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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第二十章 シャンラを覆う影
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ⅩⅩー2 王家の秘め事

■シャナ老 

 ヤオは、密かにカイ・リト・キュロスと接触した。

 写真を手に、ヤオが語り始めた。


――シャナ老と初めてお会いしたのは、ミン国の山中でした。三十年前のことです。わたしが、リリアさま、レオンさまをお守りして、カトマールから連れ出し、逃がそうとしていた時のことです。

 わたしは愚かにも親友の警告に気付かず、追っ手につかまってしまいました。親友はわたしと相打ちしたようにみせかけ、わたしに刺されながらも、あえてわたしの急所を外したのです。親友は、わたしの父から密命を帯びて、敵に潜入し、さまざまな情報を提供していました。


 急所を外されたとはいえ、大ケガでわたしは動けませんでした。そのとき、わたしを助けてくれたのがシャナ老だったのです。彼は、自身の身分を明かさず、薬草でわたしの熱を引かせ、傷の化膿を止めてくれました。

 わたしは、シャナ老の山小屋に住み込むようになり、薬草を採り始めました。シャナ老は、半年に一度、薬草を採りに山小屋にやってきました。


 それから十年たったころ、季節外れにシャナ老が突然山小屋に姿を現しました。追われているようでした。

 三人の者が山小屋を取り囲みました。相当の手練れであることは気配でわかりました。わたしは三人をすべて始末し、三人の遺体を隠して、すぐさま、シャナ老を連れてミン国を離れたのです。そして、ここアカデメイアにやってきました。


――シャナ老は医術の心得をもっており、それも相当高度な技術の持ち主でした。けれども、シャナ老はその後もいっさい自分のことは語りませんでした。本名すらもです。

 わたしはシャナ老を守ると約束し、二人で橋の下に住みつきました。やがて、シャナ老を慕って仲間が増えていきました。


――最期の日、シャナ老はわたしに一つのものを渡しました。いつか必要になるかもしれぬと。ただ、それがいったい何を意味するのか、わたしにはまったくわかりませんでした。

 シャナ老に託されたのが、このカギです。どこのカギなのかもまったくわかりません。


 ヤオは、首にかけていたカギをキュロスに渡した。カギには特別な紋章が刻まれていた。


 キュロスの顔色が変わった。

「シャンラ王家の秘密の紋章です。王家の方とその側近のみが知っている紋章です」

 

 キュロスの言葉に、カイとリトが顔を見合わせた。

「この紋章を刻んだカギを使えるのは、王家の建物と持ち物だけです。カギの大きさからすれば、王家の建物だと思われます」

「まさか、離宮の別館?」

 リトが思わず声を上げた。キュロスが頷いた。


「そうです。かつてわたしが管理していた別館のカギととても似ています。おそらく同じものでしょう。王家の建物のカギは厳重に管理されます。本数が足りなくなったり、所有者が代替わりしたときにはすべて取り替えられます。したがって、本来ならば、別館はこのカギでは開かないはずです」

「本来ならば?」

「離宮はアカデメイア市に寄贈されました。カギの管理は市に移っています。別館は年に一度しかあきませんので、カギの管理はさほど重視されていないでしょう」

「じゃ、このカギで開く?」

「おそらくは……」

「主治医は、カギで別館を開けて、何かを残したってこと?」

「可能性は高いと思います」

「もう一度行こう」

 今度はヤオも加え、四人で別館に行った。


 主治医は、ロアン王太子に付き添って、この別館に滞在していた。館内には詳しいはずだ。だが、ロアンの私室まで入り込んだとは考えにくい。むしろ、主治医の居室か、客間などのほうだろう。二手に分かれて探した。別館の掃除の時には、細かいところまではチェックしないのだろう。どの引き出しも収納棚もカギがかけられており、しかも、錆びついていた。すべてリトが解錠した。


 主治医の居室のデスクの引き出しを開けると、二重底になっていた。底をめくると、書類一式が治められていた。

 手にしたカイの表情が青ざめた。


「どうしたの?」

 リトが書類をのぞき込んだ。そして絶句した。

「どうしたんですか?」

 キュロスとヤオが顔を曇らせる。リトが呆然とつぶやいた。


「王太子は毒殺だ。しかも、その毒は天月の毒らしいと……」


■主治医の記録

 主治医は公式記録とは別に、王太子の症状を事細かく書き残していた。そして、ある推測に達した。


――天月草の毒は即効性が高く、内臓を腫らす。しかし、処方の量によっては遅効性の毒としても作用する。特に、身体の弱い部分を増幅させる効果を持つらしい。


 王太子の病気は、たしかに王家の遺伝病だ。だが、発症過程があまりにも異様だ。毒を盛られていたのではないか。主治医も気付かず、本人も気づかないまま。毒見役すら気づかなかった。


 毒を盛りうる者は限られる。外国勢力による謀略ならば、王宮内にすでにネットワークが張り巡らされていると見るべきだろう。ロアン王太子が延命したのは、アカデメイアに留学したからだ。留学中には毒が盛られることはなかったようだ。主治医の記録は、さらに恐ろしい秘密に切り込んでいた。


――わたしが王宮から逃げることができたのは、あるお方のおかげだ。王太子殿下の病状に疑問を持ち始めたわたしの身が危ないと思われたのだろう。そのお方は密かにわたしを匿い、王宮の外に出してくださった。自死の偽装も取り計らってくださった。

 そのお方は、ロアン王太子の毒殺に気づいたときから、真相を明らかにしようと努力なさった。だが、叶わなかった。壁はあまりに高かった。しかし、あきらめたはずはない。ずっと機会をうかがっておられるはずだ。


 資料をさらに繰ったカイの指がパタッと止まった。


――なぜなら、そのお方は、ロアン王太子の実父と思われるからだ。


 カイの顔が蒼白になった。


――王太子は国王陛下のお子ではない。


 女王の姦通罪を示唆する記述だった。


 こんなことが公になったら、シャンラ王室は大揺れだ。女王はヨミ神官族の出身。王家とヨミ神官団とが決裂しかねない。リトは大慌てでカイから書類をひったくり、読み進めた。続けてこう書かれていた。


――国王陛下にはお子を作る能力がない。国王陛下ご自身がそのことをご存知かどうかまではわからない。いま知っておられるのは、母君の前女王陛下のみ。

 ロアン王太子殿下の実父がだれかは、わたしには教えられていない。しかし、王太子殿下の容姿や秀でた能力を見る限り、王弟殿下の可能性が高い。女王陛下のご懐妊がわかってすぐ、王弟殿下はカトマールへの留学に戻られた。帰国なさったのは十年後。ロアン王太子は九歳になっておられた。ほどなく王弟殿下も妻を迎えられ、ご夫妻には息子がお生まれになった。それが、現国王陛下である。


 ロアン王太子の出生の秘密は、前女王陛下と王太子の実父そしてわたしだけが知る秘密のはずだ、だが、だれかが気づき、公にすれば、女王陛下も王太子も廃位を免れず、王弟殿下も王父の地位を剥奪されたに違いない。現国王陛下もまた退位を余儀なくされたであろう。それを怖れるだれかが秘密を封じようとしたのだろうか。


 カイは、まだ呆然としている。

 シャンラ王室の秘め事とロアン暗殺が関わっているかもしれぬと主治医は推察していた。しかも、その暗殺にはロアンの出生の秘密が関わっているかもしれぬとの見立てだ。いま、前国王は遺伝病を発症し、認知能力が低下しているという。どこか秘密の城館で療養生活を送っている。会えるのは、妻たる前女王と弟の王父のみだ。


 リトがカイを気にしながら、キュロスに尋ねた。

「王弟殿下ってどんな人?」

「教養、品性ともにたいへんすぐれたお方です。国王陛下よりもはるかに国王にふさわしい資質をお持ちだとささやかれておりました。ですが、そのような噂を恐れてか、王弟殿下は、政事(まつりごと)には関わろうとなさらず、趣味の庭いじりに没頭しておられました。そのお方が秘かに女王陛下と通じるなど、まったくもって考えられません」


 キュロスの声は決然としていた。けれども、次第に声が翳っていった。

「ただ……王弟殿下がロアン王太子さまをご自身のお子よりも大切にしておられることはよく知られており、王太子さまも王弟殿下を慕っておられました。むろん、国王陛下も女王陛下も王太子さまをたいそう慈しんでおられましたので、王太子さまを害する者などまったく思い浮かびません」

「ふうん。ロアン王太子はみんなに好かれていたの?」

「さようです。非常に英邁で優れた国王になられるとだれもが期待しておりました」


 キュロスの目に涙が浮かんだ。キュロスもまたロアン王太子をこよなく愛していたのだ。むせびながら、キュロスは続けた。

「王弟殿下は、王太子さまご発症の折には医師や薬師を求めて奔走なさいました。その時、一番期待なさっていたのがカトマール最高の薬師セイどのでございました。ですが、セイどのの所在がわからず、王弟殿下は非常に落胆しておられました」

「じゃ、キュロスさんは、最初からセイさんのことに気づいてたの?」とリトが尋ねた。

「さようです。お目にかかったことはございませんでしたが、セイどののことはシャンラでも有名でした。シャンラ王家の医薬術はカトマールに倣ったものです。ふだん使う薬剤もほぼすべてカトマールのものでした」


 キュロスはいったん言葉を止め、記憶をたどるように目を閉じてから、ふたたび話し始めた。

「王弟殿下が求めておられたのは、(げっ)香草(こうそう)です」

「月香草って?」

「カトマールの山奥深くに自生する貴重な薬草なのですが、カトマール皇帝から苗を譲り受け、シャンラ王室薬草園でも栽培していました。セイどのであれば、月香草の潜在力を引き出すように調合し、ロアン王太子さまを治すことができるのではないか……そのように考えておられたのです。月香草は月夜に非常に高雅な香りを放つと言われます。このたび、レオンさんを助けるためにセイどのが用いた薬草も月香草ではないでしょうか」


「月香草ってそんなにすごいの?」リトが尋ねた。

「はい。天月草と月香草はきわめて近い近縁種。効用はかなり違うとされるのですが、天月草に近い力を持つのではないかと、王弟殿下は期待なさったのです。ですが、セイどのを見つけられない以上、淡い期待に終わってしまいました」

「王太子ご逝去の時、王弟殿下は、人前では耐えておられましたが、陰ではそのお嘆きぶりは尋常ではございませんでした。振り返ってみれば、ロアン王太子さまが王弟殿下のお子であったとすれば、すべてが腑に落ちます。王弟殿下というお立場にありながら、国王陛下やまして女王陛下にはほとんどお会いになろうとしませんでした。秘密が露見するのを恐れたからかもしれません」


 カイがやっと口を開いた。いつもの静かな表情に戻っている。その眼には、もはや悩みも迷いもない。

「月香草について調べる必要がありそうですね。さらに、王弟がカトマールでどう過ごしていたかを探りましょう。天明会が王弟に接触しようとしたかもしれません。あるいは、王弟の側近が天明会と関わった可能性もあります。シャンラ王室や王宮の内部事情ももう少し知る必要があります。ヨミ大神官が関わっている可能性も否定できません」


 王弟がカトマールに滞在した時期は、カトマール帝国崩壊直前の十年間にあたる。カイの祖母アリア皇帝の治世だ。帝国には不穏な空気が流れ始めていた。

 ヤオはファウン皇帝に次第を報告した後、皇帝の許可を得て、自ら調査に出向くとカイに申し出た。親友ルンが残した記録を手掛かりにすることができる。だが、一人では危険だ。ヤオが最も信頼するケイが同行することになった。ファウン皇帝に忠誠を誓う密偵集団も協力してくれると言う。カトマールでは、アユとレオンが密かに協力することを約束した。

 シャンラの情報は、引き続きスメンが集めてくれる。しかし、王室に直接つながる太いパイプが欲しい。キュロスが王父ダムに会いにいくことになった。


 ケマルがわんわんと泣いて縋った。ケイがいなくなると、橋の下の仲間は成り立たない。オロが名乗り出た。


「オレがしばらくケイおじさんの代理を務めるよ。それならいいだろ?」

 ケマルはバンザイして大喜びし、イ・ジェシンは手を打って喝采し、サキはチッと舌打ちした。


――オロめ。いったいどういう魂胆だ? あの悪ガキがただで人助けなどするはずがなかろう。

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