【第9話:経済の罠】
市場の中央広場。
俺は兵士に囲まれたまま、群衆の前に立たされていた。
ベルクが勝ち誇った顔で叫ぶ。
「見よ! この小僧の倉庫から密輸品が出てきたのだ!
庶民に甘い顔をして裏では不正を働く――実に卑劣だ!」
群衆の間にざわめきが走る。
「そんなはずない!」
「けど……証拠があるんだろ……?」
◇
リオが必死に俺をかばおうとするが、俺は手で制した。
「いいさ。……ちょうどよかった。これで俺の“反撃”ができる」
ベルクが眉をひそめる。
「反撃だと?」
俺はゆっくりと口を開いた。
「ベルク。お前が俺の倉庫に仕込んだ“密輸品”――それは珍しい香辛料だな?」
ベルクの顔が引きつる。
「な、何を……」
「だが、間抜けなことをしたもんだ。
この町では、その香辛料は“昨日入荷したばかり”なんだよ」
◇
群衆がざわめく。
俺は続けた。
「俺の倉庫は市場の外にある。昨日の夕刻にはすでに封鎖され、兵士が見張っていたはずだ。
つまり――その密輸品を“持ち込めた”のは、見張りをしていた役人側だけだ」
ベルクの額に汗がにじむ。
「ば、馬鹿な……!」
「さらにもうひとつ。俺は毎日の取引を“帳簿”につけている。
仕入れ、売上、在庫――すべて市場価格と一致するよう計算済みだ。
香辛料を密輸していたのなら、その収支に“矛盾”が出るはずだ。
だが、俺の帳簿には一切の不正がない」
◇
俺は懐から一冊の帳簿を取り出した。
群衆の前でページを開き、数字を指差す。
「これが俺の取引記録だ。誰でも計算して確かめられる。
……逆に言おう。矛盾が出たら、俺が潔く牢に入ろう」
広場は静まり返った。
やがて数人の商人が前に出てきて、俺の帳簿を確認し始める。
「……本当だ。計算は正確だ」
「密輸なんてできる余地はないぞ!」
群衆が一斉にベルクを睨む。
◇
「……さて、ベルク。
お前は俺を“密輸商人”に仕立て上げようとした。
だが、証拠はすべてお前自身の首を絞めるものになったわけだ」
ベルクの顔が真っ青になる。
「ま、待て……これは誤解だ……!」
だが庶民たちの怒号が広がる。
「役人が罠を仕掛けたんだ!」
「腐敗者を追い出せ!」
兵士たちすら動揺し、ベルクの命令に従わなくなっていった。
◇
俺は静かに言い放つ。
「経済は嘘をつかない。
金の流れを追えば、必ず真実が見える」
その言葉に、群衆から大きな歓声が湧き上がった。
こうしてベルクは失脚し、俺は“経済の知恵で役人を退けた商人”として、一層名を広めることになったのだった。