ⅩⅩⅩⅣー4 ミア姉の企み――美背年の恋路を煽るテクニック
■大学生グループと十五歳グループ
翌日は、ルナ大神殿遺跡調査責任者のソン・ララ教授の講演を聴いて、懇談会が予定されていた。夕食後、部屋でくつろいでいたサキのところに、突然、マキ・ロウが相談を持ちかけてきた。
「アカデメイア大学生グループと合同で教授の講演会を行うことはできるでしょうか?」
聞くと、カトマール文化大臣ライアから直接ソン・ララに講演依頼があったが、すでに別件予定を組んでおり、時間がとれないとのこと。二チーム合同で行いたいという。
隣で聞いていたミオ姉が目を輝かせた。
「ぜひご一緒に! 子どもたちにも刺激になりますわ!」
(おい! 勝手に返事するな)とサキは、ミオ姉の服を引っ張ったが、ミオ姉は聞いちゃいない。
「そうですか! では、そのように用意いたします!」とマキ・ロウも喜んでドアを閉めた。
サキはミオ姉を睨んだ。
「あんた、何を企んでる?」
「いーえ、何も。さあ、子どもたちに伝えなくっちゃ。あたしはキュロスさんのところに行くから、あんたはその他をお願い!」
「それが目当てか!」
毒づくサキを尻目に、ミオ姉は、うれしそうに廊下に出て行った。
翌朝、会議室に全員が集合した。やっぱり、大学生たちがアイリを取り囲み、なんやかやと話しかける。アイリは辟易して、ついにキレた。
「うるさい! あっち行け!」
大学生たちはいったんひるんだが、向こうもアイリ対策はバッチリ。これしきでめげてはならないとディーンから言い含められている。
「ねえ、そのワンちゃん、なんて名前?」とビンビン。
「……モモ」
「かわいいわねええ。あなたのイヌなの?」
アイリはイヌの話題に弱い――特に「かわいい」というワードに弱い。これは、ディーンから仕入れた重要ネタだ。
「ううん、アイツのイヌ」と風子の方を向いた。
「そうなの。二人で飼ってるのね。アカデメイアでのわたしたちの部室には、ウサギがいるの」
「ウサギ?」
「そう。すっごくかわいいわよ。一度見に来るといいわ。このディーンが主にお世話をしてるのよ」
アイリは、ディーンをチラッと見上げた。
「よろしく!」とディーンが極上の笑みを見せた。
〈ムーサ〉で時々見かけるとはいえ、話すのは初めてだ。アイリはひたすら食べることに集中して、周りを見ないからだ。ディーンの笑顔には、ほぼどの女子もうっとりする。近くにいたミオ姉が蕩けるような表情になった。だが、アイリには効かない。プイッと横を向いた。
そうこうしているうちに、マキ・ロウが現れた。今日の予定を周知している。
アイリもディーンもマキを注意深く見つめた。アイリは、虹の小石のおばさんとして。ディーンは、父サアムの元同僚として。
やがて、ソン・ララが姿を現した。ルナ大神殿の特徴、遺跡発掘経緯、神殿レリーフなどについて、わかりやすくプレゼンしていく。二チームのメンバーが集中して聞き入っていた。
サキは思わず涙が出そうになった。ソン・ララは、亡き同僚ファン・マイの恩師だ。ララは、マイへの敬意を込めて、彼女の研究を紹介し、引用した。
ランチタイムになった。キュロスが弁当を運び込んでくる。厨房の一角を借りて、せっせと自分で作ったらしい。地元名産がふんだんに盛り込まれた極上の弁当だった。
両チームのあちこちから絶賛の声が上がる。
「おいしい!」
「これはうまい!」
「すごくきれい!」
「ステキ!」
ミオ姉は自分の手柄のように胸を張りながら、みなにお茶サービスをしている。少しでもキュロスの役に立ちたいようだ。
■討論会
午後、質疑応答と討論会が始まった。ソン・ララもマキ・ロウも、学生だ、子どもだと相手を舐めてはいなかった。アイリは世界的な天才研究者だし、カトマール国費留学生は選りすぐりのエリートだ。予想通り、討論はきわめてハイレベルになった。
さすが、大学生チームはレベルが違う。〈蓮華〉の授業の比ではない。風子もシュウもあっけにとられた。
特に盛り上がったのは、ルナ大神殿の位置付けをめぐる議論だった。
ソン・ララもマキ・ロウと同意見だった。ルナ古王国連合王国説だ。通説はアカデメイア博物館副館長マルゴの説だが、二人ともこれを疑問視している。その発想の根拠は、ファン・マイの研究だった。マイは、正本、断片、異本を問わず、ルナ神話を丁寧に調べた結果、そのような推論を立てた。マルゴに一笑に付されたあげく、盗作騒ぎで学界を追放された。
サキは思い起こした。
――月蝕の夜、すべては彼女の事故死から始まった。
ソン・ララは言った。
「ルナ古王国は、五族を王国内に配置して連合国家をなしたと思われます。王都は、いまの蓬莱群島にありました」
「古王国の王族は、〈月の一族〉なんだろ?」とアイリ。
あまりにも口調がぞんざいなので、サキがハラハラしている。それを横目に見ながら、ミオはフンッと鼻を鳴らした。
(サキ、あんたにひとのことは言えないよ! あんたも相当に乱暴だろうが。ばあちゃんそっくりでさ。いまどき、生徒にあんな口調でしゃべって、パワハラだとか言われないですんでるってこと自体が不思議だわよ)
だが、ソン・ララは意に介さなかった。
「そうです。〈月の一族〉の直系を名乗ったようです」
「直系という意味は?」
「直接の子孫という意味です。〈月の一族〉の異能をすべて引き継ぐ強力な異能者だったと神話には伝わります」
「すべての異能?」
「蘇りを行ったり、時空を超えたりなどができたようですね」
「蘇りというのは、死んだ者を生き返らせるのか?」
「そうです」
「では、自分が死んでも蘇りができるのか?」
「……それはなんとも。そこまでの記録はありません」
「じゃ、もう一つ聞く。時空を超えるということは、好きなときに好きな場所に行けるってことか?」
「そうです」
「ならば、大神殿と王都が離れていても、王族にとってはまったく支障はなかったということか?」
「そう考えることも可能でしょう。ですが、その場合でも、なぜルナ大神殿がこの場所であったのかを考える必要があります」
「うん」
「何故だと思いますか?」
「特別な場所だったから?」
「どういう意味で特別だったのかしら?」と、ソン・ララは一同を見回した。
「うーん、すごーく霊気が強いパワースポットみたいなものだったとか?」と、ララと目が合った風子が言った。
「そうですね」とララが頷くと、アイリが遮った。
「まてよ。王族がなんで王都を蓬莱群島の中に作ったかのほうが重要じゃないか? 王国地図を考えれば、王国の中心はラクルなのに、あえて、それより南東を王都に定めた。なんでだ? ひょっとして遷都か?」
「遷都の可能性は高いですね。古代には、不吉なことが起こると、都を移しました」とララ。
「ふうん……」とジュンギ。
「じゃ。もとは、ルナ神殿のそばに都があって、それからラクルに移って、最後に蓬莱群島に行ったとか?」とヨハン。
「ありえるかもしれません」
「じゃあ、ルナ神殿のそばにも、ラクルのそばにも王都の遺跡があるってことですか?」とビンビンが訊ねた。
「いえ。いまのところ、それは発見されていません」
「ないのか……」とジュンギ。
「神殿そばの深い森も、ラクル近郊の森も、発掘調査をされたことがありませんから」とマキ・ロウが口を挟んだ。
「え?」
「古来の神域なのです。調査は禁じられてきました」とララが補足する。
「神域……?」
「ルナ大神殿はわかります。でも、なぜ、ラクルが神域なのですか?」とビンビン。
「ラクルは、ウル大帝国の時代に月読族に与えられました。ルキアから大神殿にかけてのあたりは香華族に与えられたのです」
「へえ」
「二つとも、〈月の一族〉の傍系とされますが、そのように明確に定められたのがウル大帝国の時代だったというだけで、二族とも古くから存在していました。呼び名は違ったかもしれませんが」
「じゃあ、大神殿は香華族の先祖、ラクルは月読族の先祖が守っていたということ?」
「そのころに、月読族の先祖は、ラクルに神殿を作っていたかもしれないってことかな?」とダーハが首を捻ると、みんながガヤガヤとあれこれ言い始めた。
シンは、不思議に思った。
〈森の一族〉は、太古から森に住む。ウル大帝国時代に西方の深い森を与えられたとされるが、もともとは、王国地図とは重ならない〈禁忌の森〉だ。〈森の一族〉は、神殿は持たない。〈禁忌の森〉は神域というよりも、結界だ。
〈水の一族〉は、海と川を支配した。確かに主たる領地は東の大海だが、神殿を兼ねた宮殿を海の中に作ったはずだ。支配領域は結界で守られており、地図で特定できるものではない。
〈土の一族〉は北方の氷土を含む冷たい森、〈火の一族〉は火の山を含む南部山岳地帯。いずれも具体的な地理を割り当てられているが、事実上は結界支配であるため、時空が歪む。そのため、〈土の一族〉の長たる大蛇が天月山に棲むということになる。
五族のうち、四族は結界支配。連合王国と言っても、国境を接したリアルな国家ではないかもしれない。そう思ったが、シンは口を挟まなかった。深い秘密に関わるかもしれない。
■ミオ計画――宴会大作戦
「さあさあ、難しいお話はこれくらいにして、夕食は宴会にしましょう! パアッと、パアッとね! 一時間後に宴会場に集合よ! 先生方お二人への感謝を込めて、宴会費用は全部キュロスさんがもつそうです。もちろんお料理もキュロスさんが作ったもの! せっかくの機会ですもの。仲良くなりましょう!」
サキはグヘッとなった。ミオ姉の「楽しい」計画はこれか!
口をへの字に曲げたアイリに、ミオ姉の声が届く。
「宴会に来たくない人は、各自勝手にどっかで食べてね。キュロスさんのお料理をのがしても良ければね!」
明らかに逃げようとしていたアイリの口がググッと歪んだ。
――キュロスの料理は放棄できない!
ビンビンはじめ、大学生たちは、ほうっと感心した。完璧にアイリ操縦術を心得ているじゃないか!
一時間後、貸し切りの部屋で、盛大な宴会が始まった。
ミオ姉の発案で、ほとんど強制的に、二チームが入れ子になってテーブルに着いた。
一 ソン・ララ、サキ、ビンビン、シュウ、リク
二 マキ・ロウ、ディーン、アイリ、ヨハン
三 ダーハ、風子、ジュンギ、クレア
四 キュロス、ミオ、カコ、リョウ
第一テーブル。シュウは風子と離れたのが残念で仕方がない。見ていると、ジュンギは風子に無関心のようであったが、あるときから積極的な関心を示し始めた。そして、ダーハが何かと風子に話しかけている。シュウの心に嫉妬の炎が灯った。
サキは、ソン・ララにファン・マイのことを話した。ララは驚き、悲しみ、そして、感謝した。ビンビンは、そんな二人を見ながら、ファン・マイという人物について少し調べようと思った。リクはいつも通り、静かだ。その存在をつい忘れそうになる。
第二テーブル。ヨハンはこの機会にアイリと親しくなろうと必死だ。だが、アイリは押し黙ったまま、ひたすら食事をとるだけで、何の会話にも反応しない。モモをそばの椅子に座らせ、イヌ用の食べ物を与えるときだけ、わずかに目を上げる。
結局、ディーンが気配りをする羽目になった。ディーンは、マキ・ロウに話しかけ、アイリに話題を仕掛け、ヨハンの欲求不満を解消すべく努力した。
ふと、マキは思った。
――似ている……。ムリしてお調子者を演じていたときのアイツに。
第三テーブル。風子はクレアを見てうれしそうに笑顔を向けた。クレアもニッとした。シャンラ女王サユミは風子の母凛子を愛していた。その娘風子を守ることはクレアのミッションの一つでもあったが、それを差し引いても、クレアは風子に親しみを感じていた。子どもの時の自分にどこか似ている――そんあ気がしていた。
美少年・美少女好きのジュンギ本体は、平凡な風子にまったく関心を持たなかった。だが、ジュンギに憑依しているシンは風子に強い関心を持った。風子にはまるで異能はないが、風子のそばにいると、シンの気持ちがなぜかほぐれていく。その理由を探らねばとシンは決意した。
第四テーブル。いつもとまったく変わらなかった。ミオ姉は、カコとリョウをくっつけてさっさと一番隅のテーブルに座らせた。当然キュロスがそこにやってきた。五歳児を母親から引き離すわけにもいかないし、議論の邪魔をされても困る。
ミオ姉のもくろみ通り、最後のテーブルはミオたちのものとなった。ミオ姉はキュロスにハートマークを向け、カコとリョウは仲良く遊びながら、キュロス特製のお子ちゃまセットを食べている。
リョウのポケットからは二匹のネズミが顔を出し、いろいろと好物をもらっている。カコの膝の上では、白い子ネコが背を伸ばし、テーブルに両手を揃えて、食べ物を待っていた。
やがて、入り乱れて、別のテーブルを回り始めた。キュロスが料理の世話で忙しいため、シュウは風子を誘ってリョウのそばに座り込んだ。ミオ姉はカコたちをシュウと風子に任せた。
ビンビンの横が空き、さっとダーハが陣取る。
(ふうん、そーいうことね!)
ミオ姉は目をキラキラさせながら、メンバーの人間関係――恋模様――を観察している。
サキはソン・ララとファン・マイの話題で盛り上がっており、ミオ姉の思惑に思いが至らない。
アイリが嫌がっているので、しつこいヨハンをジュンギのもとに送りつけ、ミオ姉は第二テーブルに座り込んで、じっくりとリトの二股相手――ディーンを観察した。
マキ・ロウとディーンとアイリの関係は微妙だった。ディーンが気を遣って話題を作ろうと努めているが、その話題は妙に偏っていた。マキ・ロウの若い頃をさかんに聞きたがる。アイリは興味がなさそうにしているが、めずらしく耳をそばだてている。それを意識しながら、マキ・ロウは当たり障りのない範囲で、昔の話をしている。
ディーンは、見た目通り、さわやかな好青年だった。美男子で、そつがなく、頭の切れも抜群で、話題も豊富なのに、必要以上に控えめだ。年齢よりもずっと大人びて見える。会話の糸口を作ろうと必死なのは、そうでもしないと、マキ・ロウもアイリも一言も発せず、葬式会場のようになるからだ。その意味では、脳天気なミオ姉は渡りに船だった。ディーンが一瞬ホッとした表情を見せた。
ミオの観察眼はなかなか鋭い。
(こんな子は、なんかトラウマとか抱えてたりするのよね)
「あのテーマパーク以来ね」とミオがディーンに明るく話しかけた。
「ええ。その節は十分にご挨拶もできずに失礼しました」とディーン。
「いいのよ。楽しかった?」
「ええ、もちろん」
「リトはちょっとドジだけど、明るいからね。まあ、一緒にいて退屈はしないでしょ?」
「ドジだなんて……リトは、とても優秀で頼りになりますよ。ところで、今回、リトはこの合宿には参加していないんですね?」
「ええ、他の用事があるとかでね」
「そうですか……」とディーンは明らかに気落ちした様子を見せた。マキ・ロウとアイリ対策に気を遣いすぎて、無防備になっている。
「何かリトに話でもあったの?」
「いえ、最近忙しいらしくて、あまりルナ研究会にも来ないし、このところアルバイトも休んでいたので、ちょっと心配してたんです」
「ああ……」(カイと出かけてたヤツね)
「リトに何かあったんですか?」
「ううん。元気だから心配いらないわ。しばらく、カイ修士と旅行に出かけてたの」
ディーンがピクリとほおを歪めた。
「……カイ修士と? ……旅行?」
「ええ、そう。行き先も告げずに行ったから、みんなで心配してたんだけど、ケロッと戻ってきたわ」
「いったい、どこに?」
「どこか知らないけど、あちこちふらついたり、どっかの資料庫に泊まり込んで、二人で調べ物をしたりしていたみたいよ」
ミオ姉は、ディーンの反応を窺った。務めて冷静を装っているが、指先が小刻みに震えている。
「いまも一緒なんですか?」
「誰が?」
「リトとカイ修士……」
「ええ、そうよ。あの二人は仲がいいわねえ。いつも一緒だもの」
ディーンはギュッと拳を握ったのをミオが見逃すはずがない。
(間違いない! この子はリトに惚れてる! ぞっこんだわ)
ディーンが立ち上がった。
「ちょっと失礼します」
後ろ姿がこころなしか震えている。
(きゃああ! リトをめぐるBL三角関係、確定ね! 美青年ばっかり。これは贅沢なネタだわ!)
アイリがやってきた。テーブルの上の料理を残らず平らげに来たのだ。
新連載のWEB漫画キャラを着想して、内心大喜びのミオ姉をアイリがジトッと睨んだ。
「あんた、何を企んでる?」




