと噛み始めた。
「〈森の一族〉について教えてくれんかの?」
「なんでじゃ? 雲龍九孤族は〈森の一族〉ではないか。その宗主たるおまえさんでも、知らんことがあるのか?」
「まあ、〈森の一族〉と言うてもわしらは傍系じゃし、すでに久しゅう〈森〉や〈園〉には棲んでおらんでの」
「で、何が聞きたい?」
「〈閉ざされた園〉の管理人のことじゃ」
「管理人?」
「ああ、わしが〈園〉に迷い込んだときには、一人の管理人がおった。黒狐じゃった。いったいどんな者が管理人になるのかの?」
「〈園の管理人〉は、〈森〉の最高幹部の一人で、若手エリートの筆頭じゃ。評議会の正式メンバーではないが、予備軍のようなものじゃな。若手の中から能力が高い者を選んで任命する。黒狐は、わしと入れ替わりのように〈森〉に来た者ゆえ、わしはあまり知らぬ。じゃが、自分の意思でこの世と〈森〉を行き来できるほどの力をもつと聞いたことがある」
「行き来する力?」
「ああ。二つの世界を行き来できるのは、評議会メンバークラスの強い異能者じゃ。わしも行き来できる。むろん、行き来できるというても、いつでも可能というわけではない。満月であるとか、特定のパワースポットとか、いくつかの条件はあるぞ」
「ほう。で、その者が〈森〉にいつ来たかとか、前歴はわかるのか?」
「〈森〉に来たのは五十年ほど前じゃな。だが、前歴はわからん。むしろ隠される。本人も覚えておらんだろう。こちらの世といったん切れねばならんからの」
「そうか……」
■黒狐シン
「なぜ、そやつのことを気にかける?」
「うむ……ひょっとしたら、わしの身内かもしれんと思うての」
「身内……雲龍九孤族の出身ということか?」
「そうじゃ。わしの甥かもしれん。甥は、五十年ほど前に山でおらんようになっての。神隠しにあったとされておるが、わしは、自分の意思で別の世界に行ったと思うてきた」
「ほう。なんでじゃ?」
「雲龍の山には神隠しの伝説がある。昔、ある子どもが神隠しにおうたが、一年後に戻ってきた。じゃが、なんにも覚えておらんし、一年前と姿が変わっておらんかった。ただぼんやりと記憶がのこっているのか、何度も戻りたがった。心地よい場所だったらしい」
「なるほどのう」
「わしの甥は最初は偶然に神隠しにあったようじゃが、すぐに戻ってきての。次には、別の子を連れていき、そこに置き去りにしようとした。わしの娘が気づいて怒ったもんじゃから、甥はその子を取り戻しに行って、一緒に戻ってきた。それからしばらくして、甥は完全に姿を消した……」
ガガが驚いた。
ロロなどは驚きすぎて、手にしたかりんとうをポロリと落とし、むせている。
「神隠しとは、〈園〉に行ったということであろうな。異能がない者が直接〈森〉に行くことはできぬゆえ。じゃが、〈園〉は行き来ができる場所ではないぞ。最初の子は、たまたま戻ってこられたのじゃろう。そういうケースはごく稀にあるからの。じゃが、あんたの甥とやらは、別の子を連れて行って連れ戻したなど、〈森〉の最強異能者でもむずかしいことじゃ」
「そうなのか?」
「おう。それほどの力をもつなら、〈園の管理人〉に選ばれても不思議ではないの」
「なるほどの……」
「で、その甥をあんたはどうしたいんじゃ? 連れ戻したいのか?」
「……いや。たしかに、最初はそうしたかった。じゃが、本人が望んで〈園〉に行き、そこにいるのなら、連れ戻すべきではないと、いまはそう思う」
「ふむ」
「じゃが、どうやら、その甥――シンという名じゃが――、シンがこちらに来ておるようでの」
「なに?」
「〈森の王〉を探すためじゃろうが、なぜか、別の者に憑依しておるような……」
「憑依じゃと?」
「そうじゃ」
「憑依の異能は、すこぶる高度な異能ぞ。危険度も高い。して、いったいだれに憑依しておるんじゃ?」
「若い天月士じゃ。いま、学生サークルとしてここに来ておる者の一人でな。ジュンギとかいう名じゃ」
「ああ、あのチャラい若造の天月士か。たしかに、憑依しやすい人物ではあるな」
「まあの」
「ともかく、それほどの異能者なれば、リョウさまのことには早晩気づくであろうし、わしのことにも気づくであろうな。いや、もうすでに気づいておるかもしれん……」
「わしもそう思うてな。ガガさんに相談に来たというわけじゃ」
「ふーむ」
「憑依のあいだ、本体はどこかで眠りについているはずじゃ。その本体に何かあれば、魂は戻る場所を失って、憑依した相手の身体を乗っ取るか、消滅するかしかなかろう」
「そうじゃな」
「憑依が長くなるほど、危険度も上がる」
「うむ……異能が高いエリートが、憑依のリスクを知らぬはずがない。わしとリョウさまのことに気づきながら様子見をしておるとしたら、よけいに厄介ぞ」
「どういうことじゃ?」
「〈園の管理人〉が〈園〉を出るなど、本来はあり得ぬ。考えられるのは、何らかの重大な役目を負っておるということじゃな。何らかの処罰を兼ねておるのかも知れぬ。〈森の王〉を探しだし、連れ戻せば、処罰は帳消しになるだろうからの」
「そうじゃったか……」
「リョウさまが幼子ゆえ、いまは〈森〉に連れ戻すことはできぬはず。じゃから、時期をうかがっておるのかもしれぬ。その意味では、わしと同じじゃな。じゃが、〈園の管理人〉を送り込むなど、事態はよほど切迫しとるとみて良かろう。わしも五十年、〈森〉を離れて過ごしておるゆえ、〈森〉のことにはすっかり疎くなってしもうての」
「そうか」
「天月士のジュンギについては、ロロに調べさせよう」
「ありがたい。頼むぞ、ロロ」
そう言いながら、ばあちゃんは大きなかりんとうをロロに与えた。
■作業員ガロン
シンは、本来の身体を、ルナ大神殿遺跡そばの森の奥にある洞窟に安置している。何度か憑依する相手を変えながら、ここしばらくは天月士ジュンギに憑依してきた。
憑依を続けるのは疲れる。時々はこうしてもとの身体に戻り、心身を休める必要があった。
シンは、ルナ大神殿遺跡発掘現場に向かった。ちょうど昼時の休憩時間だ。
「やあ! シンじぇねえか!」
陽気な中年男が、手を振った。ガロンだ。
「ガロンさん!」
「久しぶりだな。どうだ? 母親の具合は良くなったのか?」
「うん。ありがとう。すっかり良くなったよ」
「じゃあ、もう一回ここで働くのかい? ちょうどいいや。人手不足だからな」
「いや、長くはいられないんだ。でも、ガロンさんには挨拶しておこうと思って」
「そうか、そりゃうれしいな」
ガロンがシンの肩を叩き、豪快に笑った。その手に触れ、シンはガロンの記憶を読み取った。
発掘中の神殿遺跡は、何やら重要な遺跡らしく、作業が慎重になっている。人手が増えたが、それでも足りない。ラウ財団から支払われる報酬はたっぷりある。仕事はたいへんだが、やり甲斐もあって、作業員たちはみんな満足している。
作業員たちの楽しみは、近くのお城に住む美女を見ることだ。ラウ財団の筆頭秘書レオンは、時々作業現場に姿を現し、発掘リーダーの女性教授やその補佐役の痩せた女性と話している。たまに美女も参加する。その美女の姿を拝むのが楽しみらしい。
いま現場に来ている子ども集団は、以前にも来たことがある。危険がないように補佐役女性が監視しているが、子ども集団は元気で、ほとんど言うことを聞かない。一人人なつっこい子がいて、無邪気に質問してくる。みんなに可愛がられている。でも、ホントは、その子のそばにいる美少年が目当てだ。美少年はしょっちゅう差し入れをしてくれる。怖そうな大男が護衛でついているが、その大男は見た目と裏腹に料理上手で、差し入れのほとんどは、大男が作った料理だ。これがまたむちゃくちゃうまい!
たわいない情報だった。でも、シンの身体にガロンの人の好さと単純な喜びが伝わってくる。それはほんわりとしたおだやかな感触で、シンの冷えがちな胸を温めてくれる。
シンがガロンと話していると、向こうから一人の老女がやってきた。そばに痩せた補佐役女性がついている。マキ・ロウだ。
「忙しいのに、すまんの」とばあちゃん。
「いえ、どうぞお気になさらず。ああ、向こうですよ」
マキは発掘現場を指さしている。
シンはガロンに訊ねた。
「あれは?」
「細っこいのは調査団のナンバー2。年寄りは、子どもたちの調査チームのメンバーだ。指導者の一人らしい。今回は来ていないと思っていたが、途中参加だったんだな」
「では、以前に来たことがあると?」
「そうだ。二ヶ月ほど前に来ておったな」
近づいてきた老女を見て、シンはハッとした。
〈園〉で「シン」と自分を呼んだ白狐が一瞬、ひとの顔に戻ったときの姿にどこか似ている! ただ、定かではない。紗がかかったようにぼんやりとした記憶だ。
マキ・ロウがガロンに近づいてきた。
「発掘現場を少し見学しますね。迷惑はかからないようにしますので、よろしくお願いいたします」
「はい、わかりました」
ガロンは現場監督だ。
マキ・ロウと老女は、ガロンとシンに軽く会釈をして、去っていった。
「あのひとがナンバー2なのですか?」
「おうよ。トップも女性だ。どっかの大学の先生らしいがな。あのナンバー2もすごいぜ。おれらよりよく働く。土を掘ったり、ものを担いだりするのを苦にしない。あれだけ細いのに、すごいパワーだぜ」
シンは、二人の後ろ姿を見守った。
ばあちゃんはマキに訊ねた。
「あの青年は誰じゃ?」
「ああ、あの者ですか。わたしも良く知らないんですけれど、現場監督が見込んで雇い入れた者じゃないですかね。人手不足なので、作業員を次から次へと雇い入れているようです。ただ、慣れない者にいきなり遺跡を触らせるわけにはいきませんから、あのような若者には上でいろいろな作業をしてもらうようですね」
「ほう……」
ばあちゃんはシンを振り返った。シンもまたばあちゃんの方を見ていた。
(調べねば!)
だれか関係者の記憶を読み取るのが一番だ。
小さな女の子が走ってきた。
「おばあちゃああん!」
元気いっぱい走る女の子の後ろを男の子がついていく。男の子は走るのは苦手みたいだ。そのそばと大男と色っぽい美女が並んで歩いていた。
と、シンのすぐそばで女の子がつまづいてこけてしまった。シンは、思わず、抱き起こした。フッと女の子の記憶が入ってきた。
すぐに女性が走ってきた。
女の子はワンワン大泣きだ。
「まあ。ありがとうございます」と美女はシンにお礼を言いながら、女の子を抱きかかえた。そのとき、軽く指がふれ、フッと美女の記憶も飛び込んできた。
ばあちゃんがナンバー2と一緒に近づいてきた。
「おうおう、痛かったのか? じゃが、こんなところで走ってはあかんぞ。危ないからの」
カコは涙いっぱいの大きな目でばあちゃんを見上げながら、コクンと頷いた。
リョウが追いついて、カコの頭を撫でている。
「リョウくーん……」
カコがグズッと鼻をすすり上げながら、男の子の手を取った。
「痛いの、痛いの、飛んでいけえ!」
リョウはニコッとしておまじないを唱え、二人並んで大人たちを見上げた。
シンは戦慄した。
――リョウ? まさか、この子が〈森の王〉?




