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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三十四章 雪の古代神殿
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ⅩⅩⅩⅣー5 ラクル温泉を堪能するばあちゃんズ――夫夫にまちがわれたリトとカイ

■温泉堪能

 ばあちゃんズ 一行は、ラクルのちょっとだけ高級な温泉旅館に向かった。


 目立ってはいけない。

 ばあちゃん二人とじいちゃん一人――年寄りのプチ贅沢な湯治の旅だ。若いモンが付き添っていても不思議ではない。ケイとカムイが付き添った。ばあちゃん姉妹に、虚空が息子、ケイが孫、カムイが曾孫という設定だ。いかにもお(のぼ)りさんふうの鄙びたメンバーだった。

 この設定にリトはひっくり返った。

――ありうる! ものすごくありうるぞ! 目立ちようがない!


 カイは美形すぎて目立つので、リトと一緒に別行動だ。ばあちゃんたちと同じ宿だが、行動は別にした。

――リトと二人だってェェェ?

 カムイは心配でならない。涙目でカイを見つめ、オレも一緒にと(すが)ったが、あえなく却下された。

「そんなトリオなんぞあやしすぎるだろうが!」

 ばあちゃんにそう言われては、カムイも言い返せない。 


 リトとカイの二人にそんなつもりはなかったが、受付のお姉さんに、ゲイカップルの新婚旅行とまちがわれた。アクセスしやすい温泉町でもあるラクルでは、ゲイカップルもレズビアンカップルもめずらしくない。まったく違和感をもたれないどころか、大歓迎された。町を挙げてレインボウ観光を売り出している。

――人権を商売にするのか?

 リトは釈然としなかったが、抗議するのも大人げない。カイはシラッとしている。結局、否定するのもややこしいので、そういうことにした。むろん、内心では大歓迎だ。


 仮初(かりそ)めの夫夫(ふうふ)とはいえ、リトはうれしくて舞い上がりそうだ。

 案内された部屋に行くと、リトの心臓が飛び上がった。目の前にどーんと特大のキングベッドが一台置かれていた。

(こ……これで寝ろって?)

 リトはうろたえてカイを見たが、カイは平然としていた。やっとの思いで、リトは息を整えた。

(そうだ。滝の禁書室でもずっと同じところで寝てたじゃないか。いまさら、何をドキドキする!)


 リトたちの部屋はペットOKだ。これも、昨今のペットブームにあやかるように観光用目玉企画だ。

 ただ、この美形カップルが、なぜみすぼらしい痩せた黒ネコを連れているかは、受付のお姉さんにもわからなかったようだ。けれども、彼女はすぐに納得したように大きく頷いた。

(ああ、そうか! 保護ネコなのね。やさしいカップルだわ!)

 リトの肩の上にかつがれたクロが、ニャーゴと鳴いた。


 ばあちゃんズもじいちゃんたちも、早めの温泉にゆっくり浸かったあと、宿のごちそうに舌鼓を打った。せっかくの温泉じゃないか。湯とグルメを堪能せずして、何をする?


「もうええぞ。待たせたの」

 夜九時過ぎ、ばあちゃんがそう言うと、障子の影から、大男がスッと姿を現した。ヤオだ。

 ヤオは、シャンラ筆頭王族である王父ダム殿下に手配してもらった家で、屈強な護衛を兼ねた使用人として過ごしながら、情報収集をしている。


 ヤオがこれまでの情報を整理して、報告した。


「弓月御前か ……」

「セイさんは知っとるのか?」

「知っとるというほどではないがの。もともと、ラクルの絹織物は最高級で、ファウン皇帝をはじめとして、カトマール皇室の方々が愛用なさっておった。ずいぶん昔から、ラクルの近くにある絹の里から、村人が直接ルキアに毎年上質の絹織物をもってきておったんじゃ。じゃが、いつからか、弓月財閥が間に入るようになってのう。村人を搾取しておったという話もうわさで聞いたことがある」

「ほう……いやはや、財閥らしい計算高さよのう」

「ほうよ」


 虚空が口を出した。

「わしは二度ほどここに来たが、最初のときには、弓月財閥の当主は男であったな。息子が一人いたはずじゃ。四十年ほど前じゃが」

「ほう」

「次に来たのは、二十年前じゃ。軍事政権時代じゃな。すでに弓月御前に代替わりしておった」

「弓月御前は、嫁で後家というわけじゃな。いったい、何者なんじゃ?」

「さあてのう。ラクル町衆は町衆仲間で縁組をするからのう。町衆のだれかの娘だろうが、優れた子を養子に迎えることも多いと聞くがな。ヤオ、どうじゃ?」


 ヤオが答えた。彼は問われない限り、口を挟まない。

「弓月御前は、町衆の下位者の養女で、上位の弓月家に嫁として迎えられたそうです。ただ、出里は隠されますので、出身はわかりません。弓月財閥は、先々代がかなり強引なやり方で経営を広げたのですが、その息子である先代は病気がちで気が弱く、没落しそうになったところを、妻の弓月御前が経営を立て直し、夫の死後に全面的な経営権を得て、世界的企業にのし上がったそうです。その有能さと知性は、だれもが認めるところです」

「ほう……やり手じゃな」


 カイが尋ねた。

「絹の里との関係はどうなのですか?」

「良好です。先々代の時に悪化した関係を、御前が完璧に修復しました」

「どんなふうに悪化したのですか?」とカイ。

 ヤオが答えた。

「四十五年前のことだそうです。弓月財閥は創立百周年記念の祝宴を開き、政財界の大物を招きました。そのとき、引き出物にラクルの絹織物を付けたのです。ラクルの絹織物はすべて手仕事。一度に大量のものを作れと言われても対応などできません。村長は断ったそうなのですが、それなら取引をやめると脅され、ムリをして織物を作ったそうです。最後には絹糸が足りなくなり、別のところから買い求め、村総出で昼夜織り続けたとか。過労で亡くなった者もいたそうです。高い絹糸を買ったせいで、儲けはすべて消えてしまい、しばらく村人は食べ物にも事欠くようになったとか」


 リトが青くなった。四十五年前の祝宴の引き出物こそ、父要をくるんでいたおくるみの謎に関わるものに他ならない。カイがそっとリトを見て、その手に自分の手を重ねた。


「ひどいなあ!」ケイが憤った。ケイは正義感が強い。

「あこぎな商売です。でも、それほどムリをした甲斐あって、弓月財閥の知名度は爆上がりし、経営は非常に順調になったとか」とヤオ。

「なんとまあ……そりゃ、村人の恨みは大きかろうの。して、弓月御前は何をした?」

「取引の健全化をはかったのです。適正な量を適正な価格で仕入れるようになりました。村人の自主な工夫を重んじ、決して無理強いはしなくなりました。村人が御前に寄せる信頼は絶大とのことです」

「ふむ。しごくまっとうじゃの」とセイがつぶやいた。


「明日は、旧市街に行くつもりじゃ」とばあちゃん。 

「旧市街は観光用に整備されています。きれいなところだけを見せています。でも、閉ざされた街区こそが、町の本質。町衆の邸宅が建ち並び、旧市庁舎があって、その奥に古い寺院があります」

「寺院?」

「はい、アイリさんのアカテン(通信ロボット・赤いテントウムシ一号)を使って確認しましたが、今でも定期的に使われているようです」

「集会か何かか?」

「そのようです。時々、町衆がやってくるのを確認しましたが、大きな扉の向こうに消えてしまいます。その扉で閉ざされた部屋は、まったく隙間がなく、アカテンも入ることができません」

「ほう……厳重な警戒がなされているというわけじゃな」


「町衆は十二家です。全家が集まったのは一度だけ。あとは数人ずつです」

「何かの会議かのう? 集まりのあとに何か変わったことはあったか?」

「ありませんでした。わたしも相当注意を払っていたのですが、何も起こりませんでした」

「ふむ。ほかに気づいたことはあるか?」


「わたしが最初にここに来たのは、シャンラ王家のダム殿下の導きです」

「うむ。聞いておる」

「ダム殿下がラクルの国際会議に姿を現すのは初めてということで、町は大盛り上がりでした」

「ほう……」

「町衆も普通の市民たちも、王家や権威が大好きなようです」

「なるほど」

「町衆の筆頭は、わざわざダム殿下を旧市街の特別区に招き、自ら旧市庁舎の中を案内したほどです」

「ほう」


「そのとき、筆頭町衆に付き添ったのが、弓月御前でした。殿下は御前のドレスの織物に目を留められて褒め、御前も喜んでその賛辞を受けて、殿下とラウ伯爵に特別な絹織物を贈ったのです」

「そういえば、レオンどのから見せてもろうたな。じつに見事な織物じゃった。ファウン皇帝がこよなく愛した織り模様でな。あの模様は、あの里でしか生み出すことができん」


 カイが静かに話し始めた。

「その織物なのですが、天月宗主館に保管されている聖香華の正装の織物と同じなのです」

「なんじゃと?」

「聖香華の正装には、特別な効果が織り込まれています。ラクルの絹の里は、そうした技術を持つということです」


「うーむ。そうなると、話がやっかいになるのう。絹の里は単なる織物の村ではないのかもしれんぞ」

「はい……わたしもその可能性が高いと思います」とカイ。

「そうか、それゆえ、このグループに銀麗月が加わったわけじゃな」


■旧市街と弓月ミュージアム

 翌日、しっかり朝風呂を楽しんだ後、ばあちゃんズ一行は、ラクル旧市街と弓月ミュージアムに向かった。ラクル観光の定番だ。


 旧市街は、観光用に整備されたちょっとレトロな街並みだった。観光客は多い。それを目当てに、やたらと土産物店が軒を連ねる。虚空は、一番安そうな俗っぽい店と一番高級そうな店に入った。手にしたものを見ると、似たものだ。町のシンボル旧市庁舎の絵はがきと旧市庁舎のチャチな模型だ。


 虚空が言った。

「こーいうのは案外役に立つんじゃ。町が何を誇りにしとるかがよくわかる」

「旧市庁舎ですね。非常に立派な建物です」とカイ。

「そうじゃな。町衆の権力の源じゃ。高級店には、立派な建物の絵はがきもあったぞ。ほれ、全部で十二枚じゃ。これらが町衆の屋敷の写真じゃろうな」

「うわ、すごい! 華やか、キラキラだ!」と言いながら、リトが首を(かし)げた。

「こっちの方が断然、観光用には向いてるのにな。どーして隠すんだろ?」


 ばあちゃんが言った。

「ように考えてみい。普通、贅を凝らした立派なものというのは、見せる相手がおってはじめて意味をもつ。まあ、見せびらかし効果じゃな。宮殿でも、城でも、装束でも、宝石でも同じじゃ」

「じゃ、隠すってのは別の意味があるってこと?」


 虚空が言った。

「そうじゃろうの。例えばじゃ、ヤオが言っておった古い寺院とやらの絵はがきは一枚もなかったぞ」

「え?」

「ヤオによれば、古いがとても大事にされておる建物だったそうじゃ。じゃが、それを使い、知っておるのは町衆だけ。隠された建物じゃな」

「隠された建物……?」

「そうじゃ。一番大事にされとるんじゃろう」

「その古い寺院を隠すために町の半分を閉鎖してるわけ?」

「そうじゃな、閉鎖というても、賓客には町を披露しておるからな。見せびらかしには使っておるんじゃろうが、監視付きというわけじゃ。見せる場所を選んでおる。旧市庁舎は見せるが、寺院は見せん。話題にも出さん」

「ふうん」

(後でカイと一緒に忍び込んでみるか)


 町を出て、染織工芸美術館――通称、弓月ミュージアムに向かった。リトたちは二度目の来館だ。ばあちゃんズは織物コーナーに、リトとカイは染色コーナーに分かれた。


 ラクル最高級の絹織物が何点も展示されていた。弓月財閥の名を世界に知らしめた技術だ。

 ある一点の前でセイが足を止めた。

「これじゃな。ファウン皇帝の正装に使った織物じゃ。聖香華の正装も同じ模様じゃろう」

 見事な織り模様だった。生成りの生糸が光沢を放ち、金糸がふんだんに織り込まれている。織り模様は複雑な綾織りだったが、微妙な凹凸が陰影を与えている。


 横には、鮮やかな色柄のシルク生地が展示されていた。いくつか衣装も展示されている。

 カトマール皇室のものはすべて焼き払われたという。ゆえにここに提示されているものは、皇室が使ったものではないだろう。説明書きにもその旨は明示されていない。諸国の王族に納品された品々と同じという書きぶりだ。

 絹の里の情報はほとんど示されていなかった。村と村の産業を守るためだろう。


 染色コーナーでは、カイとリトがヤマブドウで染めた布の前に立っていた。布は上質の木綿。

 二人は思わず顔を見合わせた。おくるみの地模様の色だった。


 そもそも木綿は染色がむずかしく、茜や藍などの天然染料は発色しにくい。インド更紗はミュージアムにも展示されていたが、四千年前のインダス文明の頃から存在し、明礬や土の中の鉄分、灰汁などを媒染剤として用いたという。

 ラクルの染色技術は、もとは絹織物で発展した。展示品には、しなやかな絹織物に柔らかな筆致で模様が描かれた京友禅のような着物もあれば、豪華な加賀友禅に似た着物もある。琉球紅型(びんがた)に似た模様もあった。こうした染織技術は一千年前から発展してきたという。


 綿織物への染色は、インド更紗の技法を受け継いだものらしい。当初は木綿の栽培技術がなく、インド産の木綿に頼っていたという。だが、数百年前から自前で栽培することが可能となったとか。絹織物で使っていた染色技術を綿織物にも転用し、ラクル近郊の丘陵部は一大産地となっていった。

 ただし、最高級の絹は、閉鎖的な絹の里の独占物で、特別な蚕や桑、生糸産出法や織物技術の流出が禁じられたという。


 おくるみ模様に似た鮮やかな多色の生地も多数展示されていた。手書きのものもあれば、紅型のように版木を使ったものもある。驚くほど模様が細かい小紋もあった。

 それらの模様のうち、吉祥(きっしょう)紋様として珍重されたのが、ルナ神殿文様でも見かける神獣、草、花、水などを図案化したものであった。琉球紅型に似た染色技法を使うようで、非常に華やかだ。

 どうやら、ラクル染色の真髄は、特殊なヤマブドウを主原料とする独特な深い紫色にあったようだ。要や宗主のおくるみのもととなった祝儀用風呂敷の地色がまさにそうであった。


 ヤマブドウが一房、特殊加工を施されて展示されていた。

 二人は手を繋いで、思念で会話した。「夫夫」だ。何の遠慮もいらない。


(やっぱり、似てるよ)

(雲龍のヤマブドウに?)

(うん。サキ姉が言ってたとおりだ)

(でも、これはアイリの生まれた火の山の村のそばにも群生してるんだろ?)

(そうらしいね。摘むとかぶれてたいへんなことになるって、アイリが言ってたらしいけど)


(ラクルは月読族の領地だったけど、南部一帯は〈火の一族〉の領地のはずだよね)

(うん)

(レオン叔父が出向いた〈忘れられた村〉はカトマール西部だから〈森の一族〉の領地に属するけれど、村人は〈はぐれ香華〉――つまり、月読族の末裔だ。〈月の一族〉の月読族なら、他の一族の上位に立つ)

(この独特の文様も、ヤマブドウを使う染色技術も、月読族のものだってこと?)

(そうかもしれない)

(じゃあ、絹の里の村人たちは月読族の末裔?)

(だとすれば、いろいろとつじつまが合うね。近隣に材料は豊富で、それを調達し放題。特産技術を守り続けるかたくなな閉鎖性。その技術は世界最高レベルだ)

 カイとリトは互いの顔を見合った。


 そばで展示を見ていた数組の家族やカップルがひそひそと話していた。

(すごくステキなカップルだこと!)

(仲がいいわねえ。ほら、ずっと手を繋いでるわ!)

(互いをうっとり見つめ合ってるし)


 リトの耳にそうした声が聞こえて、リトは赤面したが、カイは気にしない。いつものように、カイは沈思黙考に入っていった。

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