なんばー15 黄金の美女と白黒少女
隣の建物により日差しが入らず日照権の侵害を受けているこの部屋。じめじめとした空気が不快に体にまとわりついていて薄暗い。
いつものことだけど。
朝6時。
寝起きすぐで少し機嫌が悪い中、お茶碗によそったお米を口に入れつつ、私はテレビを見ていた。
『中継です。現在6時17分、『魔導卿』が乗っている船が見えてきました。大きな船でございます! 早朝の太陽をバックに、力強く波をかき分けながら進んできております』
茶をすする。
少し足を崩そうと動かしたら、畳のイ草が足に刺さった。痛い。
一人勝手に機嫌を悪くしていると「『魔導卿』とは? ~謎多きその傑物に迫る~」という謎の映像が流れ始める。
白いひげをたくさん蓄えている白衣のおっさんが映った。
地球の人間じゃない。イ世界人である。あっちの研究者なのだろう。
『魔導卿……かの人はまさに魔術の歴史を変えた人物と言えるでしょう』
そうですか。
『我々には不可能とされていた、魔力の虚軸上の移動の観測を成功させ、そこに3次元から干渉する術まで発見したのです。これは驚くべき偉業ですよ』
『えっと……私にはすごさがいまいちわからないんですが……そんなにすごいことなんですか?』
『すみません。言葉足らずでしたね。そうですね……彼女の言葉を分かりやすく伝えるのなら——魔導卿は『時間』を操る方法を確立した』
『えぇ! それはすごいですねぇ! 大発見じゃないですかぁ!』
この女アナ、カメラ意識した喋り方できらい。
大げさなぶりっこ反応がむかつく。
インタビューが終わる。
『魔導卿は謎多き人物です。常に顔まで含めた全身に大きな『鎧』を纏っています。その素顔はさることながら、性格、出自、年齢、人種、その性別に至るまで一切が謎に包まれているのです』
何か重要な式典なのだろうか、偉そうな人から何かを受け取っている『異形』――『魔導卿』の写真が写る。
テレビでは『鎧』と言っていたが、その『異形』が纏っているのは一般的に鎧と聞きイメージする金属のフルプレートではない。腕や顔の装甲には金属が使われているようにも見えるが、全体としては幾何学的な『赤い模様』が描かれている、硬そうな……皮? かなにかでできた衣装だった。
大きさも2mくらいある。でかい。
まさにお貴族様な奇麗な衣装を着た人間に囲まれていて浮いている。
同じ人間とは思えないぜ全く。
『魔導卿は理論魔術だけでなく実践魔術にも富んでおり、過去には50年前の第二次セカイ大戦への参加、大規模盗賊団『イシズエ』の制圧、レッドドラゴンの討伐、戦闘などにおいてもその魔術で様々な功績を挙げています』
セカイ大戦への参加?
地球人たくさん殺してるやつがこっち来んなよ。
『『卿』とはそもそも魔術協会に所属している理論派・実践派問わずの魔術師の中で特に大きな実績、実力を持つ上位10人に与えられる称号であり、魔導卿は序列3位の地位にいます。また、魔術協会に所属していると言っても、『卿』でありながらどの『派閥』にも属していないことでも有名です』
また画面が中継に切り替わる。
おばさんが映る。今度は日本人だ。絵にかいたようなヤジ。
『本日はどうして魔導卿の来航の場に来られたんですか?』
『いや~、おばちゃんも良く知らないんだけどね、なんかすごい人が地元に来るそうじゃなぁい? だからね、早起きして運動がてら来ようと思って。私の夫も魔導卿さんの研究成果で仕事が増えてるらしいから、感謝も伝えようと思ってねぇ』
バカっぽいJK2人に切り替わる。
多分カメラ映えがいいから選ばれた。インタビューってのはこういうところがある。
『あなたは本日どうしてこちらに?』
『えー、なんていうかー、魔導卿が来るらしいからぁ、私達も来ようと思ってぇ。あのいつも着てる装束がマジカッコよくて好きでぇ』
『私あの人のマジファンって言うか、ミステリアスなところも魅力的、みたいな? あ、魔導卿さぁん、見てるー? 応援してまーす!』
発言に知性を感じない。
しかし中々魔導卿ってのは日本で人気な人物らしい。
スポーツ選手や将棋棋士が人気なのならまだ分かるが、メディア露出もほとんどしていない魔術師(それも国すら違う)が世間で人気ってのはどうしてそうなるものなのか。
地球人は魔力がある個体もいるが、総じて魔術は使えない。
何千年も魔力に触れてきたイ世界人と違い、地球はまだ魔力を知って100年もたっていない。種の進化が進んでおらず、魔力を精密に動かせないからである。
杖を振って火柱を立て水を生み出す魔術師に憧れがある……というのが理由なのだろうか。
まあ、分からない話でもない。私も使えるものなら使ってみたいし。
日本を汚すムカつく畜生どもの立派(笑)な毛皮を燃やしてたい。楽しいに違いない。ほうきで空を飛びながら石を投げるのもよいだろう。
夢は広がるばかりだ。
広がったとて、夢は夢でしかないけれど。
少し気分が悪くなった。
『船が到着しました。そろそろ魔導卿がいらっしゃると思うんですけど……中々いらっしゃりませんね。ん? なにやら、船の方々が何かバタバタしているようにも見えますが……どうしたので』
ぶちっとテレビの電源を切る。
もういい。
足に畳のイ草がまた刺さる。
今日も一日が始まる。
◇ ◇ ◇
私こと月華チロメは気持ちのいい晴天の下、緑豊かな公園の中を歩いていた。
小鳥が囀り、太陽は燦々と輝いている。
空気は澄んでいて心地いい。
少し前まで友達とカラオケに行っていたのだけど、急に予定が入ったらしく急遽解散することになったのである。あの子はちょっとお母さんが特殊なのでそういうことがときどきあるのだ。
分かれてから、ぶらぶら当てもなくさまよっていた。
毎週今くらいにしている配信だが、カラオケに行くため日曜に回している。
そしてその遊ぶ予定も無くなってしまったわけですることがない。
外の新鮮な空気を吸い木漏れ日を浴びながら歩くのは気持ちがよかった。
友達と満足に遊べなかったのは少し残念だが、こうして穏やかな時間を過ごすのも休みの過ごし方としては悪くないのかもしれない。
「あぁあああああああ!! おかあさん、風船いっちゃったあ!」
「こらこら泣かないの。もー……残念だけど諦めるなさい、仕方ないから」
テーマパークの帰りなのだろうか。
可愛らしいカチューシャを付けた2人の親子がいた。
どうやら木に風船を引っかけてしまったらしい。母親は困った様子で子供を窘めている。
私は——話しかけることにした。
「あの……どうしたんですか?」
「ああ、すみませんうるさくして……。子供が風船を離してしまったんです。昨日テーマパークに行って今日帰るってところだったんですけど……」
木に引っ掛かった風船を見上げながら言った。
見てのとおりである。
子供はわんわん泣いていた。そういえば、小さい時はマスコットから貰った風船が大切な宝物に思えた気がする。私にも記憶がある。
楽しいテーマパークの終わりがこれなのは——悲しいことである。
風船が引っ掛かっている木は、手が届くほど低くもないが何mも高いわけではない。
足を引っかけるところもある。
私は意を決した。
「風船取りましょうか? 少し登れば届きそうですし」
「え、そんな、悪いですよ。服も汚れてしまうかもしれませんし……」
「いえいえ、このあと予定もありませんし、少しゴミが付くくらい構いませんよ。こう見えて、結構運動神経いいんです!」
「そうですか? では……お願いします。ほら、あなたも」
「お、おねがい、ぐずっ……おねえちゃん」
涙ぐんだ声で男児にお願いされる。
そうして女の人に頭を下げられたとき。
ふと——視線を感じた気がした。
辺りを見渡してみるがこの人たち意外に誰もいない。
……気のせいだったのだろうか? 何か見られていた気がしたけれど……。
まあいっか。
私は木に足をかけて木を登り始めた。
木の樹皮が少しはがれて服に落ちる。
木登りなんていつぶりだろうか……少し懐かしい気持ちになる。小さい頃思いっきり足を滑らせてシルちゃんとお父さんにすごく怒られたっけ。
するすると順調に登っていき、あと少し手を伸ばせば風船に届きそうになる。
「おねえちゃんがんばれー!」
「無理はなさならないで……」
「うん! あとちょっとだからもう少し待ってね!」
右手で前方の枝を掴みながら、左手をうんとのばす。
あとちょっと。もう少し。
風船の糸に指を掠めたその時。
私が足をかけていた枝から『バキ』と嫌な音が鳴った。
「わっ!」
背中が一気に冷たくなるのを感じた。
体制が崩れる。
やばい、落ちる。
――しかしそう思ったその時、体が軽くなる感じがした。
それのおかげで不安定な足場の中、何とか残った片足と片手だけで体重を支えられた。
「おねえちゃんだいじょうぶー?」
「大丈夫ですか!? 御怪我は!?」
「大丈夫ですよー! ちょっとバランスは崩しましたけど立て直せましたので!」
落ちなかったことに安堵すると同時に、すこし不思議な気分になる。
今の感覚は何だったのだろう。
こう言っちゃ何だが私は運動神経はいい方ではない。日常生活でもよくこけるくらいだ。いつもの私なら無様に木から落ちていただろう。
生命の危機に隠された才能でも開花したのだろうか? 私、昔はサーカスのピエロさんに憧れてたし。空中ブランコが好きだったのだ。くるくる回ってるのを見てとても興奮したものである。
若干のハプニングはあったものの、その後は普通に風船をとって子供に渡してあげれた。
涙を引っ込めてくれたので大変満足である。お母さんも嬉しそうだった。
「お姉ちゃんありがとねー! ありがとねー! またあおうね!」
2人が見えなくなるまで手を振る。
ふぅ。しかし何とか怪我なく風船を渡せてよかった。
さて、今から何をしようか。
このまま公園でぶらぶらし続けるのも悪くないけど、久しぶりの木登りでお疲れ気分である。
どこか喫茶店でも探そうか。
「ねぇねぇお嬢ちゃん、ちょっといいかい?」
綺麗な声がかけられる。
そちらを向くと、私は驚愕してしまった。
そこにいた人物の――美しさに。
絶世の美女。
180cmくらいだろうか。かなりの高身長でスラリとしたモデル体型。しかし出るところは出ていている。完璧な黄金比のプロポーション。
肌は色白で白人系だ。
少なくとも日本人ではない。
シミひとつなくてとても綺麗だ。ずっと見ていられる魅力がある。
大きくつぶらな金の瞳。
砂金でも散りばめらえているってくらいにキラキラと輝いている。
ホリの深い美人系というよりは、どちらかといえば可愛らしさもある童顔である。
どことなくエネルギーを感じる。
そして特徴的なのは、金糸のような滑らかで艶深い長い金髪。
背中まで伸びたそれらを、後ろで一本の巨大な三つ編みにまとめている。三つ編みポニーとかそんな呼び方をされているんだっけ。まあ一般的なそれの長さではないけれど。美しい髪型の表現としては適切でないのかもしれないが、エビフライみたいだ。
絶世の美女だった。
その美しさのあまり固まってしまう。
「えっと、なにか困り事ですか?」
「敬語じゃなくていいよぜんぜん。私、敬語を使われるような人間じゃないからさ」
「そ、そう?」
そう言われたら仕方がない。
「私、さっきお嬢ちゃんが子供に風船取ってあげてるのを見ててね? それで少し声をかけてみようと思って」
そういえば――木登りする前に視線を感じた気がした。
あれはこの人のものだったのだろう。
ということは木の枝を折って落ちかけたところも見られたわけか。ちょっと恥ずかしい。
ふと、その時、お姉さんの背負うバックに『杖』が入っているのが目に入った。
もしかして……。
「……さっきお姉さん、私のこと『助けてくれた』人?」
「お! そうそう! 落ちそうだったから手を貸しちゃった!」
おお、なんと恩人だった。
多分この人は――イ世界出身の魔術師だろう。
先ほど急に体が軽くなったのは、この人の仕業らしい。
前にシルちゃんが杖を持っているのはだいたい実践派の魔術師だと言っていた(危ないから近づくなという文脈で)。若くて綺麗な方なのに随分と力があるようだ。
「その節はありがとうございます!」
「いひひ、いいのいいのお礼なんて。私がやりたくてやったことなんだから。杖の一振りで済む話だしね。それに……」
お姉さんがくすくすと笑う。
そして杖でビッと私のスカートを指差した。
?
「白! お嬢ちゃんのイメージ通りってところかなぁ? やっぱり美少女のパンツに勝るものはないね! ご馳走様!」
「え、ええええええ!! み、み、見えてた!?」
木登りしてる時――見えていたらしい。
恥ずかしくて顔に熱が上る。
魔術師のお姉さんはニコニコと嬉しそうに、楽しそうに私のことを眺めていた。『楽しそう』というよりは『愉しそう』に寄っている気もする。
「パンチラってのは下着を見るところと、恥じらう反応まで見てワンセットだよねぇ。一粒で2度味わってこそだよ」
なんというか、ちょっと残念な感じの人かもしれなかった。
神聖さすら感じる外見の圧倒的美しさに対して、なかなか中身は比例していない。何というか、見た目からは想像できない性格だった。悪い人じゃあないんだけど。
目が合うとパチリ⭐︎とウインクしてくれる。
完璧なウインクだった。女の私でも見惚れてしまう。多分天上の女神様はこんな感じなんだろう。
「お嬢ちゃんさ、この後時間あったりしない?」
「? ちょうど暇してるところだけど」
私は現在すごい暇だ。ちょうどこの後も当てもなく公園をふらふらと彷徨うことになりそうだったところである。
「――もし良かったら、この後私と一緒に街を回ってくれないかな?」
そしてそんなことを言われた。
「私今ちょっと……観光、に来てるところでさ。思いつきで飛び出してきたわいいものの、どこを回ればいいのかとか全然分からなくてね」
「それで私についてきて欲しいの?」
「そうそう! おいしいご飯とか観光スポットとかその他諸々、お嬢ちゃんに教えてほしくてさ!」
そういうことなら構わなかった。
私も暇していたところだ。それにこの人も悪い人には見えない。悪い目には合わないはず。
ちょっと『観光に来てる』というところで言葉に詰まっていた気がしたけれど、多分気のせいだろう。
「いいよ。私も暇してたし」
「ほんとっ! やったっ!」
快諾するとすごく嬉しそうに飛び跳ねた。
何だか喜び方が大げさな気もしたが、喜んでいる分には問題ない。しかし感情豊かな人だなぁ。
「ああ、そういえば私はサンスベリア・ポプラス・ラエルっていうものでね。しがない魔術師で、趣味は魔術の研究だね。お嬢ちゃんは?」
「私は月華チロメ。学生で、趣味は……たくさんの人と喋ることかなぁ」
「へぇー! 喋るの好きなの! チロメちゃんねェ……だったら『チロリン』って呼ぼうかな!」
「チ、チロリン?」
「愛称があった方が仲良しな感じがするでしょー? ……ダメ?」
「ううん、大丈夫だよ。じゃあ私はラエルちゃんって呼ぼうかな」
「! ラエルちゃんねぇ……すごくいいと思う!」
変なあだ名をつけられてしまった。
当の本人は「ラエルちゃん」と呼ばれて妙に嬉しそうにしている。喜色全開といった感じだ。先程から妙にオーバーリアクションである。
とりあえず2人で公園を出た。
◇ ◇ ◇
「はぁー! しかし日本ってのは聞きしにも劣らぬすごい都市だねぇ!」
私とラエルは2人で街中を歩いていた。
何をするかなんて何も決めていなかったが、とりあえず歩いてみようという話になったのである。
ラエルちゃんはすごい興奮していた。キラキラと目を輝かせて街をぐるぐる見渡している様はまるで子供のようだ。長身の美女がはしゃいでる姿が微笑ましい。
「すげー! 自動車! まじでたくさん走ってる! チロリン、日本国民はこれみんな持ってるし運転できるってマジなの!?」
「みんなってほどじゃないけど……だいたい8割くらいの大人は乗れるんじゃないかなぁ」
「すごいね! 自動車といい、看板もお店もピカピカ光ってるし、ガラスも綺麗で道の舗装がどこでもさされてる! すごい綺麗で魔法みたいな街だね! これだけでも日本に来て良かったなぁ……!」
魔術師が魔法みたいとはこれいかに。
だがある頭のいい人の言葉で、十分に発達した化学は魔法と区別がつかないというものもある。
こうして日本で住んでいると慣れ親しんだ光景のように思えるが、このすばらしい恩恵を当たり前のものと思わないほうがいいのかもしれない。
「ラエルちゃんってどこか行きたいところとかしたいことってある?」
「ん?」
そういえばと思い聞いてみた。
ラエルちゃんは観光に来たらしい。となれば、具体的にどこに行きたいとかは決めてなかったとしても、何か食べたいものやしたいことくらいあるはずだ。
本人の意向に沿ってガイドもしたい。
「うーん……チロリンのおすすめで決めて欲しいな。ホントに思いつきで決めた旅行だから調べたりしてなくてね」
「そうなの? じゃあ予算はどれくらいだとかは?」
「ああ、それはいくらでもあるよ。100万でも1000万でも」
え?
急な発言に驚いているとラエルちゃんが「いっけね」と言った顔になった。
まるで何か言ってはいけないことでも言ったような表情である。
慌てて付け加える。
「……ってのは冗談だね! うん! 流石にそんな大金は出せないけど……まあいっぱい持ってるから全然お金は気にしなくていいよ!」
「あ、冗談なの? てっきりあまりにも自然に言うから本当なのかと思っちゃった」
冗談かぁ。
少しびっくりしてしまった。私は騙されやすいのである。シルちゃんに将来を心配させてしまうくらいには。
パンツの件と言いお茶目な人である。
こういう気さくな大人に私もなりたい。
「あぶねー……」と隣からぼそっと聞こえてきた気がした。
「……あっ! ラエルちゃん! そこのクレープ食べない?」
「くれーぷ?」
前方にクレープ屋さんを発見した。
街で時々見るキッチンカー形式のヤツで、奇麗に装飾されたお店が停まっている。
家族連れや奇麗な格好をした学生が美味しそうに食べている。
昼ごはんには少し早いくらいの時間である。
少しおやつを食べるくらいならちょうどいいくらいだ。
「あ、クレープってわかる? ラエルちゃんすごい日本語流暢だったから分かると思って話しちゃったけど」
「日本語は2年くらい勉強してたからそこそこ喋れるんだけど……料理名とか地名とか固有名詞は厳しくてねぇ。くれーぷって何よ」
普通に会話もできるし、本だけじゃなく、先生などにも教えてもらって本格的に勉強したのだろう。
まあ、2年勉強しても料理名や地名まで覚えていないのは当然である。
フラペチーノとか言って「あー、あれね」と思い当たられても逆に怖い。
「果物とかクリームを生地でつつんだものだよ。系統的には洋菓子なのかな? 日本で今若者を中心に流行っててね、見た目も可愛くておいしいよ!」
「はぇー! 食べてみたい!」
「買ってくるよ。何味がいいとかある?」
「よく分からないから適当に選んできてよ」
店に並んで買ってくる。
選んできてと呼ばれたものの、私も特別強いこだわりがあるわけではないので適当に『おすすめ!』と書かれていたものを二種類買ってきた。ラエルちゃんが金髪だったので色にちなんでバナナ味と、イ世界人はチョコが好きと聞いたことがあったのでチョコ味にした。
「はい、これ!」
「ありがと! きれいだねこれ!」
ラエルちゃんはクレープを見て感嘆していた。
チョコの方を渡している。
「あっちじゃ考えられないなぁ……。これ大衆向けのお菓子なんでしょ? 貴族どもの成金料理で奇麗な奴は食べたことあるけどさぁ。ソースもホイップも随分純度が高いけどどうやって作ってんだこれ」
「……ラエルちゃん貴族さんと料理食べたことあるの? もしかしてすごい人だったりする?」
「ん!? あー……いや、まあ、そんなことは……ない、よ、うん。あっちの魔術師なんてみーんな貴族とすしざんまい焼き肉ざんまいなんだから。私なんてまだまだよ」
「そうなの? 魔術師と貴族さんは仲がいいんだね!」
魔術師は実践派では戦力として貴族の懐刀になるし、理論派でも魔道具を作ったり新しい魔術を作り出したりと優秀な人材ばかりと聞く。
貴族さんが大事にしようとするのも当然だ。
すしざんまい焼き肉ざんまいは驚きだけど。
「じゃ、いただきまーす——ん! チロリンうまいねこれ!」
久しぶりに食べたクレープは私からしてもおいしかった。
ラエルちゃんが目を見開いてクレープをほおばっている。
「クリームあっま! 舌触りも滑らかだ! いや、うまい! こんなにおいしいものを地球人たちは毎日食べられるのか!」
「お口に合ったなら何よりだよ」
「はぁー……私が今まで食べてたお菓子は何だったのかって思っちまうぜぇ。この茶色い……ええと……『チョコ』だ! チョコが美味しいね」
パクパクと口の中に吸い込まれていくのを見るのは気分がよかった。
しかしイ世界人はチョコが好きというのは本当だったのか。まあイ世界人問わずで地球人もみんな好きだと思うけれど。
ふと視線を感じたと思うと、ラエルちゃんが私の方をじっと見ていた。
「チロリン、ほっぺにクリーム付いてるよ」
「え? ほんと……ってわっ!」
—―舌でペロリと頬を舐められた。
いきなりのことに心臓が飛び跳ねた。
ラエルちゃんから距離を取る。
舐めた本人は蠱惑的な表情でニヤニヤと笑っていた。
「いひひ、あまりも美味しそうだったものでつい、ね」
舌をぺろりと出す。
すごく楽しそうである。
何となく、私はこの人に勝てないんだろうなと悟った。
女の私でも少しドキリとした。もしかしたらラエルちゃんはかなり経験豊富なのかもしれない……彼女の纏う怪しい魅力にそう思う。
「ごちそうさま! いや、美味しかったねクレープ!」
「そうだね!」
なんやかんやで食べ終わる。
クレープは成功したみたい。ラエルちゃんは満足げな顔をしている。
クレープ屋を離れて歩き出す。
次はどこに行こうか――。
そう考えていると、唐突に悲鳴が響き渡った。
「――ひぃっ!!」
私達の近くを歩く歩行者のものだった。
いきなり耳の横で叫ばれたため、大きな悲鳴に少しびっくりする。
何事かと思い辺りを見渡すが何もない。
多分イ世界人だろう見た目のその人は、何か『恐ろしいもの』でも見たような表情で遠くの方に走っていく。脱兎のごとく、である。すごく焦っていた。
あまりに急な出来事だった。何が何だか分からない。
他の一部始終を目撃した歩行者も怪訝そうな顔をしている。
「ラ、ラエルちゃん、何だかすごい急なことでびっくりしたね。何か怖いものでもあったのかなぁ」
横を歩くラエルちゃんに喋りかけてみる。
—―しかし、返事は返ってこなかった。
「あー……悪いことしたなぁ。漏れちゃってたかぁ」
「……ラエルちゃん?」
「!! ああ、何でもないよチロリン。ええと……何だっけ?」
ボーッとしていたらしく、聞き返されてしまった。
何か言っていた気もするがよく聞き取れなかった。
何だかやけに真剣な横顔だったので、何か考え事でもしていたのかもしれない。
「ごめんね、ちょっと考え事しててさ」
そういえば。
さっきの走っていった人が見つめていた方向は、私の隣——ラエルちゃんの方だったような。
偶然だろうか。
それとも私の見間違え?
ラエルちゃんの方を見る。
彼女は先程までと変わらない笑顔でニコニコと前を向いていた。




