ⅩⅩⅩⅣ-3 カトマールの不穏――副大統領の野望をよそにミオ姉が大はしゃぎ
■ルナ研究会一行の旅程
ディーンたち一行は、ルキアに着いた。格安航空はホントに安いが、座席が狭い。ディーンのように背が高く、足が長い青年にとっては窮屈この上ない。いつもながら、数時間の苦痛に耐えて、やっとの思いで空港に降り立った。
カトマール里帰り組は、一日だけ実家に戻る。留学生組は、今日からユースホステル直行だ。明日昼に合流して、まずはライア文化大臣を表敬訪問し、カトマール大学を見学して、翌日はルナ大神殿を見学する。文化大臣ライアに見学許可を手配してもらった。その後、何人かにインタビューする予定だ。
ディーンには帰る実家がない。だが、行かねばならない場所がある。
人目につかない服装で、人目につかない時間帯に、ディーンは訪問先に向かった。
第一副大統領エリナが好んで使う秘密の家だった。
「合宿旅行だそうだな」
「はい」
「で、今日のみやげものは何だ?」
「櫻館の一行もいまこちらに来ています」
「ほう……」
「ただ、分かれて行動するようで、レオンがどう動くのかはわかりません」
「ふん。それではみやげ話にはならんぞ」
「はい。いま、アカデメイアではある訴訟が注目を集めています」
「訴訟?」
「行政訴訟です。アカデメイア市の担当者と建設業者との癒着が疑われています」
「よくある話か」
「ええ、よくある話なのですが、河の水質汚染が疑われ、原因は舎村という可能性もあります」
「なに、舎村?」
「その舎村の双子の御曹司がいずれも深刻な病気だったそうなのですが、どうやら回復したようです」
「回復? 特効薬でも見つかったか?」
「特効薬かどうかわかりませんが、月香草が集められたようです」
「月香草? カトマール薬師セイが見つけたという薬草か?」
「はい。そして、そのセイと思しき老女が櫻館に来ています」
「なんだと?」
エリナが思わず立ち上がった。セイと言えば、伝説のカトマール最高の薬師。ファウン皇帝の最側近だった人物だ。
「櫻館には強力な結界が張られていますので、中には入れません。ですが、時々、人が出入りします」
「おまえはそれを監視でもしているのか?」
「わたしが監視しているわけではありませんが、監視役を張り付けています」
「なるほど。だが、いままでの話はすべて断片ではないか。話のスジが見えてこないぞ」
「そうです。バラバラなのです。でも、バラバラに見えることがじつはつながっているかもしれません」
「たとえば?」
「ラクルの弓月御前が舎村国主エファを訪ねたようです」
「なに? あの財閥の女当主か?」
「はい。ラクルの財閥たちは大統領とエリナさまの有力な支持者。大統領から相応の保護を受けており、舎村とつながる利益などあまり考えられません」
「うむ……」
めったに感情を表さないエリナの顔に、強い疑惑の影が浮かんだ。
(なぜ、弓月御前が……?)
「最後にもう一つ。アカデメイアでピアノコンクールがあり、ミン国の青年が第一位に選ばれました。ホン・スヒョンという人物です」
「ああ、わたしもニュースで見た。逸材だそうだな。美青年で、熱狂的ファンがいるとか」
「はい。わたしと同い年です。彼のファンの中核は天志教団です」
「なんだと?」
「コンクールのあと、晩餐会が開かれました。当然、主催者のラウ伯爵も秘書のレオンも来場したのですが、そこに見慣れない美女がいたそうです」
「美女?」
「某国の貴族だそうですが、ミン国出身の弁護士イ・ジェシンの知り合いのようで、ホン・スヒョンの指導者エルムにさかんに取り入っていたとか」
「ほう……」
「イ・ジェシンは無能弁護士として有名ですが、あの不動産界の女王ク・ヘジンの唯一の孫で、ヘジンが溺愛しているそうです。しかも、今回の行政訴訟の原告弁護人は、イ・ジェシンです」
「ふむ。そうつながるわけか……」
「わたしからの報告は以上です」
「わかった。下がって良い」
エリナは自分で考えをまとめ始めた。ディーンの考えを聞くことはない。ディーンからは情報だけを得る。策を講じるのに、他人の意見が入るのをエリナは嫌う。それを熟知するディーンは、けっしてエリナに助言することはない。
秘密の館を出ると、暗闇に銀月が張り付いていた。月を横切り、一羽のフクロウが梢に止まって、ホウホウと鳴いた。
(アロ、助かったよ。また頼む)
心の中でそう念じると、フクロウは飛び去っていった。そして、木陰に隠れたディーンの姿も消えた。誰も見ていなかった。ディーンの異能を知る者は誰もいない。
■副大統領エリナの野望
――ラクルか……。
エリナの故郷でもある。
エリナは、ラクルの町衆の一人である大商人の家に生まれた。だが、四十五年前、父が投機に失敗して、家は没落した。ラクルの町衆は、エリナの父を救おうとした。だが、遅すぎた。父は自死し、家族は離散した。
十歳のエリナを連れた母は、ラクル町衆の一人の後妻になった。陰で母も父も嘲笑された。エリナは屈辱に耐えた。贅沢をやめられない母は、名誉よりも安楽を選んだ。そして、その母の選択のおかげで、エリナもまた裕福な暮らしをし、大学で学ぶこともできた。
義理の父は、悪い人物ではなかった。だが、俗物だった。義理の娘エリナを自分の商売のための政略結婚に使おうとした。婚約相手はルキアの大商人の跡取り息子だった。そのとき、カトマール内戦が起こった、世が混乱し、婚約相手の家は没落した。結婚は立ち消えになった。ラクルの町衆は、結束して町を守った。皇帝家にも軍隊側にもつかず、中立を守った。
しかし、それはうわべだけだった。実はラクル町衆は軍事政権と手を結び、ルキアに代わって経済活動を独占することを狙っていたのだ。その首謀者が義父だった。
事実を知ったとき、エリナは家を出た。そして、抵抗軍に身を投じた。最初の十年間はほとんど何もできなかった。
しかし、シャオ・レンがカトマールに戻ってきてから、形勢が逆転し始めた。特に、「山の神の使い」からの情報は貴重だった。シャオ・レンのもとに女性が身を寄せていると聞いたが、それ以上の関心は持たなかった。
シャオ・レンの能力には期待した。だが、いずれはシャオ・レンがライバルになると踏んでいた。その点、大統領は単純で、操りやすかった。エリナは大統領を隠れ蓑に、着実に力を蓄えていった。
政権交代後、エリナはラクルの町に凱旋した。町衆は歓喜して副大統領を迎え入れた。そのとき、町衆の中にいた目立つ美女が弓月御前だった。
御前は、娘の失踪で病に伏せた母を最後まで看てくれた。エリナは、町衆を信用しなかったが、弓月御前だけは別だった。エリナの目に狂いはなかったようだ。弓月御前は町衆の中で波風を立てず、飾り物のように振る舞いながら、的確な政治判断に基づいて行動していた。
エリナは感じた。自分と似ている。男社会の中で生き延びる道を知り、男たちを手玉に取っている女性だった。
その弓月御前が、秘かに舎村国主と接触しているだと?
■ルナ遺跡での出会い
アカデメイア大学ルナ研究会の一行は、ルナ大神殿に出かけることにした。
前日降った雪が沿道に積もり、見事な白銀の世界が朝陽に照らされていた。高速道路には最新技術が使われ、雨のしぶきを吹き上げることもなければ、凍結の恐れもない。雪を溶かす装置がついているからだ。
快適なドライブを終え、宿に着いたのは昼前だった。宿のレストランで昼食をとっていると、ロビーに子イヌを連れた二人の少女が現れた。
ディーンがすぐさま気づいた。
――アイリだ! もう一人の子は風子のはず。あのイヌはモモだな。
音楽茶房〈ムーサ〉で見知った顔だった。
二人と一匹は、はしゃぎながら、外に出て行った。雪が残っている場所を探しながら、きゃっきゃっと声を弾ませている。彼らに続いて、美少年が走り出た。その後を五歳くらいの男の子と女の子のペアが追いかけた。白い子ネコを交互に抱っこしながら歩くので遅い。大男とスタイルの良い美女が子どもたちを見守るように付いていく。最後をトボトボと歩いているのは、印象の薄い背の高い少女だった。たしか、リク?
ディーン以外は気づかなかったようだ。
――まあ、いいか。同じ宿だ。焦らなくても、時間はある。
食事を終えて立ち上がったころ、例の子どもたちが戻ってきた。
「あれ? プリンスさん?」
風子が怪訝そうな顔をした。プリンスとは、〈ムーサ〉での従業員名。ラビットたるリトの相棒だ。
「ああ、風子ちゃん、みんな。偶然だね」
向こうで会計を済ませた大学生たちがゾロゾロと寄ってくる。
「ディーン、知り合い?」
「まあね。ああ、紹介するよ。こっちは、アカデメイアのルナ研究会のメンバーだ」
右手で学生たちを紹介し、左手で生徒たちを紹介する。
「こっちの人たちは、〈蓮華〉の生徒さんたち。リトの知り合いだよ」
「えっ? 〈蓮華〉?」と言いながら、まだ子どもっぽさを残している青年がアイリの方を向いた。
「ひょっとして、キミ、あの有名なアイリ?」
アイリは返事をせず、プイッと横を向いた。
ディーンが間に入った。
「ごめんね。ぶしつけに」
「プリンスさんたちも、ルナ大神殿の調査かなにか?」と風子。
「うん、そうだよ。ボクたちはルナ大祭典の大学生企画を担当してるんだ。リトもメンバーなんだけど、今回は別の予定があるからって不参加なんだ。ひょっとして、こっちに参加してるの?」
「ううん。別のところに行ってる」と無邪気に風子が言って、あわてて口を押さえた。
「そっか、ここにはリトはいないのか……残念だな」
ディーンは、心底残念そうな顔をしている。この表情は本物だった。リトといたくて企画した合宿だったのに……。
(リトはどこに行ったんだろう? あの天月修士と一緒なんだろうか?)
他のみんなは、リトのことなど気にしていない。アイリのそばに群がって、何かと話しかけている。アイリはますますヘソを曲げて、一言もしゃべらない。
見かねたミオ姉が割って入った。
「あらああ、アイリちゃんはご飯まだだったわね。みなさん、ごめんなさいね。わたしたち、これから昼食なの。さ、行きましょ」
ミオ姉はアイリを守るようにその場を去って行った。風子たちはあっけにとられて、それからドッと走り出した。
「ご飯だ! ご飯だ!」
残された大学生たちは呆然として子どもたちを見送った。そして、肩をすくめたあと、エレベータに消えた。一部始終をロビーのソファで見ていたサキは思わず吹き出しながら、手にした新聞を元の場所に置き、子どもたちの後を追った。
(アイリは、カトマール国費留学生の間ではアイドルだったのか!)
サキは大学生が消えたエレベーターを見た。四階で止まった。部屋は同じフロアのようだ。
その日の夜。ミオ姉が寝室から出てきた。やっとカコが寝入ったらしい。この合宿では、ミオとカコとサキが同室だ。サキの拒否は、あっさり却下された。
書類の整理をしていたサキに、ミオ姉が声をかけた。仕事中であることなどまるで無視――いつもながらのミオ姉だ。
「あの子よ!」
「は?」
「リトの二股疑惑の子」
「なんだ? それ?」
「夏にリトがテーマパークでデートしてた相手なのよ。あのディーンって子!」
「はあ?」
「すごいハンサムだなって思ってたけど、カトマール国費留学生だったのね。ねえ、カトマール国費留学生って、カトマールの未来を担う超エリートなんでしょ?」
「そうらしいな」
「へええ。リトったら、やるわね」
「何が?」
「だって、銀麗月に、カトマール国費留学生、二人とも超エリートじゃん。おまけに銀青龍までリトにぞっこんだしさ」
「何を言っとるのかわからんのだが……」
(頼むから静かにしてくれ……明日から地獄が始まるんだぞ)
ミオ姉はマジマジと妹を見た。
「まあ、あんたらしいわよ。恋愛偏差値ゼロだもんね」
「何を言うか!」
「リトをめぐって四角関係なのよ! 姉として放置できる? しかも、すごいのばっかり、美青年、美少年、選り取り見取り。リトには、何かフェロモン効果でもあるのかしら?」
「あんたなあ。何でも恋愛に結びつけるなよ」
「いいじゃない! 楽しみが増えたわ! サイコーよ!」
サキはハッとした。
「おい! 出しゃばるなよ! あんたは普通にしててもトラブルメーカーなんだからな」
「なんて言い草! それが姉に言う言葉?」
「姉だから言うんだ。結局、尻拭いはわたしになるんだからな!」
もはやミオ姉は聞いていない。明日からの「楽しい」計画を考え始めたようだ。




