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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十九章 天月の闇
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ⅩⅨー5 天月の毒

■天月の毒

――だれが何の目的で? 


 レオンもカイも首をひねった。結局、この騒ぎで流れたのは、ルナ大祭典に関する打ち合わせだ。一週間後、リシアとレオンが会って、天月別院で改めて打ち合わせがもたれることになった。打ち合わせの延期自体はほとんど支障がない。


 レオンは、セイに尋ねた。

「天月で香華族のごくわずかな香りがする者に出会いました。年の頃は四十五。香華族から天月に逃げた者について何かご存知ですか?」

「いや、知らんのう。そもそも香華族から天月にいくこと自体が想定されておらん。あの内戦を逃れるために身分や名を偽って天月に逃れた者はいるかもしれんが」

「その者は、ウル舎村領国で生まれ、七歳の学童期に天月に入ったそうです」とカイが言った。

「ならば、内戦とは関係がないの。じゃが、それにしても妙じゃな。香華族はある種の氏族共同体をなすゆえ、祖先の地であるカトマールを離れることはない。一般香華ならともかく、香華族の香りをもつ本香華が、なぜウルで育ち、天月に移ったのかのう?」


 カイがハッとした。

「〈はぐれ香華〉、いや、〈弦月〉ならばありえますか?」

「うーむ。〈はぐれ香華〉のう……。彼らのほとんどはもはや香りをもっておらん。迫害を怖れて、隠れるように集団生活を送っておるゆえ、村を離れることは本香華以上にありえんな。じゃが、〈弦月〉ならばありうるの。〈弦月〉は故郷をもたんからな」


 カイとレオンは顔を見合わせた。カイが言った。

「ミュウが〈弦月〉だとすれば、毒草騒ぎは自作自演かもしれません。異能であらかじめ防御した上で毒薬を飲んだとしたら?」

「だから、ほんのかすかに香華族の香りがしたのでしょうか?」とレオンが顔を曇らせる。

「だけど、目的は何?」とリトが大きく首をひねる。

「打ち合わせの延期? まさか、命をかけた芝居をするほどのものではなかろう」とサキも不審顔だ。


 カイがレオンに尋ねた。

「昨日は、ルナ大祭典に出展する天月秘宝をご覧になったんですよね? そのときに同行したのは?」

「宗主と側近の文化局長リシアの二人です。こちらもラウ伯爵とわたしだけでした」

「秘宝は初代銀麗月のものが多かったのですよね?」

「ええ」

「あの秘宝は、天月の者にもずっと隠されていました。わたしも初めて見たものです。保管場所は宗主しか知らないはずです」

「宗主の宝物庫かも! アイリの金ゴキが撮影したものの中にあるかもしれない。レオンさん、確認してくれないか?」とサキが言った。


 映像が流された。

「これです!」

 あるところで、レオンが映像を止めた。宝冠、手書きの書、衣装、そして見事な横笛が置かれていた。

「おおお……!」

 セイがしわがれた声を張り上げた。


「どうなさいましたか?」とレオンが尋ねると、セイは震えながら、画面に顔をくっつけた。

「こ……これは、初代聖香華の宝冠と正装でござりまする。香華族が大切に保管しておりましたものを、あるとき盗まれましてな。五十年ほど前のこと。その責任を取って、香華族長が交代しましたのじゃ」

「えええっ? じゃ、これは聖香華のものってこと?」サキがビックリした。

「なぜ、天月宗主がこれを持っているのでしょうか?」と、カイが当惑している。

 まさか、香華族から盗ませたのか?


「手書きの書は銀麗月、宝冠と衣装は聖香華……。では、笛は? セイどの、笛についてはご存知ですか?」と、レオンが尋ねた。

「いや、知りませぬの。初代聖香華は音曲に優れたとされまするが、使ったのは琵琶でござりまする。笛は用いませぬ」

「歴代銀麗月の楽器として伝わるのは琴です。笛は見たことがありません」とカイも言った。

 みながまた黙り込んだ。マロが呼ばれた。


 マロは画像の笛を見るなり、絶句した。

「ミグルの神笛の一つと思われます。ミグルがまだルナ古王国の神殿奴隷であったころ、使う楽器は主に笛だったそうです。琴や琵琶は後の時代の神器です。神に捧げる音曲は、金の笛と銀の笛で奏でられたと伝わります。この金の笛は、ミグルに残る銀の笛と意匠が同じです」

「なんとまあ、ミグルの金笛、銀麗月の手稿、聖香華の宝冠と正装とは……。天月宗主はとんでもない宝物をもっておるようじゃな」と、ばあちゃんがため息まじりにつぶやいた。


■参加

「何か意図があるのかなあ?」と、いつの間にか入り込んでいた風子がつぶやいた。

 サキがギョッとして振りかえると、十五歳チーム全員が顔を揃えていた。


「おまえら……」と言いかけてやめた。

――叱ったところで反論されるだけだ。コイツらには下手に隠し事はしないほうがよかろう。すべて情報を共有した上で、やってはいけないこととできることの境界を引いたほうがよさそうだ。子どもだと舐めてかかるととんでもないことになる。反発を煽り、危険なことをするに違いない。


「ぜったい何かあるよ!」と子どもたちの奥に隠れるようにいた人物から声がした。サキが叫んだ。

「おい、イ・ジェシン! なんでおまえがいる?」

「だってえ、〈蓮華〉にも、櫻館にも知らない人が出入りしてるんだもん。何かあると思って当たり前でしょ? それに、違法開発事件で妙なことがわかったんだよ」

「なんだ? どうせくだらんことだろう?」

「サキ先生、そんなこと言っていいの? ケイが見つけてきたんだよ」


「それを早く言え!」とサキが身を乗り出した。

「で、何だ?」

「ドロップ建設社長の親族に天月関係者がいるんだってさ」

「なにっ?」

「天月修士らしいよ。修士ってえらいんだろ?」

「そうだ。早く言え!」と、サキがせかす。


「アンジっていう名なんだって。カイ修士、知ってる?」

「はい。現在、天月別館の副館長です。まじめで実直な人物として知られています」

「ふうん。でも、ケイが調べたところじゃ、その男、ドロップ建設関係者とときどき秘かに会ってるんだって。親族なら会うのは不思議じゃないけど、こっそり会うってのはヘンだろ?」

「うーむ。ケイが調べたんなら信用できるな」

「えっ! それって、ボクじゃ信用できないってこと?」

「あったりまえだろが!」


 サキが怒鳴ると、ジェシンがむくれてブツブツつぶやいている。

(サキ先生が喜ぶと思ったのにィ……)

「アンジ修士のことを少し調べてみます」と、カイが言った。


 ランチタイムがはじまった。ジェシンが放り出され、子どもたちが去った部屋で、キュロスが発言を求めた。

「わたしからも少しご報告があります。ロアン王太子の元主治医は失踪したそうです。主治医が残した王太子の診療記録も改竄(かいざん)されているようです」

「え?」カイが目を見開いた。

「いま信頼できる人物に調べてもらっています。さらに、シャンラ王国では、サユミ女王とヨミ大神官との関係が微妙なようです。それに、シャンラの密偵〈影〉がいろいろと動いているようです。われわれも気をつけた方が良いと思います」


 ばあちゃんが言った。

「天月宝物にはかなり深い奥がありそうじゃの。これほどのものをあえてルナ大祭典に出すとは、天月宗主の腹が読めんな。シャンラも不穏、アカデメイアも不穏じゃ。カトマールもな。おまけに天月までもか……」


 カイが言った。

「ひとまず、天月では宝物に関して騒ぎは起こっていません。わたしも今朝、宝物を拝見しました。その後、宝物はもとのところに収納されたはずです」

「何時頃?」

「十時頃ですね」

「打ち合わせ開始予定も十時でした。毒薬騒ぎがあったのは八時過ぎ。つまり、八時から十時までの間に何かがなされた可能性があります。宝物に何かを仕掛けたのか、何かを取り去ったのか……」

「協力者がいるということですね?」

「そうでしょう」

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