エピローグ
次の日の朝、いつものようにクロとタマを連れて事務所に向かい歩いていた。噛まれた傷は深かったのだが、引き裂かれてはいなかったので、大事に至る事はなかったようだ。
クロは、責任を感じているのか、心配そうな顔をして何度も俺の顔を見上げている。
事務所に着いてドアを開けると、ネコが血相を変えて駆け寄って来た。
そんなネコに差し出されたのは、一冊の通帳。
「なんだよ、ネコ。いったい、どうしたんだよ」
「あんた、これ見たら絶対びっくりするわよ」
たぶん、奥様から報酬が振り込まれたのだろう。確かに、今回の依頼は命がけだったし、治療費も含めて、もしかしたら百万位は入っているのかもしれない。
ま、それ位の事はやったからな、そう思いながら通帳を開いた。
「な、な、なんじゃこりゃ―――――!」
ゼロが七個も付いてる。と、言う事は……。
「今回の報酬は、一千万円か!」
「そうなのよ! ま、確かにすごい金額だけど、これが奥様の感謝の気持ちなのよ。奥様には一千万の価値があったって事。だから、気持ちは受け取らなきゃ、逆に失礼になるわ」
そう言って、すぐさま俺の手から通帳を奪い取り金庫にしまう。俺に背を向けたままの姿勢で、固まってしまったかのように、じっと動かない、ネコ。
ん? どうしたんだ?
その後、ネコはゆっくりと振り向いたのだが、何も喋らずなんだかモジモジしている。
こいつ、腹でも痛いのだろうか、と思っていたら口を開いた。
「昨日さ……たっちゃん、すごくカッコ良かったよ、見直した」
おぉ、褒められた!
いや、待てよ……こいつが、こんな事を言うのはおかしい。
だって、考えてみろ。今までの俺に対する、人を人と思わぬ言動。昨日だって、小学生の頃の失態を散々笑い飛ばしていたではないか。
こいつは、サタン。なにか……なにか企みが、いやさ陰謀があるに違いない。
そうか……金か。
予想以上の報酬が入ったから、その分け前を多く分捕るつもりだな。
ここは、俺が命を賭けて解決したのだ、と言う事を、はっきりと言うべきではないのか。
そうすれば、こいつもバカな事を考えまい。
「ま、俺がいたから解決出来たような物だからな。てか、俺が解決したと言っても過言ではないな。散々今まで俺の事をバカにしてたけどさ、やる時はやる男なんだよ、俺は。やっと俺の凄さが理解出来たか!」
おぉ、気持ちが良い!
ふと、視界に映るクロとタマに焦点があった。何故だか分からないが、呆れ顔で俺を見ている。
ネコに視線を戻すと、火山が噴火する直前のように、全身がぴくぴくと痙攣していた。
こいつ、核心を突かれたものだから、怒ってうやむやにするつもりだな。
そうは行くかよ。このサタンめ!
ここいらで、上下関係をはっきりしとく必要があるからな。
はっきりと言ってやろう、『お前は助手なのだ』と。
すると、足元のクロが鼻を鳴らし、
「たっちゃん、ここはそうじゃないだろ……」
と、言い残し台所に消えていった。
直後、被害が及ばぬよう書籍棚の上に非難していたタマが、
「自分の飼い主ながら、あきれるねぇ」
と、言い残し開いている窓から外に出て行った。
え、どう言う意味ですか?
「はぁ? なに偉そうにほざいてんのよ! ちょっと、褒めたら調子に乗りやがって! 今からでも遅くはないわ、日高山に行ってボスと戦って噛み殺されてきなさいよ! てか、今すぐ死ね!」
そう言って、般若のような顔をしたネコは、事務所のドアが壊れるくらいに、思い切り閉めて出て行った。
「なんなんだよ! みんなして出て行きやがってさ、俺が何したって言うんだよ! クロ、何か間違っていたのか? ちょっと、こっちに来て教えてくれよ! クロ、クロ!」
俺一人残して、誰もいなくなった室内。
悲壮感漂うその声が、しばらくの間こだましていたとかしないとか。