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心と絆本舗  作者: ゲーカー
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第六章

第六章 言う事を聞かなくなった馬


次の日、出社時刻の十分前に事務所の扉を開けると、既にネコは依頼者への電話を済ませ地図で住所を確認していた。俺達に気付いたネコは何故か不安げな表情を見せた。

「今回の依頼なんだけど……大丈夫かしら」

「どう言う事?」

「今回の依頼人のペットなんだけど……馬なのよ」

「う、馬って、あのニンジンが好きな?」

それを聞いたタマは、ひょいと飛び上がり、いつもの場所で丸くなって目を閉じた。クロは、「馬って、どんな動物だい?」と目を輝かせている。

 どうやら、タマはテレビで馬と言う動物を見た事があるのだろう。そんなデカイ動物が相手なら、自分には関係ないと思ったのかも知れない。

クロに馬を見せたら、タマと同じように自分には無理だと思うのだろうか。

「乗馬教室の馬で、譲り受けてから半年位経つみたい。気性は荒いみたいだけど、生徒を振り落としたりはしないから、なんとかやれてはいたみたいだけど、最近全く言う事を着かなくなって、ご飯もあまり食べないらしいのよ。獣医や知人に相談したらしいけど、年齢もまだ若いし原因はわからないままみたい。たまたまうちのホームページを見た知人から連絡があって、それで依頼してきたみたいなのよね」

「なるほどね……でも、馬と犬や猫って会話が成立するのかな? タマはテレビで見た事があるみたいだけど、クロは馬がどんな動物なのか知らないみたいだよ」

俺は自分の机の椅子に腰かけて、隣にいるクロを見つめた。

クロは相変わらず目を輝かせ、尻尾をブンブン振っている。

「だから、馬ってどんな動物なんだい? ま、どんな動物でも僕に任せてくれたら、すぐに解決して見せるけどね!」

「クロちゃん、こっちに来てみて」

どうやらネコは、パソコンのウェブサイトから、馬の動画でも見せるつもりみたいだ。手招きしてクロを呼んでいる。

 クロの顔がパッと明るくなって、急いでネコの元に駆けて行った。クロは立ち上がり、両足をネコの机に掛けてパソコンの画面を見つめた。

そのパソコンから、馬の鳴き声が聞こえてくる。やはり、分かりやすいように動画を見せているみたいだ。

直後、クロの表情が固まった。

 そりゃそうだろう。この依頼を受けたら、クロは自分の何倍もある馬相手に悩み事を聞き出さないといけない訳だし、それを想像したら躊躇するに決まってる。

「クロ、どうする? 怖かったら断っても良いんだぞ」

「こ、怖くなんかないさ。僕は勇敢なラブラドールの血を受け継いでいるんだからね」

確かに、クロの言う通りラブラドールは救助犬や警察犬にも使われているし勇敢な犬種だ。でも、クロを見る限り無理をしているように見えるんだけどな……。

「クロちゃんはなんて言ってるの?」

「クロは、やってみるって言ってはいるけど……」

俺の声はクロにはっきりと聞こえてしまうから、クロのプライドを傷つけてしまう事になるし、「無理している」とは言えなかった。

「そう、だったらやってみましょうか。前もって依頼主には、種族間の違いで上手くいかない可能性があるって事を伝えときましょ」

「クロ、無理はしなくても良いからな」

顔を下に向け、一生懸命心から恐怖心を追い払おうとしているクロに、そう伝えた。

「し、心配しなくてもいいよ。僕が上手くやってみせるさ!」

スッと顔を上げたクロは、力強くそう言った。

良くも悪くも、この辺りが犬と猫の違いだよな。


 依頼主の牧場がある、八王子市に向かって俺達は車を走らせた。よほど馬が怖いのか、マタタビで釣っても珍しく首を縦に振らなかったタマは、今回お留守番と言う事で、クロに全ての責任がのしかかっていた。

「でも、クロちゃんは勇敢よね。さすがラブラドールだわ」

ネコはクロの気も知らないで、余計にプレッシャーを与えている。

 その言葉を理解出来たのか、クロは目の焦点が合っていないような、見た事のない表情を浮かべた。

――可哀そうに……出来る限り俺も協力するからな、クロ。

約一時間ほどで、俺達は目的地に到着した。山の頂上付近にあるその牧場は、壮大な野原に仕切りがしてあって、その中には何頭もの馬が草を食べたり、連れだって走り回っている。クロはその風景を目の当たりにして、尻尾が股にくるまっていた。

「クロ、大丈夫か?」

「大丈夫に決まってるじゃないか。僕に任せてくれよ!」

「いや、その、尻尾がさ……」

「こ、これかい? たっちゃんは、何も知らないんだね。ラブラドールは、本気で物事に取り組む時はこうなるんだよ!」

「そ、そうか。だったら良いんだ、一緒に頑張ろうな」

クロは、小刻みに震えながら頷いた。たとえ、その震えを問いただしても、武者震いだとクロは言うだろう。

「あんた達、何ひそひそと話してんのよ。クロちゃんがすぐに解決してくれるわよ。ね、勇敢なラブラドールのクロちゃん!」

――だから、これ以上クロにプレッシャー与えんなっての、このお気楽女が。

ペンションのような建物の玄関に立ち、インターホンを押す。要件を伝えると、依頼者であろうその女性は玄関から顔を出した。

見た感じで五十台半ばと言った所だろうか。やはり自然の中で暮らしているからなのか、全く化粧をしていないと思うが、肌の艶や張りはとてもその年代には見えない。

ま、もしかしたら、もっと若いのかも知れないけれど。

 俺達はその女性に案内されて、裏手にある乗馬教室の建物の中に通され、出された麦茶を一口飲んで、ネコはカルテを取り出し女性と話し始めた。

よほど緊張しているのか、出された大好物のミルクに一切口を付けていない、クロ。

 カルテによると、その馬の名前は、『キング』と言うらしい。年齢は馬で言う所の四歳。なんと体重は五百キロもあるらしい。

体には特に損傷が無く、他の馬達との仲が悪い訳でもない。だから、理由が分からなくて困っているみたいだ。

「じゃあ、キングをこっちに連れてきますね」

そう言って、依頼者はドアを開けて出て行った。

「なんだろうね、キングの原因って」

「ま、じかにキングに聞いてみるしかないな」

そう言うと、クロはごくりと唾を飲んだ。

 しばらくするとドアが開いて、

「連れてきましたんで、外へ出て来てもらえますか?」と依頼者。

乗馬用の少し小さめの柵の中に、キングは金色のたてがみを風になびかせながら威風堂々と立って、こちらを睨んでいる。

「こら、キング! なに威嚇しているの! あんたのために来てもらった方達なんだからね!すいません、見慣れない人に対してはこう言う態度をとる馬なんですよ。ですから、柵の中には入らずにお願いします」

――それは、入ってしまったらえらい事になるって事ですよね……やはり、この依頼は断るべきだったのじゃないか?

 不安になって、隣にいるクロをチラッと見てみた。

なんと驚く事に、クロの尻尾はピンと立ち、鋭い眼光でキングに睨みを利かせているではないですか!

クロは俺に視線を向け静かに頷いた。そして、すっとキングの側の柵まで近寄って行く。

「こんにちはキングさん。僕はクロと言います。あなたの飼い主から――」

クロが話している最中に、キングはその雄大な体でいきなり立ち上がり雄叫びを上げた。

驚いたクロは牙を剥いて、その場に伏せて攻撃の姿勢を取る。

地響きのような音を立てて、キングは前足を地面に叩き付けた。どうやら、クロに対しての威嚇のようだ。依頼者はすぐにキングの側に駆け寄りキングを叱りつけたが、そっぽを向いて聞いてはいない。

「これじゃ、話なんて出来そうもないわね……」

と、ネコはやっとまともな事を言った。確かにこれは無理がある。依頼者に謝って帰ろう、そう思い依頼者に声を掛けようとした時に、クロは言った。

「諦めるのはまだ早いよ。これは僕の犬としてのプライドがかかっているんだ。バカにされたまま引き下がるなんて出来ない」

この絶望的状況で、体に流れるラブラドールの勇敢な血が、クロを目覚めさせたのかも知れない。

「ネコ、クロがまだ諦めるのは早いって言ってる。だからもう少し様子を見てみよう」

「うそ、マジで! クロちゃんカッコいい! 頑張ってねぇ!」

――また元に戻ってる……。

 クロ対キングの壮絶な戦いが始まった。俺たちはそれを見守る事しか出来ない。

「キングさん、俺はあなたよりもかなり小さい。でも、気持ちの大きさでは負けるつもりはないからね。キングさんが悩んでいる事を聞き出すまでは、ここを一歩も動くつもりはないよ。それはみんなに伝えてあるから、あなたが話すまではここから出られないと言う事だよ、あなたと僕の根競べって奴だ」

クロの発言に激怒したのか、キングはクロのいる柵の手前まで走り込んで来て雄叫びを上げた。

「ク、クロ、キングは何か喋ってるのか?」

「貴様ごとき小さな犬が、俺に意見するなんざ百億年早いってさ」

 ――これ、やっぱ無理なんじゃないの?

「キングさん、僕は意見をしたつもりはないよ。僕には、あなたの悩みを解決出来る手段があるから、こうして聞いているだけだよ。聞いていてわかっただろ? 僕は飼い主と話が出来るんだ。だから、あなたの悩みを依頼者に教えてあげる事が出来る。種族とか抜きにして話してみてよ」

またも、キングは雄叫びを上げて、右前足をクロの頭上の柵に打ち付けた。

「ク、クロ! もう危険だから終わりにしよう!」

「大丈夫だよ。彼は本気で僕を傷つけようとは思っていない。ただ、プライドが邪魔して素直になれないだけだと思うよ。そうだろう、キングさん?」

クロはキングに笑顔を見せた。キングがどう思ったのかは分からないけれど、プイと顔を背けて建物の裏手の方に駆けて行く。それを追って柵を回り、クロはキングの目の前まで走って行った。

しつこいクロに嫌気がさしたのか、キングはまた立ち上がってクロを威嚇している。ここからは少し距離があるから、何かを話しているのかどうかは分からないが、二人は睨み合っているようだ。

「しかし、クロちゃんは偉いわよね。美人に見とれてデレデレしてる、どっかの誰かさんとは大違いね」

「はぁ? お前な、それは俺に対して失礼だぞ。俺だって頑張ってるだろうが!」

「何を頑張っているんだか、この前の依頼者が和服美人だったから、あんた鼻の下伸ばしてエロい目線送ってたじゃない。私が気付いてないとでも思ってたの?」

「エロい目線なんて送ってねぇよ! て言うか、お前だって、依頼者が美人なもんだから変な対抗意識持って、さっさと済まそうとしてたじゃないか!」

「はぁ? 誰が対抗意識持ってたって!」

「あ、あの……内輪揉めは、戻られてからにして頂けませんか……」と、依頼者。

「あ、す、すみません……」と、二人同時に謝った。

 その時に、俺たちの背後に目を向けた依頼者が、

「あ、あぶない!」と大声で叫んだ。

その声に驚き、俺もネコも同時に振り向くと、キングがいる横の建物の上に積んである丸太の紐が切れて、ゴロゴロと大きな音を立てて転げ落ちてきていた。

「クロ! キングの上から丸太が落ちてきてる!」

キングにその内容までは伝わらないから、ただこっちを振り向いただけだったが、クロはすぐに反応して柵を潜り、キングのわき腹に体当たりした。

 訳も分からずに、クロに体当たりされ転んだキングは、立ち上がり逆上して雄叫びを上げようとした時。

すごい音を立てて、キングが今までいた場所に大きな丸太が落ちた。すぐに俺達はそばまで駆け寄って行く。

「キングさん、間一髪だったね。怪我がなくて良かったよ」

「クロちゃん! 超カッコいい!」

 お気楽女は、クロの活躍に大盛り上がりだ。

「本当に申し訳ありません、なんとお礼を言ったら良いか。お陰でキングが助かりました。

クロちゃん、有難うね」

依頼者の女性は深く頭を下げ、クロにもお礼を言った。

「キングさん、別に今の行動に恩義を感じる事なんかないからね。別に助ける相手があなただろうが、そうではなかろうが、僕は同じ行動を取っていたからさ。じゃあ、今から根競べの再開と行こうじゃないか!」

――クロ、お前……超カッコいい!

すると、これまでの雄叫びとは違い、キングが何かを語り出したように見えた。

「いや、お礼はいいよ。そうか……なるほどね。うん……その気持ち分かるよ……」

どうやら、キングはクロの勇敢な行動に心を打たれたのか、悩みを話しだしたようだ。

しばらくその語りは続いたが、

「わかったよ。出来る限りの事はやってみるから」

とクロが言って、その話は終わりを告げた。

 クロから話を聞いてみると、どうやらキングは今の現状に不満があるらしい。ここに連れて来られるまで、競走馬として、『スピードキング』と言う名前で競馬場で走っていて、そのスピードは周りの馬達からも一目置かれていたらしい。

しかし、何故だかキングは成績が振るわなくて、半年も経たずに登録を抹消されてしまい、この乗馬教室に連れて来られてしまった。最初こそ真面目に生徒を乗せて走っていたが、やはりキングはもう一度競走馬として人生をやり直したいと思っている。それを依頼主に伝えたいが伝える事が出来なくて悩んで自棄になっていたみたいだ。

 俺は、この話をネコと依頼主の女性に告げた。すると、依頼主は顔を曇らせ口を開いた。

「そうですか……実は、あの子が競走馬を抹消された理由は、あの気性の荒さが原因なんです。競馬では最初から最後まで全力で走ってしまったら息が持たないんですよ。だから騎手が折り合いをつけて、ここだと言う時にスパートをかけるんです。その指示をキングは一切受け付けなかったんですよ。馬主や調教師さんも、キングには能力が有るだけに、いずれ理解してくれると根気良く教えていたみたいですが……。元々そんなに血統が良い訳でもないですし。ですから、今さらそんな話を持って行っても……」

依頼者の女性は、悲しい視線をキングに送った。

確かに改めて登録をするとなると、お金もかなり掛るのだろうし、それを馬主さんに納得させるのは難しそうだ。

どうやら、クロの活躍を成果に結び付けてあげるのは厳しそうだな、そう考えていると、お気楽女が声を出した。

「えっと……話をまとめると、キングの馬主さんが了承すれば良い訳ですよね?」

「まぁ、確かにその通りなんですけれど……馬主会の中でも融通が利かないと有名な方ですし……」

「じゃあ、駄目元でその馬主さんと会って話してみましょうよ! そのセッティングはお任せできますか?」

「えぇ、その位なら何とかやってみますけど。でも、会われても無駄になる可能性の方が高いかも知れませんよ」

本来なら断りたい所だろうが、依頼を解決しキングの危機を救った俺達の頼みを、むげに断る事は出来ないようだ。

「そこまでやって駄目ならば、私達も諦めがつきますし、クロちゃんからキングには上手く伝えてもらって、ここでの生活を頑張るようにしますから。じゃないと、クロちゃんの頑張りが報われないわ」

 ――こいつ本当に、たまに、ごく稀にだけど良い事を言うな。

「そうだな、ネコの言う通りだ。クロが頑張って悩みを聞きだしたんだから、今度は俺達が頑張る番だもんな」

「そうですか……分かりました。明日、馬主さんが十一時にこちらにお見えになる予定がありますから、その時にお時間を作ってもらえるようにお願いします。、何時に時間を空けて頂けるか分かりませんし、一応その時間にこちらに来て下さい」

 依頼者は渋々了承し、明日もこの牧場に足を運ぶ事が決まった。

俺達は、すっかりクロと打ち解けたキングに別れを告げて牧場を後にした。車が見えなくなるまで、キングはたてがみをなびかせながら、雄叫びを上げて見送ってくれていた。

「でも、ほんっと今日のクロちゃんカッコ良かったわ。もしも、クロちゃんが人間だったら、絶対好きになってる。あんたも少しは見習いなさいよ!」

「うるさいな。ま、確かに今日のクロはめちゃくちゃカッコ良かったけどさ」

褒められて喜んでいるだろうと思い、ルームミラーで後部座席のクロを確認すると、よほど疲れたのか目を閉じてぐっすりと眠っていた。

「でもさ、明日その馬主さんと会って、なんとか説得出来るのかな。なんか、血統も良くないって言ってただろ。競馬の事はあんまり詳しくないけどさ、ブラッドスポーツって言われている位だから、良い血統じゃないと将来も種牡馬とかになれないんじゃないの?」

「そうね、正直ちょっと難しいでしょうね。ただ、さっきも言ったように、最初から諦めてたら何も出来ないじゃない。当たって砕けろって言うでしょ。クロちゃんがあんなに頑張ってくれたんだし、その気持に答える為にもやるだけやってみましょうよ」

どうやらネコも、本気で説得出来るとは思っていないみたいだ。クロの頑張りを無駄にしたくない気持ちの方が強いように感じられる。

時刻は、まだ昼の一時を回った所だったので、俺達は事務所に戻った。ちょうど駐車場に車を入れ終わった時に、クロは目を開いた。

「あれ、もう事務所に着いたのかい?」

よほど深い眠りに就いていたんだろう。小一時間ほどの距離が数分に感じられたみたいで、きょとんとした顔で辺りを見回している。

「残念だったな、クロが寝てる間、二人でお前の事褒めまくってたんだぞ」

そう言うと、褒められる事が大好きなクロは、しょんぼりと顔を下に向けた。

「そんなに落ち込むなよ、タマにもお前の武勇伝をちゃんと聞かせてやるからさ」

「ほんとかい! タマは僕が話してもちゃんと聞いてくれないんだよ。事細かく説明してやってくれよ!」

「クロちゃん、本当に今日は良く頑張ったわね。超カッコ良かったわよ!」

ネコのその言葉が理解出来たのか、クロの顔がより一層輝いた。尻尾なんか、振り過ぎて千切れるんじゃないかと心配する位の早さで動かしている。

 俺達は車を降りて事務所のドアを開けると、本棚の上で丸くなっていたタマがそれに気付いて、一度大きなあくびをしてから、「おかえり、上手い事行ったかい?」と言った。

「聞いてくれよタマ! 僕の大活躍で、超カッコ良い、キングの丸太が、僕が体当たりして、それで、それで……」

クロは興奮しすぎて訳のわからない事を言っている。

タマは目を細めて、呆れたようにあくびをした。

「クロ、お前興奮しすぎて意味が分からないよ。俺が説明するから落ち着けって!」

「じゃあ、あんたクロちゃんの活躍をタマに話してやって、その間に私はお昼ご飯買いに行ってくるから。クロちゃんは、大活躍してくれたからステーキ買って来てあげるからね。タマには紅シャケ買ってきてあげるから、クロちゃんの武勇伝をちゃんと聞いてあげて」

そう言って、ネコは出掛けて行った。

「クロ、活躍してくれたからステーキ買って来るってさ」

「ス、ステーキかい!」

「タマ、クロの武勇伝をちゃんと聞いてくれたら、ネコが紅シャケ買って来るってさ」

棚の上のタマは、それを聞くや否や尻尾をピンと立ち上げ、ひょいと飛び降りてくると、カッと目を見開き、クロの前にぺこりと座った。

「さぁ、クロの旦那の武勇伝とやらを、じっくり聞かせてもらおうじゃありやせんか」

 こいつ、ほんとに猫らしい猫だな、当たり前か。

ネコが返って来るまでの間、クロの大活躍を抜群の相槌を入れながら、真剣に聞き入っているタマに話してあげた。途中で感極まったのか、クロも話に入ってきたが、相変わらず興奮し過ぎて訳のわからない事を言っていた物の、紅シャケパワーは強力だったようで、その意味不明の話しさえも、そいつはすげぇ、とか言いながら頷き聞き入っていた。

およそ三十分ほどで、ネコはビニール袋をぶら下げて帰って来た。

自分の机の上にその袋を置いて俺達を見まわす。

「どうやら、クロちゃんの武勇伝は終わったみたいね。タマはちゃんと聞いてた?」

「うん、しっかりと聞いてたよ。クロも満足してる」

「そう、じゃあ、ご飯にしましょうか! クロちゃんのステーキを焼くから少しだけ待っててね」

既に、クロの口元からはよだれが垂れてきている。タマはネコの足元にすり寄って行った。俺は自分の椅子に座り、窓の外の景色を眺めながら、予想以上に順調に行っている俺達の仕事に満足していた。

昼食が終わり、窓から差し込む木漏れ日の中で全員がウトウトしてると、急に電話の音が鳴り響いた。

その音に驚き、みんな一斉に目を覚ました。タマなんか驚き過ぎて尻尾の毛が逆立ち、三倍位の大きさになっている。

「はい、心と絆本舗で御座います……はい……はい。有難う御座います! かしこまりました。明日は他の依頼が入っておりますので、明後日の十一時にそちらに伺いますので。宜しくお願い致します」

ネコは相手が電話を切るのを確認して、ゆっくりと受話器を置いた。

どうやら、新しい依頼のようだ。

「またまた依頼よ! 今度の依頼者のペットは犬だから、またクロちゃんの出番ね!」

それを聞いたクロはパッと立ち上がり目を輝かせている。

 正直言って、こんなにも順調に行くとは思っていなかった。でも実際、これもネコのお陰だと思う。俺の気持ちが充実しているのもそうだ。

 もっともっと、俺が頑張らないとな、そう思いながらみんなを見つめていた。


 次の日は、タマに留守番を頼んで午前十時に事務所を出た。牧場に着くまでに、今日の作戦をまとめる。

まずは、昨日の話を馬主さんにして、キングの気持ちを知ってもらう。当然そこですぐに了承を得る事はないはずだから、依頼者に聞いた、『折り合い』と言う物をクロからキングに伝えてもらい、その上で一度調教をしてもらう。そこで、調教が上手く行けば馬主さんも真剣に考えてくれるのではないか、と言う物だ。

 牧場に着くと、車の音でわかったのか、柵の所にキングが駆け寄って来て、嬉しそうに雄叫びを上げている。車から降りたクロもすぐにキングの所に駆け寄って、何やら話し込んでいるみたいだ。

「やっぱり動物同士だから、心が通じ合ったらすぐに仲良くなれるんだね」

「そうだな、後はキングを競走馬に戻してやらないとな」

俺達は、昨日と同じように依頼者の女性に会い、馬主さんの時間が取れるようになるまで乗馬教室で待つ事になった。キングは昨日と同様、柵の中に連れて来てもらっていたので、クロは外でキングと遊んでいる。

「その馬主って、どんな人なんだろうね」

「やっぱり、お金持ちだから結構な歳のおじさんなんじゃないか?」

「おじさんか……だったら、最後は私の色仕掛けで落とすしかないわね」

そう言って、Tシャツの肩口をチラッと下げて見せた。それを見た俺はドキリとして飲んでいた麦茶を喉に詰まらせた。

「ゲホゲホ……何言ってんだよ。そんな物が通用する訳ないだろうが」

「あら、そうかしら。スタイル結構自信あるんだけどな。水着撮影位なら交換条件でオッケーしても良いけど」

水着姿のネコを想像してみた……かなりイケてる。

「あんた……想像したでしょ?」

「な、な訳ないだろ! 第一そんなもんを交換条件にしてくれる訳ないだろうが!」

――やばいやばい、鼻血出てないよな?

 その時、外からキングの雄叫びが聞こえてきた。足音が近づいて来て部屋のドアが開く。振り向くと、依頼者の女性の横には、予想通りでっぷりと太ったいかにも金持ちそうなスーツ姿の中年おじさんが立っていた。

俺達は椅子から立ち上がり馬主であろう、そのおじさんに頭を下げた。依頼者は、結果の見えている話し合いを見るのが忍びないのか、仕事が残っているので、と言って席を外した。

「お忙しい所、時間を取って頂いて有難う御座います」

ネコは、なかなか俺には見せてくれない最強の笑顔を浮かべ言ったのだが、そんな笑顔に一瞥もくれずに、馬主さんは無言で椅子に腰かけた。

俺が話を進めようと口を開きかけたが、それを制してネコが話し出した。

「キングの事なのですが、競走馬としてもう一度チャンスを頂けないですか」

「あぁ、その件はさっきの女性から聞いたよ。なんでも、昨日君らの犬とキングが打ち解けて悩みを聞いたらしいな。しかし、そんな話を良い大人が信じるとでも思っているのかね。どうせ適当に話を作って金もうけでもしようと思っているんだろ? 動物好きの飼い主ならば親バカで信じて金を払うのかも知れんが。とてもわしには信じられんよ。まぁ、なぜかは知らんがキングは元気になっているみたいだから、昨日の報酬はきちんと支払うがな」

「では、どうやったら信じてもらえるんですか?」

ネコは相手の性格を踏まえて、回りくどい事はせずに直球勝負に賭けたみたいだ。

馬主さんは、短い足を組み直して鼻を鳴らした。

「どうやったら? 残念だが、どうやっても信じる事はない。それに、君らは馬を一頭預けるのにいくらお金がかるか知っているのか? それを、子供の戯言を信じて払うバカはいないだろう」

「でも、キングがレースで勝って賞金が入れば問題ないんですよね。元々キングは将来有望だったって聞きました。ちゃんと騎手の指示を聞けるようになれば、今でも勝てるだけの能力はあるんでしょ?」

「その通りだ。が、散々今までやったんだ。それでも無理だったんだ。素人のお前らが知った風な口を利くな! 不愉快だ、これ以上話をしても時間の無駄だ、失礼する」

そう言って、馬主さんは席を立って部屋を出て行った。

その後姿を見つめながら、ネコはがっくりと肩を落とす。

「やっぱり駄目みたいね。クロちゃんとキングに謝らなくちゃ……」

「でも、ネコは頑張ったよ。俺なんかじゃ、話にもならなかっただろうしさ。二人でクロとキングに謝ろう……」

そう言って、俺達は部屋の外へ出て行った。

 ドアを開けると、キングとクロが一匹の犬と一緒に遊んでいた。見た感じでは、柴犬のように見える。俺達が出て来たのに気付いたクロはすぐに駆け寄ってきて、期待のこもった眼差しを向ける。

「たっちゃん、どうだった?」

「すまん……ネコが一生懸命頑張ってくれたんだが、説得する事が出来なかった……」

「クロちゃん、ごめんね……」

俺達は、この依頼をやり遂げる事が出来なかった悔しさと、クロとキングに対する申し訳なさで俯いた。

「そうか……キングさんからも、馬主さんの事は聞いていたから、説得は難しいのじゃないかと話してはいたんだ。でもね、そんな僕達に救世主が現れたんだ!」

そう言うと、クロはキングと遊んでいる柴犬に視線を送った。

俺には、さっぱり意味が分からなかったのだが、その内容をネコに伝えると、その目に光が宿った。

「彼は、馬主さんの家で飼われているラッキー。事情を話したら、馬主さんの悩みを教えてくれたんだ!」

クロは、またもお手柄を立てて誉め称えられる事を想像して、鼻息が荒くなっている。そのままネコに伝えると、その瞳がより一層輝きだした。

この内容次第では、一気にゴールまで駆け抜ける事も出来るし、逆に期待外れに終わる事にもなる。

「クロ、その悩みって言うのはどんな内容なんだ?」

「馬主さんには高校三年生の息子がいるみたいなんだけど、どうやら進路の事で悩んでいるらしいんだ。彼は人間の言葉がはっきり聞こえる訳じゃないから、何となくしか分からないみたいだけど、なんでも日本で一番の大学に行けるだけの成績を取っているのに、本人がその気にならなくて困っているみたいだよ」

その内容をネコに伝え、俺はネコを凝視した。ネコも俺を見つめ返す。

「お前は東大法学部現役合格の在学生。そして、大抵の男を虜に出来るだけの美貌とスタイルの持ち主!」

「と言う事は、私がその息子を東大進学に勧める事が出来れば!」

「依頼解決!」と、二人の声が重なった。

クロは、自分の聞き出した情報が重要だった事が分かって大喜びしている。

 ちょうどその時に、隣の大きな建物から馬主さんが出て来た。どうやら、帰り支度のためにラッキーを連れに来たみたいだ。

「君達まだいたのかね。君らの仕事って奴はよほど暇なんだな。ラッキー帰るぞ!」

「待って下さい。お話があります」と、ネコが切り出す。

「なんだね。君達に付き合っていられるほど、私はそんなに暇じゃないんだよ」

「高校三年生の息子さん、東大に行かせたいんですよね。でも、本人がその気にならなくて困ってらっしゃる」

「……なんでそれを知っているんだ」

「そこにいる、ラッキーから教えてもらいました」

「ラッキーからだと……そんなバカな。しかし、その事はこの牧場の人間は誰も知らんはずだ……なにより、その事を知っているのは家族だけのはず……」

馬主さんは、信じられないと言う顔で、じっとラッキーを見つめている。

多分、意味が分かっていないであろうラッキーは、嬉しそうに尻尾を振っている。

「実は私、こう見えて東大法学部の一年生なんです。あ、一応現役で受かりました。もしも私が息子さんを東大に進む気持ちにさせる事が出来たら、キングを競走馬として戻してもらえませんか?」

「む、むぅ……確かに魅力的な交換条件だな。実を言うと、一人息子だからどうしても厳しく出来ずに困っていたんだ。そうか君は東大生だったのか。しかし、息子を悪く言うのもなんだが、あれは難しい子なのだよ。そんなに簡単に行くものなのかどうか……」

さっきはあれだけ威厳を放ち、俺達にきつい言葉を吐いていた馬主さんは、どうやら子供の事になると気弱なお父さんになるみたいで、大柄なのになんだか小さく見える。

――こりゃ、決まりだな。

「提案なんですが、私を家庭教師と言う事にして頂いて、今日お宅にお邪魔させて下さい。実際に勉強を教える事も出来ますし。当然この作戦が、お父様主導の元で行われている事は結果がどっちに転んでも本人には言いませんからご安心ください。迷ってらっしゃるようですが、考えてみて下さい。この作戦が成功しようが失敗しようがあなたにはなんのデメリットもないんですよ。そうでしょ、成功して息子さんが東大に行ってくれれば、キングを競走馬に戻す事くらい大した事ではないでしょ?」

「ま、まぁ、それはそうだが……」

「じゃあ、決まりですね。息子さんが帰られたら連絡下さい。あ、あと迎えの車は用意して下さいね」

「む、むぅ、分かった。では、宜しくたのむ」

馬主さんは難しい顔を浮かべたまま、ラッキーを連れて車に向かって歩いて行った。

「クロちゃん! さいっこうに超カッコいい! またまたお手柄だね!」

意味まで理解出来ているのかは不明だが、クロはピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。それを見ていたキングも、前足を上げて立ち上がり雄叫びを上げた。

「よし、後はその息子を私の魅力で虜にすれば良いだけね」

「しかし、今日一日では無理だろ? 長期戦も視野に入れておかなくちゃいけないな」

「はぁ? あんた私をなめてんの? 言っときますけど、これでもミス東大に選ばれてんのよ。入学してから三カ月で芸能事務所のスカウトを何社断ったと思ってんの?」

ネコは雑誌で良く見るモデルのポーズをとって見せた。

「し、失礼致しました……」

「ま、分かればいいのよ。わ・か・れ・ば」

そんな事実を聞かされて、ネコにウインクされた俺は、不本意ながら少し舞い上がってしまった。

 この話が上手く行く事を想定して、キングに騎手の指示に従わないとレースでは勝てないし競走馬にも戻れない事を、クロに伝えてもらった。クロに完全に心を開いているキングは、それを理解し了承してくれたようだ。

俺達は、牧場を後にして事務所へ向かい、ネコが一度戻って今日の勝負服を着て来ると言うので、自宅の前で降ろした。

時刻は昼の三時を過ぎた所だったから、何をしようか悩んでいるといつの間にか机の上で眠り込んでいた。


「バタン」とドアが閉まる音で、意識が覚醒した。

あれ、いつの間にか寝ちゃってたんだな。

机から顔を上げて、虚ろな目でドアの方に視線を向けると、そこには見違えるほど可愛くなったネコが立っていた。

綺麗な髪をトップで結って端正な目鼻立ちが映えるような薄めのメイクを施し、胸の谷間が覗いているピッチリとした白いTシャツにチェック柄のタイトなミニスカートをはいて、そこから伸びている足は男性ならば誰もが振り向くであろう程に綺麗であり、そして官能的でもあった。

「どう? イケてる?」

ネコは腰に手をあててポーズを取る。

ヤバイ、相当にヤバイ。そりゃ、ミス東大になるはずだ。スカウトもわんさか来るに決まってる。

「ちょっと、なに黙ってんのよ。感想を言いなさいよ。感想を!」

「い、いや、めちゃくちゃ可愛いです、はい」

元々可愛いのはわかっていたが、こうやってきっちりメイクをして髪や服装を決めると、ここまで仕上がるのだとは思っていなかったので、あまりの衝撃に俺は目をパチパチしていた。

「ま、相手がどんな女性がタイプなのか分からないから、取り敢えず万人受けしそうな服装で決めてみました。でも、何時頃電話来るんだろ?」

「高校生も夏休みだから、夏期講習とかなら昼間にあるはずだし、今が一七時だからもうそろそろなんじゃないか?」

そう言った時に電話が鳴りだした。すかさず、ネコが受話器を上げる。

「お電話有難う御座います。心と絆本舗で御座います。あ、どうも……はい、分かりました。では、お待ちしております」

 話し終えたネコが受話器を置いた。

「今から迎えをよこすって。田園調布からだから、二十分位で着くんじゃない?」

 ネコが言った通り、それから二十分ほどで玄関のチャイムが鳴った。

「では、杉浦米子行ってまいります!」

軍隊の敬礼のポーズをとったネコに合わせて、俺も立ち上がり同じポーズを取り、

「健闘を祈ります!」と言った。

 何時になっても、一度ここに戻って来るとネコが言ったので、俺達は事務所で時間を潰す事になった。クロとタマはじゃれ合って遊んでいる。

しかし、さっきのネコは可愛かったなぁ。何社もスカウトが来るほどのミス東大か。そんな女の子と俺は一緒に仕事してるんだな。これって結構凄い事なんじゃないか? 

それも、最初は東大辞めてまで俺と仕事するって言ってた訳だし。

もしかして、あいつ……俺の事好きなんじゃないか? 

でも、あいつの俺に対する言動は冷酷極まりないからな。本当に好きな相手ならそこまで冷酷になれるか? 

いや、普通の神経の持ち主ならばなれないよな。ま、確かに可愛いけど性格が酷いからな。あいつと結婚したら早死にしそうだし。

て言うか、付き合った段階で精神からくる疲労で老け込みそうだな……やっぱ、いくら可愛くてもあいつは単なる仕事のパートナーだな。うん、そうだな。

「たっちゃん、お腹が空いたよ」と、クロ。

「お、おう、そうだな。じゃあ、なんか買いに行くか!」

タマに留守番を頼んで、クロを連れて買い物に出掛けた。

「たっちゃん、ネコさんの事どう思ってるの?」

「レッサーパンダの皮を被ったタスマニアデビル」

「え? 意味が分からないよ……」

「なんでそんな事聞くんだ?」

「ただ、なんとなく聞いただけだよ。ねぇ、今日もお手柄だったからステーキかい?」

「そうだな、ステーキだな!」

それを聞いたクロは、グイグイ俺を引っ張ってスーパーに向かって歩いた。


 食事を済ませた俺達は、ネコの帰りを各自所定の位置でひたすら待っていた。タマは寝ているのか起きているのか分からないけれど、ずっと棚の上で丸くなっている。クロは俺の足元で横になって前足に顔を乗せている。俺は窓の外から見える星の見えない夜空を、何を考えるでもなくただ眺めていた。時刻は二一時を回っている。

もうネコが出掛けてから三時間半か。

その時、クロが立ち上がって玄関に走って行った。俺はそのままの姿勢でドアを凝視していた。タマは顔だけをドアに向けている。

開かれたドアから、何やら沢山の手荷物を持ったネコが現れた。クロはネコの足元で尻尾をブンブン振っている。

「おかえり。なんだ、その荷物は?」

「はぁ? あんたね、なんで荷物の事を先に聞く訳? 先に聞く事あるでしょうが! バカじゃないの。一回あんたの脳みそがどれ位あるのか調べてみたいわ。どうせカバ並みでしょうけど。あ、カバに失礼か」

やっぱりこいつは、最高位のデビルだ。見た目に騙されるとエライ目に遭うぞ。

「あのなぁ、お前が気合い入れて行ったんだから、結果は成功しかないだろうが。違うのか?」

実際、失敗に終わる事なんて想像もしてはいなかった。

だって、こいつの本性を知らない高三の健全なる男子が、落ちない訳ないでしょ。

「お、あんたにしては珍しく良い発言するじゃない! その通り、きっちり落として来ましたよ。クロちゃん、キングはまた競走馬に戻れるわよ!」

クロは、ネコの笑顔で結果が成功だった事を理解していたようで、部屋中を飛び回って喜んでいる。

ネコは、手に持っていた紙袋を自分の机の上にドサッと置いて、ふぅ、と息を吐いた。

「喜んだ御両親がさ、あれもこれもってこんなに沢山のお土産頂いちゃって」

「意外に簡単だったのか?」

「それがね、以前付き合ってた彼女が東大の法学部志望でね、一緒に東大に行くんだって頑張ってた訳。そしたら、その彼女が同じ塾の友達を好きになって振られちゃったのよ。で、その彼も東大の法学部志望でさ。だから東大には行かないって言ってたみたいね」

「なるほどね、それで?」

「今日が彼との初対面じゃない? でもね、私の顔を見るなり驚いて腰抜かしたのよ」

「え? なんでだ?」

「彼は私の事を知ってたの。私って、東大を狙っている男性の間ではちょっとした有名人みたい。さらに、彼女を取られた男性が私の熱烈なファンなんだって。だから私はこう言ったの、『もしも現役で合格したら二人の前を君と腕を組んで歩いてあげる』って。さらに駄目押しで、『君がもっと素敵な男性になっていたら付き合ちゃうかも知れないわ』ってね。

「それは、確実にノックアウトだな」

 こいつの本性知らない訳だし。

「まあね。彼ったらすぐに御両親の所に行って、『俺、必ず現役で東大に受かって見せる!』って報告したの。それ聞いたお母さんなんて、おいおい泣いちゃってさ。あの馬主さんも涙浮かべながら、私にお礼を言っていたわ。ま、今回は私の頭脳と美貌の勝利って感じかな」

「そうか、でもネコはほんとすごいな。俺はネコがパートナーで本当に良かったと思ってるよ。俺一人じゃとても上手く行ったとは思えないし。俺と一緒に仕事してくれて本当にありがとうな」

これは、素直な気持ちだった。

事実、ネコがいなければ解決なんか到底無理だったし、これまでもネコに助けてもらってばかりだ。

すると、ネコは珍しく少し頬を赤らめて、照れくさそうにしている。

「ま、まぁ、別に大した事じゃないわよ。あんただって頑張ったじゃない。あ、そうだ、クロちゃん。馬主さんが、今度キングのレース応援に来てくれって言ってたわよ。みんなで応援に行きましょうね!」

ネコが身振り手振りを交えて話したから、クロはすぐに理解出来たようで、また飛び跳ねながら喜んでいる。

「よし、明日も依頼が入っているし今日は解散しよう。ネコ、クロ、タマ明日も気合い入れて頑張るぞ!」

俺が高らかに右手を上げると、みんなの声が重なり部屋中に響き渡った。


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